妄執と執着の果てに(後編)

 

「——ね、ヴァレーさん。いつになったら俺のものになってくれるの?あんなに贈り物もしたのにさあ」

「何度も言っていますが、私は誰のものでもありませんよ。貴方がたは皆私の理念に賛同し、集ってくださった信徒なのですから、そこに優劣などはありません」

「それ本気で言ってるの?いや、もちろんヴァレーさんの言う王朝には誓って誠実だよ。命だって賭けてもいいよ。それはそうだけどさ。でもこんな事して優劣がないだとかそんな綺麗事ないんじゃないかなあって」

男の声が部屋に響く。
正面に立つ男が白面の後ろに手を伸ばそうとするのを、ヴァレーはやや厳しい手つきでパシリと制止した。

「貴方を聡明な方とお見受けしているのですから、どうかこれ以上失望させないでくださいな」

「また、そんな言葉で誤魔化さないでよ。どうしても俺のものにはなってくれないんだね。じゃあいいよ。今ここで俺の言う通りにしてくれたらさ」

男が取り出したのは、革製の見慣れない道具だった。首輪か何かのようだったが、ヴァレーはそれを見るなり眉を顰め、身を固くした。

男はその反応を気にするそぶりもなく話を続ける。

「うちの厩舎の使用人にこういうの作るの得意なのがいてさ、女中の折檻なんかにも使ってるらしいんだけど。男の人に使いたいって言って作ってもらったんだ。しかもこれ特別な首輪でね。こうやって引っ張るとぎゅうっと締まって、緩めると戻るらしいんだよね」

彼は取り出したモノを手に取って楽しそうに説明をした。

この男はこれをわざわざ、自分に使おうと持ち込んだのか。そう思うとヴァレーの背筋がぞわりと粟立った。先日もこの男から手酷い仕打ちを受けたばかりだった。

「貴方、最近少しおかしいですよ。先日も痕が残るような事はやめてくださいと、」

「っ、ふざけてなんかないですよ。ヴァレーさんが、すぐ他の男に抱かれる方がよっぽどおかしいでしょう?前回はあの大柄の男の方でしたよね。あの人のすぐ後だとガバガバだから困るんですよ、俺だって自分の痕跡ぐらい残しても良いじゃないですか」

「っ、う……」

ヴァレーの喉からあまりの嫌悪に引き攣れたような音が漏れた。

「俺のが小さいんですよね?ね?他の人たちのよりも。満足させてあげられない。だから少しでも他のもので良くなってよ」

「——そのような、一度も思った事はありませんよ。お気に召さないようでしたら日を改めましょう、今日はもうお帰りください」

ヴァレーは目を閉じて頭を振った。
嫌な汗がじっとりと全身に纏わりついていく。

男の様子が最近どんどんとおかしくなってきていたのはヴァレーにも分かっていた。
初めはいつものように声を掛けて、そうして思想に馴染んでもらうところまでは問題がなかった。

そのうちに身体の繋がりを求められ、何度か情を交わしてきたが、ここ最近は自分のものになってくれと、そればかり言われるようになったのだ。
男の執着は過激になり、他の者への攻撃性も隠さなくなっていた。

過去にもこういった行動を取る者を何度か見た事がある。いつも誰が自分にとっての一番かを競おうとして仲違いをし、時には当人同士で争い、相手を死に至らしめたり、自死をしたり、失踪したりした。この男もまた、そうなってしまうのだろうか。

「——帰らないよ、ヴァレーさんが俺のものになるか、今ここで俺の言う通りにするか」

男は引き下がらないようだった。
無理に事を荒立てて逆上されたり、他の者に垂れ込まれたり、襲撃を受けるというような事は出来るだけ避けなければならない。

それに、いつ訪れると知れない王朝の為にも、血の指を集め続ける必要があるのだ。
この彼とて、まだ見込みはあるのかもしれない。ふと、自分の身体などそのために使われるのであれば、幾らでも差し出してしまえばよいのではないか、と思ってしまった。

「……分かりました、今日のところは貴方に従いましょう」

「そう来なくっちゃ、話が早いね」

そう言うと、男はまた新しいモノを取り出して見せた。

「じゃ、早速言う事聞いてもらおうかな。これ、凄いでしょ。俺が考えたんだけどさ、張型、って知ってるかな。ディルド。あ、なんか知ってそうだね。そうそう、あれをちょっと小さめに改良して、端っこにこうして尻尾みたいに革紐の束を付けてみたんだ。これ、どこに何するモノかわかるよね」

男はベッドにそれを投げた。

ヴァレーは無造作に投げられた「尻尾」を拾い上げるとその先端を見た。
陶器製のそれは男性器よりはやや小さく見えるものの、身体の中に留めておくにしては大きすぎるような気がした。

「よくもまあ、こんな悪趣味な……」

ヴァレーは先程の言葉を後悔した。やはり毅然と断るべきだったろうか。

「言うこと、聞いてもらえるんだよね。身に付けているものは全部脱いで。あと抜けないようにちゃんとその尻尾、根元までしっかり挿れてね」

男は嬉しそうに笑いながら言った。

「首輪は俺がつけてあげるからさ」

ヴァレーは淡々と言われた事だけをこなすことにした。その内容や意味まで考えてしまっては、羞恥でどうにかなってしまいそうだったからだ。

言われた通りにその面と着衣を全て脱ぎ去ると、ベッドの上に膝をつき、そのひんやりとした陶製の張型を後ろにあてがった。潤滑油として手近に置かれていたグリースを体温で溶かし、纏わせるとゆっくりとそれを自らの身体に押し込んでいった。

「どう?恥ずかしい?」

男はヴァレーの正面に胡座をかき、その光景を楽しそうに眺めていた。

ヴァレーは男の言葉を無視して張型を持つ手に少しずつ力を入れていった。

「っ、ふ……、はっ、はぁっ…、」

ずぶずぶと少しずつ押し込んでいくと、本物の男性器とは異なる圧迫感と冷たさが身体へと伝わっていく。血の通わないその道具の感触は目の前の男との行為を想起させるかのようだった。

「それ、挿れるところもっと見せてよ」

にやにやと笑う男の方を見遣った。このまま長引かせても埒があかないだろう。ヴァレーはひと息に、根元までそれを押し込んだ。根元はくびれているため、ここまで挿し込めば抜けることはなさそうだ。

「う……ぐ、はぁっ……、」

「ああ、もう全部挿れちゃったの。お尻、こっち向けてみて」

ヴァレーは一言も返さずに、ただ男の言うとおりに身体を動かした。
身体は徐々に熱くなっていくのを感じていたが、そんな事は決して悟られてはならない、と思った。

「うわ、本当にお尻から尻尾生えてるみたい。めちゃくちゃえろいよこれ、最高。いや、誰にも試したりしてないからどうなるかなって想像しかなかったんだけど。ほら、じゃあ次はこっち向いて。これ、首輪、付けさせて」

男は下品な喜びを隠しきれずに嬉々として言葉を紡いだ。
そうして顔を男の方へと向けさせられ、首を撫ぜられる。好ましい相手ではないからか、その触れられた手の先からぞわぞわとこそばゆいような、ピリピリとした粟立つような感覚が、首元から全身へと伝えられた。

男は両手でヴァレーの首の側面を包み込むと、その手にゆっくりと圧力を掛けていった。

「……ん、っ」

息は問題なく出来るものの、圧迫感に喉元から口の周りが痺れ、顔に血が集まっていく。痺れがどんどんと強くなるにつれて、身体にじわじわと快感の波が広がっていくような気がした。
頸動脈を圧迫されていることによる反応めいたものだと頭では分かってはいるものの、ふわふわと齎される危険な快楽に身体が反応してしまう。

頭はさらにぼうっとし、目にも涙が込み上げる感覚がした。

「は、その顔、嫌がってるようには見えないよ?誘ってる顔してる。尻尾も素直に付けちゃってさ、やりようによってはこうしてすぐに言う事聞いちゃいそうだから危なっかしいよね。俺のものだって首輪、ちゃんと付けておかないと。
——そうそう、首輪だけど付ける場所はこの辺なんだって、間違えたりやりすぎると骨が折れるから気をつけろって厩舎のやつが言ってたんだ。何人か最中に死んじゃったらしいよ」

聞きたくもない事をあれやこれやと無神経に言いながら、男が革製の首輪をヴァレーの首へと取り付けた。

「うわあ……白にして良かった。ヴァレーさんの身体の色にすごく映えるよ。ああ、ぞくぞくするね、最高」

男は愉悦の表情を浮かべると立ち上がり、紐をピンと引いた。革製のベルトが喉へギュウ、と巻きついた。

「ゔ……っ、」

ほんの軽い刺激だったが、この紐を引くとどうなるか、と言う事を身体に思い知らされる。
尻尾で拡張されている場所もじくじくと快感を拾い始めていた。

「……っ、はは、いいね。よく似合ってるよ。首輪と尻尾で、ほんと犬みたい。ずっとこのまま飼ってあげたいな。ね、そのまま下、四つん這いで歩いてみて」

「……は? 何を……ッ」

「ここ、お散歩させてよ、ね?」

「貴方、何を言っているのか……理解って、」

「言うこと、聞いてくれるんだよね」

ヴァレーは苛立ちを隠しきれない視線を男に向けたがそれ以上歯向かう事は無く、男に言われ、リードを引かれるがままに部屋の中を這い回った。時折もたらされる首と尻尾への刺激に密かに身を悶えさせながら。

「……これで、気が済みましたか?」

「そんなわけないでしょ。嫌だなあ、これからが本番に決まってるじゃないですか」

男は口の端に下卑た笑いを取り付けて言った。

ヴァレーは抗う気力もなく、彼のこの悪趣味が早く終わるようにと、ただそれだけを願った。
後ろの圧迫感で身体はじくじくと疼きを訴え始めていたが、今はまだそれを覆い隠してしまえるほど、男に対する嫌悪の方がずっと勝っていた。

「じゃ、次、俺の下の服、口で脱がせて。手は使わないでね」

男は自らの瀟洒なコートを椅子に向かって乱雑に放り投げ、ベッドへ向かうとそう言った。

ヴァレーは次から次へと放たれる、此方の尊厳をわざと踏み躙るような要求に辟易した。
彼は自分を一体何処まで貶めれば気が済むのだろう。はっきり言ってこういったやり口は大層不愉快だった。

「何、その目。出来ないって言うの?」

「いえ、そう言う訳では……」

「じゃ、早くベッドに上がって、これ、脱がせて」

ヴァレーは心の中で小さく悪態を吐きながら男の下穿きを咥えると、少しずつ口を使って男の下衣を降ろしていった。
男が首輪の紐を中途半端な位置で留めているため、下へ下へと口を動かすたびに首元がぐい、ぐいと絞め付けられ、圧迫感と微かな快感が身体を伝っていくのが酷く厭わしかった。

「——はぁ、やっと出来たね。ちょっと時間掛かったけど」

ヴァレーは息も絶え絶えに、並々ならぬ徒労感にぐったりとシーツに突っ伏していた。

「っはぁっ、はぁっ、はぁっ…………」

「息苦しかったのとお口たくさん使って疲れちゃったのかな?でもまだこれからだけど。ほら俺のここ、まだ全然だからさ、もう少し頑張ってみてよ」

「……も、少し休ませて、くれません、か……」

ヴァレーは浅い呼吸を交えながら訴えた。
男は首輪を引き、無理矢理にヴァレーの顔を上げさせると歯を剥き出しにした顔を近づけて囁いた。

「頑張ってって言ってるのに口答えしないでよ、今だけは俺の言う事を聞いてくれるんでしょ? じゃあこれも、勃たせてくれるよね、っ」

男がヴァレーの頭を乱暴に掴み、口の中にまだ立ち上がっていないモノを押し付ける。
ヴァレーは身体の疲れがピークに達していたため、殆ど自分では動く事ができなかった。

「んぐっ、ん、ぅ、っえ゙」

「もっと強くしてくれないと俺のいつまで経っても勃たないよ?」

かちゃかちゃと首輪と紐の接合部が耳障りな音を立てる。ヴァレーはされるがままに、しばらく男に頭を揺さぶられていたが、男も飽きてしまったのかその内に解放された。

「……う、ぁ……」

「も、いいや。じゃ、後ろ向いてこっちにお尻出して」

そのままどさりと男に背を向けて倒れ込むと、ほとんど意識を飛ばしてしまいそうになっていた。

「そろそろこっちも出来上がってるかな」

男が首輪の紐をぐいぐいと引っ張って尻を叩いた。

「……はぁっ……ッ、……ぅ」

ヴァレーの口から力ない喘ぎが漏れる。
男はその姿を見て加虐的な笑みを浮かべると、ヴァレーの後孔にずっぷりと収まっている張型付きの尻尾に手を掛けた。

尻尾を引っ張ると張型の括れがぐいぐいと内壁を捲り上げていく。首輪も同時に引いてやると、穴がぎゅううっと締まるせいかまた張型が呑み込まれていき、なかなか引き抜く事ができなかった。

「あ゙、はぁっ……、っう、」

ヴァレーは急激にもたらされた快感に意識を引き戻され、身体をビクンと震わせた。
頸部への圧迫感も相まって頭がふわふわとする。身体から現実感がなくなっていく。

男は尻尾と首輪の紐を引きながら、張型が行きつ戻りつする感触を楽しんでいた。
限界まで押し止められていた引っ掛かりを一際強い力でぐいと引っ張ると、ヴァレーが突然声を上げてその動きを制止しようとした。

「あ゙っ、いや、それは、やめ、」

「やめない」

男が勢いよく尻尾を引っ張ると陶製のそれがぐぷん、と音を立てて引き摺り出され、同時に、脳天を突き抜けるような強烈な性感がヴァレーの全身を襲った。

「〜〜〜〜!!、! あ、っあ゙あっっっ!!!ゔぅ゙〜〜〜っ、」

「あ、イっちゃった」

ビクンビクンと弓なりに背を反らしながら、びゅくびゅくと精液がシーツへと吐き出されていった。

「うっわ、ここ見せてあげたい。ナカ真っ赤にお口開けてトロトロだよ。ヒクヒクしてる。俺も見てるだけでイっちゃいそう。も、挿れてもいよね、っ、」

男はそう言い終わらないうちに、自らのペニスを遠慮なくぽっかりと口を開けたソコに突っ込んだ。

「あ、熱っ、うわ、粘膜に直接突っ込んでっ、ぬるぬるできもちい、っ」

「……う、あ゙っ……は、ぁっ、んっ……」

先程までの収められていたものよりもずっと熱く、大きな質量のモノによる刺激に頭がバチバチと焼き切れてしまう。先程までの嫌悪はどこへ行ったのか、身体は正直なもので与えられた快楽を敏感に拾ってすっかり反応してしまっていた。

「あー、でもやっぱりずっと拡張されてたからちょっと締め付け足りないかな?」

男は紐をぐっと引き、ヴァレーの顔を上げさせた

「……っあ゙、が、はっ、」

「あ、締まった締まった。首輪絞めると中もめちゃくちゃぎゅうって締め付けてくるよ。
ヴァレーさんさあ、普段上から指図してくるけどさ、身体、ほんとは虐められるの好きなんでしょ、俺虐めるの好きだからすぐに分かるよ」

「っ、は 何……? ……ッ」

何度も酸欠に近い状態に陥っていたため、体の感覚が次第に遠くなってきていた。

「素質あるって言ってるの、あ、ダメだ、もう出そう。一回イカせて」

男が首輪の紐を引きながら律動を再開した。

「〜〜゙〜! 〜〜っ、はぁっ、…っは、ぁ、」

喉を圧迫される感覚と腸内を掻き混ぜられる感覚に頭が真っ白になる。
浅い呼吸ではもう酸素が補いきれない。もっと、もっと息を、吸わなければ。

はあっ、はあっと大きく息を吸うと次第に手の先が痺れ始めて目の前が白く、視界がチカチカと歪んできてしまった。まずい、このままだと落ちる——

そう思った次の瞬間、ヴァレーの意識がバチンと暗転した。

 

◻︎◻︎◻︎

——どれくらい意識を飛ばしていたのだろうか。身体に与え続けられる刺激で気を取り戻すと、男はまだ自らの体の上で馬乗りになっていた。

「……っ、うっ……」

「あ、起きた?ここもう俺のでドロドロにしちゃった。何回ぐらい出したかな、」

「っ、は……ふぁ、?」

「ビクビク〜ってなって失神した後全然起きなかったからさ、焦っていっぱい叩いたり噛んだりしちゃったよ」

その声にヴァレーは自らの身体を見ると、あちこちに鬱血痕や歯形が付けられて見るも惨たらしい事になっていた。

「な、な、これは……っ、貴方っ、どういう、」

「あー、起きてくれて良かった。反応ないのつまらなくなってきてたんだ。まだ出し足りないからもっと付き合ってね」

男はそう言って、ヒリヒリと痛みを訴え出し、ぐずぐずになった後孔にいっそう強く律動を加え始めた。

「痛っ、う、……あっ……あ゙ぁっ!!」

「ヴァレーさん喘ぎ声大きいからさ、声聞こえる方が興奮するよ。痛い?気持ちいい?痛いの好きだもんね、ここぐちゃぐちゃに突かれて痛くて気持ちいいでしょ」

男はヴァレーに抱きつくと、その汗ばんだ肌に歯を立てて囁く。

「まだ離さないよ、俺が満足するまではね」