「クソッ! しくじった……! あの浪人風情が……!!」

「少しお黙りなさい、ネリウス。そうも動かれては、治せるものも治せませんよ」

勢いよく岩壁に叩きつけられる手に、仮面の奥の瞳が煩わしげに細められる。怒りに口汚く罵りの言葉を飛ばし、その身をわななかせる男の腕を取っていたヴァレーは手元の狂いを感じると、早々に処置を切り上げることにした。横でわめく男に見える真紅の瞳——鮮血を閉じ込めたかのような美しい虹彩を見ると、ついと目を背ける。
血の指として適合した者の回復速度には目を瞠るものがある。処置が半端であろうとも、予後に触る事などないだろうと思いながら。

「珍しく、貴方が遅れた理由が分かりました。待たされるのは好きではありませんが、まあ良いでしょう。彼は静かに処置をさせてくれたのですがね」

大きな溜息を聞かせる白面に、ネリウスは声を荒げる。

「ああ? それは誰の話だ。この洞窟に、俺たち以外に誰か居たのか」

「ええ。暗部の彼の事ですが」

ヴァレーはその反応を楽しむかのよう、面に手を添えるとくすくすと笑った。

「……おい。ふざけてるのか? 俺が来るまでそいつを引き止めておかなかっただと? すぐに始末してやったのに……!!」

食って掛かる勢いの男に向けて、処置を終えたばかりの傷跡がパシンと景気良く叩かれる。

「さあ、どうぞ。終わりましたよ」

「痛え……っ! クソ、お前な……ッ! 全く、あの浪人が……! 場所を変えても、どこまでも追いかけてきやがる。厄介な奴に目を付けられちまった」

「あらかた塞がりましたら、それは適当に抜いておいてくださいね」

ヴァレーは欠伸を噛み殺しながら立ち上がると、腰を伸ばす。ネリウスは自らの腕を見るや眉間に皺を寄せた。

「……なあ。これ、雑すぎやしないか?」

「何か? 然るべき時に、然るべき処置ができれば十分でしょう。私の患者は皆、貴方と違って大変に静かでしたのでね」

物言わず開かれていく遺体を思い浮かべながら、ヴァレーは言った。目の前の男に、その皮肉の意図など分かる訳がないと踏みながら。

「ああ? そういや、さっきの話はまだ終わってないぞ。暗部の奴らはどうなっている。お前の任務とやらは上手くいっているのか」

「うふふ。気になりますか?」

「——そろそろ、前の質問に答えても良いだろう。お前と奴等とは一体、どういう関係なんだ」

その質問に、意外や白面は上機嫌で切り出した。

「暗部の長、クレプス。彼と私はかつて、良き隣人同士であったのですよ」

「待て、何だと?」

「彼の得物であるクロスボウ。彼は愛着を込めて『黒鍵』と呼んでいましたが——あれは特別に調整された暗器。見ればすぐに分かります。少なくとも、この私にはね」

ネリウスはその言葉に、眉を顰めた。王朝への忠誠を誰よりも献身的——否、狂信的に誓う、王朝でただ一人の医師。だが、彼が口にする言葉の端々から、過去における素性は、二本指と密に関係していたようだった。
飾り立てられた周りくどい言葉にうんざりしながらも、先の見えない話の続きを待つ。

「先日のこと、視察として教会の廃墟を訪れた際に、人影が目に入りました。そこに居たのは、褪せ人崩れの密使の男。私はその時に目を疑ったのです。彼の扱うクロスボウ。複製ではありましたが、それはまぎれもなく、あの『黒鍵』だったのですよ」

「じゃあ、そいつが——」

「いいえ。彼は歳若く、私の知っている男ではありませんでした。ですが、命ぜられた任務もあり、円卓へと探りを入れていくうちに——暗部の長、彼の名を知るに至ったのです」

ヴァレーは込み上げる笑いが抑えきれないとばかりに身を震わせた。押し殺せないそれが喉を鳴らし、口角の端を伝っては溢れ出していく。

「分からねえな。良き隣人だ? おまえは医師だろう。密使の男と一緒にお祈りでもしてたってのか」

「あの時の私は、未だ真実に見えていない愚か者。この身に起きたことも全て、二本指などにうつつを抜かした罰。当然の報いだったのでしょう」

質問には答えず、妄想に浸りながらあちこちへと話を飛ばしていく白面の姿に、ネリウスは愛想を尽かし始めていた。彼が敬愛する血の君主の話をする時もそうであるが、この男は一度入り込むと気が済むまでこちらに意識を戻さない。これ以上話を聞いたところで、興に乗った独白が繰り返されるのみだろう。
ヴァレーを厚く取り立てた血の君主との壮麗なる逸話——およそ与太に近いものに違いない——は、もう何度聞かされたことか。「私はただ一人生き残った特別な存在。モーグ様に出会ってようやく、この生に意味を与えられたのです」と、芝居めいて繰り返す姿は、どこか哀れで、滑稽にも見えた。
このまま立ち去っても構わないが、まだ処置されて間もなしの腕が痛む。
熱を増していく、優美な言葉に不釣り合いの低い濁声に乗せた独白を、ネリウスは通奏低音だと聞き流すことに決めた。

悠々と部屋を回り、身振りを添えて語る白面の話は、既にお決まりの血の君主への賛美と変えられていた。
ネリウスはフードを被り直し、幾度目かの欠伸を噛み殺すと、処置を終えた手で短剣を取りあげ、数度腕を振った。

「……終わったか? 横取りをしても文句は言うなよ。借りは作らない主義だからな」

「おや。横取りとは、随分とさもしくなったものですね。ああ、そういえば。貴方よりも、もっと素直な犬が出来たのですよ」

くるりと振り返ったヴァレーは面の口元に手を添えると、妖しく目元に弧を描いた。

「おい、誰が……! いい加減にしろよこの……」

阿婆擦れが、犬に例えられる謂れはないと憤慨した男が言い返す間もなく。
三又の紋章、赤い閃光が瞬いては、パッと消えた。

 
 
  †

「良い子にしていましたか? ——私の貴方」

赤い光に包まれた身体は、また別の場所へと姿を現していた。
見える景色は岩肌に暗がり、先ほどと何も変わらない。だが、その中央には襤褸を纏った男が座り込んでいた。一目で野蛮と知れる風貌の男は、今しがた戦場を潜り抜けてきた獣であるかのように血や泥に塗れ、振り乱され縺れた髪は不潔に固まり、悪臭を放って酷い有り様だった。

「任務……は、順調か? 三人を一人で相手にするなどと、助けなくてもいいのか?」

「ええ、お気遣いなく。貴方も随分と、共通語を話せるようになりましたね」

白面は血汚れた革手袋を、男の頬にそっと添える。熱く、絡みつくような上目遣いに魅入られた男は、荒々しく腰を抱き寄せた。ヴァレーの身体がぐらりと均衡を崩し、男の胸に傾れ込む。

「はぁ……もう。まだ、駄目ですよ」

ベルトをまさぐる男の動きを制止しようと振り上げられた腕は、どこか緩慢だ。

「いいや。我慢できない」

男は短く言うと、目の前で揺らされる手に指を絡ませた。
のし掛かる重力に押され、ヴァレーは岩肌に背を付く。反転した視界、縫い止められる身体、覆い被さる男。荒々しく余裕のない顔を、硬質な白面で見つめ返す。

——目の前の男は未だ、欲求をコントロールする術を知らぬのだ。

獣さながらの男は下履きを寛げ、欲望を露わにした。ヴァレーは野蛮に突き出されたそれを、面の奥の瞳へと映す。
この男は、こうして戦場でも見境なく欲を満たしてきたのだろうか?
その光景に、ぞくりと総身が震える。与えられる行為の期待に満ち、身体が色を灯す。喉奥から、堪え切れぬ笑みが溢れていく。

——ああ。私も、この男と何も変わらないのだろう。あの日、業火に骨の髄まで焼き尽くされようとも、再び生を受けた身体に刻みつけられた悪辣は消えやしなかった。それは、烙印としてか。それとも、これこそが自らの本質であるのだろうか。

「ねえ、貴方……少し、身を清めてからに……聞いていますか? んう、ッ……!」

言葉だけの制止など、意味を為さぬとばかりに事は進められる。
汗と血、泥の染み込んだ臭いが、白面の中にむわりと満ちた。覆い被さった獣は自らの汚れた上衣を引き剥がそうと躍起になっていたが完全には引き裂けず、それよりも先の行為に焦れていたのだろう。ヴァレーの下穿きを引っ掴むと、乱雑に引き摺り下ろした。

「あ……」

ひやりとした外気が下肢を撫でていく。ヴァレーは再び、覆い被さる男の下半身に目を向けた。欲深く突き出されたものは今しがた乱されたばかりの場所を求めて躙り寄り、ぬらぬらと体液に光るそれが、双丘の谷間をじっとりとなぞり上げる。
白面の奥で、ふう、と甘い息が漏れた。
ヴァレーは下肢に纏わりついていた下穿きの残骸を作法もなくつま先で打ち捨てると男の腰へと両脚を回し、体温を馴染ませるようにゆっくりと引き寄せていった。
くちゅりと密着した場所は互いの熱を混ぜ合わせ、どくどくと拍動を高めていく。男は柔らかな媚肉、中心の熟れた窄まりに自らの欲を押し付けると——堪え切れぬ生殖の衝動、その本能のままに深々と貫いた。

「……あっ……ん、んうっ……! く……」

ヴァレーは鮮烈な痛みと、直後に訪れた官能に目元を歪ませた。
洞窟に反響するは、ひときわ高く放たれる艶やかな喘ぎ。混ざり合う咆哮と嬌声は、行為に没頭するように熱を増すばかりだ。

「あ゙、んっ、はぁっ、あ゙、あっ、んぁ……んんッ……!」

そう——互いに齎される感覚刺激に溺れ、戯れに享じる悦楽を、この地では誰が咎めよう?

縋りついた男の首、その肩の向こうから——洞窟に打ち捨てられている大量の骨が、白面越しの瞳に映された。その骨は、かつてこの地で拐かされた従軍医師の成れの果て。
彼らの象徴である白面は岩壁に並べられ、整然と埋め込まれていた。
ヴァレーは胡座をかいた男の上に跨り、激しい突き上げに腰砕けになっていた。喘ぎが空を裂き、獣の欲が身体を満たす。何も考えられないほどの官能に支配され、全身が熱く蕩けていく快楽から逃れられない——。
暗渠に移した瞳の向こう、並び立つ白面の目が、ぎょろりとヴァレーを見た。
それは今にも溢れ落ちそうな程に飛び出していた。壁に埋め込まれた白面がひとつ、またひとつと、洞窟の床に落ちていく。
腫れ上がった舌がぶくりと前方に突き出され、膨張したそれが白面を押し出したのだ。面の下から現れたのは、赤紫色に爛れ膨らんだ腐肉。眼球は焦点を崩し、ぐるんと眼窩からずり落ちては頬らしき肉の上を転がった。血に沸騰した皮膚は膿と共に弾け、溶け出した組織がどろどろと流れ落ちていく。

「……ッ、は、ぁ、もう……ッ……」

ヴァレーは息も絶え絶えに背を逸らし、甘やかな痙攣に身を委ね続けていた。
 
——腐敗とは生命の循環。その過程であり、腐敗なくして再生はない。かつて古き医師としての教えは、そう在った。だが、『腐敗とは停滞の澱みより出る、邪教に端を発する悪しきものであり、忌避すべき災いである』と——黄金樹、そして二本指の教会は、そう伝えていた。

そうして、決して腐敗することのない純然たる無垢金のみを讃えよ、と。

——力と、愛と、意志。 
この身体は、三度の生を繋いだ。
あの日、修道院に拾われ、
この地に再誕し、
そして、あの御方の貴い血を受け入れた。
与えられた命と役割。
虚飾と裏切りの果てに見えた真実。

血膿を噴き出す爛れた皮膚にはどこからともなく蝿が集り、産み付けられた蛆が沸く。
次第にそれは、美しくも獰猛な蠅の群れへと変貌を遂げる。

ヴァレーの意識は、再び過去と混濁していった。
 
 

 †

「今日は……ッ、もう……、終わりにしてください……っ、あ゙ぁあ゙ぁぁ……ッ!!」

「ああ、何だ? お前にこれよりも大事なことがあるってのか?」

抵抗しようと身を捩れども、下手な動きは相手を喜ばせるだけだった。
それを嘲笑うかのよう、男の欲望は押し広げられたヴァレーの双丘の間にぐっぽりと嵌まり込み、腸腔を押し広げては粘質な出入りを繰り返していた。
内壁を味わうかのようにのたうつグロテスクな肉塊が、ぐちゅ、ぐちゅんと卑猥な音を立てては引き抜かれ、根元までを押し込まれる。

「あ、あ゙、んぐ……ゔあぁ、っ……!」

「ケツの中犯されて喜んでるくせに、口答えするんじゃねえ! 受け取れ! この……ッ!!」

「ひッ、あ、や、あ゙ぁぁあ〜〜〜〜ッツ!!」

逃げられぬよう、がっちりと押さえつけられた腰が男の放埓にビクビクと悶えた。その動きに連動するよう、内壁のうねりは吐き出される欲望を待ち望んでいたかのように、奥へ、奥へと艶めかしく誘いかける。孕みもしない身体で男の精を求める理由などありはしないのに、身体は今やそれが正しい摂理であると言わんばかりに淫らに震え、男のものを搾り取るよう、巧みに弛緩と収縮を繰り返していた。

「嬉しそうに締め付けやがって。お望み通り、一滴残さず種付けてやるからな……!」

腰を掴んでいた手が離れ、ぐぽっと赤黒く膨れ上がった陰茎が引き抜かれては全貌を現した。張り出した怒張に擦り上げられ、充血してしまった肛腔の窄まりは、未だひくひくと痙攣を続けている。
激しい征服から解放されたばかりの場所が、定まらない意識のままにゆっくりと閉じていく。脱力し、惚けた頭、ふわりと身体が弛緩した瞬間——注ぎ込まれたものがごぷんと音を立てて溢れ落ち、粘度を保った白濁が、双丘をどろどろと伝っていった。

「おい、こぼしてもったいねえだろ? 上向け、おらっ」

男はヴァレーを仰向けにひっくり返すと、太腿を持ち上げてぐっぱりと左右に開け広げた。柔らかく引き伸ばされた場所、中心に覗いた赤い内壁は、男の精で白く汚されていた。

「ふん、いい眺めじゃねえか」

男は垂れ落ちる白濁を竿の先端に纏わせると、熟れきった肛腔にずぷんと押し戻す。ごぷ、ごぷっと生理的な収縮に白濁が吐き出される度、掬い取られたそれが再び直腸内へと塗り込まれていく。

「俺がせっかく出してやったんだ。残さずに全部飲めよ」

「ひく……ッ、うぅ……ッ……おねがい、します……今日だけは……」

ヴァレーは激しい快楽の余韻にしゃくりあげ、伝う涙を拭うことすらままならず訴えかける。だが、その願いは呆気なく突き返された。

「ああ? お前が好んでここに来たんだろうが。散々快楽を貪っておいて、気が済んだら帰らせろは虫が良すぎるだろ?」

そう言うと、男は革のベルトを二本取り出した。汗ばみ、火照った身体を抑え込むと、どすの効いた声で威圧する。

「——余計な事ばかり言いやがって。そろそろ仕置きが必要だな」

「ぁ……、待ってください……それ、は……!! や、うあぁ、ッ……!」

腕と太腿、それぞれが一本ずつのベルトでぎちぎちと束ね上げられ、身体の自由が奪われる。折りたたまれ、M字に開かされた両脚の間。先ほどまでの行為に蕩かされて色付いた肛門と、その腹の上でふにゃりと萎えたままの陰茎を見比べた男は、いいざまだと吐き捨てた。目深に被った黒衣の隙間からは、愉悦に釣り上がった口角と、醜い傷跡が覗いていた。
この姿勢では、もはや解放など望むべくもない。いくら懇願しようと、男の気が済むまで犯されてしまう事だろう。だが、早く帰らせてほしいと言い放った願いとは裏腹に、快楽に慣らされた身体は今から訪れる絶頂の予感にぞくりと疼いていた。

「おいおい、まさか、今からぶち犯される想像して感じてるんじゃねえだろうな? まあ、俺は情け深いからな。どうしても帰りたいってんなら、聞いてやらん事もないが——」

語る男の手は太腿から鼠蹊部を、指の痕を這わせながらゆっくりとなぞり上げていく。指の動きは次第に目的を明確にし、再び溢れだした白濁にふやける窄まりを捉えると——緩んだ肉壁を押し開いた。ぬち、ぬちと埋め込まれる指の動き。男はくい、と臍の方に指を曲げると、度重なる調教の末に性感帯へと作り変えた柔らかな膨らみ、そのしこりを慣れた手つきでじっとりと捏ね回す。

「うあ゙、っ……、そこ、だ、め……で……、ん、やぁ゙……ッ、ん゙んん゙んッッ……!!」

四肢を拘束された身体では、どこに縋る事も叶わない。ヴァレーは喉を反らせ、飽和してしまいそうな性感を逃し切ろうと、つま先を目一杯にしならせた。ふっくらと膨らんだしこりの中心を、男の皮の厚い指先でざらざらと弾かれる度、快楽神経と直結した脳髄が、全身の末梢を鮮烈に痺れさせる。今や性的な弱点とも言えるここを虐め抜かれれば、容易く男の言いなりになってしまう。
耐えかねた末に強要されるのは、口にするのも憚られるような行為の数々。
その淫猥な記憶に、ヴァレーはどろどろと溶かされていった。

「……あっ、はぁ……ん、っ、ん、ぁ、はぁ……ッ」

その最中。何かが、ぐにゅりと内壁に押し付けられる感覚がした。
ヴァレーは頭の片隅で違和を感じたが、それが何かを問い質す間もなく、男の執拗な責め立てに喘ぎ続けていた。
柔らかく膨れた性感に擦れていく、小さな異物の輪郭。それが次第に溶け出しては薄れ、消えていった。だが、次の瞬間。想像もしないような、灼けるようなむず痒さが身体を襲った。

「ひ、あぁ……ッ!?」

先程までとはまるで異なる刺激に、びくんと強制的に腰が跳ねる。それは鑢のようにざらついた舌で、直腸内をぞろぞろと舐め上げられているかのようだった。
今までに味わったことのない不快な感覚に、腸壁の中を擦りたくて堪らない。熱を増し、気が狂ったように焦れた疼きを逃そうと、身体を捩る。

「貴方……ッ、今、何をしたのですか……?! ふぁ、ん゙ぅ……っ……!!」

男はその姿をニヤニヤと眺めていた。
革のベルトに四肢を拘束され、思うように動かせない体では身を捩るしかない。
ひりつくような疼きの波は耐え難く、ぞろりとした波が訪れる度、ヴァレーは男の前で情けなく腰をくねらせた。

「ほらよ。もう一つ欲しいか?」

黒衣の男は笑いながら、先ほどの小さな塊をまたひとつ、ぐにゅりと埋め込んだ。

「これを試し終わったら帰らせてやる。別に、死にやしねえさ。しばらく一人で堪能しろよな」

「な……、待ってくださ……ッ、う、あぁぁッ……!!」

ひときわ大きな声を上げると同時に、疼きの波が頂点に達した。目の前がチカチカと瞬き、絶頂を伴った激しい痙攣が全身を襲う。
身体は噴き出す汗にぐっしょりと濡れていた。

「これから……まだ、どれくらい……? 時間……は……」

クレプスとの約束を果たすためには、日付が変わるまでにここから解放されなければならなかった。この地下を訪れてから既に、数時間は経っているだろう。

——あの時、共に教会を出たいと持ちかけた。だが、この身体では数日としないうちに、彼を惑わせてしまう。堕落してしまったこの身と同じ咎を、彼にも背負わせるつもりだったというのか? 否、そんな事、許される筈がない。だが、この場所で好みもしない男に身体を弄ばれ続ける日々よりも——知った男と戦地に向かい、互いに慰め合う日々を夢想する方が、ずっと甘美に思われた。

「ん、うぅッ……、あ、ぁ……っ!!」 

身体が激しく揺れ、寝台の軋む音が無情に響く。
一人、部屋に残された身体。
ヴァレーの陰茎は柔らかく萎れたまま、透明な液体をとぷとぷと吐き出し続けていた。腹の上のとろみのついた水溜りが、腰を伝って寝台に流れ落ちていく。
触れられぬまま絶頂を迎え続けた生殖器官は脱力し、身体は快楽の深い余韻に溺れていた。鈍重な気怠さが全身を包み込み、すぐにでも意識を手放してしまいそうだ。
だが、肝心のむず痒さは収まらない。
ヴァレーは朦朧とした意識の中、だらしなく口を開けて荒い息をつきながら腰を揺らし、訪れる絶頂の波に屈し続けていた。

——今はもう何でもいい、形のあるものでどうにか中を掻き回して欲しい。

先程までの甘美な妄想はかき消え、あの傷の男と重ねた卑猥な行為の数々が、頭の中を埋め尽くしていく。今は嫌悪よりも、身体が男との激しい情交そのものを求めてしまっていた。

「——おう、どうだ?」

意図せず待ち侘びていた声に、鼓膜から全身がざわめく。
ドアが開き、あの男が戻ってきたのだ。ヴァレーは枯れてしまった声で、必死に懇願した。

「あ、貴方……っ、お願いします……。何でもしますから、も……後ろ、触ってください……!!」

男はヴァレーの姿を見るなり、自らの陰茎を取り出して自慰を始めた。中心で揺れている見慣れた男のそれに、ヴァレーは釘付けになる。

「……ああ、早く……」

「準備万端か? そりゃよかったな。じゃあお望み通り、ケツの穴にぶち込んでやるよ。おい、お前ら、いいぞ」

その言葉、そして現れた光景に、ヴァレーは目を疑った。

「あーあ。俺たちだって溜まってんのに独占しやがって。ほんとずりぃよな」

「でもよ、いつも仕上げは完璧じゃねえか。今回も最高の穴用意してくれてたんだろ」

「はー、早くぶっ放してぇ。俺このためにオナ禁してたんだぜ」

「え……、は……ッ……?」

硬直した頭の中で、ヴァレーは必死に状況を噛み砕こうとした。
ぞろぞろと列をなして部屋に入る衛兵たちの顔は、忘れもしない。あの日、何も知らなかったヴァレーを玩具にし、散々に犯した男たちだった。

「……ぁ、貴方……? これは……どういう……」

黒衣の男に向けた震える視界は、衛兵たちの陰に遮られる。

「久しぶりだな〜。ヴァレーちゃんよ? どうした? 腹の上ドロッドロじゃねえか。エッロそうに腰揺らしやがって」

忘れもしない下卑た笑いが、部屋の中に響き渡る。
黒衣の男がヴァレーに向けて、口を開いた。

「ああ。そういや、何か欲しいんだろ。こいつらの前で言ってみろよ」

開かれた瞳孔、定まらない視点。急速に冷え込んでいく思考と込み上げる吐き気の中でも——身体を支配するひりついた疼きは一向に収まらない。
数時間に渡り、お預けにされ続けた身体感覚が求めるのは直腸内への激しい刺激だけだった。

「帰りたいだの何だのと抜かしやがったよな。俺はちゃんと約束を守ってやってたってのによ。どうだ? こいつらは手を出さなかったろ」

衛兵たちはそれを聞いて笑った。

「そうだぜ。俺らからは何もしねえ。そういう話だ。まあ、そっちから泣き付かれるってんなら話は別だけどよ」

黒衣の男はヴァレーに近付くと拘束しているベルトを外し、手脚を解き放つ。

「俺はしばらく休憩といこうか。帰りたいなら好きにしろ。これで自由の身だ」

男の手が、双丘に向かって大きく平手を打った。

 

「あ、ぁぁぁあッ!! ん、ふ、ぁぁぁ……っ!!」

「見られて感じてやがるのか? 全然吸い付きが違えじゃねーか!」

「いや……お願い、あぁ……!! や、ぁ……っ」

「ほら、どうだ? ここが好きなんだろ?」

「んう、ぅっ、あ、はぁ、んっ……ん……っ」

「いやらしい縦割れアナルしやがって。もう男のチンポに媚びるしか出来ねえくせによ!!」

衛兵たちは卑猥な言葉を投げかけながら、ヴァレーの痴態を代わる代わる愉しんでいた。

「——はぁ……や、ぁ、気持ちいい……も、だめ……」

疼く内壁を求めるがままに虐められ、ヴァレーの身体は急速に堕ちていった。
無意識のうちにしなる腰の動きはあからさまに男の竿を扱き上げ、高めることで吐精を煽るようなものだった。

「粘膜が充血して、竿に絡みついてきてるぞ? 奥のほうもだいぶ柔らかくなってきたな。もう根元までいけそうだ。雄子宮でチンコしっかり咥えろよ!」

「〜〜んん……っ!! はぁ、そこ、ぉ……い、や、あ゙ぁぁああ゙っ……!!」

男は自らの剛直を、限界まで深く押し込んだ。ぐぽんと音を立てて嵌まり込んだ結腸。その弁の感触を、先端でねっとりと味わっていく。指の痕が食い込むほどに腰を強く引き寄せ、更に深くまでを搔き回す。

「きったねぇ声で喘ぎやがってよ……!! いつもこうやって最奥までこじられてんだろ?」

「ん……ふぅっ、んうっ、あっ、はぁっ……」

先程までの激しい突き上げから陰湿な拡張へと姿を変えた男の動きは、暴力的な快楽の底に溺れていた理性を浮かび上がらせる事に一役買ったものの、最奥を犯されてしまった自覚、そして押し広げられる感覚の中に訪れる、繰り返しに被虐的快楽を味あわされてしまった場所の記憶が脳髄を焼き溶かしていく。部屋に響き渡る男たちの息づかい、結合部から漏れ聞こえる粘質で卑猥な水音に鼓膜までをも犯される。

「……ぐう、ぁっ……ダメだ、このまま出しちまう……! 孕め、このッ……!!」

男の動きが止まり、腰を掴む手に力が込められる。
つぷ、と小さな抵抗、掻き混ぜられていた内臓を引きずるような感覚が、僅かに肌をひりつかせる。直腸からずるずると、男のものが抜け出ていく感触がした。だが、男を失ったその場所は、再び隙間を埋め尽くされる事を望んでいた。伏せられた身体は再び、腰を高く突き出させられる。

——もう、誰に身体を犯されているのかも分からない。男が欲を吐き出す合図が遠くに聞こえる。身体の中を汚されてしまう事への抵抗など、とうに失われていた。吐精と同時に、疼きの波がまた頂点に達する。その刺激に、ビクビクと反射的に痙攣を繰り返す身体。行為が終わったばかりだというのに、身体は再び与えられる底無しの快楽に溺れたいと訴えかけていた。

「——俺も回復したな。最後にもう一発くらいヤってくか」

傷のある黒衣の男は衛兵たちを脇に退かせると、ぐったりと気を飛ばしているヴァレーの髪を引っ掴み、腰を抱き寄せた。長く血管の浮き出した剛直が、閉ざされた身体を割り開こうと、肌の表層を擦り上げていく。

「……ん、ぅ……」

ヴァレーは飛びかけていた意識を取り戻すと上体を起こした。虚ろに蕩けた瞳は焦点が定まらないままにふらふらと揺れていたが、ふいに男を上目遣いに捉える。そうして首に手を回すと、耳元に顔を寄せて——うっとりとした声で囁いた。

「うふ……うふふふふっ……ねえ……。まだ、足りない、足りないんです……。奥がむずむずしてもっと擦ってほしくて……。あぁ、貴方のそれで、滅茶苦茶にしてください……」

官能を受け入れ、妖しく濡れた瞳。薄くひらめかせ、紅く色付いた口から放たれる淫靡な言葉。
それを口にしてしまえば戻れないと、分かっていた。
それでも、身体は欲していた。
もっと——もっと。この世の快楽を、全て貪るまでは尽きぬとばかりに。

黒衣の男は歪んだ笑みを浮かべると、押し倒した身体に覆い被さる。正気を失った淫らな高笑いに合わせるよう、熟れ切った内壁は男に吸い付いては逃さないとばかりにきつく締め上げた。
かつて清らかで、信心深い医師だった男。その白目はぐりんと上剥き、ひしゃげた濁声を我慢することも忘れ、与えられる快楽をただ受け入れてよがり続ける。その姿には手練れの淫魔ですら魅入られ、嫉妬に狂ってしまった事だろう。

「ひぐ……ぅっ、あ、んんっ……!! もっと、奥、ま……で……。貴方のもので……満たしてくださいな……。っぁ、ふ……っ、ゔ、あ゙、あ゙ぁあッ……!! まだ……もっと……もっと……」

男の腰にがっちりと回された両脚が、腰のうねりが、貪欲に竿を扱いて吐精を煽っていた。

「声やべえな。聞いてるだけでイキそうだ」

「あの腹見ろよ、突かれるたんびに腹ボコしてやがる。あー、また奥ぶち抜いて種付けてえ」

「……完堕ちだな。さっきの薬ってそんなにすげえのか?」

「いや、ここまでとは……」

ヴァレーは壊れたように笑い続けていた。身体を出入りする男たちだけが、今まで感じたことのない、新たな愉悦を呼び覚ましていく。男に跨り、欲望のままに身を揺らす。
ここにいる者、目に映るもの全てが狂っていた。
満足した男たちの気配がひとつ、またひとつと消えた後、動かす事も出来ない身体は虚ろに瞼を落とす。

——あの日の、何も知らぬ淡い好奇心のせいだったのだろうか。知り過ぎてしまった身体。謀られたとはいえども、自ら快楽に堕ち、彼らを求めた事実に偽りはない。約束の時間など、とうに過ぎてしまっていただろう。だが、再び顔を合わせ、彼を惑わせてしまうくらいなら。約束など、果たされぬ方が良かったのかもしれない。

誰も居ない部屋の外。ガタンと小さく、音が鳴ったような気がした。
 
 

 †

「……うふっ……ウフフフフッ……あ、ぁ……もっと……もっとぉ……ッ」

艶やかに乱れ続ける白面の姿に、獣の男は感じ入っていた。
男は性欲の限界を迎えると、数度大きく身を震わせる。吠えるような唸り声に合わせ、ヴァレーもしなやかに背を反らした。

「……はぁ……っ……うふふ……」

幻覚はとうに消えていた。壁の白面は洞窟に入った時と変わらず、目元に黒い空洞を湛えたまま、整然と岩壁に並べられている。
 
安堵と寂寥——満足と不満足の狭間で、次第に存在が輪郭を取り戻していく。
 
——真実の神は、正しい導きを知っている。紛い物の神は信仰に応えることはなく、ただ献身を嘲笑うのみ。

あの日、教会の信徒として生きた最後の日。
そして、その生を惨たらしくも奪われた日。

ヴァレーは傍らに眠る男を見下ろすと、そっと頬の稜線に触れた。この男は決して裏切らないだろうかとの僅かな疑念を、醒めぬ興奮に脈打つ胸へと抱きながら。

「うふふ……。モーグ様、ヴァレーは今、とても幸せです。必ずや、役目を果たして御覧に入れましょう」

既に種は蒔いた。蕾をつけ、花開く時が待ちきれない——。
白面の奥の瞳が瞼を落とす。そうしてうっとりと、薔薇の花束に頬を寄せた。