「今日からあなたの配属先はこちらです」
受付の女性はそう言うと、一枚の紙とパンフレットを青年に手渡した。
「地図は裏面に書いてあるから時間通りに向かって、ブリーフィングに参加してください」
彼女は紙の裏面を指差すと、素っ気なく自らの業務へと戻っていく。手渡された紙には大きく「辞令」と言う文字と、その配属先を示す施設の名称が記されていた。
『王都ローデイル中央地下医療刑務所』
「おうとろーでいるちゅうおうちかいりょうけいむしょ」
一度では到底覚えられなさそうなその名称を、青年は噛みしめるように復唱した。
そこは、古くは下水牢として数多の罪人が投獄され、また忌むべき存在が放たれた曰く付きの地——通称「忌み捨ての地下」と呼ばれていた場所だ。
しかし、今はすっかりとその様相を変えていた。
手渡されたパンフレットを開いて中に目を落とす。そこには、新しい職場の概略図が記されていた。
地下医療刑務所ということでかつてと同じ「牢獄」ではあるのだがその外観は真っ白のタイル張りで、さらに、建物の内部は蛍光灯の光を反射して眩しいほどに見える。
その白さは施設の潔癖さを体現するかのようで、歴史書に記されているようなおどろおどろしい下水牢ではなく、長い年月を経て最新の医療刑務所へと作り替えられていたのだった。
——これでやっと、先輩と同じ職場で働ける。
辞令を受けた青年の心は踊っていた。何を隠そうそれこそが、彼がこの職場を志願した、ただ一つの理由だったのだ。
そして、その目標とした憧れの先輩は青年よりも数年先に、この地下医療刑務所に配属されていた。
「ブリーフィングまではあと一時間ちょっとあるし、軽く何か食べていこうか」
彼は早る気持ちを抑えつつ、王都中央の役場を後にする。
今日は王都からの、辞令の交付日だ。
辞令を受けた王都勤務の者たちは皆、ここ中央センターの受付へと列をなしていた。
センターを出た青年が飲食街へと向かうと、彼にチラチラと視線が注がれる。
「あれって——」
「背格好が違うから別の人じゃないかな。歩き方とかも、ほら」
「確かに。全然違うわね。こんなところで見るなんて珍しいと思ったら」
――きっと、先輩の事を話しているのだろう。と彼は思った。
青年のいでたちは、行き交う人々の視線を集めるほどに一風変わっており、それは彼の服の趣味――という訳ではなく、その仕事の正装の故だった。
青年は、真っ白な仮面、通称『白面』を被り、頭もすっぽりと布で覆っている。身体の方も、肌を見せない白い装束に全身を包んでいる。
そう、彼自身の姿は目元以外の一切が隠されていたのだ。件の先輩も同職のため、青年と全く同じ装束を身に纏い、ここ王都ローデイルで勤務をしている。一見して見間違えられたとしても、もちろん不思議ではない。
特異な装束を身に付ける彼らの職業は医師だ。
その中でも白面を付けている者の数はごく僅かで、白面付きは王都直属の御用医師とされていた。
王族への医療を任されている者や、特定犯罪者の分析医療に関わる者、医学的な最新の研究に携わる者など、彼らの職務内容は様々だ。その昔は戦場にて従軍し、軍医に留まらず介錯者として暗躍していた事もあったという。
彼らの身元はその全てを保証される代わりに素性は秘匿され、職務内容についての他言は無用。基本的には独身とされ、身内にも職務上知り得た一切を明かす事は許されていなかった。
青年の憧れの先輩は先程の辞令の先のその場所、王都ローデイル中央地下医療刑務所における精神分析官として勤務している。
件の先輩と彼は研修医時代からの知り合いで、かつては同じ医局で過ごした仲だった。
先ほど通りすがった人たちの会話を聞き、青年はその時の事をぼんやりと思い出していた。
憧れの先輩は当時、医局の教授の勧めにより、新設されたプログラムによる王都直轄の専門医となる道を選んだ。そうしてそれ以降、青年とは同じ時間を共にする機会が無くなってしまった。
姿を見なくなってからも連絡は取っていたし、新設の部署に配属されたと聞いた時にはお祝いのメールも送ってやり取りをしていたのだが、ここ一年ほどは音信不通となっていた。
メールの履歴も、「お元気ですか」という他愛もないものを最後に止まってしまっている。
どのような近況か気にはなっていたものの、仕事が忙しいのだろうと思い、それ以降連絡を取ることはしていなかった。
その後の助教らの話によると、先輩の活躍により、新設の部署の立ち上げは比較的スムーズに進んだそうだ。しかし、それに比例して仕事量は増え、人手不足でかなり困っているのだとも聞いていた。
そこで彼は憧れの先輩を追いかけるように、また激務であるなら少しは手助けにはなれるだろうかと淡い期待を込めて、数年遅れで同じ専門医のプログラムを修了したのだった。その後はやや時間はかかったものの、厳しい王都の認定試験、また最終面接にも無事合格することができた。そうして晴れて、彼は長年目標とした先輩と同じ職場に配属される運びとなったのだ。
目当ての飲食店に辿り着くと、青年は専用のIDカードを利用してその中へと入り込む。
食事の時には面を取る必要があるため、素性を隠す必要のある白面の医師たちはどこででも飲食ができる訳ではない。彼らは個室付きの飲食店の利用、もしくは持ち場での飲食をするように命じられていた。
個室のブースに入り一息をつくと、備え付けられているセルフの冷水を注ぎ、面をもたげて首元の布を軽く寛げてコップの水を飲み下す。
「はぁ、やっと水が飲めた。——何を頼もうかな」
軽く水分補給をするくらいは平素であっても許されようが、それとて人目につかないように配慮する必要があった。
——今は正直煩わしいのだが、慣れればどうということはないのだろうか。
晴れて王都の御用医師とはなったものの、この正装についての誇りや重みというものにはまだ実感が湧いていない。
しかし、先輩のためにもこの装束のイメージや名誉を汚すわけにはいかないと、彼は自らの真っさらな装束を見下ろして決意を新たにしたのだった。
◻︎
ブリーフィングに間に合うよう店を出ると、目指すその先の建物へと向かう。
「王都ローデイル中央地下医療刑務所」と書かれた銀色のプレートを前に、建物の入り口を探した。
「ええと、パンフレットではこっちが正面だから右側面の方向か」時間にして、十五分ほど前に到着する事ができたため、集合時間まではまだ余裕はあるだろう。仮発行されたIDカードを翳して建物の内部へと入る。
「わあ、本当に真っ白なんだな」
青年はその建物内の眩しいくらいの白さに目を瞬かせ、感嘆した。直線的で無機質な、真っ白な壁面と蛍光灯の光。どことなく殺菌されたような臭気がつんと鼻をつく。館内を見渡していると、警備の男性が声を掛けてきた。
「おはようございます、本日からこちらに配属の先生ですね。ブリーフィングが行われる多目的室は正面突き当たり左の、一番手前の部屋です。どうぞ、そのままお進みください」淀みのない、的確な案内だった。青年は「おはようございます。あ、ありがとうございます」とだけ言うと、促されるその先の部屋へと足速に向かった。
建物の中は広く、廊下は長い。辺りをキョロキョロと確認しながら進む間に、ブリーフィングの時間までは残りあと十分を切っていた。
余裕を持って出発したかと思ったが案外ギリギリになってしまったかな、と早足で目的地へと急ぐ。
突き当たりを左に曲がると、また同じような真っ白の長い廊下が続いている。その一番手前の部屋に手早く近づくと、一息をついて入り口のセキュリティに仮発行のIDカードを翳す。ピッ、と音が鳴りロックの表示が緑色に変化して、目の前の扉がすっと開いた。
部屋の中は簡素で、折り畳みのテーブルと数脚の椅子が壁際へと立て掛けられている。
青年はその正面に、ホワイトボードの前の台に向かい、少し前屈みになってパソコンの操作をしている自分と全く同じ装束の人物を見た。
——あっと、青年の口から小さく声が漏れる。
彼はその姿を一目見て憧れの先輩だ、と胸を高鳴らせたのだが、まだ確証が持てなかったため、部屋の入り口から大きく挨拶をする事にした。
「——おはようございます。今日からこちらに配属になりました。——どうぞよろしくお願いします」
入り口の解錠音と扉の開く音、そこに続く挨拶に目の前の白面の人物も顔をあげ、その口を開いた。
「ああ、お久しぶりですね。どうぞ、こちらへおいでくださいな」
青年はその声を聞いた瞬間、喜びで膝から崩れ落ちそうになってしまった。
目の前の白面の人物は、やはり憧れの先輩で間違いなかったのだ。
白い装束に身を包み、頭を布巾で覆い、白面を付けた目の前のその姿は、一見しただけでは性別も年齢も判然としない。
だが、挨拶の時に返された柔らかで心地の良い低音は、その人物が男性、また、そこそこの役職が付くような年齢であろうかという事を示していた。
きちんと年齢を聞いたことはなかったが、青年の記憶が正しければ彼よりも五、六は上の年齢であった筈だ。その先輩に近づくと、青年にとっては懐かしい、その人目を引く彼の目元を見つめた。
王都出身の人間に特徴的な揺らめく金色の虹彩と、その形の良い目元の周りは、色を失った真っ白の睫毛で綺麗に縁取られていた。
その珍しい睫毛の色は、見る者をはっと惹き付ける。白面を付けていると殊更その目元が映えるような気がして、どきりとしてしまった。
「先輩、私のことを覚えていますか?」
「ええ、こちらに配属される事が決まった時点で、既に貴方の情報は入っていましたから」
「そうだったんですね。これからビシビシ、指導してください!」青年が自らの胸を軽く叩き、やる気満々にそう言うと、目の前の男性は笑った。
「相変わらずお元気そうですね。人手不足なので本当に助かります。それに、貴方は随分と優秀なようですから」
社交辞令ではあろうが、憧れの先輩から期待を込められて青年は有頂天だった。
彼にとって、先輩の魅力はその独特の話し方にもあった。丁寧と言えば聞こえは良いが、時によってやや慇懃無礼で大仰に華美な話し方は、一度耳にするとなかなか忘れられない。
柔らかく纏わりつくその低音も相まって、その目で見つめられ、その声で話し掛けられるとどうにも調子が狂ってしまう。
決して懸想をしているなどという訳ではないのだが、こうして彼と言葉を交わしていると、何故だか軽い高揚を覚えるのだった。
彼の持つ魅力は何一つとして自分には備わっていないし、例え備わっていようが恐らくは持て余してどの要素も到底使いこなす事が出来ないだろう。
これが憧れというものなのだろうな、と青年は常々思っていた。
「私もやっと会えて光栄です。一日も早くお役に立てるよう、頑張りますね」
◻︎
先の辞令の発令日から数週間が経とうとしていた。
施設の管理を担当している刑務官のモニタに変化があった。目の前の扉の解錠要求だ。
セキュリティカードが翳された反応があり、赤いロックの表示が緑色の解錠マークへと変わると、目の前の強化ガラスの自動扉が開く。
時刻は七時五分、いつもと同じだ。
「先生、おはようございます」受付にいる警備の男性が身なりを正し、会釈をした。
「おはようございます」彼は挨拶を返すと、真っ直ぐにブリーフィングルームへと向かい、共有の端末を操作して今日の分のタスクを確認した。
管理室内の刑務官が再度モニタを確認すると、
“Dr.Varre”と記された項目がオンになった。
X月 X日
カウンセリング対象者 四名 新規
” 受刑者0654
罪名 薬物の乱用・斡旋 (二)
刑期 五年
診断名及び生育歴: lock password要求 ”
薬物使用者。斡旋、しかも再犯か、とヴァレーは思った。
このところ王都周辺では違法薬物の売人が増えていた。罪名の後に付けられた数字は、再犯の回数を示している。彼はふぅ、と溜息を吐いて次の項目を表示する。
次項からは全て薬物の使用者だった。
順番に確認し、最後の項目を目にするとピタリと彼の手が止まった。
“受刑者0657
罪名 殺人
刑期 無期
診断名及び生育歴:lock password要求
「——殺人、ですか」
彼はその白面の奥に煌めく金色の瞳を小さく見開いた。
彼が気に留めたのには理由があった。
この地に於いて、大抵の犯罪者はゲルミアの地の法務官、ライカードによって裁かれ、その刑を確定させる。
さらに、殺人の罪を犯したものはほぼ間違いなく第一級の刑務地である日陰城へと移送され、そこで生涯を終えるか、処刑されるのが通常のルートであった。
そのため、ローデイル中央地下医療刑務所の精神分析官の元に、殺人を犯した受刑者が送られるというのは稀な事だった。
しかし、前例が無いわけではない。
それは法務官から王都への直々の依頼だった。
凄惨な事件を起こしたために、今後の模倣犯罪の抑止に役立つなどの可能性がある場合は、受刑者の精神分析を行った後、再度日陰城へと送り返す事がある。
そういったケースは、そう頻度は高くはないものの、今までにも何度か担当した事はあった。
「はぁ、今日も長引きそうですね」
彼は誰に聞かせるでもなく、そう言うと共有の端末を閉じた。
後方から、警備員が誰かに挨拶をする声が聞こえた。後輩が出勤したのだろう。
しばらくすると、予想通りに「おはようございます、先輩」と、ヴァレーと同じいでたちの装束と白面を身に付けた青年が嬉しそうにこちらにやって来るのが見えた。
配属されたばかりの頃と比べると、やや仕事にも馴染んできたのか、その姿は幾分こなれた雰囲気を醸し出している。
「ああ、おはようございます」
「先輩。いつもの事ですが、今日はより一層朝からテンション低いですよ」
「いえ、今日はまた骨が折れそうですから」
ヴァレーの方も、やや打ち解けた調子で言葉を返した。
「何を仰いますか。先輩の手に掛かれば、落ちない者なんかいないでしょう」
「落ちる落ちないとは、何かを自白させるわけでもないのに貴方はいちいち大袈裟ですね」と彼は呆れたように言う。
その言葉に被せるように、青年は尚も熱っぽく彼の手腕をを誉めそやした。
「あれは完全に落としてるじゃないですか。ここに来る対象者たちを次々に手玉に取るんですから、それはもう鮮やかなものですよ。自分も見習いたいんですが、なかなかうまく行かなくて……やっぱりその話し方、ですかね? いや、自分なんかが真似しても全く箔もつきませんが。この数週間でよく分かりましたが、先輩は上層部からの期待も一手に引き受けているんですね」
「そうおだてないでくださいな。こちらの狙いがいつもうまくいくとは限りませんから」彼は口元に手を当てると苦笑いをした。
「——そういえば、普段昼食はどうされているんですか? ここを出たところを見たことがありませんが。よかったら今日は何か食べに行きませんか?」
青年は親睦を深めるためにも昼食を共にしようと常々考えていたのだが、彼が全く外食をするそぶりを見せないために、その機会をすっかり逃してしまっていた。
こうして直接誘ってみればうまくいくだろうかと、ほんのり下心を覗かせたのだ。
だが、彼の希望は次の言葉にすっかりと打ち砕かれてしまった。
「仕事中は胃に物が入りすぎるのは好みませんから。慣れたもので充分です」
ヴァレーはそう言うと、両手を軽く上げてその話を遮り、気落ちしている同じ姿の男にすみませんね、と声を掛けるとその身を翻した。
後輩と別れた後、彼は真っ白の長い廊下を進み、自らのためにと設えられた部屋へ向かう。
セキュリティカードを翳し、部屋の中へと入る。
だだっ広い室内には監視カメラが設置されており、中の様子は安全確保のためにも、管理室のモニタに筒抜けになっていた。
カメラの音声は任意でオフにできるため、調書さえ提出すれば、やりとりの内容そのものは分析官に一任されている。
ヴァレーはいつものように、室内の機器を細かくチェックしていった。
この部屋でプログラムの対象者にカウンセリングをする事になるのだが、基本的には身体的な危険性は低くなるように配慮されていた。
対象者は攻撃性についてのスクリーニングテストを受けており、危害を加える可能性がほぼないと判断された場合のみ、ここに進むことができた。
特定犯罪者の精神分析は、またこの部屋とは異なる場所で行われる。
部屋の中央には黒色の簡素な合皮張りの、二人掛けのソファが置かれており、その向かいには無機質な灰色のローテーブル、そして反対側にもおなじ黒のソファが用意されていた。
万が一の為に、相手とこちらを遮蔽できる非常用のボタンは設置されているが、対象者とどのようなコミュニケーションを取るかは全て分析官の裁量に任されていた。
ここでの仕事の目的は大きく分けて二つ。
その殆どが更生プログラムの対象者へのカウンセリング。そして、もう一つは先程のような、法務官から王都への直接依頼、特定犯罪者の精神分析だった。
「今日のパスワードは……と」
部屋に入ると、パスワードを入力して専用の端末にログインする。
患者情報管理用のシステムを起動し、ブリーフィングルームに設置されていた共有端末の情報をダウンロードしていく。
その合間に、ウォーターサーバーから紙コップへと水を汲み、デスクの上へと置いた。
ヴァレーはそのままぐい、と面を外して机の上に置き、水を飲むと小さく溜息を吐いた。
「——はぁ」
着用が義務付けられているその面は、彼にとっては相対する者に素性を知られない為の、個人情報を秘匿するための防具としても機能していた。
特に複数回に渡るカウンセリングが必要な対象者からの執着を避けるためには殊更役に立つ。
また、こちらの表情を読ませないため、心理戦でも優位に立つことができた。
特定犯罪者と対峙する時、往々にして相手は主導権を握ろうと策を弄してくる。
そういった時にこちらの表情を読まれずに済むというのは、相手に少なくはないプレッシャーを与える事が出来るのだった。
しかし、最近はこの仕事に嫌気が差していたこともあり、自らの仕事の象徴とも言えるその白面を、やや厭わしく感じてしまっていた。
机の上に無造作に置かれたその面を見つめると、あたかもこちらを見透かし、語りかけてくるかのように見えてしまう。
馬鹿げた妄想だ、と思った。
新設されてから五年近くこの職務に当たってはいるものの、ここ二年ほどは特に酷い。仕事以外ではもう、この建物から出た記憶がない。
次から次へと湧いて出る薬物常習者たちの対応に、心身共に疲弊しきってしまっていた。
どうやら、王都で猛威を奮っている違法薬物が原因のようだったが、成分分析もなかなか進んでいないようで、仔細は知らされていなかった。
報酬は多い部類ではあるのだろうが、こうも缶詰だとそもそも使う暇がない。
複雑なカリキュラムを修了し、認定試験を突破できる人間が少ないためになかなか後進も育たない。先の後輩は再三に渡り、人員の増加を頼み込んだ末にやっと配属されたのだった。
目の前のディスプレイにタスクが表示される。
そこには明日の予定が、赤色の太文字で表示されていた。
【講義(学生) 場所:王都上層 大講堂】
ここでの仕事以外に、上司への成果の発表が月に一度、各学会への出席が数ヶ月に数度ほど。
そして志願者が増えるからと教授らに頼まれ、学生向けの講義をする事が年に一度あった。
試験を潜り抜けてこちらに来られるものなど殆ど居ないにも関わらず、だ。
尤も、上層部は特別課程の受講料さえ手に入れば良いようだった。
認定試験、特に配属に向けての最終面接を通る者は先の後輩を除いては実績が無く、彼らは全て通常の職へと回された。とんだ詐欺に加担しているものだ、と彼は思った。
もうこの繰り返しの日々にはうんざりだ。
改心した相手がまた事件を起こしたという報告も毎日のように目にしてしまう。
「ああ、明日の準備も……」彼はそう言うと、やる事が山積みだという風に椅子の上で身体を投げ出し、深い溜息を吐いた。