勤務を終えると、ヴァレーは施設内のシャワールームとランドリーを利用した。
朝から飲み物しか摂っていなかったために空腹感はピークをとうに過ぎ、今や胃の辺りの鈍い痛みだけがぼんやりとその身に残されている。
部下の青年も頑張ってはくれているが、プログラム対象者の数はさらに増え、一日の担当人数は八人にまで膨れあがっていた。
通常の業務時間内では事務処理まで到底手が回らない。
壁に掛けられた時計を見ると、時刻は午後十一時三十分。それでも今日はまだ早い方だ。残務処理で日を跨いでしまうこともざらになっていた。
更にここ最近、プログラムの対象者たちがどうにも異様だと感じていた。攻撃性や衝動性のスクリーニングテストを通過している筈なのに、カウンセリング中に奇声をあげたり、身体的な接触を試みようとする者が増えてきていたのだ。
危害を加えられては堪らないので、カウンセリングを中断せざるを得ない事もしばしばだった。
対象者を更生させるという、自らの役割を思えば決して抱いてはならない感情ではあるのだが、ここ最近は身勝手な再犯を繰り返す彼らに憤りすら感じ始めていた。
もはや、カウンセリングから投薬治療への切り替えを検討する時期に来ている事も分かっていた。
だが、投薬治療に切り替えるのであれば上長の認可が必要だ。その人物にお伺いを立てる必要があるかと思うと、ヴァレーは途端に気が滅入る。
ふう、と大きなため息が出た。
初動のミス、つまり管理官の不備を指摘してそのプライドを傷つけてしまったせいで、彼からはどうにも好意的に思われていないようなのだ。お伺いを立てたところで、認可をもらえるまでは陰湿な、非常に回りくどい手続きを延々と取らされるのだろう——。
ヴァレーは半ばうんざりとした気分で部屋の外に出ると、ちょうどタイミングよくその管理官と出くわした。
「……あ」
あまりの拍子に驚きを隠せず、目を見開いて立ち尽くす。相手は気を留める様子もなく、ずかずかとヴァレーに近寄ると、無遠慮に話しかけた。
「——ああ、またこんな時間まで。ご苦労な事だね」
彼は管理室のモニタで、一部始終を見ているのだろうか、とヴァレーは思った。
業務の中断が必要なほどの危険が及んだとしても、何をしてくれるという訳でもないのだが。
全く、あの監視には何の意味があるのだろうかと常々感じていた。
ここで鉢合わせたのが幸か不幸かはさておき、この男を前にして認可の依頼を先送りにする理由も無いだろう。こんな時間ではあるが取り急ぎ、話を済ませてしまう方が良いだろうかと——彼は口を開くと、こう切り出した。
「管理官。今、少しだけよろしいでしょうか?」
二人は管理室へと向かうと中に入り、その扉を閉めた。正面の壁に掲げられた複数台のモニタが目に飛び込んでくる。ヴァレーの部屋も、そのモニタの中にはっきりと映し出されていた。
ただ、こうして監視されている様を目の当たりにするのは気分の良いものではない。
「——君の方から話だとは珍しいね。いつも書類かメールでのやり取りばかりなのに」
「なかなかお話しする時間も取れませんのでね。こうしてお会い出来たのですから、直接の方が早いかと思いまして。さて、本題ですが、投薬治療の認可を頂けませんか。今のペースでは満足な成果が上げられません。再犯率も増える一方です。人手が足りないのは承知しているのですが——」
滔々と、一息に述べられていくヴァレーの言葉を遮るように、管理官が言葉を差し挟んだ。
「人手は足りないんだよ。そう、君の言う通りだ。ペースは減らすどころか、来月からさらに増える予定なのに」
「増える? そんな馬鹿な。もうこれ以上は私も部下も限界です。時間が足りません。この違法薬物の常習者は今までの対象者たちとは様子が異なります。貴方もあのモニタでご覧になっているのではありませんか?」ヴァレーは語気を強めた。
「スクリーニングテストを通過しているにも関わらず、中には身体的な危害を加えようとしたり、鬱積した欲求をぶつけようとする者もいるのですよ。何か起きてからでは遅いでしょう。従前のカウンセリングのみで対処するのはもう……」
管理官はその話を楽しそうに聞いていた。
「——何かおかしいのですか?」
「いや、少し考えてしまってね。鬱積した欲求だって? そういった目を向けられるのなら、いっそのこと、君が彼らの相手をしてあげたら良いんじゃないかな。君もこんなところで缶詰で、運動不足だなんだと同僚に嘆いていたそうじゃないか。それも解消されて一石二鳥だろう」
そう言って下品な笑い声を漏らしている管理官を、ヴァレーはおぞましいものを見るような目つきで蔑んだ。
この男の前で先のような話を切り出すのはこうした悪質な嫌がらせしか生まないと分かってはいたのだが、いざ口に出されるとその内容に腹の底から嫌悪と吐き気が込み上げる。
遠回しな言い方ではあったが、男に対して見境もなくセクハラだとは。この管理官こそ、よほど欲求不満なのではないだろうか。
「……またご冗談を。とにかく、書類にサインをしていただければそれで構いませんから。貴方の認可が降りなければ提出ができませんので」
ヴァレーは先程の話を気にかけまいと、敢えて流すようにそう言った。
ところが、管理官から放たれたのは予想もしない一言だった。
「私に何の得が?」
「——得?仕事に損得などないでしょう。一体何を……」
相手は常日頃から自分を監視し、貶め、嫌がらせをしてきた相手だ。それでも仕事の話なら、非常事態だと訴えてみれば、少しはまともに取り合って貰えるのではと期待をしてみたのだが。
男の声だけがこの空間に、耳に、嫌に響く。
「どうしても私のサインが欲しいのか? なら、それなりの見返りは必要だろう」
「それなり? 金品でも渡せと?」
——心臓が早鐘を打つ。身体が総毛立ち、感覚が無意識のうちに警鐘を鳴らしている。
酷く嫌な予感がしていた。汗もかいていないのに背中を冷たいものが伝うような、ぞくりとした感覚が全身を襲った。
「金品? そんなものは要らないよ。お互いに、使う場所も時間も無いだろう。込み入った話になるだろうから、鍵を閉めてくれたほうがいいんじゃないかな。尤も、サインが不要ならそのまま部屋を出て行ってくれても構わないがね」
管理官が、部屋のドアをその顔で示した。
ヴァレーはその時に、今まで自らに向けられていた嫌がらせの——その裏の意図をはっきりと理解した。先程の性的に悪趣味な発言を行った相手を前にして、この部屋の錠をかけてしまうと、どういった事を要求されるのか分からないほど彼は鈍感でもなかった。
それでもその心身は疲れ切っており、一日も早く投薬治療の認可に漕ぎつけたかったのも事実だった。
今この瞬間、相手からの要求が何であろうと、自分さえそれを呑めば仕事はずっと楽になり、部下の事も守ることができる筈なのだと——。
ヴァレーは自らにそう言い聞かせると大きく息をつき、ドアに向かうと観念したようにその鍵を閉めた。
「おや、意外と素直だね」
「——約束ですよ。サイン、していただけるのでしょうね」
「ああ、君が言う事を聞いてくれれば」
「……で、それなりとは、私は何をすればよろしいのでしょうか」
管理官はデスクに向かうとその奥の、革張りのゆったりとしたオフィスチェアに深く腰掛けた。ヴァレーは男に促されるがままに、面と頭を覆っている布を脱ぎ去ると、黒檀の大きなテーブルの上にそれを置いた。昏く、ぽっかりと眼窩の空いた無機質な白面に、その眼差しが向けられる。ヴァレーは目の前の男の顔を、今はどうにも直視することができなかった。
「何、簡単な事だ。どうにも同じ事の繰り返しで娯楽に飢えていてね。先ほどの話のように運動不足の解消でもさせてもらえると助かるよ」
そう言うと、男はカチャカチャと音を立てて自らのベルトを外し、下穿きをずり下げると性器を露出させた。
「……ッ」
ヴァレーはその光景に小さく息を呑んだ。
男にとっての目的が何か、あらかた予想はついていたものの、いざその事実を突きつけられると嫌悪で喉がつかえてしまう。
しかし、それと同時に——ある種、見慣れた「目的」のものを目の前にして、今からどういった振る舞いをすれば相手が望む事が成せるのか、生々しく思い描くことができてしまっていた。
呆気に取られている間にも、「書類にサインが欲しいならさっさと奉仕してみせろ」と、半ば強制的に行為を促す言葉が投げかけられた。
現実味を無くしていく空間の中で、ヴァレーは屈辱を押し殺すように、男の顔に目を向けるとこう言った。
「——貴方を、満足させて差し上げれば良いのですね?」
ヴァレーは男の両足の間にゆっくりと跪き、手を伸ばすと、まだ柔らかい陰茎を握り込み、手を緩やかに上下させた。生温かい肉の感触と、べたべたとした先走りが手に纏わりつくのが酷く不快だ。
ぐち、ぐちゅ、と音を立てて扱き上げ、緩急を付けて責め立ててみる。しかし、男のものはなかなか勃ちあがる気配がなかった。
「ほら、その調子だと終わるのはいつになることやら。時間を無駄遣いしたくはないだろう」
確かに、その言葉通りいつまでもこの空間に留まるのは時間の無駄だ。手の刺激だけではどうにも埒があきそうにないと、そう察したヴァレーは、内心で小さく毒づいた。露出しているものの根本を指で抑え、口を開けると、唾液で濡れた舌を亀頭の先端にゆっくりと這わせていった。
空気に触れて、粘度を増した先走りのえぐみがじわりと口内へ広がる。汗ばみ、蒸れた体臭がつんと鼻をつく。シャワーも浴びていないであろう相手のペニスをずるずると口に収め、途中でせり上がる吐き気と嗚咽をどうにか呑み込みながら、彼は男のものを根本まで咥え込んだ。
「……んぐ…っ…」
どうせするなら早く終わらせなければ。
ヴァレーはごくりと喉を鳴らすと、まだ芯をもたないそれをじゅぼじゅぼと水音を立てて吸い上げ、舌を這わせて奉仕していった。何度かその動きを繰り返していると、口いっぱいに収められた肉塊が少しずつ硬さを増していく。
口の中に収められたものの質量がぶくりと大きくなる感覚に、少し、ほんの少しだけ、頭の奥が痺れるような心地がして、ぐらりと身体に熱が集まってしまう。だが、今はそれを自覚したくはなかった。
口淫の水音と、男の荒い息づかいが室内に小さく広がる。
「……ああ。なかなかいい具合だよ。上手じゃないか。だが、私のものはどうにも刺激に強くてね。これぐらいじゃないと満足できないんだ……!」
男はそう言うと次の瞬間——ヴァレーの頭を鷲掴み、無理矢理に抑え込むと、立ち上がりつつあった自らのペニスをその喉奥へずぶりと突き挿れた。
「〜〜〜んんっ?!!んぐっ、んぶっ、ぐ、うゔっ」
突然の刺激にヴァレーの目が見開かれ、喉奥に灼けるような、引き攣れる痛みが与えられた。乱暴に喉を犯され、眼球がひっくり返りそうだ。
喉を塞がれた事で、抗おうとした悲鳴は声にならず、漏れ出るような濁音だけが無情にも室内に響き渡った。
どうにか頭を逸らそうと身を捩ってはみたが、両手でがっちりと固定され、引き抜く事ができない。押し付けられる喉奥への圧迫感で息が詰まる——。
男の足の間でじたばたともがいていると、ぐちゅ、ぐちゅんと喉の粘膜めがけて男の腰が突き上げられ、無遠慮に抽送が行われ始めた。
「んんぅ、うぐっ、んんんっ!!!」
ヴァレーは頭を揺さぶられながら、自分のタイミングで顎を閉じることもできず、悲痛な叫びを漏らしながら、顔を何度も左右に振った。目の縁からは痛みに伴う涙が溢れては流れ落ち、無理矢理に開かされた口の端からは、飲み込みきれなかった唾液が零れて顎を伝う。
酸素不足で目の前は霞み、時おり嚥下反射で収縮する喉の粘膜が、ぎゅうぎゅうと男のペニスを締めつけた。そうした彼の反応全てが、さらに相手の欲を煽り立てていく。
「ああっ、出る、出るっ! 喉奥でしっかり受け止めろっっ!!」
「うっ、ぐ、う、う、っ」
その声を合図に口内のペニスがぶくりと脈打ち、男の精液が喉奥にびゅくびゅくと叩きつけられた。粘り気のある生温かい液体が喉の粘膜にべっとりと絡みつき、体内を汚されていく感覚に、ヴァレーは目を白黒させながらぞくぞくとその身を震わせる。飛びかけていた意識の中で、次から次へと止めどなく放たれていく男の体液を、吐き戻すまいと必死に喉を鳴らし、胃の中へと押し込んでいく。顔は涙と唾液に塗れ、拭う余裕すら与えられない。
ひとしきり射精が終わると、男は掴んでいた頭を解放し、陰茎を喉奥からずるりと引き抜いた。
「うぐぅ…げ…ほっ…ぐぇ……っ、」
ヴァレーは咳き込み、ふらふらとその顔を男の股ぐらから離すと、自らの唾液や涙でべとべとに汚れてしまった顔を拭った。今はただ、口の中の不快感をどうにか洗い流してしまいたかった。
「……げほっ、っぐ…っ、んっ、はぁっ……これで、満足、っ、ですか……っ」
全身の脱力感で床にへたり込み、吐き気を堪えながら、息も絶え絶えに男を見上げてそう訴える。
だが、今しがた男のものを無理矢理に咥えさせられ、その溜め込んだ欲を飲み込まされ、涙ながらに悶え苦しんでいたその姿はことさらに男の嗜虐心を煽った。
「はは、何も一度だと言った覚えは無いがね。君が後もう少し我慢すれば、君と、同僚の負担を減らす事が出来る。喉から手が出るほど欲しい投薬治療の認可までは後もう少しだよ。まあ、せいぜい頑張ってくれたまえ」
男はそう言って立ち上がると、ヴァレーが抵抗する間もなくその身体を引き立てた。今までそのような姿を目にした事は無かったが、刑務所の管理官ゆえに身体拘束はお手のもののようだ。
「……そんな…! 痛っ……、これ以上、何をなさる気ですか? あぐ、う、っ、」
身を捩り、抵抗を見せるヴァレーをよそに、管理官はヴァレーの後ろ手を捻り上げると、体重を加えて彼の半身を机に押し付け、いとも簡単に無力化してしまった。
片手でがっちりと押さえ込まれ、手にひやりと冷たい金属の感触が当たったと思うや否や——ガチャリと恐ろしい音がした。後ろ手に手錠が掛けられたのだ。
「手錠……? この……っ、流石に悪ふざけが過ぎますよ…っ…!」
「そうして君が抵抗するからじゃないか? 大人しく奉仕してくれれば良いものを」
尚も身体を押さえつけたまま、男は無理矢理にヴァレーの下衣をずり下げると、その下半身を露出させていく。あらわにされた下半身のその双丘の間、男の眼前に晒された後孔は、通常の排泄器官のそれとは異なる様相を呈していた。その中心はぷっくりと赤く膨れ、先程までの奉仕によって性的な感情を拾い上げた秘所はヒクヒクと艶かしく蠢き、さながら性器と化して相手を誘っているかのようだ。
「ははあ。道理でクチが上手いと思ったらそういう事か。男遊びで日頃の鬱憤を晴らしていたのか? それとも、誰か特定の相手が? まあどっちだっていいさ。君も満更ではなかったんだね」
そう言うと彼は机の引き出しを開けた。中にはエタノール、ワセリンやグリセリンなどのプラスチック容器が所狭しと収められている。男はその中から小さな、ジェル状のグリセリン容器を取り出すと蓋を開け、中指に纏わせた。そうしてその指を、赤く膨れた秘所へとべたりと擦り付け、ぐりぐりとその割れ目の縁をなぞっていく。
「……ひっ…うあぁっ……、そこは……っ…」
ヴァレーは悲痛な叫びを漏らしたが、先ほどから小さく疼いてしまっていた場所への直接的な刺激に、下腹部には既にじくじくと熱が集まってしまっていた。
男はそれを見透かすかのように、後孔の縁に潤滑剤を馴染ませながら、ひとしきり弄ぶと——ずぶりと指の第一関節までをその肉壁の内部へと侵入させた。
「随分柔らかく解れているが、どういう訳だ? 男遊びだけでは物足りなくて自分でも慰めているのか?」
「〜〜〜っ!!!、……はぁっ……も、やめっ、それ以上は……っ!」
投げかけられた男の言葉と、指が直腸内を這い進み、体内を探る感覚に羞恥でおかしくなってしまいそうだ。
偶然ではあったが、上司からの電話を受け、暫く逢瀬がお預けだと聞いた事で溜まってしまった欲求を——つい先ほどのシャワールームで軽く、ほんの軽く発散させた所だったのだ。
「ま、わざわざ答えなんか聞かなくても、ここの反応ですぐ分かるだろう。いつもこちらを疎ましそうにあしらってくれていた君がどうなるか見ものだね。もし経験が乏しいなら、痛みや苦痛の方がずっと勝るだろうから」
男は堪えきれないといった風に笑い声を押し殺すと、さらに指を突き挿れ、前立腺を探り当ててぐにゅりとそこを押し潰した。
途端、ヴァレーは身体の奥から痺れるような感覚に襲われた。抵抗もできないまま、とうの昔に性感帯と化してしまったその場所を、この男に攻められるという事実に鳩尾がひっくり返るような心地がした。男の思惑通りになる事が容易に想像出来てしまう。
「…ッ!あああっ!、う…、あ……お願いします…っ止めて…、ください…っ!」
差し挿れられた指が直腸の内壁を擦り上げ、ひときわ激しく腹の内側から前立腺を刺激していく。ぐぷぐぷと水音を立てて何度もその指が突き動かされると、男に押さえ付けられている身体がびくりと大きく跳ねた。途端、突き抜けるような強烈な刺激が全身を貫いていく。
「〜〜〜っっぅ!!!」
ヴァレーは声にならない叫びを漏らすと、その刺激でイってしまった。彼のペニスからは、透明な液体がトロトロと零れ落ちていく。足りない酸素を補おうと息を荒げ、疲れ切った身体では、抵抗する気力も失われつつあった。
「……はぁ……はぁっ……」
「ははは。その様子だと痛がっているようには見えなかったな」
男はそう言うと、休む間も無く新たな刺激を与えていった。また男の指が激しく直腸内を掻き回し、執拗にぐりぐりと前立腺を押し潰す。ヴァレーは何度もイカされ、飛びかけた意識を無理矢理に引き戻され続け、ほんの少しの刺激も身体が敏感に拾い上げるようになってしまっていた。
「あぁ、無理、無理です…! っ〜〜〜っまた…っあ゙あぁあ゙っ!」
もはや感覚が馬鹿になってしまったかのようだ。男の指が弱いところを軽く掠めるだけで腹の奥がビクビクと甘く痙攣する。そのまま捏ね回されるように激しく攻め立てられると、暴力的な快感が押し寄せて脳髄を焼き切るような強い痺れが全身を襲った。
プシュ、と音を立てては何度も透明な液体が押し出され、ガクガクと脚が痙攣した。
ヴァレーはぐったりと机に突っ伏し、息も絶え絶えに男に訴えた。
「……も、やめて…ください…っ……」
「まだ指だけじゃないか。君の望み通り、止めてやってもいいが」
男はそう言うと、ずるりと勢いよくその指を引き抜いた。
「〜〜〜ッ!」
その刺激にまた軽く身体が跳ねる。
全身を襲う脱力感に、ヴァレーはただ息を整えることしかできなかった。思考のままならない頭で、ひんやりと外気に触れている剥き出しになった下肢をそのままにはしておけないと、起きあがろうとした瞬間——身体を机に再度押し付けられ、露出させられたままの後孔にぐちゅ、と生温かい何かが触れた。
「……な…っ!?」
「確かに、一度抜いてもらったからね。君も出るものがなくなるまで充分満足したようだし、もうそろそろ終わりにしても良いだろう」
その言葉とは裏腹に、押し当てられた男のペニスの先端が、先程までぐずぐずに解され、柔らかくなった後孔の入り口へじわじわと圧力を与えていく。ヴァレーはすぐにでももたらされるであろう強烈な刺激に備えて小さく息を呑むと、その目を固く瞑った。
ぐちゅり、と小さな音を立てて男のペニスがアナルの縁を割り込み、内部へと侵入していく。その張り出したカリ首までがずぶりと埋め込まれたかと思うと——それはすぐに引き抜かれ、また先端だけが身体の中へと挿し込まれた。
「……っあ、っ……!」
先程まで身体に覚え込まされていた前立腺への強烈な刺激がまだ頭にしっかりと焼き付いているためか、男のペニスの先端が体内へ侵入する度に下腹がぐずぐずと疼き、まだ届いてもいないのに最奥がじんわりと甘く痺れる感覚に襲われてしまう。
つぷん、つぷんと緩やかに、何度も先端を出し入れされる度に身体は貪欲に反応し、もっと脳髄を蕩かせるような強烈な刺激が欲しいと、どうしようもなく男のものが欲しいとあられもない訴えがヴァレーの脳内を支配していった。
「ああ、君はサインさえもらえれば良かったんだろう。ほら、もうそれを持って退席してもらっても構わないよ」
ぐぷん、と小さな水音を立ててカリ首の先端が体内から抜かれると、机に突っ伏してその感覚に惚けていたヴァレーの目の前に、ぱさりと書類が放り投げられた。
「それに、この部屋にはスキンの用意など無くてね。これ以上は君にとっても負担が大きいだろうから」
背中に与えられていた圧迫感が消え、男の身体が離れて解放されたにも関わらず、ヴァレーはぼうっとした頭で男の言葉を反芻していた。ゴム無しでのセックスの危険性など、彼にとっては充分過ぎるほどによく分かっていた。それなのに今は、身体はそのリスクよりも即物的な享楽を求めてしまっている。
心臓が跳ねるように高鳴る。一体何を考えているのか? もう目的のサインは貰えたのだ。先程までのおぞましい嫌悪と吐き気の中、身を呈した奉仕で部下も、自分の仕事も、とうに守れた筈なのに——。
元々は快感を拾う事も知らないただの排泄器官だった筈の場所が、こんなものではまだ物足りない、もっと、理性を弾き飛ばすほどの強烈な快楽が欲しいと訴えかけていた。
そうしてヴァレーの口からついて出た言葉は、正常な判断能力では到底信じられないものだった。
「……そのままで構いませんから。どうぞお好きになさってください……」
ヴァレーは顔を机に臥したまま後ろを振り返ると、汗ばみ、乱れた髪の隙間から覗く、熱に浮かされた瞳で男を見つめた。
男の方も、やはり満足そうに口の端を持ち上げると、後ろ手の手錠を勢いよく引き寄せ、目の前でふらふらと揺れている、艶かしく突き出された双丘の間へと、いきり立ったモノを勢いよく最奥まで突き挿れた。
「〜〜ん゙う、っ…!、ぁあ゙ぁっ…!!」
ヴァレーの喉から媚を含んだ嬌声が漏れる。
男は先端から溢れる先走りを腸内へと塗り付けるように、挿入を繰り返しながらぐちぐちと音を立てて内壁を擦り上げていった。とめどなく与えられる刺激によって感度を増し、放たれ続けるヴァレーの喘ぎと、抽送を行うたびに部屋に鳴り響く水音、そしてその肌を打つ音全てが互いの性欲を煽り、男の下腹に抑えきれない熱をせり上げ、溜め込ませていった。
押さえ付けられ、暴力的な刺激を受け入れる事しか許されていないヴァレーの身体は最奥を虐め抜かれる度にびくびくと跳ね、吐精の伴わない深い絶頂がまた何度もその身に与えられる。身体の中を貫かれる度に呼び覚まされる猥褻な神経回路が感覚を揺さぶり、脳髄を蕩かせて、バチバチと爆ぜるような幻覚を見せながら目の前を白く塗りつぶしていく——。
もはやまともでは居られなくなってしまった、うだるような思考の中で、この部屋の鍵を閉めた時に感じていたのは本当に嫌悪の感情だけだったのだろうかと、そんなくだらない事を考えてしまっていた。毎日のように快楽や欲に忠実な人間たちを目の当たりにし続けて、鬱積してしまった日頃のストレスを、男に良いようにされる事で晴らしてしまいたいと——ほんの少しでも思わなかったのだろうかと。
男はがっちりと腰を掴んで抱き寄せると、ひときわ強く体重を乗せて打ちつけていった。恐らく絶頂が近いのだろう。ヴァレーは中に出すのはやめてくれと訴えようとしたのだが、もはや抵抗する気力も残されてはおらず——快楽に堕しきった頭の奥は、今まで身体を繋げ続けた上司にも許したことのないその背徳的な行為を、密かに期待すらしてしまっていた。
男の押し殺すような唸り声と共に、身体の中に熱いものがどくどくと放たれ、流し込まれる。その錯覚にも似た感覚が、爆ぜるような強烈な快楽と結び付けられていく。今や喉の粘膜から食道を通り、胃の中、更には直腸の中までもが、この男の白濁した欲望でドロドロに汚されてしまっていた。
全てが終わると、男は後ろ手の錠を外してヴァレーの身体を解放した。
「……はぁ…全く。ここまでとはね。少し男遊びが過ぎるんじゃあないか? まあ、数日のうちに投薬治療の認可は降りるだろう。そうすれば、君たちの仕事はずっと楽になるだろうね」
男はせせら笑うと、ぐったりと疲れ切り、未だ立ち上がる事も出来ないヴァレーの耳の横に顔を寄せると「またサインが必要な時は、よろしく頼むよ」と満足気に言い放った。
その男の声と、身体の中に放たれたものがどろりと溢れ出て足を伝う感覚だけが——白く滲んだ意識の中へと、鮮明に焼き付いていった。