大仰に取り繕い、飾り立て、ことさら華美に振る舞う姿の内に、彼は一体何を匿しているというのだろうか。
日頃からあの姿にでさえ、見る者を惑わせる何とも形容のし難い雰囲気を纏わせてはいるのだが。
全てを脱ぎ捨てたあの部屋の中ではさらに剥き出しの、血塗れの不道徳と背徳を見せつけられているような、刹那的なヒリついた感覚に襲われた。
面の上から覗くあの煌めく瞳と、面を外したその先の、端正でありながらも半ば不健全とも言える程の隈取りの深く、深く刻まれたその相貌に。
それは劣情だろうか、憐憫だろうか、恋慕の情であろうか。いや、その全てなのだろう。私は彼に歪な感情を向けながら——。彼もまた、未だ迷っている、救いを求め続けている存在であるのではないだろうかと、そう思ってしまった。
しかし、彼自身も気付いていないのかも知れないが、彼は他者を拒絶している。
その殻に覆われた心の内は拒絶の棘に塗れ、未だ踏み入る事が許されていない。
御伽噺であればその茨の森を突き破り進むのは、果敢な騎士の一振りであるのだろうが、彼の場合は果たして——。
◆◇◆◇◆
「——貴方、お会いした頃よりも、すっかり髪も白くなりましたね」
「ははは、そうだろうな。君はいつまでも変わらないからな」
「フフ、そうですね。貴方もその髪の色以外はあまり変わらないように見えますが」
「大方、子どものように気の向くままに生きているからだろう」
他愛もない談笑がひとしきり続いた後、ふと二人の会話が止まる。その穏やかな、少しの沈黙の後に男はこう続けた。
君は——
——その長生を、辛いと思った事はないのかね
その声は、どこか労わるような色を含んでいた。
「いいえ、これが私の使命ですから」
目の前の、白面の男は窓の近くへと身を寄せると、柔らかく、しかし確かな意思を感じさせる口調で毅然とそう答えた。
この話はここで終わりです、と暗に示されているようでもあった。
男は暫く、その姿をただ黙って見つめる事しか出来なかったが、ややあって、意を決したように口を開く。
「これは仮定の話だから気を悪くはしないで欲しいのだが——もしもその長生が失われるとしたら、君はどうするね?」
男は問いかけた。
窓の外に目を向けていた白面の男の纏う空気が、傍目にも分かるように冷たく、硬質なものへと変わっていく。
白面の男が向き直ると、その面の奥に潜む白い睫毛の下には此方を咎め、窘めるように鋭い、射抜くような瞳が覗いていた。
「貴方らしくもありませんね。断りを入れれば何を言っても良いとでも。その質問がどういうものか理解しているのですか?」
「無論、そのつもりだ」
男もまた、引く事はないという明確な意思を露わにする。
先程までとは打って変わり、一触即発に近いヒリヒリとした空気が二人の間に走る。
だが、意外な事に先にその緊張を解いたのは白面の男の方だった。
「貴方が何を考えているのかは知りませんが、まあいいでしょう。私のこの血の力は、前世にてモーグ様の血を受け入れ、その祝別を受けた事と同義です。もし、自然に失われるのであれば、私の使命はもはやそこまで、という事なのでしょう。あまり考えたくはありませんが、いつかその時が来る事も一つの可能性として覚悟はしています」
彼の目線がす、と足元に落とされ、そのまま小さく伏せられた。
その憂いを帯びた姿に目を奪われる。
目の前の人物に敢えて不躾な質問をして不機嫌に、そしてまた感傷的にさせているというのに、この瞬間はそんなこともすっかり忘れて彼に見入ってしまう。
「——では、何らかの要因によって失われる、としたら?」
男は尚も続けた。
「何らかの要因? 一体どうやって?ありもしない仮定の話など、何の意味も、語る価値もありませんよ」
彼にとっては珍しく、苛立ちを隠すようすもなく辛辣に言い放った。
「すまない。流石に怒らせるだろうとは思っていたよ」
「そうですか。思惑の通りになりましたね。では一つだけ。もし、私に備わった力を失わせようとするものがあるならば、それはどのような理由であろうとも王朝への反逆と見なします。尤も、そのような事は出来るはずもありませんが」
「ああ、やはり申し訳なかった。こちらからも弁解させてくれ。先日君から過去の話を聞いただろう。それでつい。血を受け入れたという話を聞いて、それとその長生とは何か関係があるのではないかと邪推をしてしまったんだ。色々な地域の伝承を集めていてな、好奇心が勝ってしまった」
「はあ。——やはり、不用心だったかもしれませんね。熱に浮かされたとは云え、自らの身の上の話など」
いつのまにか、書斎の奥まった場所へと男は追い詰められていく。
会話はなく、見つめ合う瞳と瞳。
その沈黙を破ったのは、やはりヴァレーだった。
「ではこの私を——ここまで不快にさせた責任は取っていただけるのでしょうね?」
◻︎◻︎◻︎
寝室に入ると、二人は一糸纏わぬ姿となり、ベッドへともつれ込んだ。ベッドの下には無造作に脱ぎ散らされた装束が重なり合い、小さく山を作っている。
男がヴァレーの身体をす、と撫ぜる。
太腿の内側からその付け根をなぞるように伝い、腰の辺りから下腹部、そして脇腹へと向かう。
その遠回しに与えられる感覚からはまだ性感を拾う事が出来ず、そのこそばゆさに彼はぞくりと身体を震わせた。
正直なところ、ヴァレーはこのように密着して身体を重ね合わせたり、ただ徒らに全身を愛撫されるという事をあまり好まなかった。より即物的で、直接的な快楽がその身に与えられる事を望み、その甘く緩慢な行為を進んで遮る事もしばしばで、その姿は行為によってもたらされる他者との精神的な繋がりをきっぱりと否定しているようにも見えた。
男の方はそれを分かっているからこそ、その頑なな態度をいつか突き崩してやろうと、敢えて只管に優しく、その身に物足りない刺激を与え続けるのだった。
男はその肌の感触を味わいながら、組み敷いた身体の上、真正面からその顔を覗き込む。ヴァレーはその視線に気がつくと、顔の上に自らの手を軽く翳し、それを遮った。
「何故隠すんだ? 顔、見せてくれないかな」
「…………」
黙って後ろを向こうとする身体を男は押さえ込み、無理矢理に此方を向かせる。
「……っ」
男が予め用意をしておいた潤滑油を指先に纏わせると、ヴァレーは早く挿れろと言わんばかりに無言のままで軽く腰を浮かせた。
彼のそこは既に柔らかく膨れ上がり、さほど抵抗もなくあてがわれた指を呑み込んでいく。
「あっ……く、ゔ、っ……」
男が指を挿し入れると、その顔が僅かな苦痛に歪み、噛み殺した声が漏れる。男の指は熱く柔らかな内壁を掻き分けるよう、内部を傷つけないように、ゆっくりと侵入していく。
数秒程はその異物感に反射的に身を硬くし、眉根を寄せていたが、ひとたび呑み込み、慣らされると身体は弛緩し、その目元は恍惚とした色を見せ始めた。
しかし、男の方はまだ挿し入れた指を動かす事はしない。
ヴァレーはなかなか与えられない快楽に焦れているのだろうか、男から見ればさして意味もなく顔前に翳されているその手の、指の隙間から覗く二つの目がその意図を、そして性感を拾えずに悩ましげに揺れていた。
男はもう片方の、愛撫を進めていた手を胸へと向かわせると、その先端をぐり、ぐりと指の腹で捏ね、擦り上げた。何度か刺激を与えてやると、乳首が硬くなり、ぷくんと勃ちあがる。
「……っ」
それと同時に、後孔へ指をもう一本、ゆっくりと侵入させた。まだそう強い刺激を与えられているわけではないが、そこは既に熱を帯び、先ほどの手がぷっくりと立ち上がった乳首をぐりぐりと刺激するたび、それにつられてヒク、ヒクと内壁が痙攣するのが伝わってくる。身体の反応は素直なのに、と、此方から顔を背け続けている彼を見ながら男は思った。
「っ、あ、あ、あっ」
二本目の指も、少し入り口に挿し込んだだけでつぷつぷと貪欲に呑み込まれていく。しかし、まだ本格的な刺激は与えられない。
左手による愛撫もそう強く攻め立てている訳ではなく、執拗に、その乳首を指の腹で捏ね回し、時折ぎゅうと摘んでは押し潰す。
指も、内壁の柔らかさを愉しみ、軽く前立腺の近くを掠め、触るだけだ。
「……っあ、も……っう……!」
なかなか与えられない刺激に流石に焦れたのか、おずおずと、彼の腰が揺らされ始めた。
ヌルヌルと、指の周りの肉が動き、律動が始められる。その動きに水を差すように、男は指を曲げて先程まで避けていた前立腺をぐり、と刺激した。
「ん゙、ゔあ、あっ……!」
突然に齎された快感に彼の身体がビク、ビクと小さく跳ね、喉から堪えきれない喘ぎが漏れる。
その切なく、堕ちきれない快楽の波の中でヴァレーは悶えた。
——この緩やかに性感を与え続けられるだけの、こういった扱いはどうにも好かない。望まれるがまま、相手に請われるがままにその役割を演じさせて欲しい。それとも、もういっそ強く、強くその欲望をぶつけて突き崩して、理性など飛ばしてだらしなく喘がせて欲しい。
全てはこの収まらない痣の、身体の疼きを抑えるため。そしてこの行為そのものは目の前の男たちへの対価なのだから。
自らは決して籠絡される側であってはならない。
先程もどうしてあんな事を? 目の前のこの男に、不快にさせた責任を取れ、などと。いくら話を切り上げたかったからといっても、そんな誘い方はないだろう。
こちらから求めてはいけない。決定権は常に相手に委ねられるもの、そうであるべきなのだ。
先日だってそうだ。どうして身の上の話など。彼と居ると何故かこちらのペースを乱されてしまう。
ああ、どうにも焦れったい。この身体の疼きは強くなる一方なのに。お互い様の状況でもないのに此方だけはしたなく求めるなんて、考えただけでも羞恥でどうにかなってしまいそうだ——。
「……っ、は、あ……っ」
男の指がずるりと後孔から引き抜かれる。その刺激と喪失感に彼の思考は途切れ、意識が目の前の現実へと向けられた。
時間をかけて指を呑み込ませたおかげで彼のそこはもうすっかりと柔らかく、受け入れる準備ができていた。
だが、相手はやはり年齢的なものもあるのだろうか、ヴァレーがその中心に目をやるとそこはまだしっかりと立ち上がってはいなかった。
このまま男のモノがきざすまで愛撫を続けられるのは耐えられない——そう思い、彼は男のペニスへとその手を伸ばした。
「——んんっ、んむっ、んぅ、」
じゅぽじゅぽと、唾液を絡めた水音が鳴り響く。
ヴァレーは目の前の男のペニスに夢中で口淫を施していた。
まだくたりと柔らかいそれを舌を絡めて口に含み、そのまま口唇を使って扱くように吸い上げる。あまり事を急いでも上手くはいかないので、ゆっくりとその硬さと熱を確かめるように頭を振り、確実に責め立てていく。
男の方も、またその姿を見ながら彼についてどろどろとした想いを巡らせていた。
ヴァレーは先端からぷちゅ、と音を立てて口を離す。
「……っ、はぁっ……、どうかされましたか?」
「ああ、すまない。いや少し考え事をな」
「この姿を見下ろしながら考え事ですか、結構なご身分ですね」
ヴァレーはそう言うと、その顔を睨めあげるように見据えながら、もう一度男のものをぱくりと口に含むと、先程よりも強い力でじゅるじゅると責め立てていった。
「うっ……。悪かったよ、」
男のものがある程度立ち上がったところで、徐に彼が口を離す。
そうして、自ら後ろを向いて四つん這いになると顔を伏せ、男の方へと尻を突き上げた。
「はぁ、待たせたね」
「……いえ」
「ここに欲しかったんだろう?」
その声に応えることはせず、ヴァレーは目を閉じて、与えられるその快感に身を委ねた。
長さのある男の陰茎が、ヒクヒクと物欲しそうに蠢く淫らな穴へとあてがわれる。唾液と先走りに濡れた鈴口が、ぷっくりと赤く膨れた穴へと押しつけられ、ずぶずぶと押し込まれていく。その待ちかねていた粘膜同士の濃密な交接に、脳髄から焼き切れそうな刺激が全身に走る。
「あ、ああっ……! うっ……」
しっとりと汗ばんだその身体の、しなる背中から真っ直ぐに走る窪みにつぅ、と指を這わせると身体が小さくビクビクと跳ねた。
男の陰茎はその下生えが尻たぶに触れるぐらい、根元までずっぽりと突き込まれ、その質量を彼の腹のナカで主張している。
まだ抽送が行われる事はなく、男はただぐりぐりと突き挿れたまま彼の背中を抱き込むと、両の手で乳首をぐに、と摘んで刺激し始めた。
「〜〜〜〜゙、っ、あ゙ぁっ!!!」
一際大きく彼の身体がビクンと跳ねると、パタパタとシーツに体液が飛び散る音が聞こえる。
男が組み敷いた身体の下、彼は指先の色が変わるほどシーツを強く握り込み、はーっ、はーっと荒い息遣いを漏らしていた。
乳首を摘んで押し潰すたびにその身体が痙攣し、突き込んだ粘膜の襞が収縮する。
それでもまだ、求める刺激は一向に与えられない。身体の疼きだけが刻一刻と、強くなり、頭の中を支配して埋め尽くしていく——。
ヴァレーはもう観念したように、堰を切って相手に訴えた。
「っもう……っ、これ以上焦らさないで、っ、もらえますかっ……? ……貴方のもので、ナカぐちゃぐちゃに、掻き混ぜてください……っ、もう、ほんと我慢、できなくて、ずっと、奥が苦しいんですっ、奥まで突いてもらわないと、届かなくてっ……! これで、満足、ですか……ッ」
「はぁ……君はほんとに人を惑わせる天才だな」
本当はまだ彼の身体をゆっくりと味わっておきたかったのだが、その羞恥に塗れ、絞り出すような声を聞いて男の方もそれ以上理性を保つ事ができなかった。ヴァレーの腕を引っ掴むと、堪えきれずに自らのモノを深く突き挿し、引き抜いてはまた何度も突き挿れた。一際奥にぐぽんと押し込むと、彼の身体がまたビクンビクンと大きく痙攣する。
「〜〜〜〜゙、っ、あ゙ぁっ!!!」
肌のぶつかる音と、ぐちゅぐちゅと淫靡で猥褻な水音が部屋に広がっていく。彼の口からはだらしなく、低くざらついた嬌声が零れ続けていった。
「あ、あっ、あ゙、もうっ、そこ、むりっ、あ゙っ、〜〜、〜゙〜〜゙、」
男の方も限界が近づいていた。その乱れた姿を目の当たりにして、射精感を堪えることなどもう出来そうにも無かった。
「うっ、あ、出るっ……!」
「〜〜、〜〜っ、ぐぅ……ッ、うぁ……ぁ、っ……」
◻︎◻︎◻︎
「先程はすまなかった、そんなに焦れているとは思わなかったんだ」
「……いえ、でももうこういったやり方はやめて下さい……」
ベッドに突っ伏し、ふわふわと意識が飛びかけている頭で、ヴァレーはそう答えた。
息は荒く、身体もじっとりと汗ばんでいる。
「……貴方と……居るとどうにも何かが崩れそうな気がして…………」
話しているうちに、目もとろとろと微睡みの向こうに飛ばされていくのが見えた。
「それは、褒め言葉と受け取ってもいいのだろうか?」
男の言葉に、返事はない。
「君はもっと——人を信用してくれても良いんだよ」
「……」
その声はまだ聞こえていたのだが、拾い上げてしまうともう戻れなくなってしまうような気がして。
その言葉を無理矢理に頭の片隅に押しやると、ヴァレーは与えられた気怠さに身を委ね、その意識を緩やかに手放していった。