——この顔の傷は、未だ癒えぬまま。
褪せ人としてこの地に降り立ち、導かれし後に、俺は数え切れぬ程の死と生を繰り返した。だが、幾度身体が祝福の名の下に再生しようとも、この傷だけは癒えることがなかった。この顔で脅しをかければ大抵の奴は恐れ、慄き、平伏する。傷のない頃の顔など、もはや記憶には残っていない。死から蘇ったと認識した時に、俺は僅かな期待と共に水面を覗き込んだ。だが、そこに在ったのは変わり映えのせぬ、見慣れた醜い面だった。
褪せ人として、かつての記憶が鮮明である者は珍しいという。俺は、全て覚えていた。忘れるだと? 忘れてなるものか。忌まれた神職の家系に生まれ、儀式としてこの傷を付けられ、教会の地下深くで陰惨な役割を与えられた。文字通り、日の目を見ることも叶わない日々の鬱憤は、目の前の娯楽で晴らすだけ。運び込まれる異端者どもを鞭打ち、痛め付ける事が俺にとって唯一の娯楽だった。度々、司祭どもが聖典の教えを説きに来た。つまらない話ばかりだったが、中には欲を絶てとの誓いもあった。だが、可笑しな話だろう。俺は自らの役目に従えば従うほど、欲を満たすことが出来る。つまりだ、禁欲の誓いなんぞに背いても神罰ひとつ下ったことはない。ならば神とは? 信仰とは、一体何なのだ?
ある日の事。衛兵の男どもが住み込みの見習いに陵辱を加えているのを見た。俺は新たな娯楽に興味をそそられた。そして、一番でかいツラをしていた衛兵の男に脅しを掛けて手を組んだ。俺の娯楽的快楽への欲求は、それから加速度的に増していった。鞭打つ罪人が加虐の末に息絶えようが、散々犯して弄んだ見習いが自室から消え失せようが、俺の役目は何も変わらず、誰も俺を咎めない。繰り返しの日々の中で俺はまた、壊れた玩具の代わりを求めた。前のは消耗が早すぎた。玩具の代わりも、そう簡単に手に入るものではない。次こそはと効率よく使う為に策を練った。そうして手中に飛び込んできたのが、あの医師見習いという訳だ。奴には、まあ存分に楽しませてもらったさ。薬で身体の自由を奪い、衛兵どもに穢させ、信仰を挫く。そこに付け込み、適当に言い包めて俺の元に通わせる。薬の効果など、どこかでさっぱり消えていただろう。いかにも洗脳しやすい世間知らずだった。途中、衛兵どもが独占するなと五月蠅くなったので他を当たれと切り捨てたが、刺激が足りなくなってからは再び奴らをけしかけ、共に愉しんだ。そのうちにあの見習いは医師になり、容姿も俺たちが侵した精神と共にすっかり変わっていったが、同情なんざ微塵もない。そういう役割の奴を、ただそういう風に扱っただけだ。誰に咎められることもない。事実、俺は誰にも罰せられなかった。聖典を読みに来る奴らも誰一人、奴を助けようとはしなかった。だが、俺たちは随分良い相性だったと思うんだ。あの男、ヴァレーはもう、俺じゃなきゃ満足できない身体になっちまってたんだからな。
情勢が変わり、奴が従軍すると聞かされた時は至極残念に思った。衛兵どもも駆り出され、俺の娯楽は再びあの昏い地下で咎人を甚振るだけとなった。それが運の尽きだったのか。暫く経ったある日の事、俺は外で猛威を振るい始めていたという流行病に罹って呆気なく命を落とした。大方、投獄されてきた咎人に持ち込まれたんだろう。
その後は狭間に目覚め、目も眩むような広大な土地を、どこまでも広がる黄金の空を見た。
——王になれ。
それは新たな誘い。俺はこの身体に祝福を感じていた。信仰と導きに意味が見出されたのだと錯覚したのだ。今こそ、あの地下に押し込められ、ただ役目を押し付けられるだけの燻っていた生をやり直す時なのだと。
俺の身体に染みついていた欲と娯楽への渇望は、この顔の傷と同じく変わらずに残されていた。王になれとの導きに従い、苛烈に生を奪い合ううちに身体は昂ぶり、殺しは陵辱に勝るとも劣らぬ新たな娯楽と変えられた。
だが、祝福は突如として奪われた。俺は一方的に玩具を取り上げられた子どものように無様に、そして惨めに狼狽えた。もはや再生することのない、ただ一つの命に縋り、情けなく身を隠す日々の屈辱に気が狂いそうだった。
やっと辿り着いたのは、円卓と呼ばれる場所。
薄昏く、陰気なそこに留まる内に、また俺はこうして日の当たらない場所で一生を終えていくのかと、忸怩たる想いに苛まれた。
そうして幾度日を過ごしただろうか? ある日の事、ひとりの男が俺に声を掛けたのだ。
男は自らを、円卓の暗部と呼んだ。二本指に誓いを立てたそいつは褪せ人を王と成すために邪魔立てをする者どもを始末しているのだと、見込みのありそうな密使に声を掛け、同志を募っているのだと、そう言った。俺はその話に二つ返事で乗っかった。大した信心は持ち合わせても居ないが、そこは方便だ。
纏う異端審問官の黒衣、そして二本指の聖印をちらつかせて聖典を宣えば、その男も疑うべくはないようだった。俺にとっては暗殺の技とやらが目的だ。惨めったらしく避難所に居座り、身を隠し続けるなんざ耐えられない。再び俺は闘いに身を投じ、力と、自信を取り戻していった。
だが、そのうちにふと気付いた。暗部として集うのはどうにも陰気臭い連中ばかり。それに、闇に乗じて殺しをやるのは娯楽としては三流以下だった。全く以ってつまらない。俺が最も後悔したのは、誓約に縛られた煩わしい小瓶。この呪いの所為で、暗部から抜けることは許されなかった。
燻っていた俺にとって、赤目の暴徒の襲撃は久しぶりの光明に見えた。やっと骨のある戦いができると、身体が滾った。だが、いつまでたっても目立った戦闘の任すら与えられない。鬱積した欲求だけが、日々この身体へと募っていく。極め付けは指読みの婆が告げた言葉だ。狭間を訪れる褪せ人。奴らが突如として途絶えたのだと。つまるところあれだ。大いなる意志とやらは一向に期待に応えぬデミゴッドを見限り、そうして呼び寄せ始めた褪せ人どもにも、ほとほと愛想を尽かしたのだろう。王になれる褪せ人など、端から存在しなかった。ならば、俺のしている事は何だ? こんな茶番を続けて、一体何になる?
居ても立っても居られなくなった俺は円卓を飛び出し、曇り川へと走っていた。今は任務などよりも、あの赤目の暴徒に自らの力を示し、その首でも手土産に暗部の雑魚どもに一泡吹かせてやりたかった。
夜の帷が辺りを包んでいる。川の名残を僅かに残した水面を踏み、飛沫を跳ね上げて先を急いだ。今更、足音を隠したところで意味などない。侵入の兆候があれば、狂兵の如き愚鈍ですら即座に気付く事だろう。
歩みを進めていると川沿いに洞窟、中には灯りの揺らぎが見えた。こと敵にしては不用心、陽動にしては浅はかだ。こうした灯りや篝火は商人や宿を取っている褪せ人のものでもあるが、俺は警戒怠らず、暗闇に身を溶かして中を覗いた。
薄昏い洞窟の中。カンテラの灯に照らされた向こうに、ぼんやりと人影が見える。その影はどうやら、白い装束に身を包んでいるようだった。
——あれは、巫女か何かだろうか?
頭衣の下は白く無機質で、伏せた鼻筋が僅かに覗いている。それはどうにも奇妙な面相だった。更に目を凝らそうとした瞬間、カンテラの灯がゆらりと揺れた。壁に映る影がふわりと濃く、大きくなる。
その向こうに見えたのは、白面を備えた不気味な姿だった。
——どうして、こんな場所に従軍医師がいる?
俺は断片的に集めた狭間の情報を引き出し、気を引き締めた。円卓で聞いた話によると、あの白面は破砕戦争に駆り出され、一人残らず失踪した従軍医師の象徴であったという。まさか、生き残りが居たとでも? 話に聞いた奴らの別名は、戦場の介錯者。死神と称される、血も涙もない連中だ。だが、目の前のそいつは伝説めいた死神像にそぐわぬ様子で、ゆったりとしなを作って寛いでいた。それに、どういう訳だか——俺はその姿を見て、鬱屈した欲望、興奮がふつふつと昂っていくのを感じていた。確かに、歴史の生き証人に会える機会など、そうあるものではない。話が通じぬ輩であったとしても姿を捉えている以上、奇襲を掛けられる事もない。対面して負けるような相手ではないだろう。
「おい、お前——。その姿、戦場の亡霊か?」
俺は徐に声を掛けた。従軍医師はそれに気付くと顔を上げ、しなだれていた身体をゆっくりと持ち上げた。
「おや、こんなところに人とは珍しい。ですが、商いでしたら他を当たってください。生憎、お譲りできるようなものは持ち合わせておりませんので」
その声を聞いた瞬間——俺は自分の耳を疑った。いや、恐らくは、奴が身体を起こした時から言いしれぬざわめきが全身を貫き始めていた。
その声、話し方、抑揚。それだけではない。身体を動かす時の仕草、見上げた瞳の色、面の奥に潜む目元を縁取る、特徴的な睫毛——。
俺の五感に訴えかける全ての情報が、それを指し示していた。間違いない。この目の前の白面は、俺が散々教会で弄んだあの男、ヴァレーだった。
流石に、良く似た別人ではないのかと自問した。それに、こいつも俺の事を忘れる筈がない。だが、向けられた瞳、言葉を放った姿に動揺はなかった。不気味な面を被っているが故に目元しか見えなかったが、そうした兆候を見逃すほど俺も愚かではない。考えられることは一つ。こいつも大多数の例に漏れず、狭間に至った時に大半の記憶を失ったのだろう。——いや、その方が好都合か? ひとつ確かな事は、こいつは戦場の介錯者などではない。この状況、俺が圧倒的に優位だった。
曇り川に来てからというもの、未だ侵入の気配も、敵の気配も感じられない。短剣の男とて此処が縄張りでないのなら、何度も姿を現すような愚行は犯さぬのかもしれぬ。
ああ——ならば、昔のよしみだ。少し遊んでやろうとも、罰は当たるまい?
「何か買いに来たわけじゃねえさ。昨日から歩き通しでよ、やっと休めそうな洞窟を見つけたんだ。同席する気は無かったが、どうにも足が痛くてな」
「おや、そうでしたか。貴方は褪せ人ですか? それはそれは、ご苦労な事でしたね。さあ、どうぞこちらへ」
流れるように語る口調と素振りには、やはり警戒の色ひとつ見られない。だが、俺はもう少し探りを入れる事にした。
「いや、あんたのその見た目について教えてくれ、戦場の亡霊さんよ。医師といってもその白面、従軍医師なんだろう? 座った瞬間、ぶすりとやられちゃ敵わねえ。近付くのは遠慮しとくぜ」
「ウフフ。確かに私は従軍し、この面を付けていたようですが、狭間に言い伝えられる戦場の介錯者ではありません。元は貴方と同じ褪せ人。狭間の外から参ったのです」
「ほう、そうかい。それなら、それは軍医が身に付けるマスクだって訳か。ここに来る前は何をしていた?」
「それが、記憶の大半は靄がかかったように曖昧で……。この地に辿り着いた時の姿や持ち物から、二本指の教えを伝える場所で医の道に通じていたのだとは思いますが、仔細は思い出せません」
白面はそう言うと、目元を緩めて大きな溜息をついた。
「まあ、危険がなければ何だっていい。少しここで休ませてくれ。もうこれっぽっちも動けねえ」
俺は適当な事を言うと奴に近づいた。医師の男はさあ、どうぞと誘うように手をこまねくと、再び上体を崩して寛いだ様子を見せる。俺はその姿を、じっと見下ろしていた。こうして会話を交わしていると、あの場所での記憶が鮮明に思い出される。その想像は次第に俺の下腹部にじわじわと血を滾らせ、無意識のうちに喉が鳴った。この地に来てからというものの、欲の発散は闘いと殺しにすげ替わり、わざわざ隙を晒してまで肉欲を貪る暇も、相手も見つからなかった。だが、娯楽に飢え切っていた俺の心と身体は見慣れた玩具を目の前に、だらだらと涎を垂らし始めていた。
「——そう言えば、貴方のその服は教会か何かの……」
此方を見上げ、問いかけようとした顔。その一瞬の隙を付いて、俺は襲いかかった。両手を捻りあげ、即座に身体の自由を奪う。
「ッぅ……、なっ!? ぁ、貴方、どういうおつもりですか……!?」
非難がましく発せられる言葉、未だ体裁を取り繕おうと、口調を崩さぬ姿勢——。
そうだ、全て同じだ。この光景は望めば好きなだけ、幾度も繰り返しに愉しむ事のできる娯楽の始まりだった。その事実に、俺の身体は完全に欲情していた。ただひとつ、記憶と異なるのは眼下に映る、その不気味な白面だけだ。
「医師だってんなら、処置はお手のものだろ? ここの処理もしてもらいたいんだが良いよな。こんな場所でよ。えらくご無沙汰なんだ」
俺は何が目的か分かるように奴の股ぐらをまさぐる。
「い、あ……ッ?! ちょっと、お待ちください……! 貴方、何かの間違いでは……私は……男で……っ」
「いいや? 何も間違っちゃいねえ。軍医さんよ、そのツラ見せやがれ」
「……ッ、う……!」
手を捻り上げたまま、仮面を無理やりに剥ぎ取ってやる。不気味な白面の下から現れたのは、やはり思った通りの男の顔だった。口元は薄布に覆われているが、記憶よりも些か齢を重ねた目元が俺を見返していた。
ひとつ、俺は奴の額に見慣れぬ赤い刻印を見た。それが何かは分からない。だが、俺が知らぬと云う事は、あの教会を出た後に付けられた、もしくは自ら付けたものなのだろう。
布の縁に指をかけてずるりと引き下ろし、再び巡り合った奴の素顔をじっくりと眺めてやる。無精髭の残る口元は青ざめ、僅かに震えていた。目元は赤く、こちらを見つめる瞳は竦み、潤んでいた。その光景に——俺は居ても立っても居られず、こう尋ねていた。
「……おい、お前。本当に、俺のこと覚えてねえのか?」
「——私? 私が貴方に、何かしましたか……?」
消え入りそうな声で奴は言った。何故かは分からないが、俺はその答えを少し、残念だと思った。
「まあいい。少しでも妙な動きをしたら殺すぞ」
見下ろし、怯えた表情のままの奴は、観念したように数度頷いた。
†
「全く、俺を忘れたなんて惜しい話だ。どうだ? これでもまだ思い出さねえか?」
「んむっ……ん、ふ、ぅ、ぐッ……」
「上手いじゃねえか……。おい、喉もっと締めろ」
「ゔぐ……?! ッ、げほ、がは……ッ、う、ぐぇえ……ッ」
「汚ったねえな。吐いてんじゃねえよ」
「ッ——、はぁっ、はぁっ……。っ、は……」
「味覚が駄目なら、お次は触覚に訴えてやろうか。ケツの中が覚えてるかもな」
「ッ、ぐ……え、先程から、ッ、何の話を……?」
「良い事を教えてやろうか? 俺もこの身を持って知っている訳だがな、ここに来る前の治癒済みの損傷は、直前の死に由来するもの以外は残される。まあ、俺の顔の傷が癒えぬのは、そう云う理屈だろう。てことはよ、お前のケツ穴は、俺が散々ヤりまくったガバくてエロい縦割れの筈だぜ? 解さなくてもぬめりさえありゃ即嵌め可能なド淫乱穴なんだろ?」
口淫をさせるために掴んでいた髪を引き上げると、惜しげもなく卑猥な単語をぶっかけてやる。奴は嫌悪に引き攣ったような瞳で、俺の事を見据えていた。
「抵抗は無駄だ。壁に直れ。ああ、その前に、下もさっさと脱げよ」
ナイフを突きつけて脅しをかけてやる。奴は震える手で、ゆっくりと下肢を露わにしていった。
あの場所でもそうだった。気丈にも逆らおうとする意志は繰り返しの陵辱の末に消え失せ、目は気怠げに落ち窪み隈も濃く、無精髭が覗くやつれた有り様となっていった。だが、身体の方は綺麗なもんだった。性成熟が終わりを迎えた青年の時分からの関係であるが、どういう訳だか身体の方に毛は殆ど生えず、いつまでも滑らかでしっとりと吸い付くような柔肌の弛みは、未だ知らぬ別の性を髣髴とさせた。
「この話が本当か、もう一つ教えてやろうか」
「なっ……、ぁ……?!」
俺は奴を壁に押し付けると、上衣に隠された場所を捲り上げて晒した。
——やはり、思った通りだ。露わにされた肌、その太腿と腹の周囲には、ギザ刃で刻み付けられた醜い傷跡が無数に残されていた。
「本当に何も覚えてねえのか? この傷が何か、考えた事はなかったか?」
問いかけには応えず、奴はただ怯えた目をしていた。俺は捲り上げた下肢、変わらぬ滑らかな肌に手を這わせると、太腿から下腹にかけて幾重にも走る醜い皮膚の盛り上がりを懐かしむようになぞり上げる。
「これは全部俺だ。お前を犯す度に、戯れで刻み付けてやった痕だ」
「ぁ、貴方が……、この傷、を……?」
「ああ。このナイフでひとつひとつな。これは拷問専用で、傷は元の通りには治らねえ。異端審問官に代々伝わるシロモノだ。他の奴らと姦すようになってから、たまにどうしようもなく腹が立つ事があってよ。俺の所有物だと分からせる為に始めたのさ。——どうだ? 此処まで話しても思い出せねえなら、もう感覚に思い出させるしかねえだろ。覚悟しろよな」
俺はヴァレーの身体を壁に押し付けたまま、傷痕の残る太腿をぐいと持ち上げた。尻の間にゆっくりと指を這わせる。柔らかな裂け目の入り口は僅かに盛り上がり、性器さながらのそれは過去の記憶通りに、ふっくらと熟れていた。
見慣れた男の悲痛な顔、弛みのある滑らかな皮膚、刻みつけた痕跡、露わにされた淫らな性器。
俺ももう、下履きの中が張り詰めて限界だった。先走りにぬめる陰茎を露出させると、それを受け入れるために育て上げられた膨らみを——強く、深々と貫いた。
「あッ、は、ぁあぁぁあ……ッ!!」
奴の喘ぎが鼓膜を心地よく震わせる。初めこそ若干の抵抗を伴って穿ち抜いた先端は、すぐさま柔軟性に満ちた熱い粘膜に包み込まれた。狭い空間を割り開いた先の蕩けるようにうねる内壁、奥へと突き挿れるごとにじわじわと根元が締め付けられていく感覚に、俺の竿は充血し、欲が滾るのを止められなかった。またこいつの身体を肉欲のままに蹂躙し、屈服させる事ができる。脳髄は嗜虐の愉悦を呼び覚まし、俺は興奮冷めやらぬままに奴の直腸の中をずぶずぶと見境なく突き上げ続けた。喉奥から押し出されるような喘ぎが、辺りに響き渡った。
その蕩けるような吸い付き、香油で念入りに手入れでもされているかのような内部の感触をしばらく堪能していたが、その内に、愉悦の奥からふつふつとある疑念が沸き始める。一度その事実に思い至ると、それを口にせずにはいられなかった。
「おい、お前……慣れてるな? まるで、事前に解してやってたみてえな柔らかさだ。此処でも相変わらず、男に売ってたってのか? 誰に満足させてもらってる? 答えないと、腹の傷が増えるぞ」
「そ、れは……ッ、ぁ……ッ、ここの、兵士……に、う、ぁあ゙、ッ……!」
やはり、俺の予感は当たっていた。その答えに無性に腹が立ち、より深く腰を引き寄せた。頭に血が上り、更なる加虐を与えることも辞さない心持ちで激しい抽挿を繰り返す。だが、ふと思う。それはつまり、この男が俺に刻み込まれた肉欲を無意識の内に忘れられなかったという証ではないのか? その事実に怒りを飲み込むと、俺はこう言った。
「まあいいさ。また俺の形に変えてやるよ」
背を岩壁に押し付け、脚を持ち上げた体勢からずるりと怒張を引き抜く。
「後ろ向け、もっと深く挿れてやる。壁に手を付いて上体を伏せろ」
俺はそう命令すると、腰を高く突き出させた。目の前に揺れる尻たぶを割り開くと、再び滾る欲望を体重を乗せて突き挿れる。ずぶん、ぐちゅっ、と竿を押し込む度に粘質な音が鳴り響く。掻き混ぜられ、互いの凹凸が密着して擦れ合う感触、焦れて疼くように熱を持ち出した粘膜は、結合部を一つに混ぜ合わせていくかのような錯覚を呼び覚ました。
「んぁッ、あっ……、あ、あ゙、ッ、そこ、やめ……ッ」
暴力的に捩じ込む度、下と上の口からはしたなく喘ぐ音が漏れる。言葉と頭は未だ否定に揺れていたが、腰は俺の抽送に合わせるよう、前後に艶めかしくうねり始めていた。内壁は俺を受け入れながらもねっとりと締め上げ、潤んで生温かく絡み付いては、最高の感触だった。
だが、このまま緩やかな快楽に興じさせるのは俺の性に合わない。頭の中には既に奴を肉欲に堕とし、屈服させてやる想像が出来上がっていた。
「お前、ここ虐められるのが好きだったよなあ?」
「ふ……ぁ……?」
溺れ始めた快楽に惚け、脱力しそうになっている肩を掴むと自らの方にぐいと引き寄せる。尻の中に剛直を埋めたたまま、上体を抱き起こして背後から羽交い絞めにした。反らされた背が弧を描き、腰が限界までしなって軋みを上げ、喉元からは苦し気な呻きが漏らされた。
「っ……、うぅ……ッ……!!」
「この下にあるモノを突き続けるだけで簡単にイっちまうんだろ?」
抱き寄せた身体、反らした臍の下にぐり、と強く手をあてがうと、指先で感じる傷跡の盛り上がりをなぞり、辿っていく。
「腹のナカのしこりを捏ね回してやったら、すぐ潮吹いてやがったよな。兵士どもはお前の弱い場所を知ってんのか? このまま、先っぽで押し潰してやるよ」
そう言うと、嵌め込んだ竿の先端で奴の弱み、腸壁の向こう側のしこりを刮ぐようにごりごりと責め立てた。
「んあ゙ッ!? ひ、うっ、あ゙ぁあ〜〜~ッ゙!! あ゙んっ、んゔっ、そこっ、ひぁ、だ、め、です……っぅ、こわれ、る……うぅぅっ……!!」
「この地に来て、この快楽を享受したか? お前を犯したのはただ腰を振って果てるだけの猿ばかりだったんだろう?」
「ん、ぁ……ふぁ、っ……きも、ちい……いぃ……ッ、や゙、ああ゙っ、あっ……?! ぁ、もう、無理……、むり、で、すッ、そこ、おかしくな……ッ、うぅぅっ〜〜〜〜?!」
ビクン、ビクンと大きく跳ねる身体。ガクガクと小刻みに繰り返される下腹部の痙攣と共に、臍の下を支えていた手に生温かい液体が掛かる。
「あ゙、や゙ぁ……、なっ、貴方、これ、止まらな……ッ……!!」
その後もしこりを突き続ける度に、透明な液体が押し出されるようにやつのペニスから飛び散った。搾り取るような腸壁の痙攣がとめどなく繰り返され、俺の射精感も一気に高まっていったが、まだここで出すのは惜しいと、一度竿を抜こうとした。だが、反らされた身体は腸壁の奥、充血しているであろう小さなしこりに先端をぶち当てるよう、体裁を繕うこともなく淫らに腰を振り続けていた。俺の理性も、もう限界だった。元よりそんなもの持ち合わせちゃいないが、出すのはあの場所と決めていた。
「お前……俺の事搾り取ろうってのか?! ならお望み通り、いつもの場所に種付けてやるよ……ッ!」
俺は腰砕けになったヴァレーを床に捻じ伏せると、全体重と共に尻肉を押し潰した。最奥めがけ、鈴口が何度も突き当りをこじ開けようと試みる。
「ひ、あぁ……ッ!? おく……ッ、入らな……ッ、だ、め、そん、な、ぁ、あぁあぁあ……!!」
最奥をぐぽんと突き破り、先端を捩じ込んだ瞬間、ヴァレーは押さえつけられた背をのけ反らせ、びくんびくんと全身を震わせて入口を締め付けた。此処だけは変わらぬ感触に、俺の身体の興奮も一気に欲の開放を目掛けて高められていく。
「う、ぐぅぁ……っ、そんな、締め付けんな、ッ、イっちまいそうだ……! やっぱり、身体は覚えてたんだな? あっちでもそうだったんだ。またここでも俺の物になれ……!」
止められない放埒の感覚に痺れ、最奥をこじ開けたまま腰を掴んだその時に——。ヴァレーは俺に、こう告げた。
「……ぁ……貴方は……っ、この地で、導きを……失ったの、ですね……? 私は……、真実を、知っています……ッ……、貴方よりもずっと、この地の……!!」
「俺よりも、ずっと——? それは、どういう意味だ……ッ、ぐ、うぅッ……!!」
狙いを定めた身体は、もう歯止めが効かなかった。脈打ちながら溢れ出していく本能は、奴を孕ませんとばかりに体内深くへと注がれていった。
「ふぅ……ッ……あぁ……っ、ぁ、貴方、ぁ……熱、い……」
全てを吐き出した余韻に俺は天を仰ぎ、はあはあと肩を上下させた。欲を出し切った身体は急速に熱を失い、頭の奥が冷えていく。そして、突き立てていた楔をずるりと引き抜いた。
「……貴方は、二本指の言を……聞いたのですか……? ふふ、理想とは……随分と、違っていたでしょう……?」
振り返り、煽るように見上げた瞳。そこにはもう、怯えの色は灯されていなかった。
妖しくも変えられたその気配、そして響く哄笑に——俺はぞくりとした。
「ウフフフフッ、あれはもう、壊れているのですよ。どうです? 私と共に、真実に見える勇気はありますか?」
「真実だと? お前、一体——」
「……あぁ、貴方の……今までで、一番でしたよ。此処がぴったり、形に嵌って……。うふふ、おっしゃる関係がどのようなものだったのか、気になって仕方がありませんね。私が貴方を思い出すまで、逢瀬を重ねてはいただけませんか?」
再び出会った男の言葉に、俺の生は灰色から彩りを取り戻し、秘められた可能性を感じ始めていた。
禁欲がなんだ? 欲こそ、力こそが全てだ。暗部のあいつらもそうだ。下世話で粗暴な俺をいつも見下していたくせに。だが、奴らはこの悦楽を知っているのか?
そうだ。俺が、俺こそが、全てを知る権利を持つ。
「……俺の情夫になるってんだな? 誰に満足させてもらってるか知らねえが、そいつら全員、叩き伏せてやる」
「まあ、頼もしい。それでは、また来てくださいね。私の身体から、貴方の徴が消えてしまわないうちに」
奴はそう言うと、前に垂れる血汚れた白布をたくしあげた。やや色の沈んだ肌、惜しげもなく晒されたその場所の、幾重にも残された傷跡が目に映える。
そして、開かれた足の間から——どろりと白濁が垂れ落ちた。俺はその光景から、目を離す事が出来なかった。
「……ああ。次はもっと凄くしてやるよ」
「それは愉しみですね。お待ちしていますよ——私の貴方」