人たる者は皆、等しく死に至る。
老いも、若きも、美しきも。聡きも、病める者も、持たざる者も。宣教師や聖職者、貴族、そして王族でさえも。貴賤は問われず、いつかは遍く地に還る。死せる魂を導くは見えざる者、死を司る儀礼の使者。数多の屍を呑み込んで、血の土壌は蠢き、蝕む。
それは現世に繋ぎ止められた肉体を溶かし、生まれ出でた生命の苗床である。
その泥土に埋められた、いつの、誰のものともつかぬ頭蓋を拾い上げる手があった。へばりついた髪はぞろりと指に纏わり、落ち窪んだ眼窩からは蛆たちが白日の元に晒された身を隠さんと、我先に這い出しては足下の泥濘に身を投げた。それを厭う様子もなく、慈しむように髑髏を抱き上げる姿。正常な者ならば込み上げる吐き気に顔を背け、漂う腐臭に息を吸う事もままならなかっただろう。肉体は崩れ去り、生前に成し遂げた全ての功績は、醜い汚泥の中へと消えていく。
これは、頭蓋に宿る生命の残滓なのだろうか。赤く脈打つ身体、内側から身体を突き破るよう、膿み弾けた皮膚はどろりと、おぞましく花を開かせる。そうして——倒れ込んでいた者たちが、ゆっくりと起き上がった。
†
古代の文明を思わせる白亜の霊廟は、かつての栄華の面影をすっかりと失っていた。くず折れ、半ば崩壊した円柱。精緻な彫刻の施された祭壇は打ち砕かれ、時を止めてしまっている。
——あれは奇跡だったのか。それとも、何か道を違えてしまったのだろうか。今となっては確かめようもない。
辿り着いたのは、満点の星空。初めて目にした、赤い同士の姿。
それまでの記憶といえば来る日も来る日も霧深い湖畔を巡回し、連れ立った仲間と日々の糧を得るだけだった。
手に馴染んだ得物、欠けた波紋の意匠を象った斧槍に写る、自らの姿。
異様に肥大した頭部、その両端に配置された黒く大きな眼球が、こちらを見つめ返していた。
青ざめた白銀に光り輝く肌は、絶えて流れる筈の無かった赤い血に祝福され、のっぺりとした弾力のある皮膚の上には黒く、捻れた小さな角がいくつも芽生え始めていた。
彼は、しろがね人と呼ばれる存在だった。人工的に造られた生命。その第二世代である。
やおら腰を上げてのそのそと動き始めた彼は、同じく赤い肌を持つ同士たちの群れに加わると、時おり訪れる血の高揚——何処からかもたらされる歓喜に、うっとりと身を委ねていた。
甘やかに頭蓋の奥を震わせるのは、高く聳える霊廟から聴こえる心地よい讃美歌。
だが、それは次第に祭祀場から漏れ聞こえる声——悲痛な、ざらついた叫びに侵食され、塗り替えられていった。
その声は例えるならば、責問官が罪人の身体に、終わりなき責め苦を与えている時の叫びのようであり、哀願のようでもあった。そして、同時に聞こえる金属の鎖が重なり合うような、ジャラジャラと鳴る音に合わせ——ひときわ激しく響き渡るのだった。
しろがねの彼は、またあの時間だ、と思った。あの男が、仕置きを受けているのだと。
彼は人造の生命体でありながら、その異様に肥大した頭のおかげでよく考え、物事を深く理解することが出来た。
だが、人のそれよりもより高次であるがゆえの思考は抽象的、概念的な理解へと至りやすい傾向があった。
「ん゙、ゔぅううう、っ、ああっ、や、あ゙ぁ、っ、モーグさまぁ……ッ、ぐ、うぁぁあ゙ぁ……っ!」
しろがねの彼が近づいた先に見えるのは、悲痛に喘ぐ哀れな男——。
男が呼ぶモーグという名は、彼らにとっての、偉大なる君主の御名である。受けている仕置きの中、男は自らの君主による救済を求めていると見えた。
「う、ぐぁ……ッ、はぁっ……あ……ッ、……い゙、あぁぁぁああ゙っ゙……!!」
——この仕置きを見るのは、どうにも居た堪れない気持ちになる。まだここに来て日の浅いしろがねの彼は、ぞわぞわと疼く胃の不快を感じながら、そう思っていた。
あの男はきっと、想像を絶するような惨い仕打ちを受けているに違いない。なぜなら開放された後の男はいつも、身動きひとつ取ることも出来ないのだから。
彼は小さく身震いをすると男から目を逸らし、半身を別の方向へと捩って座り直した。
彼が腰を落ち着けたのは、そこが自らの持ち場であったからに他ならない。
目の前の祭祀場では未だ、仕置きが止むことなく繰り広げられていた。かの男に凌辱を加えていたのは、黒い装束の巨躯だった。凡そ並の人間には非ざる体躯の者が、血汚れた白装束の男を白亜の石段へと押さえつけ、その身動きが取れぬよう、力任せに覆いかぶさって激しく打ち据えている。
白衣の者はその下で、押し潰されたような叫びを放ち続けていた。その者は面を被っていたが故に、容姿の一切は判じられない。だが、先ほどから辺りに響く声、その音から、彼が壮年の男性であろう事が窺えた。
「ん゙ぐ、っう、あ゙、っ、はあ、あ、ッ、あ゙ぁぁぁあ゙っ……!!」
黒衣の巨躯は全身を激しく前後へと揺さぶりながら、白衣の男を組み敷いている。その度に、黒の装束に飾られた金属の鎖が、せわしなく音を立てた。
彼は執拗に白面を組み敷いて、一体何をしているのだろうか? しろがねの彼はそれを恐ろしいとは思いながらも、公開された刑罰を覗き見る野次馬のような好奇心に抗うことができなかった。
祭壇に伏せる身体、その下半身は被服を剥ぎ取られ、露わにされている。頭を押さえつけられ、腰を高く突き出すような、服従ともいえる姿勢を強制された彼の背に、巨体が幾度も激しく打ち付けられていく。
目の当たりにした行為の仔細は、しろがねの彼の理解を超えているものだった。
ぐちゅっ、ずちゅっ、と、動きに合わせて粘質な音が鳴る。黒衣の巨躯は、突き出させた白面の双臀の谷間へと、自らの身体、下半身から突き出したその一部を、何度も繰り返しに突き挿れていたのだ。
尻たぶがぱっくりと押し広げられては、到底受け入れることの叶わなさそうな直径の肉質の器官が、小さな谷間の窄まりへと押し込まれている。そこは受け入れる限界だったのか、もしくは身体の内部が傷つけられているが故なのか、蹂躙されている挿入口からは鮮血が筋のように流れ、やや褐色を帯びた男の素肌を痛々しく飾り付けていた。抽送の度に繰り返される結合部は粘質に泡立ち、白濁し、鮮血と混ざり合った薄桃色の液体が、彼らの足元にある白亜の遺構へと垂れ落ちていった。
「モーグ様、モーグさまぁ……ッ……!!」
熱っぽく呼びかける声に呼応するよう、黒衣の大きく節くれ立った掌と尖った爪が、組み敷かれた男の肌に食い込んでは平手を打つ。白衣の男の下半身、とりわけ下腹部と太腿には、ミミズの這ったような醜い古傷が幾重にも残されていた。
組み敷かれる彼は体腔を嬲りものにされ、陵辱されるが故に、苦しみの断末魔を上げているに違いない。薄く笑んだ白面に覆い隠された中、どのような苦悶の表情を浮かべているかは明かされる事もない。白面の男は幾度も身を震わせては自らの君主の名を呼び続け、懸命に救いを求めているかのように見えた。だが彼は次の瞬間、思いもよらない言葉を放ったのだった。
「あ、ゔぁぁあぁあッ……! ん、あっ……、ッ、ふふ……、うふふふふっ……もっと、もっとこのヴァレーに……貴方の愛を……っ……!!」
自らをヴァレーと呼んだ男はそう言うと、挿入されていた肉の楔を自ら引き抜いて仰向けに寝転がり、太腿を持ち上げる。そして赤く爛れ、ぱっくりと開いた体腔の入口を両手で広げると——糜爛を目の前の黒衣へと、見せつけてみせた。淫らに引き伸ばされ、広げられた剥き出しの毒々しく赤い粘膜からは、薄桃色に白濁した粘質な体液がどろどろと溢れ出していた。
黒衣の巨躯はそれを見てグルグルと喉を鳴らし、咆哮した。広げられたものを目の当たりにして、さながら興奮した獣のように大きな唸り声を上げたのだ。
そして再び、体液にぬかるんだ柔らかな肉厚の彼の体内へと、どす黒く勃ち上がった極太の楔をぎちぎちと埋めていった。
「あ、はぁぁ……っ、深、い……ッ……」
白面の男のそれは、もはやこの異形と交合するためだけに育て上げられたのだろうかと思われるほどに柔らかく、ぐにゅりと形を変えて押し付けられたものを吞み込んだ。極太の楔、その太さはゆうに成人男性の腕ぐらいはあるだろうか。突き出した器官はその長さから蛇をも思わせたが、それがゆっくりと肌に包み込まれる様は圧巻だった。よくもまあ、あの小柄な身体にそれが入り込むことができると感心してしまう。
しろがねの彼は、大きく息をついた。
なぜか今は彼らの行為に魅せられ、呼吸も忘れてしまうほどに見入ってしまっていた。白面の男の響かせる愉悦の喘ぎは、もはや苦悶の断末魔には聞こえなくなっていた。彼は激しい官能に咽び、声高に笑い声を響かせては感極まったかのように泣きじゃくり、黒衣の楔に貫かれたまま、妖しげに腰をくねらせる。突き挿れられたそれは壮年の男の柔らかな弛みのある下腹をぼこぼこと押し上げ、今にも突き破ってしまいそうなほどに膨らませてみせた。それでも、まだそれは根元まで入り込んではいなかった。
白と黒の身体が二重の螺旋のように深く、熱く絡み合う。二つの影は折り重なり、互いに時間を忘れるかのよう、その猥雑な行為に没頭し続けていた。
「ねえ、貴方……、そろそろ……っ」
白面はそう言うと、黒衣の首元に手を回し、自らの身体を引き上げるように腕の力を強めてみせた。異形はそれを合図に彼の身体を抱き上げると、天を向いて聳り立つ、赤黒く張り詰めた剛直で——彼の身体を一息に串刺しにした。
途端、その身体の内からごぷん、というくぐもった音が鳴り響く。
「あ゙、ゔ、あぁぁぁぁあ〜〜〜〜〜ッッッ!!」
白面の男は絶叫と共に顔をのけ反らせると、全身を激しく震わせた。ガクガクと揺れる身体、抱え上げられた両脚は黒衣の背から突き出すように固く伸ばされ、不随意のままに激しく痙攣している。
その反射による筋肉の強張りが、埋められた楔をきつく締め上げたのだろう。黒衣の巨躯はグルグルと低く喉を鳴らすと、未だ仰け反り、身悶えている男を気にする様子もなく、身体を持ち上げたままに自らの剛直の上をスライドさせ始めた。
白面の彼は、最初の刺激で気絶してしまっていた。ひとしきり痙攣が終わったものの、未だ顔は仰け反ったまま。腕も、両脚もだらんと弛緩し、重力に負けて伸びきっていた。
そこからしばらくは、巨躯の体の上をぐにゃぐにゃとした人型の肉塊が上下しているだけに見えた。
律動は徐々に激しさを増し、黒衣から幾度めかの唸り声が上がると——扱くような律動が止まり、抱き込んだ身体をきつく締めつけるよう、ビク、ビクンと大きく震える——。黒衣の巨躯は、雄としての限界を迎えていたのだ。楔の先端からはとめどなく放埒が迸り、白面の体内を満たしていった。
ふいに、だらりと垂れていた手の指先がピクリと動く。止まっていた時を取り戻すかのよう、艶めかしく甘やかにふうと息が吸い込まれ——人形と化していた身体に、力が戻る。
「ああ……中……もっと……」
白面が意識を取り戻し、今しがた自らの身体に注がれたものを愛おしむよう、彼は自ら異形の腰に抱きついたまま、くちゅくちゅと結合部を掻き混ぜながら身を揺すり始めた。先ほどまで行われていた穿ちぬくような抽送からすれば、それはまるでじゃれあいのような行為に見えた。だが滑りの良くなった敏感な腸壁は、ゆるやかな刺激にうっとりとするような快楽を与えていく。それはまた新たな興奮を呼び覚まし、互いの腰髄に欲望を溜め込ませていった。
「モーグ様、モーグさまぁ……っ……」
繰り返される君主の名。
「ああっ! うっ、〜〜〜〜っ!!」
艶めかしく揺れていた白面の男がふいに背を丸め、黒衣の身体にきつくしがみつく。
彼もまた、官能の絶頂に達したようだった。だが、柔らかく萎れた彼の中心は、吐露するものすら絶えてしまったとばかりに何も反応を見せやしなかった。快楽そのものは彼の腸壁を鋭敏に、そして断続的に、長々と震わせていた。
背は弧を描く弓のようにきゅんと反らされ、黒衣の背から伸ばされた褐色の足先が、ピク、ピクンと余韻に耽るように儚く揺れている。
行為はまだ終わらなかった。
搾り取るようないやらしい腸腔の断続的な締め付けに、黒衣の巨躯は激しく盛った。白面の彼が絶頂に達する瞬間を狙い澄ましていたかのように、背に添えられていた大きな黒い手が腰骨をがっちりと鷲掴む。柔らかな脂肪に大きな指を食い込ませると——彼がどう足掻いても逃げられぬよう固定したまま、再びあの凶悪な楔で征服していった。
「ひ、ぃ、あ゙、ぁああぁっ!! い、ま、イって、あ゙ぁっ、いや、あん、ああッ、そこ、だめ……ッ、ま、た、こわれ、る、うぅうッ……!!」
性的に体液を放出する行為は生物的な雄としての身体感覚に、ある種の酔い覚ましのような現実味、そして潮を引くような急速な性感の減衰をもたらす事が常である。だが、先程のように腸腔で得る絶頂は元来備えられた生殖の目的とは異なる節理を持つのだろう。快楽のリミッターなど壊れてしまったと言わんばかりに、繰り返し絶頂に至る事が出来てしまうのだった。
白面の男はその奇妙な感覚を、自らの身体で数え切れぬほど味わってきた。腸腔の最奥がヒクヒクと痙攣し続けている。達したばかりの刺激、押し寄せる絶頂へと導かれゆく感覚のままに言葉を垂れ流す。
「イグっ! イグううううっ!!! あああああっ!!! や、また、奥……ああっ! も、い、や……ひぁ、あ゙ぁぁああ゙ッッ!!」
ごぷ、ごぷんと腸壁を突き抜けるような生々しい肉の音が、腹の奥から何度も鳴り響いた。
「あ゙ぁあぁぁぁ〜〜〜〜〜ッッ!!」
ここからは、もはや喘ぎ声とも絶叫ともつかないものが響き渡っていった。ヴァレーは繰り返し絶頂に導かれる事しか出来ない身体と意識の中で、自分の声にすら情欲を駆り立てられるように乱れに乱れた。
最奥を征服され、数え切れぬほどの精が身体の中を満たし、溢れ出していく。黒衣は見境なく彼を求め続けていた。それはどこか偏執的で、彼を自らのものにしようとしているかのように見えた。白面の男はただずっと、君主の名を呼び続けているだけだというのに。
或いはその呼び声に、嫉妬や劣情を抱いていたのだろうか。
その光景を、しろがね人はずっと眺めていた。
黒衣は白面から身体を離すと、白亜の上にそっと横たえる。解放された彼は胸を上下させ、使い物にならなくなった下半身を開け広げながら荒い息を吐いていた。壊れるほど犯された双臀の谷間からは白濁した体液が流れ、石段の縁を伝ってそれを染め上げていた。
だが、先程までの苛烈な行為とは打って変わり、黒衣は横たわる身体を壊れ物のように丁重に抱きかかえると、その場を立ち去っていった。
†
身じろぎも出来ずにいたヴァレーの意識は、介抱によりゆっくりと取り戻された。
先程まで見上げた先にあった美しい星空は消え、洞窟の空気がひんやりと辺りを包み込んでいる。
ヴァレーは置かれている状況に気付くと、傍らの黒衣に手を延べた。
巨躯から伸びる手は彼の身体を支え、ふわりと抱き起こす。
黒衣のフードに遮られた中で、ヴァレーはその顔をじっと見つめた。
「今の方が、ずっと、ずっと素敵ですよ……。この逞しい角も、これも、これも……」
ヴァレーはケープにに手を差し入れ、異形の肌から突き出している黒く捩れた突起を愛おしむよう、うっとりと撫で摩った。
「……貴方が受け入れてくれた事……。本当に、嬉しく思うのですよ。ですから、共に待ちましょう……。新たな王朝、その開闢を」
異形は何も応えない。問い掛けられた瞳は褪せた暗灰色に沈んだまま、何の感情も見せなかった。
ヴァレーはくすりと笑うと、白面を外して薄布を引き下げる。
そして、薄い口唇から濡れた舌をひらめかせると——黒衣の首元にするりと腕を差し入れ、ケープの中に影を重ねた。
「……ん、っ……はぁ……っ……。ああ、そういえば……新たな褪せ人がまた、この地に辿り着いたそうですよ。一体、いつぶりのことでしょう」
巨躯から身体を離したヴァレーは、立ち上がると再び白面を付ける。
「待ち遠しいですね。今度こそ、王朝の騎士たる器かもしれません。私も早々に立たなければ……」
言い終わり、向き直った顔。だが、そこに見えるは先ほどと変わらぬ褪せた昏い瞳、そして青白く、引き結ばれた口元だけだった。
小さな吐息とともに、それを柔らかくなぞるよう、そっと指が添えられる。
「ふふ、貴方にはもう——関係のない事でしたね」