「今日も暑っちいな……」
真夏の日差しが降り注ぐ中、軽トラックのドアを開けて車内に乗り込み、汗を拭いエンジンをふかす。
俺は、この辺りを担当している配達員だ。
ここのエリアには比較的高層の建物が多く、階下の宅配ボックスに荷物を入れていく事が仕事のメインだった。同業者に聞いた話によれば、この数年で面と向かって顧客と顔を合わせる機会はめっきり減ったという。
それはそれで楽でいいのだが、そこはフリーランスの一人稼業、たまには誰かとの触れ合いが欲しくなることもある。
ただ、最近になって、俺にはある楽しみができた。
新築の、とは言っても、もう半年くらいにはなるのだが。移住者向けの洒落たアパート。そこに、週に2、3回は必ず荷物を届けるお宅があった。
わざわざ覚える気なんかなくたって、もはや登録してある10ケタの識別番号を含めて、住所を空で言えるくらいだ。
建物名は、ヴァレ・デ・ローズ一番館。部屋番号は、420。
いつものようにエレベーターに乗り込み、慣れた手つきで四階のボタンを押す。運ぶ荷物もほぼ同じ。特定の会社のロゴが入った、小さな箱だった。
「ちわー。お届け物っす」
インターホンを押して声を掛ける。すると、俺の楽しみの張本人、この部屋の主が現れた。
「はい——」
開けられたドアから現れたのは、いかにも気怠そうな気配を漂わせる、しっとりとした肉感のある柔肌を持て余した、隙だらけの女性だ。
髪は寝癖がついたままで、いかにも着の身着のままといった様子。そして、彼女は訪問者の視線など気にも止めぬといったように、小さな欠伸を噛み殺した。
いくらセキュリティがあるとはいえ、至る所から肌が露わにされたノースリーブの白のワンピースは、慣れぬ訪問者にとってはあからさまな目の毒だろう。
豊満な肢体は隠される事もなく、毎度、俺の目を喜ばせていた。
年齢は、四十に行くか行かないかくらいだろうか?
もしかすると、もう少し若いのかもしれない。何せ、いつもひどく疲れているようだったし、顔のベースはかなりの美人だから、もう少し身なりの手入れをすればきっと、見違えるだろうと思ったからだ。
これは今でこそ慣れた——もとい、嬉しい光景ではあるのだが、初めてこの部屋を訪れた時にはそりゃあ驚いた。
ダダ漏れる色気とエロさに、真昼間から男でも連れ込んでいる情婦の類なのではないか?と疑ったほどだ。だが、どうにもそうではないらしい。
疲れを色濃く残しているが、堀りの深い目元にしっかりと通った鼻梁、薄めの唇に、やや年齢の刻まれた肌。そして物腰の柔らかさ。何度か訪れて思ったが、彼女の周囲に反社めいた男の影は見当たらなかった。
そんな彼女の顔にはひとつ——いやふたつ、人目を引く特徴があった。ひとつ目は、何とも不思議な白い睫毛。
彼女が気怠げに瞬きをする度に、その睫毛は白い羽根のように羽ばたき、美麗に目元を彩った。その光景に、毎度の事ながら見惚れてしまう。もうひとつは、額に入れられた小さな赤い刺青だ。その紋章で、彼女がとある宗教団体の会員である事が知れた。俺は好奇心からwebサイトを辿り、その団体の公開名簿を当たってみた。すると、彼女が都内の大手医療法人に勤めている医師であることが知れたのだった。
いつものように、こっそりと品定めをするように彼女を眺め倒した俺は、どうにか現実を取り戻すと体裁を取り繕うように言った。
「いやー。ここ最近、本当に暑いですね」
「うふふ、いつもありがとうございます。熱中症には、くれぐれも気をつけてくださいね」
落ち着いた、だが耳当たりの良い倍音を含むような柔らかな声音が囁きかける。よこしまな気持ちで視線を浴びせ続けている俺の体調を、気遣ってすらくれるなんて。前世はきっと、女神か聖女だったに違いない。その気遣いが疑惑の眼差しへと変わってしまう前に、俺はどうにか目線を戻すと伝票にサインを求めた。
「どうも、お気遣いいただいて。じゃあここに、サインをお願いしますね」
彼女は嫋やかな笑みを浮かべると、俺からペンを受け取ってサインをする。そして、必ずこう言うのだ。
——またお願いしますね、と。
◇
「はぁー。ヴァレーさん、今日もエロかったなー」
軽トラに戻った俺は、盛大にハラスメントなワードをぶっ放した。そうだ、俺の最近の楽しみとは、清々しいほど欲望に忠実なそれだった。
「あの見た目で医者なんだろ? 仕事中は白面を被るとはいえ、あの身体で上目遣いに診察された日にはもうさ……」
次の荷物の仕分けをしながら、先ほどの玄関での艶姿を思い出す。
「それにしても、最近荷物増えたよなー。まあ、ここは立地もいいし、配達もしやすいから別に良いんだけど。そうそう、しかも、大体いつも同じ会社の箱でさあ」
俺はそう言うと、先ほどの伝票の控えを手に取った。そこには届け先である彼女、ヴァレーさんの名前が記されていた。
「軽いし、厚みも薄いからポスト投函でも良さそうなもんだけど。いつも時間帯指定と対面希望なんだよな。これ貴重品か何かなのかな……」
ぼんやりと伝票の控えを眺めていると、スマホのアラートがけたたましく鳴り響く。
「あ、やばい! 再配達の依頼入ったんだった。早く行かないと!」
◇
その数日後。
俺はコンビニで購入した冷やし中華を食べながらルート確認をしていた。商品を汚さないように、食べ終わった容器を注意深く片付けると集荷の荷物を整理していく。
「——おっ、今日もあるじゃん。この白い箱。ぱっと見ただけでヴァレーさんの荷物だって分かるもんな」
白地のダンボールに小さく社名の刻印、赤文字のお洒落な字体で印字されているそれは、どこか高級ブランドめいた雰囲気を思わせた。
「服にしては箱が小さいし、軽いから機械ものでもなさそうだし……。こんなに頻繁に、いったいなんなんだろう?」
本来であれば、大切なお客様に繋がる情報など、決して詮索してはいけない。そんな事がバレてしまえば、依頼先から一発解雇である。だが、別に電話番号を私物化する訳でもなし、業務時間外にお宅を訪問する訳でもなし。まあ、業務上ちょっと気になった会社を調べるだけだ。そんな事、別に誰に咎められる事もない。
そう思ってからは、もう止まらなかった。俺はスマホを取り出すと、早速そのワードを打ち込んだ。善は急げである。
「……検索、検索、と……。あれ?」
だが期待に反して、画面に出てきた文字は呆気ないものだった。
“該当ワードでの検索結果はありません”
「おかしいな? 何でだろう」
候補を変えて、何度か検索を掛ける。似たような単語は表示されるものの、関係なさそうな店ばかり。ついには、完全に一致するものは出てこなかった。俺はスマホを前に、しばし考えた。そして、ヒジョーに下世話な結論に思い至った。
「……もしかしてこれ、ちょっと大人の玩具系の店だったりするんじゃ?!」
一度エロい方に傾きだした妄想は留まるところを知らない。確かに、見れば見るほどそんな気がしてくる。ちょっと上品系のパッケージなのに、品名は伏せられているし、お店の名前も検索にヒットしない。他に類似の荷箱を見た事もない。そうか。だから彼女は、毎回対面受け取りのみにしているのかもしれない。それに、毎回俺を見て微笑みかけて「次もお願いしますね」と言ってくれる。
という事は、だ。
もしかして、俺ってめちゃくちゃ信頼されてる?
というか、これが大人の荷物なんだとしたら、もしかしてヴァレーさん、俺のこと、そーゆー目で見てる?!
そんな妄想を滾らせて、いつものように辿り着いた420号室。
「ちわー。宅配っす!」
「ああ、いつもありがとうございます」
「じゃ、ここにサインを——」
ヴァレーさんの手が俺のボールペンに伸ばされる。その時に、俺はここぞとばかりに切り出した。
「あのー、これって……」
「はい?」
「ヴァレーさん、よくここの商品使われてますよね。そんなにいいものなんですか? あ、いや、回数多いから、それとなく覚えちゃって」
できるだけ怪しまれないよう、何気ない会話を装って話しかけた。
「そうでしたか。ふふ、中身はいつも同じですが」
「すみません。関係ないこと聞いちゃって、サインありがとうございます! それでは、失礼しますね」
あまり根掘り葉掘り聞きすぎるのも良くないだろう。また次回に話を持ち越そうと、そそくさと立ち去ろうとする俺の背に、ふいに言葉が投げかけられた。
「……これの中身が、そんなに気になりましたか?」
「え?」
振り向き、微笑み掛ける顔。だが、それはいつものような嫋やかなものではなく、どこか挑発的で、妖艶に見えた。
「不思議に思われたでしょう? 品面の記載はなく、会社名も見当たらない——」
「それは……」
「ふふ、貴方の視線がいつも、私のどこに注がれていたのか、知らないとでも思いましたか?」
ヴァレーさんはそういうと、ワンピースの隙間から足を覗かせた。俺はその光景に見入ってしまっていた。だが、ハッと意識を戻すと耐えきれず、こう尋ねた。
「……もしかして。その中身、俺に教えてくれるとか」
ヴァレーさんはゆっくりとした手つきで配達物の開け口に手を掛ける。そして、中身を開くと、俺の前に見せつけた。だが、大人な期待とは裏腹に、中に入っていたのは成人向けのアイテムなどには見えない、可愛らしい小さな袋だった。
「——? これは……?」
ヴァレーさんは畳まれた布を取り出すと、俺の目の前で広げてみせた。
「うわぁ……」
可愛らしい、と言う印象は、その瞬間に淫靡なモノへと覆された。目の前に広げられたのは、サイドにたっぷりとフリルのついた、だが肝心なところを隠すには少なすぎる布面積の——そうした「目的」のためだけのものとしか思えない、過激な下着だった。
「……エッロ」
もはや慎むことの無い感想が脳みそから直通で溢れ出す。
「可愛いでしょう? ああ、そういえば、貴方には集荷もお願いしたくて…」
ヴァレーさんはそう言うと、白いスカートをたくし上げた。そこには真っ赤なレースとビーズの飾りのついた、同じく布面積の乏しい下着が覗いていた。
そして、蝶結びになった腰紐に手を掛けると、するりとそれを解いていく。
「え…! ちょっと、こんなところで!」
俺は焦りから玄関に踏み入るとドアを閉め、咄嗟に鍵をかけた。ここは角部屋だから人が来る事などないのだが、それでも流石に気が気じゃない。
だが、玄関先の密室でこのエッチなヴァレーさんと二人きりになってしまった事実も、俺の非日常的な興奮に拍車を掛けてしまう。
先ほど解かれた腰紐、その中身が露わにはだけてしまう前に。ぱさりと純白のスカートが、肝心な場所を覆い隠した。それはまるで巧みな手品のようで、ヴァレーさんの手には、先ほどまで身に付けられていた赤い下着が解かれ、ぶら下げられていた。と言うことは——だ。
目の前の白いワンピース、その下半身には今、何も身に付けられてはいない。
その光景と想像に、俺が棒立ちになっていると、ヴァレーさんは脱いだばかりの真っ赤な下着を、これまた可愛らしいフリルの袋に入れ、リボンで上をきゅうと縛った。そして、宛名入りの袋に入れて封を閉じたのだ。
「これ。お願いしますね」
差し出されたそれに、反射的に手を伸ばす。俺は運んできた時と同じくらいの大きさの、小さな配達物を受け取った。その宛名には、男性の名前が記されていた。場所はここからそう離れてはいない。担当範囲内だ。
「あ、かしこまりました……」
俺は差し出されるがままに、伝票の集荷受付を終わらせた。慣れたそれはほぼ無意識に行われ、その間も、意識はスカートの中身に向けられたままだった。いや、溢れんばかりの胸も、ノースリーブのワンピースから露わにされたままの腕も、スカートから覗く張りのある太腿も、今やその全てが、俺の溜め込んだ欲を引き出そうとしてやまなかった。
「そ、それでは、これで……!」
だが、俺は偉かった。自分で自分を褒め称えたい。この状況、俺の中の漢はほぼヤレると踏んでいたが、流石に事案だろうとなけなしの理性がそれを繋ぎ止めたのだ。
彼女の見せた行為と内容がどうあれ、客観的な事実だけを見れば、目の前の相手は荷物の受け取りと中身の確認、そして新たな集荷依頼を行っただけである。『下履かないと風邪ひいちゃいますよ』の言葉でさえ、切り取られ方によっては炎上しかねない。
そんな俺の思惑とは裏腹に、くすくすと笑みが漏らされた。そして、彼女は俺に、こう囁き掛けたのだ。
——これからは、こちらもお願いしますね、と。
◇
「お届け物でーす」
数ヶ月後、俺はいつもと変わりなく仕事を続けていた。少し変わった事と言えば、新たな配送先がいくつか増えた事だった。
「はい」
「こちらに受け取りのサインをどうぞ!」
冴えない中年風の男がドアの向こうから現れた。家の雰囲気を見る限り、特に不自由のなさそうな中流家庭のようだ。男はぶっきらぼうにハンコを押すと、俺の手からひったくるようにそれを受け取って家の中に戻ろうとする。
うだつの上がらなさそうな後ろ姿に、ふと魔が刺した。
「あの——」
「何か?」
男は面倒臭そうに振り向いた。
「いや、何でもないっス、最近ほんと、暑いですよね。またご贔屓に!」
「——ッ、ぶははははっ!!」
車に戻ると、俺は盛大に吹き出した。
そう、俺が配達したのはあの封筒だ。あれから何度もヴァレーさんの家に行き、小さな封筒の集荷を請け負っていた。その下着が俺の目の前で脱ぎ捨てられ、小さな封筒に収められた後で。いつも何が起きているかだなんて、この冴えない男たちは誰も、何も知らないのだ。
スマホを取り出し、会員制の成人向けサイト、ビデオライブをチェックする。画面の中には白面で顔を隠したまま、透明なディルドで自慰行為を行なっている豊満な肢体が溢れんばかりに収められていた。激しくうねる、極太のそれを卑猥に出し挿れする度に、隣のコメント欄には歓喜のコメントとスパチャが山のように流れていった。
「まーたこんなにしちゃって。ほんと、欲求不満なんだから。んで、さっきのおっさん、下着の匂い嗅ぎながら、これ見て抜いてんだろな」
俺はスマホを閉じると、次の配達先へとトラックを走らせていった。
◇
そしてこれは、その少し前の事。
冷房の行き届かない玄関で、俺とヴァレーさんは見境なく身体を重ねていた。
あの純白のワンピースは肩から引き下ろされ、豊満な胸は露わにされたままに、腰の辺りではだけていた。俺は柔らかな谷間に顔を埋めながら、ワンピースの下へと手を差し入れて太腿をを揉みしだく。汗ばんだ肌が互いに密着する感触が、不快に心地よかった。しっとりと濡れた秘所は、不特定多数の目に晒されるためにか、綺麗に手入れが行き届いている。だが、ひとたびモノを咥え込むと、隠されていた本性を露わにする。俺の身体はその本性を既に、何度も味わっていた。
ヴァレーさんは俺に組み敷かれたまま、チンコに手を伸ばすと先走りに濡れたそれを上下へと扱き始める。臨戦態勢のそれはもう十分にビンビンだったのに、この刺激で呆気なくイってしまいそうだった。
「それ、っ、やばい……ッ!」
込み上げる射精感に限界を感じると、手コキから逃れるように腰を引いた。そして、はだけた布の隙間から露わになった太腿を押し開くと、もうすっかりと濡れて誘いを掛けている淫らに色付いた中心へと、滾る欲望を埋め込んだ。
「ふ、ぁぁ……っ、貴方……ぁ……♡」
がっちりと腰を抑え込み、奥へ、奥へとヴァレーさんの膣内を蹂躙していく。中のヒダが絡みついて、この世のものとは思えないくらいに気持ち良かった。
「——ねえ、ヴァレーさん、俺以外ともこんな事してんの?」
あん、あんと突き上げの度によがる声が漏れる。俺の質問には答えずに、彼女は身を捩りながら、いやいやと首を振っている。
「はぁ、男にこんなすぐ体開いちゃってさ、信用なさすぎでしょ。下着売ってんのも、えっぐい道具使って配信してるのも、全部知ってるのにさ」
腕を押さえつけたまま、ヴァレーさんのトロマンにぐぽぐぽと出し入れを繰り返す。投げかけた言葉に、膣の奥がぎゅうと締まった。
「ほら、図星じゃん。今日は俺に犯された後で配信するつもり?」
ヴァレーさんは何も答えないまま、蕩けた顔で、行為に没頭するかのように腰をくねらせ続けていた。先ほどから、堪えきれないと言わんばかりの痙攣が小刻みに繰り返されている。肉厚のヒダが、きゅうきゅうと竿を包み込むように扱き上げていた。俺も、もう限界だ。
「あっ、それやばい、出る、出るっ……!!」
「貴方……ッ、それは……ぁ……」
俺を跳ね除けようと抵抗を試みたヴァレーさんの身体を、床に押し戻して抑えつけた。豊満な胸を揉みしだき、ピンと上向きに勃ちきった乳首をコリコリとつまむ。
「……っぐ♡ それだめです……ッ♡ も、イくぅ゛……♡♡」
喉をのけ反らせておっ広げた足と揺れる腰が、俺の雄を限界まで搾り上げる。
「……ッ、ここまでさせといておあずけは無いっしょ……! ああ、もうやべえ……っ!! このっ、エロマンが……ッ! たっぷり種付けてやるから覚悟しろ……っ!!」
「……や、あ゛、ぁぁぁぁあ〜〜〜ッ!!♡♡♡」
互いの体液でぐちゃぐちゃになった結合部を泡立たせながら、俺は無我夢中で激しく腰を打ち付けた。ヴァレーさんの身体がのけ反り、がくがくと激しく痙攣する。
それと同時に、柔らかな最奥へと嵌まり込んだ欲の先端から、溜め込んだ大量の精液がとめどなく放出された。
「はぁ、っ、はぁ……っ」
全力疾走を終えたかのような脱力感と、射精後の急激に頭が冷えていく感覚が俺を襲う。
ふと視線を下ろすと、あのワンピース姿はどこへやら。玄関で胸を放り出し、はだけたスカートの中をガニ股で開け広げ、ぐちょぐちょに掻き回されたいやらしい割れ目から白濁を垂れ流すヴァレーさんの姿があった。瞳は焦点が合わずに蕩け、顔は紅潮して開かれた口元からは赤い舌が覗いている。
その傍らには、白いレースに縁取られた小さな封筒が置かれていた。