「今月の売り上げはどうだ?」
「はい、社長。既にノルマは達成、今の時点で前月比110%超と、上々であります」
「そうか、順調だな。彼らは皆、まだ見ぬ主人を待ち侘びている。そのために造られた存在なのだ。一刻も早く出荷してやらねばな」
二人の前を、真っ白な人型機械が産まれたままの姿で流れていく。彼らは皆、質感こそ人間さながらであるものの、皆一様に陶磁の白さと人形のように等しい見た目をしていた。目を閉じて眠っているその顔は、極限まで個性を削ぎ落とされてはいるが、彫刻のように端正かつ均整の取れたものだった。スキャン検査機の前で売上について意気揚々と話し込んでいる男たちの前を、一体の人型が通り過ぎる。それとほぼ同時にビープ音が鳴り響き、赤色灯が激しく回転、明滅する。停止したコンベアの上、流れゆく人型の一体が、男たちの前に大きな擦過音を立てて弾き出された。
「こいつはなんだ? 一体どうした」
「まさか、こんな時にエラーだって? 社長、申し訳ございません。このライン確立以来、我々生産部門は不具合無しの記録を更新し続けていたのですが……。どうやら、初めてのエラー個体のようです。やはり昨日、生産速度を1.025倍に調整したのが影響したのかもしれません」
「御託はいい、こいつは使えるのか? それとも、使えないのか」
「画面にはM―05パーツの、神経認識回路接続異常と出ています。神経接続機能が育ちきるほんの直前に、次の工程に進んでしまったのでしょう」
「質問に答えていないぞ。この人型機械たちは可能な限り、生体に近づくよう開発されている。一体にかかるコストも馬鹿にはならないんだ」
「それは承知していますが……B―05は彼らの最も重要な部位、交接用のパーツです。ああ……これはまずい。社長、この不具合では、この個体はオーナーを識別できないでしょう」
社長と呼ばれた大きな男は、顔を顰めた。
「つまり、こいつは接合認証ができないと? それはだめだ。我が社のカスタムアンドロイドは、顧客を喜ばせる為の特注品なんだ。『貴方だけのものです、貴方のものが最高です』などと宣いながら、その実、他の男のものでも全く同じ反応をすると知れればどうなる? 顧客は自らが、彼らにとっての『特別』である事を分かってわざと他の男に抱かせ、反応を楽しむ事もあるというのに。他の男のものを粗末だと、そう言わせたいがためだけにな」
男は顎に手を当てると、忙しなく辺りをうろつき回る。
「万にひとつ、こうした不具合のものが外部に流出すれば、我が社のブランドは地に落ちる。間男に寝取られでもしたら、一巻の終わりだ。そんな不良品、表に出せるものか。再利用できる部分はそうすれば良い。だが、利用価値がないのならこれはスクラップ行き、バラして豚の餌にでもしてしまえ」
「——お言葉ですが、社長」
声を荒げる社長と、それを黙って聞いている部門長。二人の背後から突如として、この場に似つかわしくない愛らしい声が飛んだ。
「私たちの造り出すこの世界に、欠陥のある者など居りません。彼を生かしてあげましょう。我が社の名を、更に世に響かせる良い機会かもしれませんよ」
「どういう事だ? 我が愛しの伴侶よ」
「これは、社長夫人。こんなところまで、よくいらっしゃいました」
社長夫人と呼ばれた人物は部門長からの最敬礼を受け取ると、未だあどけなさの残る貌で微笑んだ。
「このアンドロイドを、我が社の広報に任命してはどうでしょう。このモーグウィン・インダストリーズの、新しい広告塔として」
「ははは、スクラップから広告塔への返り咲きとは、それは大抜擢だな。一体どういう事だ? 何か策でもあるのだろう」
「ええ。我が社のカスタムアンドロイドは特別な魅力に溢れています。ですが、なかなか一般には手の届かない高価な代物。生体と無機生命体との調和、白銀を触媒とし、独自に開発した技術によって生み出された彼らには、まだまだ莫大な製造コストが掛かります。一体たりとも、無碍にはできません。それに、彼らを所有する素晴らしさは唯一無二。一般の方々にも、その事をぜひ体験してもらうチャンスではありませんか? 『富は分配せよ』かの高名な学者先生も、そう仰ったでしょう。貴方だけの、カスタムアンドロイドとの生活。それはそれは、夢のような日々を送れるのだと。きっと、契約書の束はすぐにでも、受付を埋め尽くす事でしょうね」
年齢不詳、金に輝く長い髪を湛えた小さな社長夫人は、その外見とは裏腹に妙に大人びた、鈴を転がすような声で言う。その言葉に、社長は無骨な顔を綻ばせた。
「素晴らしい。それは良い考えだ。ああ、早速そうしようではないか。彼は欠陥品などではない、特別な、選ばれし個体だったという訳だな。——ならば、私が直々にその名を付けてやろう。きっと、その名はこの街の誰もが知るようになる。彼は文字通り、我が社の顔となるのだろう」
「ええ。必ずや、そうなるでしょうね。流石は社長、愛に溢れた素晴らしい判断です。この彼もきっと、喜びますよ」
◇
【VARRE】
白いボディの上腕に刻印されたのは、体験用個体として社長から直々に名付けられた彼の呼称。額にはモーグウィン・インダストリーズのロゴである、赤い三又の聖槍の紋章が小さく輝いている。出荷前の製品用個体と同じく、ヴェールのような薄布を顎の下まで被り、起動の時を待つ白無垢の姿——それはさながら、輿入り前の娘のようにも見えた。だが、彼はこれから社の広告塔として不特定多数の男たちに、その機能を隅々まで『体験』されるべく佇んでいた。
今、この大都市で最も需要がある愛玩交接用カスタムアンドロイド、いわゆるセクサロイドが、ここモーグウィン・インダストリーズで日々生産されている人型機械——TYPE男体モデルであった。権力者たちはこぞって彼らを買い求めた。均整の取れた美しい身体に男性器を備えた高級ボディの擬似アナルを自らのペニスで喘がせ、男性機能を日々逞しく維持させるのが昨今のトレンドであり、富裕層らのステータスとされた。彼らはパーティーにも、この自慢の高級セクサロイドを同伴させて、周囲にトロフィー・ダッチワイフとして見せびらかした。タイプのトレンドは時代と共に移り変わる。それでも、今市場で最も求められているのが、彼らTYPE男体モデルである事に異論はなかった。
年齢不詳のうら若き社長夫人がスクラップ寸前のセクサロイド・ヴァレーをあわや豚の餌となる運命から救い上げて一週間。最終テストでも、やはり彼の交接用パーツは挿し込まれた物を識別せず、当初の予定通りに広告塔としての初仕事、則ち体験会の日取りが決定される運びとなる。その事実は、ヴァレー本体には伝えられていない。相手を識別できないのであれば、この個体にとっては特定であろうと、不特定であろうと、何ら関係のない事だろう。テスト担当者は調整を終えると、そう言い切った。
モーグウィン・インダストリーズのビルの前には、既に体験会の噂を聞きつけた者たちが長蛇の列を成していた。中には到底、最新の高級セクサロイドなど買えそうにもない風体の輩も混ざっている。というよりも、ウインドウにひしめく殆どが、そうした身なりの者だった。
鼻息荒く群がる人々の光景を、内側から眺めている男。彼は心底、うんざりとした表情を見せていた。男はここの社員、そして、体験会の案内役だ。高級な刺繍がふんだんに施された社用スーツに身を包む長身は、社長のお気に入りとして重用されている者の証だった。
「全く、あんなに顔を近づけて。今朝磨き上げたばかりのウインドウが汚れてしまう」
案内役が苦言を呈すると、隣に居る同じスーツの男がせせら笑う。
「ガラスなんか、いくらでも汚させてやれよ。契約さえ取れれば良いだろう。後は知った事じゃねえ。それに、もうじき時間だ。奴らは未来の大事なお客様、丁重にもてなして、こっちの部屋に繋いでくれよな」
立ち上がった男は案内役の肩を数回強く叩くと、隣の部屋へと消えていく。残された彼が時計を見る。先ほどの男が言った通り、体験会まではもう、まもなくだった。
5分——3分——1分。
長針が12を指す。
案内役は恭しく一礼をすると、厳かに、かつ丁重にウインドウを開け放った。途端、目の前にひしめき合う者達の喧騒と熱気が雪崩れ込み、部屋の温度が数度上がる感覚がする。彼は深く息を吸い込むと、初回の権利を手にした幸運な男へと声をかけた。
「予約番号01番の方。どうぞ、こちらへ」
予約票と身分証を提示した男は、いかにも中流といった身なりだ。だが、自らこそは、このショールームに相応しい上客だというふうを装うよう、威厳たっぷりに、暑苦しい人ごみをかき分けながら前へと躍り出た。その時に、案内役は男がしきりに股間を気にしている滑稽な姿を見逃しはしなかった。無論、見ぬふりをわきまえつつ一礼をすると、彼を部屋の奥へとエスコートする。
——辿り着いた重厚な扉を開くと、高貴で重苦しく、艶やかな香りがふわりと漂った。隣の男から、小さく感嘆の声が漏れる。それは今から行われる事へのムードを、殊更に盛り上げるものだったのだろう。薄暗く照明を落とされた部屋の中央、スポットライトに照らされた場所に、白い身体がひときわ目立つように浮かび上がっていた。その人型はこちらを認識すると顔を上げ、擬似声帯から発せられる声音を穏やかに響かせた。それはうっとりと、囀るように男たちの鼓膜を震わせたのだった。
「私はヴァレー。貴方だけに愛を捧げます。私の貴方、たくさんの愛と共に、どうかこの身体を、重く、重く取り立ててください」
声の主である体験用セクサロイド・ヴァレーは木製の椅子、そのアームレストに大きく広げた脚を乗せた格好で座らされていた。頭衣からふわりと掛かる、ヴェールを纏った顔。僅かな布面積とレースに彩られている、つややかな肢体。がばりと開け広げた脚の間には男体モデルの象徴——つまりは男性器が覗いているはず——であったが、そこは銀製の、薔薇の細工の施された貞操帯にしっかりと覆い隠されていた。それは彼の分泌液が顧客の服を汚してはならないという配慮のゆえ、更には、続きは製品版でのご確認をという暗黙の明示でもあった。
男の目は、ヴァレーの白い身体に釘付けになっていた。目線はすぐさま引き下ろされ、薔薇の白銀細工から、つるりとした会陰部に落とされていく。更に、その中央には待ちかねた男の目的である、愛らしいピンクの窄まりが誘いを掛けるようにヒクついていた。そこは既に、男を受け入れる準備が出来ているとばかりに、とろりと淫らに濡れていた。
「この分泌物は安全なものです。直腸を再現した組織からは特製の媚液が滲出し、お客様のペニスをより硬く、大きく滾らせますよ」
案内役の男が説明を加える。それと同時に、セクサロイド・ヴァレーもまた、声を出した。
「——私に愛撫は不要です。濡らす必要も、ほぐす必要もありません。もちろん、指で好きなだけ掻き混ぜて、お好きな柔らかさまでふやかしていただいてもかまいません。全ては貴方の、お望みのままに」
当然の事とばかりに、淡々と述べられる行為への説明と、男性的な声帯から発せられる言葉とが織りなす光景に、男はごくりと生唾を飲み込む。
「ほう、遠慮は要らねえって訳だ。いつでもどこでも、すぐに俺の相手をさせられるんだな?」
「ええ。もちろんです。私はそのために、存在するのですから。——ねえ、私の貴方」
小首を傾げて上目遣いに囁き、誘いかけるような声に、男は俄然スイッチが入ったようだった。ガチャガチャと性急にベルトを外す音が鳴り、下穿きを幾度か足に引っ掛けながら、男の衣服が乱雑に脱ぎ捨てられる。腑抜けただらしのない顔は、媚液に濡れてひくついた雄穴に向けられたままだった。
下半身を露わにした男は椅子に駆け寄ると、とろりと光る、ピンクに閉じた窄まりの割れ目に指を当ててずりずりとなぞりあげる。そして顔を寄せると、興奮冷めやらぬ様子で問いかけた。
「お前、俺が初めてって事で間違いないんだな?」
「ええ、生身の男性を受け入れるのは、貴方が初めてです。どうか、優しくしてくださいね?」
「それは約束できねえな」
男の息が、ヴァレーの耳に生温かく纏わりつく。太く短い指が、しっとりと濡れた窄まりに埋め込まれていった。
「ん……ふぅ……」
鼻にかかる甘い声。先程まで男を誘う仕草と文句を放っていた彼の端正な目元は喘ぎと共に僅かに歪み、与えられる淫靡な刺激への反応を露わに示し始めていた。
「あ……、ん、ぁ……っ」
指の腹で内壁をくにくにと擦りあげると、ひく、ひくんと白く、柔らかな下腹が悶え、震える様子が見える。
「どうだ? 初めて中を触られる感覚は」
「ん……からだが、熱い……なかと……頭の奥が甘く痺れて……あ、……んッ……!」
挿入する指が増やされ、分泌液で濡れた内部がクチュクチュと掻き混ぜられていく。腸壁はヴァレーの身体の中でも、最も性感神経の密集する所。そこはほんの僅かな刺激にさえも、官能的な快楽を敏感に掬い上げるように造り出されていた。
「あ……んぁ……ッ?!」
「お前、愛撫は不要だと言ったが、随分良さそうに喘ぐじゃねえか。このまま、もっと感じるところを虐めてやろうか?」
指がヴァレーの腹側に軽く曲げられ、何かを探るように動かされた。直腸内を蠢き、擦り、這い廻る指。ヴァレーは交接部から全身に波及し始めた淡い官能に身悶えると、男の欲を煽るように切なげな喘ぎを漏らして肢体を捩る。そのさなか、中を探り当てていた男の指がある場所を掠めてピタリと止まった。
「おっ、ここだな? ちゃんと前立腺があるって噂は、本当だったんだな」
「は……ぁ……、ゼンリツセン……? それは……?」
上気し、潤んだ瞳。だが、今しがた投げかけられた言葉の意味を理解できず、きょとんとした顔で尋ねるヴァレーに、男は怪訝に眉を吊り上げる。
「おい、こいつは自分の身体を知らないのか? そんな事で、主人を満足に喜ばせられると思っているのか?」
男は案内役に問いかけた。案内役の彼は想定していなかったヴァレーの反応と、それによってもたらされた不穏な空気に僅かに緊張を走らせる。だが、平然を装いながら言葉を選ぶと、こう返答した。
「このヴァレーは体験用。プログラムに一部製品版と異なる所はありますが、身体の機能や感覚器の性能は変わりません。どうぞ、ご安心ください」
その言葉を聞いた男は、サディスティックな笑みを浮かべた。そして、内壁を指で撫ぜられてひくひくと身悶えているヴァレーに囁いた。
「ほう、そうかい。じゃあ俺が、そいつが何かを、今からたっぷりと教えてやるよ」
ふにふにと捉えられていた柔らかな場所に複数の指が絡められる。男は柔らかなしこりを腸壁越しに刺激すると、その場所を集中的に責め立て始めた。
「ひ……ッ、そこ……ぉ゛ッ!? あぁ、……や、……! 激し……っ……!」
ヴァレーは絶え間なく訪れる激しい性感と、官能的なスパークに目を見開いた。上擦り、甲高い声を上げると無意識のうちに男の首元へと腕を回し、ぎゅうと強く縋りつく。椅子の重量は十分なものであったが、二人分の体重にギシギシと軋むような音を上げていた。男はヴァレーの身体を抱き寄せると、挿入した指先から更に深く、激しく、愛撫を繰り返す。
「ひ、あ……あ、っ、あ゛……っ、も……だめ、ですッ……あ、何か……来る……ッ、やぁ゛、たすけ……て……ッ……」
下の穴からは、分泌液を絡ませた指がいやらしい水音を立て続けていた。ヴァレーは絶え間ない快楽の波を逃そうと、身を捩り、喘いでいた。瞳は男の肩越しに、そして助けを乞う声と共に、幾度も案内役の方へと向けられる。
そして、ひときわ大きな濁声と共に白い喉がビクンとのけ反ると——男の肩上に乗せられていた足先が、がくがくと電流を流されたかのように幾度も激しく痙攣した。
「はん、もうイッたのか? 中もぐちょぐちょに蕩かせやがって。これからが本番だろう」
足を開脚したまま、ぐったりと椅子にもたれかかっているヴァレーを横目に、男は自らの男性器を漲らせていた。先走りに濡れたそれは、役割を誇示すべき時を今か今かと待ちかねているかのようだ。
「さあ、挿れるぞ。どれほどの具合か、俺の身体で存分に味わってやる」
赤黒く怒張した鈴口が、ふやけたピンクの媚肉にくちゅんと押し当てられる。柔らかく広がる結合部は、その内部を欲で満たすためだけの器官を、包み込む様に受け止めていく。
「あ……ふぅ……ッ」
「ああ……すげえ……っ、入口は柔らかいのに、中はちゃんと狭いじゃねえか。思ったよりもギチギチで纏わりつく……ッ!」
男は腰を揺すりながら、媚肉のさらに奥深くへと自らのものを侵入させた。愛らしかった小さな窄まりは、ぴたりと閉じていた割れ目をなす術もなくこじ開けられ、赤黒く質量のある肉の塊を、今や限界までその口を開けてぐっぽりと咥え込まされていた。開脚した太腿の間、ふたつの尻たぶの真ん中に、ぬちゅっ、ずぷんと粘質な音を立てて、血管を浮き上がらせた男の生竿が陰湿に出入りを繰り返していく。
「はあ……、ちんこが蕩けるみてえだ……ヌルヌルであったけえ……」
「あっ、あん……あんっ……ん……」
打ち付けられる肌の音、そして律動に合わせて更に深い場所への挿入が適うよう、ヴァレーの腰も前後に揺れ始めていた。男はエラの張り出した嵩高い場所を埋めては引き抜き、きゅうと閉じた肉壁がまた開いていく感触を確かめる。次第に熱を増していく、ねだるような腰の動き。それは経験豊かなセクサロイドである事を示している筈なのに、ヴァレーから発せられる喘ぎ声、どこか無垢を気取られまいと目元を歪め、口元を噛み締めて強がるような仕草に、男は魅せられていた。白く、眩しい尻の谷間に自らのものが繰り返し飲み込まれる光景を、ため息を吐いて眺めている。
「……あっ、はぁっ……はぁっ、ん……ッ……」
「——こりゃあ最高にクる眺めだな。おい、兄ちゃん、見ろよ、俺のでけえのが、こんなに奥まで入っていくぞ」
玉のような汗が額に滲み、太った腹の上からもそれが滴り落ちていた。案内役はさして大きくもない男のものを内心は鼻で笑ったが、結構なものをお持ちですね、と世辞を返す。
「おらっ、お前も気持ちいいんだろッ!」
「ん、ぐうっ……!」
ヴァレーは椅子と男の間に挟まれ、身動き一つ取る事ができない。滴る汗が、ぼたぼたと身体に降り掛かる。開け広げた脚の間、脂肪塗れの身体が重量を伴って出入りを繰り返す。男の怒張が腸壁をこそぐ度に、全身に耐え難い快感が迸った。絡み合う身体は最大限まで肌を密着させ、最奥に男のものを受け入れていく。
「んおっ、お゙っ、あんっ、そこっ、中、ごりごりっ、擦れっ……気持ち、ぃッ……」
「いいぞ……ああ、最高だ。おい、このまま奥にぶっ放しても良いんだな?」
瞬間、ヴァレーの瞳が不安を湛えるように色を失くした。少なくとも、案内役の男にはそのように見えた。
「いや、あ、貴方……? ぁ……私は……、ここで何を……?」
「おい、何だ? ここで何を、だと? なんだよ、せっかくのムードが興醒めじゃねえか。どうやらこいつは、躾が足りてねえようだな。俺の後にまだどれだけ控えてるかもしらねえで」
男はヴァレーに罵声を浴びせると、床に四つん這いになるように命令した。
案内役の男はまた、想定外の事象に身を強張らせる。どうやら先ほどの応対も含め、ヴァレーの不具合は接合認証機能だけではないようだ。言動から恐らく、記憶回路にも異常があるのだろう。最悪の場合、中止も視野に入れるべきかとの思いが頭をよぎる。この体験会において、姦淫以外の直接的な暴力行為は禁止事項だ。
だが彼の懸念に反して、男はヴァレーを詰りながらも、どこか上機嫌に見えた。その行為は半ばプレイの延長のようにも見えた。数瞬の間ではあったが、最終的に緊急度は低く、手出しは無用と案内役は判断した。
ヴァレーは不安そうな色を瞳の奥に残したまま、彼の方をじっと見つめていた。だが、観念したのか男の命令に従うと床に手をつき、四つん這いの姿勢を取る。先ほどの男の様子にヴァレー自身も、何かまずい事を口走ったと察したようだった。
「……私の貴方。先ほどは失礼をいたしました……」
「お前、自分が何のために存在しているのか、分からねえのか? ここで毎日、男を悦ばせるためだろうが!」
揺れる双丘が、左右にぐっぱりと押し広げられて露わにされる。先ほどまで男と深く繋がっていた場所は、繰り返し与えられた刺激にヒクヒクと切なげに震えていた。男はヴァレーの肩を抑え込むと、自らの怒張を勢いよく根元まで押し込んだ。
「はぁ、あ゛……っッ! あ、もうっ……そこ、深……い゛ッ……! あ゛ぅ……ッ、……!」
ヴァレーは先ほどの体勢よりも強く、更に奥深く体内を抉られる感覚に、タガを外してしまったように喘いでいた。夢中で抽送を繰り返している男にも、じきに限界が訪れる。
「ああ、だめだ、だめだ……ッ、出るッ! おい、このまま中に出すぞ! 初交尾で中出しキメられやがって! この一発でお前はもう、淫売中古確定なんだ……! 全部飲み込め……っ!」
男の呻きとヴァレーの上擦り、裏返った濁声がラストスパートと言わんばかりに室内の空気を加熱させた。互いの荒い息、モノのようにがくがくと揺さぶられ続ける身体。男が動きを止めた瞬間に、渦巻く欲望がとめどなく吐き出されていった。
「あっ……うぐぅッ……何か、熱い……中……ッ」
精を体内に放たれ続ける間もがっちりと肩を押さえられ、男のものを引き抜くことも許されない。息も絶え絶えに痙攣しているヴァレーを横目に、男は叫んだ。
「すげえ……っ。媚薬のせいか? 出したのに全然収まらねえ……! おい、このままもう一発くらいやれるよな?」
「そうですね。まだ、体験時間は残っています」
案内役の男が時計を確認する。それとほぼ時を同じくして、ヴァレーが男に告げる。
「あ、あぁ……。素晴らしい……体験でした……私の、貴方……」
行為の終わりに回路がスイッチしたのだろうか。媚びるような蕩けた瞳で、男を見つめながらヴァレーはうっとりと囁いていた。だが、男はそんな愛想にはもはや興味がないとばかりに、再び彼の身体を覆い尽くす。力任せに肌を打つ音、粘質な水音、そして潰れた濁声が、また部屋の中に満ちていった。案内役の男は、脂ぎった背から伸びては揺れる白い四肢を、ただ黙って眺めていた。
——いかがでしたでしょうか。これで体験会は終了です。
身支度が整いましたら、あちらの出口から隣の部屋にお進み頂き、簡単なアンケートにお答えください。弊社の製品がお気に召しましたら、そのまま本契約にお進み頂けます。
案内役はそう言うと、サービスの飲み物を手渡す。
「ああ、十分楽しませてもらったさ。——そいつは、どうなんだ?」
「どうとは?」
「そいつと契約できるわけじゃないんだな?」
「ええ。この後も次の体験者がお待ちですから。本契約を頂ければ、今と全く同じ初めての関係から、お客様だけを経験してより能動的に愛を捧げ、献身する個体をご提供できますよ」
「——なら問題ないか。ありがとうよ」
男はそう言うと、体液に塗れてぐったりと動かなくなったヴァレーの姿を一目見ることもなく、上機嫌で隣の部屋へと去って行った。
その後も全く、そして殆どと言っても良いほどの同じ行為が、時計の針が回る中に繰り返し、相手を変えて行われ続けていった。最後の男を隣の部屋に見送ってから一刻。ようやく業務終了のアナウンスが館内に鳴り響く。
『——本日の業務は終了いたしました。従業員は作業を終えて、速やかに清掃をするように』
案内役の男は大きな溜息をついた。自社の製品がどのような目的で使用されているか、理解はしているつもりであったが、いざ直接的な行為を絶え間なく目の当たりにすると、変わり映えのしない欲望の発露にいっそ、吐き気すら覚えるほどだった。目の前には、最後の男に使い込まれたヴァレーがぐったりと椅子に倒れ掛かり、喘ぐように息を切らしている。流石に大丈夫だろうかと声を掛けようとしたその時に——営業担当の男が、隣の部屋から姿を現した。
「初日は大盛況だったな。契約書もこの様だ。まだ初日だってのに、上はもう日取りを延長しようと数字の勘定を始めてやがったぜ。なんせ、こいつが一日で相手出来る数には限度ってもんがある。だが、逆に言えばそれが希少価値ってやつを産むんだとさ。予約は明日の分も、開始と同時に満員御礼だ。いい働きっぷりだな、ヴァレーちゃんよ。仕上げに、こいつにたっぷり可愛がってもらえよな。なに、用途は違えど同じアンドロイド同士、仲良くできるだろう」
男は、案内役が履いていた豪奢なスーツを掴むと、それを下着とともに勢いよくずり下げた。そこには男性器の代わりに、ゴム製のトゲのついた筒状の物体が、だらりとぶら下がっていた。
「ほら、こいつの掃除はお前の役目なんだろ。臭いや汚れが残らないように、あとは変な事を口走らないよう、明日のお勤めのために徹底的にメンテナンスしてやれよ。結構な客が、あのセクサロイドは最中に頓珍漢なことを口走る、製品版はどうなんだと尋ねてきたぞ。だが、最後には口を揃えて、それはそれで良かっただのと言うもんだから、何が良いのか分かったもんじゃねえな。俺はこれから、家で自分だけのヤツと、お楽しみの祝杯だ」
営業担当の男が部屋を出ると、伽藍堂の空間には二体のアンドロイドだけが残された。案内役は先ほどずり下されたズボンを引き上げると、無言で清掃を始めた。一人ごとに清掃はしているが、次の体験間隔までが五分という短い時間では、到底取りきれなかった飛沫が床に点々と照らし出されている。男は床に付着した体液を一つ一つ、丁寧に拭き取っていった。ひとしきり終えると、彼は額の汗を拭い、ヴァレーを見る。椅子にしなだれかかったままの裸の白い肌が、ライトに照らされて眩しかった。その下腹は何十人もの欲望の発露を溜め込んで、孕みたての生娘のように、しめやかに膨れていた。
膨らんだ下腹の中に溜め込まれた液体を排出させるためには、彼を清掃モードに切り替えた上で前立腺をくまなく刺激、身体を弛緩させておいてから、付属品の大型ディルドで結腸に繋がる窄まりを無理やりにこじ開け、掻き出す必要があった。付属パーツはゴム製でトゲの並ぶ、いかにもといった見た目のグロテスクな代物だ。それは、案内役の中心に備え付けられたそれと同じだった。この大型ディルドを挿れて掻き回すと下腹がぼこんと大きく膨らみ、圧迫と苦痛にセクサロイドが苦悶の表情を浮かべて喘ぐため、それは視覚的に彼らを虐めるためのオプション用パーツとして、特に人気があった。
案内役の男はヴァレーを清掃モードに切り替えると、男性器を覆い隠していた白銀の、薔薇の意匠の貞操帯を取り外す。解放された彼の陰茎は柔らかく萎れ、白く濁る分泌物にどろりと包まれていた。それを綺麗に拭き取ると、上体を起こして持ち上げ、再びアームレストの上に脚を広げさせる。ほんの始業前まで新品同様だったピンクの窄まりは、白い尻たぶの真ん中でぱんぱんに赤く腫れあがっていた。この場所を時間をかけて使い込み、綺麗な縦割れアナルに仕上げるべく調教するのが彼らを所有する男たちの妙であろうが、このペースでいけば最短で、そうした見た目に変貌を遂げてしまう事は明らかだった。
ぐい、と親指で赤く膨れた入り口を捲り上げ、媚液と多数の白濁に塗れた擬似アナルに指を差し入れる。人差し指と中指を使い、すっかり硬くなった前立腺を探り当てると、その場所をトントンと細かく突き上げた。
「ん……ううっ……ふぁ……ああぁ……ッツ!!」
先程までぐったりと口を閉ざしていたヴァレーが身悶える。体をのけぞらせ、高く上げられた足先がピンと天を向いてはビクビクと小刻みに痙攣して切なく揺れた。その姿は、今日のうちに何度も繰り返し男の目に焼きついたものだった。
「あ、貴方、どうして……? ぁ、身体の中……奥っ、何か、来るっ……! んんんッツ……!」
指全体にも感じられるほどの強烈な締め付けと共に最奥の弁が弛緩して、プシャっと体液が排出される感覚がした。指を引き抜くと、ごぷごぷと音を立てて多量の白濁が流れ出し、下腹が見る間に萎んでいく。夥しい量の体液を放たれた場所は弛緩と収縮を繰り返し、生臭く、刺激臭のするそれを大量に吐き出していった。
「あ……ん、はぁ……っ……」
「すみません、今から内部のメンテナンスさせていただきます。少しの間、我慢してください」
数多の欲望を受け止めて、性的な行為を楽しむためだけに造られた身体。だが、認識機能の異常のためか、度々無垢な反応を返す彼はこうした役目を与えられても尚、純真に見えた。先程まで彼を丁重に取り扱おうと思っていたのに——いつしか男の中にも、このVARREと刻印されたセクサロイドを恍惚と愉悦の海に溺れさせ、淫らに啼かせたいとする気持ちが兆していた。
男は彼を椅子から引き下ろすと、背もたれに手を掛けさせ、足を開いて立たせた。白く艶かしい肢体の曲線が、ライトに美しく照らされる。そのまま片足を曲げるように、ぐいと持ち上げた。尻の間からはまだ体内に残る白濁が、糸を引いて床へと垂れ落ちていく。男は自らの中心に備え付けられたオプションパーツを、双丘の割れ目にぐいぐいとめり込ませていった。
「……?! ふぅ……っ、う゛……、貴方、ッ、それ、大き……! い、あ゙ぁあ゙あぁッツ!!」
濁声が空間を裂いた。ひとたびそれが内側に突き抜けると、その先はスムーズだった。押し込まれ、限界まで内腔を拡張されてぼこんと膨らんだ下腹。その光景は、今日の体験会ではついぞ見る事のできなかったものだ。
「それ以上は……! 貴方、お願いですから、も、動かさな、で……ッ!」
男は言い知れぬ優越に浸っていた。片足を抱え上げられ、背後から凶悪な形状のディルドに激しく突き上げられる身体。ヴァレーは絶叫に顔をのけ反らせ、喘ぎながら行為の中断を懇願した。男は手綱のように腕を引き、勢いをつけて弛緩した疑似結腸を突き破ると、その場所を夢中になって犯し抜いた。ぼこん、ぼこんと、幾度も下腹が引き伸ばされては膨れ上がる光景が、魅了され、引きずり出されてしまった征服欲を過激に満たしていく。
「あっ、あごっ、うぐっ、げぇ……こ、われる……っ、私の……からだっ……」
案内役の男は自らの役割を半ば忘れるかのように、彼と身体を繋げ続ける行為に没頭していた。そのさなかに突如、男は光の明滅を見た。視界を埋め尽くすスパークの先に映るのは満点の星空。その下で、幾度も身体を交えた光景が広がっては消えていく。
——一体、今の光景は? それすらも、造られた記憶なのだろうか。自分たちはこの場所で造り出され、生体機能を持つだけの人型機械。そして、働き続ける歯車の一つに過ぎないというのに。恐らくは、この行為にも、意味を、そして感情を見出してはいけなかった。だが、重ね合わされる肌の感覚を拾う神経系統が、克明に意識を、そして理性のコードを繋ぎ合わせる度に書き換えていく。全てが造られ、管理された世界の中。この感覚だけが今、確かな真実だった。
擬似結腸の内部を激しく掻き混ぜていたゴム製の、トゲだらけの竿を勢いよく引き抜いたその時に、ヴァレーはあっけなく絶頂を迎えていた。男は、自らの身体からは決して放たれる事のない白濁の体液、トゲに絡みついた数多の欲望の残滓を見て——あたかも自らが、彼の中を汚していたような錯覚に陥った。後には、二人の荒い息だけが部屋に残されていた。照明も最低限に落とされたこの場所を満たすのはこれからもずっと、欲望によって生み出される猥雑卑猥な音だけなのだろう。
「——素晴らしい体験でしたね……私の貴方」
振り返る蕩けた瞳。痙攣した白い身体から絞り出される音。その言葉を聞いた時に、男ははっと我に返った。それは、清掃時には決して聞くはずのない台詞。絶頂の直後に発せられる音声プログラムのひとつだった。
ヴァレーの上体がむくりと起き上がる。瞳は先ほどまでの沈んだ色を消し、ただ恍惚としてこちらを見つめている。男はその身体を引き寄せると強く抱きしめた。そして、何故かそう、囁かずにはいられなかった。
「あなたはまた、誰にでも身体を開くのですか」
「いいえ、私には貴方だけです。——そうですよね。私の貴方」