「ああ、お医者の先生、どうも」
「こちらこそ、どうも。梯子など持ってどちらへ?」
「照明の不具合だと連絡がありまして。先生は、この時間から往診ですか」
「ええ、そんなところです」
「私も腰が痛くて、この作業は辛いんですがね。良い薬があったらぜひ、教えてくださいよ」
見知りのコンシェルジュと他愛のない会話を終え、ヴァレーは上階へと向かう。道中、いくつかの照明が点滅しているのが目についた。部屋の前は、すっかり明かりが切れてしまっている。
珍しい事もあるものだと、薄暗い中、彼はドアに手を掛けた。
——部屋に入るとすぐに人影が見えた。途端、背中に鈍い衝撃が走る。身体をドアへと押し付けられ、向き直った先の男は既に欲に塗れ、ぎらついた眼差しで彼を見下ろしていた。
その貪欲な捕食者の視線に、長年飼い慣らされ、身体の隅々までそうしたサインの意図を覚え込まされた身体は無意識に反応し、ごくりと小さく喉が鳴る。
所長の手が頭を押さえつけ、しゃがめと言わんばかりに無言でぐい、と力を込めた。抵抗が無意味だと察したヴァレーは後ろ手に鍵を掛けると、ゆっくりと男の前に跪き、その身を委ねた。
部屋の中に、小さな水音が響き渡る。
「んうっ、ん…」
頭を両手で押さえつけられたまま、まだ柔らかい男のものに奉仕をさせられていく。その様子を、ヴァレーは頭の奥でぼう、と眺めていた。
普段よりも従順で、抵抗を見せる様子の無い相手に物足りなさを感じた男は髪をぐい、と掴んで自らに顔を向かせると、こう言った。
「おい、今日はこれからだろう。まだまだ寝かせてはやらないからな。そう言えば、あの後輩君はどうも親離れが出来ていないようだが、君の指導が甘いんじゃないか」
嘲笑混じりのその言葉に、少しの不快感を滲ませた目線が向けられる。咥え込んでいた弾力のあるものをずるりと引き抜きながら、ヴァレーは男に刃向かうように答えた。
「……いえ、殆どの仕事は彼ひとりでも問題ありませんよ。それに、明日の面談も、出来る事なら任せようかと、ん……ぐっ、」
話を遮るように男は再び後頭部を掴むと、熱い肉の塊を口腔に押し当てて割り入れ、無理矢理に抽送を再開した。
くぐもった声を漏らし、力任せに揺さぶられながら、ヴァレーは今しがた想起された記憶をなぞっていた。数年前の学会で、後で落ち合うと断りを入れた日の逢瀬でも、所長からは『俺を差し置いて他の男を優先するなんて何事だ』と強く詰られたのだった。半ば言いがかりではあるのだが、そうして自らに服従させるまでの一連の行為の流れがこの男の嗜癖なのだろう。彼は目に見えて支配欲や独占欲が強い。職場でも度々高圧的に振る舞っては、意図的に相手を萎縮させている。全く、そんな事だから研究志望の有望な者達が集まれど、数年もすれば殆どが辞めてしまうのだ。先ほど分析所内ですれ違った面々も知らない顔ばかりだった。一々名前など覚えていられるはずもない。
今日もそうした上司の余興に延々付き合わされるのかと思いながら、その欲求を満足させるためだけに、機械的に頭と口を動かし続けた。
——ふと、明日の事が頭をよぎる。
部下からも気遣われている通り、やや身体の調子を崩している事はヴァレーも自覚していた。個人的な問題を抱えたまま、特定犯罪者の精神分析に臨むのは、あまり好ましい事ではない。慎重を期すために初回面談であれば部下に任せても問題はないかと思案したのだが、あの短い時間の中ではどうにも決断を下しきれなかった。
「……ん、っう…は…っ」
激しさを増していく行為と、モノのように扱われ、惚けていた身体の奥から、次第に燻るような熱が集まりだす。緩み始めた身体と頭は、先ほどまで浮かんでいた思考の束をするすると紐解くように手放していく。表面に太い血管が浮き出すほどに硬く屹立した男の怒張が喉奥をえぐり、擦り上げる感覚に幾度か生理的な吐き気が込み上げたが、蕩けていく頭は次第に、その行為に深く没頭していった。
どれくらいそうしていたのか——突然、頭上から男の声が投げかけられた。
「……っ、おい、どうした? そんなにしたら口の中に出るぞ」
「……え? あ……」
行為を中断し、気を戻すとヴァレーは小さくしまった、と思った。口腔内の勢いを弱めながら男の鞄を探ると、硬く兆したその場所へラテックス製の薄膜を纏わせる。
所長は特に気にする様子もなく、荒げた息を整えながら、コンドームが装着される様子を見下ろしていた。ヴァレーは動揺を気取られないよう、努めていつもどおりに事を運ぶとこう言った。
「そろそろ場所を変えませんか、もうじき部屋の前に人が……」
「何、そこの照明か? 俺が連絡したんだよ。ああも暗いと辛気臭くて敵わん。それに、ここはそんなヤワな作りじゃない。ここで泣こうが喚こうが、外には何も聞こえないさ」
「はぁ…そういう問題では……ん、っ…!」
男はヴァレーを押し倒すと、下穿きに手をかけ、カチャカチャと音を立ててベルトの留め具を外し始めた。するりと抜き取られたベルトが首元へ回され、抵抗する声を上げたが、男はお構いなしにバックルを通して自らの方にそれを引き寄せた。気道にぐっと鈍い負荷が掛けられ、ヴァレーの喉奥からは呻き声が漏らされたが、相手も加減は心得ているのだろう。圧迫された首元から波及していく息苦しさが、頭に痺れるような鬱血感と、倒錯的な酩酊感を与えていく。
正面に備えられた、身嗜みを整えるための大きな鏡面が嫌でも視界に入る。ヴァレーは男に組み敷かれている姿を見せられる羞恥に眉根を寄せると、目を閉じて顔を背けた。
「……ん、」
尻の割れ目を伝うひやりとした液体の感覚にびくりと体が反応し、その中心がきゅ、と窄まる。男は首元のベルトを引き寄せると、潤滑剤で濡れた尻たぶをぐにゅぐにゅと揉みしだき、閉じられた谷間を好き放題に押し開いた。双臀の間を割り込む指が意地悪く中心を掠める度に、ヴァレーの口元からは色を感じさせる熱っぽい吐息が溢れた。
「ぁ…はぁ、っ……」
片方の手でベルトを引かれ、弓なりに逸らされた肢体が姿見の中へと浮かび上がる。掻き乱され、半ば解けかけた髪と、同じように乱れた衣服、露わにされた下半身、そして首元と男の手元を繋ぐ一本の黒い革紐が、こうした行為の間だけの、身体的な隷属関係をまざまざと映し出していた。
ぴったりと閉じた中心に、くちゅ、と粘ついた音を鳴らして肉厚な指の腹が押しつけられる。潤滑剤のぬめりを利用して男の指がずりずりと縁をなぞり続けると、緩く与えられる性感に焦れたのだろうか、閉じきっていた秘所は次第に色を成してぷっくりと膨れ上がり、柔らかく、指先を咥え込むように吸い付いた。その瞬間、男は指の第一関節までをぐにゅりと侵入させ、下向きにぱっくりと押し広げてしまう。内壁の入り口が外気に晒され、粘膜に与えられるぞくりとした感覚にヴァレーの背筋は粟立ち、不意な声が漏れた。
「ひぁ……っ!」
拡張された場所が元の場所に戻ろうと情けなく抵抗を見せたが、男の指はその動きを許さない。ヒクついた収縮に逆らうよう、ぐりぐりとこじ開けると更に指を増やし、肉襞の穴をゆっくりと押し広げていった。
「い゙……っ、恥ずかしいからそれ…っ、やめてください…っ」
「いい眺めなのに、止めるわけ無いだろう」
くぱ、と広げるたびに誘うように覗く、潤んで充血した粘膜の層。水気をたっぷりと含んだその場所が、陰茎に媚びるように吸い付き、蕩けるほどの愉悦を与える想像が、男の下腹部に痛いほどの熱を滾らせる。押さえつけた身体の下から漏れ聞こえる嫌がり、訴える声が、腹の奥をかき乱されるうちに甘く淫蕩な喘ぎへと変わる瞬間が待ち切れなかった。
突然、ドアの向こうにバタバタと人が通り過ぎていくような足音が聞こえる。
「やはり、ここでは駄目です……せめて寝室でしていただけませんか…っ」
人の気配を感じ、性感に絆されつつあった意識は掻き消え、鳩尾に鉛が滑り込むようなひやりとした感覚に襲われる。手放しきれない理性と快楽の狭間でいたぶられ、ヴァレーは頭の奥が茹だってしまいそうだった。
「はは、大丈夫だよ。それに、知られたってどうという事はないさ。さぁ、こっちも準備運動は済んだようだ」
彼はそう言うと、手元のベルトをぐい、と引き寄せ、すっかりと柔らかく解れた肉壁の入り口に、ずぶずぶと指を呑み込ませた。
「~~~~!、あ、ぐ、うぅ、っ……!」
複数の指が直腸内を這い廻り、腸壁を引っ掻くように刮いでいく。その度に、決して快楽とは言い難いぞわぞわとした感覚が全身に走り、爛れるようなむず痒さが与えられる。
男は熱く指に絡みつく粘膜の柔らかさと、じっとりとした締め付けを感じ取りながら、臍の下辺りを集中的に引っ掻き、小刻みに指の腹で擦り始めた。
「ひ、あぁ、あ、あっ、」
身体の痙攣に呼応するように、ヴァレーの口からはあられもない声が漏れる。何度も同じ場所を責め立てられるうちに、そこの感覚神経だけがぶわりと膨れあがり、充血して甘く疼きながら熱を持っていく。
「あっ……!そこ、やめてください…、それ以上は…もう…っ!」
行き過ぎた刺激に耐えかね、ヒクヒクと不随意に震え出した相手を見下ろしながら、男は一際激しく水音を鳴らして肉壁の中に揺さぶりをかけた。
ヴァレーは口元に腕を当て、ドアの向こうに気を向けながら必死に声を抑え込む。歯を食いしばり、形の良い目元を苦痛に歪ませ、身体を捩らせながら快楽に耐えるその姿は、男の加虐的な征服欲をよりいっそう肥大させた。
「おい、えらく良さそうにしているが、ここは場所が悪いんじゃなかったか? どうせこういうのが好きなんだろう」
男はそう言うと、追加の潤滑剤を手に垂らし、残りの指をぐぷんと全て呑み込ませる。直腸内を分厚い手が触診のようにまさぐり、快楽に弱い所を絡め取るように責め立てていく。一定の間隔で鼓膜を犯す、粘性の液体を掻き回す時特有の水音が淫靡な喘ぎ声と混ざり合い、蠱惑的な響きとなって耳元へと絡みついた。もう何処も彼処も知り尽くしているとばかりに嬲り抜かれ、腹の裏側は、もはや感覚を無くしてしまったかのように爛れ、じんじんと腫れあがっていた。
「ひ、ぅぐ、ああぁっ! も、っむり、です…!」
上擦り、呂律の回らなくなった訴えと共に全身が激しく痙攣し、鮮烈な快楽の波がヴァレーの理性を弾き飛ばしていく。彼のペニスが力なく震え、ぴゅくぴゅくと腹の下で上下しては、白濁した液体を床へと飛び散らせた。
「おいおい、手だけでイったのか。全くいやらしい身体だな。それにほら、そんなに喘いでよかったのか?」
がたんと、ちょうど部屋の前に梯子のようなものが掛けられる音がしてヴァレーの顔がサッと青ざめる。彼が腰を引いて身を捩ると、男の手が名残惜しそうに内壁を撫でさすり、ずるりと引き抜かれた。
「い…っ、んう……」
「ここが誰のための雌穴か、外にも分からせてやらないとな」
ぐったりと上体を伏せ、荒い呼吸を整えている相手に構うこともなく、男は耳元で卑猥な言葉を浴びせかける。休む間も与えずに尻を勢いよく引っ叩くと、背中を押し込んで床に押し付けた。
「ッ…! 貴方、正気ですか?! それは部屋の中で……!」
突然の痛み、自らの精液で汚れた床に腹をべったりと押しつけられる不快感と、まだ続けられようとする行為に、悲痛な抗議の声が上がった。だが、男の方は彼の抵抗をやすやすと封じ込めると、そのまま身体の上にどかりとのし掛かり、床に伏せられた尻肉の谷間を無理矢理に割り開いた。先程まで散々にいたぶられ続けていたそこはまだしっとりと濡れ、誘いを掛けるように赤く充血してヒクついている。男も我慢の限界だと言わんばかりに昂ったモノを扱いて準備を整えると、怒張したそれを勢いよく彼の中へと突き立てた。
「ん、あぁ、い、あぁっ!!」
無遠慮に押し込まれた男の図太いペニスと冷たい床の板挟みになって、ヴァレーの前立腺はぐにゅぐにゅと形を変えながら、ひと突きごとに強烈な性感を持って捏ね回される。伏せられた身体の上を男の身体が体重を乗せ、肌を打つ音を響かせながら乱暴に上下するたびに、脳髄が焼き切れそうなほどの耐え難い性感が全身を突き抜けていく。ぱっくりと押し開かれた柔らかな尻肉の間を、赤黒く怒張したものがずるずると無遠慮に出入りする様はあまりにも扇状的で、男はこの光景を独り占めできる愉悦と、竿に絡みつく粘膜が捲れ上がる感触、蕩けるような腸壁の柔らかさ、うねるように吸い上げ、離そうとしない締め付けに、射精感を堪えるのが精一杯だった。
だが、先に音を上げたのはヴァレーの方だ。
「うぁ……それ、もう…っ、無理です、むり……あぁっ、イク……っ!」
二度目の絶頂は吐精を伴わず、深く長いものだった。全身を駆け巡る重怠くひときわ甘く痺れる感覚に、彼は頭の奥でまずい、と思った。一度訪れた絶頂が引かず、そのまま身体の奥で燻り、未だ解放される事なくぐずぐずと押し留められている。
「……ひ、待って…ください、っ…、これ、一度抜いて…あぁあ゛っ!」
ヒクヒクと不随意に痙攣し続けている手足と、姿見に映る恍惚と怖れの入り混じったような戸惑いの表情。そして、余裕のない言葉遣いに、男はヴァレーの身体が連続してその性感を受け入れようとしているのだと察知した。おずおずと逃げるように引き抜かれようとする腰の動きを見て、口の端が愉悦に歪む。幾らやめてくれと泣きつかれ、縋るように懇願されたとしても、こんな機会はそう逃せるものではない。
手綱がわりのベルトから手を離すと、男はヴァレーの腰骨を両の手で抱え込み、自らの方へと勢いよく引き寄せた。根元までががっちりと嵌まり込み、ぐぽん、と卑猥な音を立てて最奥までもが無理矢理にこじられ、犯されてしまう。
「ひ、あ゙、また……! ゔ、ぐぅッっ……!」
その刺激だけで、ヴァレーは呆気なく達してしまった。
「……ぐ、締め付けが凄いぞ、持っていかれそうだ……! ほら、惚けてないで腰、合わせろ、ッ」
余裕をなくした、性感を高めるためだけの激しい腰使いが勢いよく叩きつけられ、熟れきった腸腔内を穿ち、嬲り、責め立てる。執拗なマウントにヴァレーは為す術もなく翻弄され、組み敷かれた身体は無様に喘ぎ、乱れ続ける他はなかった。
男の興奮は凄まじく、萎えるところを知らない昂りは五度の行為にも及ぶ。
内二回はそのままの場所で立て続けに、残る三回は寝室に押し込まれ、ベッドを激しく軋ませながらなし崩し的に行われ続けた。
——三度目には声は枯れ、割れた濁音を辺りに響かせるだけとなり、五度目にはもう息も絶え絶えで、押し出されるような鈍い音が、ヴァレーの喉奥から呻くように漏らされた。頭と身体はドロドロに溶かされ、もはや周りの状況など構う暇もない。
擦り付けられる肉壁のむず痒い感触と下腹を重く痺れさせるような甘やかな疼き、最奥を突かれるたびに感じる全身に波及するような深い性感に、始終絶え間なく思考を犯され続けていく。
男が身体を震わせて唸る度、その中心に纏わせた避妊具の中へと、滾る情欲が濁々と吐き出されていった。
既にぐったりと身体を伏せ、虫の息で目の焦点も合わず、小さく喘ぎを漏らしながらヒクヒクと痙攣し続けているヴァレーの姿を見て——男はようやく征服感を満たしたようだった。
だが、やっと解放されたヴァレーは事後の白く飛び抜けた感覚の中で、引き抜かれたその場所に、少しの物足りなさを感じていた。
生身の肉が身体の中を蹂躙し、精液を潤滑剤代わりにずぶずぶと出し入れされるあの感覚。ごぷりと情けない音を立て、肛腔から白濁が溢れ、流れ落ちていく背徳感。
実のところ、あの日からもう幾度となく他の男——つまり管理官に、身体を許してしまっていたのだ。
机の上に押し倒され、脳髄が弾け飛びそうな刺激に溺れてからというものの、あの獣性を残した生々しい営みに頭の奥までどっぷりと調教され、嵌ってしまっていた。互いの身体を気遣う嗜みとしての人工的な被膜は、もはや装着の習慣を忘れてしまいそうになる程に、今となっては全く、煩わしいだけだった。だが、今更この男にその行為を打診するなど、何処の誰に教え込まれたと問い詰められては困る。
所長と別れた後、どうにも腹の疼きが収まらなかったヴァレーは、管理官の部屋を訪れた。そして、今までに見せたことの無い、あからさまな目付きで誘いを掛けた。『今日は、こちらのご予定はいかがでしょうか?』と——。
◻︎
「う、わぁぁあッッ?!」
喉奥から響く、痛みを伴った割れるような叫び声にヴァレーは跳ね起きた。
先程までの、猥雑で悍ましい体感に心臓は早鐘を打ち、全力疾走の後のような気怠さが全身を包み込んでいる。余りにも生々しく、自分が自分でなくなるような、淫らで五感の伴った感覚に全身の汗が噴き出し、べったりと背や脚の後ろを濡らしていた。
真っ暗な部屋の中で、ヴァレーは浅く、苦しい呼吸を整えながら痛む頭に手を当てた。——自室に戻った記憶がない。まさか、何処かで寝過ごしてしまったのだろうか。焦り、ぐるりと辺りを見渡す。
部屋は静まり返り、暗闇の中にぼんやりと見えるのは無機質で飾り気のない、いつもの光景だ。
「あ……、夢……」
やや落ち着きを取り戻した頭が、混乱を整理していく。
先ほどの夢の内容は、昨日の情事とそうかけ離れたものではなかった。あれだけの時間身体を繋げていながら所長とのセックスに物足りなさを感じてしまっていたことは事実であったし、その理由が、管理官との頻回な逢瀬、爛れきった行為の内容にあった事も——。
だが、最後の光景は妄想の中だけの出来事である筈だった。いや、流石にそうだと信じたい。彼の家を出た後は——あまりにも疲れていたのだろうか。それ以上の記憶がどうしても続かなかった。
元々性には受け身で淡白な方だと思っていたために、ここ最近の身体の変化には自ら戸惑いを隠せなかった。だが、決して溺れてはいけない筈なのに、ああした瞬間だけは全ての役割を忘れ、堕落した行為に没頭してしまえたのも事実だった。
僅かな休息の時間だというのに、どうにも睡眠の質が良くはない。決まって悪夢か、こうした夢で中途に覚醒させられてしまう。このままではいずれ、仕事にも影響が出るだろう。しばらくは誘いがあっても毅然と断らなければ——。それに、暦の上ではもう今日だったが、久々の特定犯罪者との面談が控えていた。例の連続殺人犯だという。決してミスは許されないだろう。
ゆっくりと、だが確実に何かが蝕まれていく感覚に抗うことも出来ず、彼は鈍麻に堕してしまった頭を何とか奮い立たせようとした。
やはり、面談は部下の青年に頼むべきだっただろうか? そう思うと、不快に纏わりつく衣服を取り替えるために立ち上がる。ふらついた身体を壁にぶつけるように寄せると、全身に衝撃が走り、ギシギシと軋んだ。
「……ッ……!」
その痛みに自業自得だと、呆れるような笑いが溢れた。