戦火の激しいこの地では、休む場所もままならない。腐りゆく大地と灼けた空。気を抜けば人の背丈の数倍はあろうかという獰猛な獣が辺りを行き交い動く者へと飛びかかる。
兵たちは自らの領地を守らんと、迫り来る侵略者や獣に立ち向かっていた。数多の死、そして大地そのものが腐れては生を失い、乾涸びた風が吹き荒れる。身体に矢を受け刃を受け、戦いに敗れた者どもは力無く地に伏せる。未だ死にきれぬ者は自らの命がどのように尽きるのか——獣に屠られるか、朱の大地と共に腐れ落ちるのか。意識だけが克明なまま、迫る想像に苛まれ続けていた。
そのひび割れた大地を駆ける、白い影があった。影は敗れた者どもに近づくと短剣を振り上げ、躊躇わずに息の根を止めてゆく。それは敵が味方かの区別など無く、只死にきれぬ者の首元へと致命の一撃を突き立てる。影は白布をたなびかせてはあちらこちらへ移ろって、瀕死の兵士に覆い被さり生を奪う。影は次第に崖下の、小さな洞窟へと吸い込まれては消えた。
洞窟の中で、白い影はふうと息をついた。
それは確かに人であり、だが無機質な白い面を付けていた。
石膏の白面を被り、頭からつま先までを装束で覆い隠し、肌をも見せぬその姿。
唯一覗く瞳の縁、その睫毛は白面に似合わせたかのように白く、透き通っている。
手元には、今日だけで片手では足りぬほどの命を奪った短剣が握り込まれていた。
それは両刃を持たぬ尖突剣。その名を、『慈悲の短剣』という。
数多の命を吸い尽くし、なお冠される慈悲の銘——。
戦場を駆ける白面は、この者だけではなかった。戦場に於ける『慈悲』の体現者たる白面は、かつて都で活躍した医師たちである。その手で人を癒し、救う事を生業としていた。そうして戦が始まり、軍医として招集された彼らは味方の兵を癒し、鼓舞した。だが戦が激しさを増し、消耗戦の一途を辿るにつれ、もはや医師らにできる事などなく。従軍していた彼らは物資の尽きる中——ついに一つの役割、陰惨な使命を与えられる。戦時に於ける慈悲とは即ち、癒しに非ず。決して救えぬ苦しみならば、医の道に通じた手によって安楽に終わらせるべきであろうと。
その象徴として与えられた、尖突剣と死の白面。彼らは自らの癒しの手を翻し、数え切れぬほどの兵の血でそれを濡らした。
洞窟に入った白面は、辺りを見渡した。音を立てぬよう、そっと内部を覗き見る。暗がりに目を凝らすと、物陰に動きが見えた。背に緊張が走り、気を引き締める。今や戦場の介錯者との異名を持つが、元はただの医師。急所を狙う確実な一撃で命を奪えども、戦闘に長けている訳ではない。戦火をうまく生き抜くには、様々な気配に敏感にならざるを得ぬ。この地では、一つの判断ミスが即座に死と直結するのだ。
白面は息を押し殺すと、そっと慈悲の短剣に手を掛ける。
「うぅ……」
洞窟に小さく反響するは、弱々しく呻く声。
——やはり、誰かいる。
消え入りそうなそれは、声の主が相当に消耗している事を示していた。暗がりにも幾分慣れ、中の様子は朧げながらも捉える事ができる。白面は再度、岩陰へと目を凝らした。そこに倒れていたのは、やはり手負いの兵士だった。
白面は思わず、安堵の溜息を吐いた。どうやらこの洞窟は、亜人や混種たちの棲家ではないようだ。彼らのテリトリーであるならば、目の前の負傷した兵士などは一刻も立たぬうちに八つ裂きにされてしまっていただろう。亜人や混種らの棲家でない事は、休息を求めてこの洞窟へと流れ着いた白面にとっても朗報であった。いずれにせよ、この哀れな兵は死ぬ運命。敗残兵の最期の願いは、いかに苦痛なく死ぬ事が出来るかに掛けられている。
白面は、こうも思っていた。——否、思い込もうとしていた。『戦場の介錯者』に慈悲を与えられるのであれば、そうした意味でこの兵士は寧ろ幸運であるのだと。
白面は息を吸い込むと、岩陰にもたれる兵士に向け、呼吸を止めて近づいた。
首元の僅かな隙間へと狙いを定める。
あと数瞬で彼の目的が達せられた、まさにその時——。
ドォォォォォン!!!
耳をつんざくような轟音が響き渡った。洞窟の外に、戦車の砲撃が着弾したのだ。
グラグラと揺れる大地、洞窟の入り口から吹き込む熱波と砂塵のただならぬ様相に外を見ると、大型の獣が多数の兵士を蹴散らして突き進む姿が見えた。外の光景は一瞬にして、恐ろしい戦場へと変えられていた。
「う、うわぁぁぁぁっ、なんだ?! 戦場の介錯者じゃねえか!! クソっ……まだ死ねるかよ!! おーい、俺はここだ!! 助けてくれええ!!」
その声に、外に気を取られていた白面は肩越しに振り返る。洞窟には先ほどの兵士の叫び声が響いていた。彼の前におめおめと姿を見せてしまった今、それは至極当然の事だった。
この兵士の叫び声が交戦中の外にまで届く事は無いだろう。だが、状況としてはかなり不味い。現状は外の混乱が勝っているが、このままだと逃げ場をなくした兵たちがこの場所へと雪崩れ込んで来る。今はただ、速やかに目の前の兵に止めを差して洞窟の奥に身を潜め、この喧騒をやり過ごすしか道はないだろう。数瞬もせぬうちに判断を下した白面の頭は、再びその身体を冷徹な殺戮機械へと変えていた。
だが、身体を動かすと同時に酷い耳鳴りが頭を襲った。それは先程の轟音と衝撃の余波。鼓膜が一時的に、ダメージを受けてしまったのだ。白面は小さく舌打ちをすると、耳鳴りとぐらつく頭に手を当てながら喚き散らす兵士へと近づいた。
兵士は足が効かないようで、立ち上がることもままならないと見える。このまま慈悲を与えるのは容易いはずだ。聴覚の大半が奪われている中、手を振り上げ、兵士の首元に短剣を突き立てようと試みる——。
しかし、その願いは再び妨げられた。
「な……ッ!?」
何者かが、『慈悲の短剣』を弾き飛ばしたのだ。
一体、何が起きた? 白面は焦る頭で逡巡した。この兵にはまだ戦える力が残っていたのか? 短剣を手に取ろうと、弾き飛ばされた方向に目を向ける。その間、僅かに一秒。
だが、身を屈め手を伸ばした途端——側頭部に、痛烈な蹴りが入れられた。
「う、ぐ……っ!」
衝撃に蹌踉めく身体。ピシリと、白面に亀裂が走る音がした。頭蓋の中で脳がぐらぐらと揺れる。酷い目眩に、身体の平衡を保つ事ができない——。どうにか意識を飛ばす事は免れたが、霞む目で相手を捉えようとするも、面の縁に遮られた視野は完全でない。未だ敵の姿を捉えられぬままにバランスを崩した身体はどさりと岩肌に膝をついた。
——どうにか早く、短剣を手にしなければ。
歪む視界と思考の中で、それだけが明確な答えだった。
目の端には、鈍く光る銀の柄を捉えている。無我夢中に、手を伸ばす。
手袋の先端、指先の感触が柄に触れる——。
望みまではあと僅か。
だが、その指先は得物を握り込む前に、無情にもぐしゃりと踏み詰られた。
「ッ、ぅ……!」
骨の軋む音、鋭い痛みがびりびりと神経を伝う。喉奥からは悲痛に声が零れた。先程の兵士はまだ、目の前で呻いているというのに。
側頭部の衝撃で軽い脳震盪を起こした身体は為す術もなく、襲撃者によって地面へと押さえ込まれた。
「おい。これはまた珍客だな。『戦場の介錯者』も、こうして動きを止められちまったら何も出来ねえだろ」
「——全く、助かったよ相棒。危うく死神に首元ぶっ刺される所だった」
「ああ? 元はと言えば、お前がヘマするから悪いんじゃねえか。洞窟の奥から水汲んで戻ってきたら二度目のピンチに遭遇とはな。運が悪いにも程がある。全く、洒落にもならねえぜ」
「こればっかりは俺のせいじゃねえだろ。ただここで待ってただけなんだからよ」
白面は、そこでようやく気がついた。この弱った兵士は洞窟の外に向けて助けを求めていたのではない。内部に居た仲間を呼んでいたのだ。
押さえ付けられた下で身を捩るが、相手はかなりの大男とみえる。ピクリとも動かぬ身体は、多少の抵抗による形勢の逆転など望むべくもない事を示していた。
「……っ、はぁっ……! この……離しなさい!」
「なんだ、喋れるんだな。やっぱり人間なのか。お前ら気味が悪いからよ、中身は亡者か幽鬼かとすら思ってたぜ」
「その声、男だろ? 離しなさい! だとよ。はは、随分とお上品な言い草じゃねえか」
このまま無事に解放される望みは薄いだろう。だが、兵士らは『戦場の介錯者』が人である事に些か興味を示したようだ。ならば、このまま対話を続ければ取り入る隙が見つかるだろうか?
どちらにしても道はない。一か八か、兵士らに交渉を持ち掛ける事にした。
「……っ、このまま見逃していただければ、直ちにこの地を離れます。そして、二度と貴方がたの軍勢に手出しはしないと約束しましょう……!」
「死神が、この後に及んで命乞いか? 笑っちまうぜ。なあ相棒、俺はそいつに殺されかけたんだ。さっさと殺っちまえよ。俺は足の怪我で動けねえ。一刻も早く、拠点に戻れりゃあそれでいい」
「……ふん。でもよ、なかなか状態の良い捕虜ってのも珍しいじゃねえか? どっかが削げてたりもげてたり、それに毒や腐敗。この場所にはもう、ただ死ぬのを待つだけの連中しかいやがらねえ。ま、それはこいつがよく知っているだろうがな。戦場の介錯者なんざ、お目に掛かるのも珍しい。だが、こいつは生け捕りときた。どうだ? 一度長官に引き渡してみるか? 俺たちの憂さ晴らし程度にはなるかもしれねえぞ」
「憂さ晴らし? ……ああ、それも良いな。磔にでもして、賭けの的にするか」
「——おい、聞こえたか、戦場の介錯者さんよ。当座の命乞いは成立だ。あんたの運命は俺らの長官次第。場合によっては、このまま死ぬ方が楽だったかもな」
兵士らの嘲笑う声が、洞窟の中に冷たく響いた。
白面は自らの試みが失策に終わった事を知るや激しく抵抗し、罵りの言葉を口走ろうと喚いた。だが、頸部へと鈍い痛みが走り——視界はぐらりと歪みに落ちた。
†
「おう、お目覚めか?」
——ぐらぐらと痛む頭。
誰かに身体を引き起こされている。
降る声に視線を移す中で、先程までの記憶が克明に取り戻されていった。
浮かぶのは、兵士たちから受けた屈辱的な仕打ち。兵士らの捕虜となった者にはお決まりの身体検査が行われた。それがどのようなやり口のものなのか、医師である白面は当然に知っていた。平素であれば口にするのも憚られるような、非人道的な行為。捉えられた捕虜は被服を全て剥ぎ取られ、足首には枷と重りを嵌められ、隠し持っている物が無いかを徹底的に調べられる。それは胃の内容物から、果ては直腸の内部まで。胃と腸の中を空にするため、上下の口からは大量の湯水を流し込まれ、無理矢理に排出させられる。検査とは名ばかりの屈辱を与え、ただ痛めつけるだけのそれは拷問にも等しかった。受ける虜囚は苦痛に身を捩り、醜態を晒すまいと悶え続ける羽目となる。そして堪え切れなくなった身体は多量の湯水を上から下から、嗚咽と共にぶち撒ける。その姿を居並ぶ兵士たちに笑われ、嘲られ、鑑賞されねばならなかった。
一度で終わらぬそれは兵士らの気が済むまで続けられた。圧迫と解放の繰り返しで意識が朦朧とする中、新たな兵士の声を聞く。抵抗する気力すら失われた身体は裸のまま四つん這いにさせられ尻を高く突き出させられ、拡張器具で後ろの孔をぱっくりと開け広げられた。度重なる洗浄にひりつきふやけた場所が、複数人に代わる代わる覗き込まれていく。
「スパイだったらどうする? 見えないところに何かを隠しているんだろう」と、男たちは指を挿し入れ確かめるだけでは飽き足らず、棒のようなものをぐりぐりと突き挿れ、無抵抗の身体を甚振った。その無遠慮な動きに万が一腸壁を突き破られでもしたらと思うと、元医師である彼は行為の恐ろしさに身を震わせた。
「——で? 名前はヴァレーか。……ふうん。元医者とはな」
そうした屈辱的な行為を受ける中。背後から現れたひとりの男が所持品から奪ったプレートを手にして言う。男はひときわ大柄で、いかにも位の高そうな徽章を身に付けていた。
「俺がこの部隊の長官だ、よろしくな。どうだ? ここでのもてなしは充分に愉しんだか? これぐらいで根を上げてもらっちゃ困るぜ。今からどう遊んでやろうか、俺が直々に考えてやるんだからな」
今となっては面も身ぐるみも全て剥がれて一糸纏わぬ姿となってしまったが、ヴァレーと呼ばれた白面は水責めの凌辱に枯れてしまった声を振り絞った。
「……誤解です。私は、貴方がたに敵意などない。使命に従い、死に向かう兵に慈悲を与えるだけの者。間者でも、暗殺者でもありません。生かしていただければきっと、医師としてお役に立てるでしょう」
介錯者たる彼は惨めな兵士たちに死を与え続けてきたからこそ、それは快楽的な殺戮などではなく慈悲の賜なのだと宣った。だが、長官の男は薄笑いを浮かべると、その身体を品定めでもするかのように視線を這わせて舐め回す。そして大股に近づくや、彼の髪を引っ掴み——ぐいと顔を引き上げた。
「ほう、そうかい。確かに、軍医がこの地から消えて久しいな。だが、結局は全員、白面の死神になったんだろう? 俺の兵も、何人が殺されたか知れねえ。随分と都合の良い慈悲じゃねえか。それを今更、重宝される望みがあるかって?」
長官は限界まで顔を寄せると更に続ける。
「……だがな、俺もまた慈悲深い男だ。いいだろう、ひとつ考えがある。俺たちには今、娯楽が足りねえ。嬲り殺しや、痛めつけるのは戦場で散々やってきた。ここらでどうにか、溜まった鬱憤を目一杯にぶち撒けてえんだが——。お前も男なら分かるだろう? だが、こんな場所じゃ巫女ひとり見つからねえ。うろつく人型は亜人や腐った亡者くらいなものさ。それに、どうにか捕虜を取ってもここじゃ殆どが腐りかけの死にかけだ。ま、端的に言や穴役が欲しくてな。丁度、こいつらの士気を上げるためにそう考えていた所だったのさ。仲間から選ぶのは流石に寝覚めが悪りいだろ。どうだ? お前にそっちの才能があるかは知らねえが、ここで俺たちを満足させられるなら、その分だけ生かしておいてやろうじゃねえか。なあ、お役に立ってくれるんだろう?」
「何ですって……? そんな、そんな事……!!」
あまりにも悍ましい提案に、ヴァレーの顔がみるみる青ざめてゆく。激しく頭を振り、どうにか身を引こうと捩る身体からは、虜囚である事を示す鎖の音が煩わしく鳴り響いていた。
男はそれを見て満足げな笑みを浮かべると、辺りに声を響かせる。
「おい、お前ら! 久々の捕虜で、損傷はゼロだ! 殊勝なことに、こいつは俺たちの役に立ちたいらしい。どうだ? お前たちも戦で昂って随分と溜まっているんだろう? なら、こいつに癒してもらおうじゃねえか! 何だ? 男で文句ある軟弱者は指でも咥えて見てやがれ。そのうちに考えが変わるだろう。——おい、ヴァレーだったな。俺たちの部隊に歓迎するぜ。ここで丁重にもてなしてやるよ。小隊とはいえども数十人規模の所帯、これが毎日世話になる奴らの面だ」
長官は床に伏していたヴァレーを無理矢理に引き立てると、居並ぶ兵士の前を歩かせ裸体を見せつける。
「……っ、ぅ……!!」
「どうだ、お前ら。……まあ歳は食ってるが、そこそこ見れるだろ。体つきもいい具合じゃねえか? 仕込んだら見違えるかもしれねえぜ。——おいおい、逃げようったってそうはいかねえ。嫌がるなよ。これから長い付き合いになるんだから、互いの面はしっかり通しておこうや。そのうち後ろの感覚だけで、誰が誰だか当てられるようになるかもな」
下卑た兵士たちの笑い声が鳴り響く。
ヴァレーは為す術なく言葉を失ったまま、薄金の瞳を絶望と屈辱に歪めていた。晒された彼の素顔には、戦場の介錯者としての過酷な環境による疲れが色濃く浮かんでいた。手入れなど行き届かず、無造作に伸ばされ束ねられただけの髪。隈と皺が刻まれた目元。口元に、まばらに覗く無精髭——。だが、そうした美観を損ねる要素を備えても尚、彼が彫りの深い精悍な顔立ちである事は隠せなかった。生来の造形そのものは男らしくはあるものの、不幸なことにこの状況下でそうした役割を果たすには充分すぎる器量の持ち主だった。
先ほどの長官の眼差し。そして兵士らの欲に塗れたそれが纏わりつくように四方からヴァレーへと注がれる。
「——もう、検査は終わったんだろ? なら早速、軍医としての華々しいキャリアの第二幕だ。新たな兵士の癒し方ってやつを、その身体でしっかり覚えてもらおうじゃねえか」
†
「ほら、今日も可愛がってやるからな!!」
「う、あ゙あっ……、いや、ひ、い゙あぁぁ゙ぁっ……!!」
囚われた身から発せられる痛ましい声、そして肌を打つ音が、逃げ場なき独房内に絶えず響き渡っていた。虜囚となったヴァレーの身体は大柄な兵士に押さえつけられ、仰向けとなり左右に割り開かれた双脚の間には、でっぷりとした下腹が幾度も激しく出入りする。兵士から迸る汗の飛沫が辺りを濡らし、肌からは湯気が立ち昇る。男の腰がヴァレーの臀部に深々と食い込む度、苦しげな呻きが押し出されていった。
「うっ、うぐっ、ぐ、あ゙、っ、は……っ」
「お前、おっさんのくせにケツの具合最高じゃねえか……! 狭くて熱くて、チンコぎちぎち締め付けやがって……!!」
「……痛い、っ、それ以上は、っ、やめてくださ……、は……っ、あ゙ぁぁぁぁあっっ!!」
「うるせえっ、黙れ! このっ!!」
バシンと平手を打つ音が聞こえ、ヴァレーの横っ面が兵士の手に強く弾かれた。小さな悲鳴と共に、瞳がぐるんと上剥く。衝撃に脳震盪を起こした身体はぐったりと力を失い、しなだれた脚は兵士の肩上に担ぎ上げられた。
「ふん、やっと静かになりやがったか」
兵士は満足げに鼻を鳴らすと物言わぬ身体に再び巨体をずぶずぶと沈めていく。欲に任せた猥雑な揺さぶりに合わせ、互いを繋ぐ結合部はぐちっ、ぐちっと陰湿な音を立てていた。兵士の恍惚とした唸り声、下卑た笑みが荒い吐息に混ざり、独房の中に響く。次第に男は雄叫びを上げながら、無我夢中に腰を振る速度を早めていった。一定の感覚でパンパンと響く肌を打つ音、兵士の下半身からぶるんと赤黒く突き出した雄の怒張が、ヴァレーの肛腔をぐぽん、ぐぽんと拡張していく。肩上に持ちあげられた脚、そして晒け出された尻の合間には、痛ましくも紅い鮮血が伝っていた。
兵士らの度重なる蹂躙に、虜囚となったヴァレーの身体は限界を迎えていた。
暴力による失神、そして、繰り返される凄惨な陵辱。殴打によって一時的に遠のいた意識は体内を抉られる断続的な痛みによって再び覚醒させられる。
ぼんやりと開けてゆく視界。そして、認識を取り戻していく頭。未だ何者かに覆い被さられ、押さえつけられ、内部を犯される感覚が身体を襲っている——。
ヴァレーは霞む視界の中、目の前の影に焦点を合わせた。だが、行為を愉しんでいたのは意識を失う直前に見た男ではない。気を失ってからどれほどの時間が経過していたのかは分からぬが、ヴァレーの身体はもう既に、別の兵士に犯されていた。
その事実にヴァレーは愕然とすると、震える声で呟いた。
「も、……いや、離し、て……」
健気にも、彼は自らを犯す兵士が入れ替わる度に行為の中断を訴えていた。だが、当然ながら誰ひとり、その言葉を聞き入れる者などいない。哀れな望みは兵士らの加虐欲をいっそう昂らせ、捌け口となった身体は行為が終わると同時に冷たい岩の床に打ち捨てられる。
そうして休む間もなく、次の兵士の声が独房に鳴り響く。
「終わったならさっさと行け!! こっちはずっと待ってるんだからな、早く交代しろ。おい、お前も休んでる暇なんかねえぞ、起きやがれ! ったく、ザーメン塗れでケツの穴ドロドロにしやがって、きったねえな。……お前。名前はヴァレーだったな? こっち見ろよ。俺の事、覚えてるか? あの時はよくも相棒を殺そうとしてくれたよな?」
新たな兵士は地面に横たわったままのヴァレーの前にしゃがみ込むと、髪を掴んで顔を引き上げた。ヴァレーは冷たい岩肌に伏せ、ひりひりと灼けつくような下半身の痛みと行為の後の疲労感に朦朧としていた。
だが、無理矢理に上げられた顔、そして先程の言葉によって、目の前の男を思い出す。そこに居たのはかの洞窟でヴァレーを襲撃した、あの兵士だった。
たった数日前の出来事であったが、それは酷く遠い記憶のように思われた。そうした相手とは分かっても、ヴァレーはこれ以上の汚辱には耐えられないとばかりに懇願する。
「っ、ぁ……後ろ、が、痛くて……っ、貴方、お願いですから……っ、こんな事は、もう、おやめください……」
震えながら、縋るように手を伸ばす。苦痛と恥辱に堪えきれず、涙が目の縁を伝って溢れ出した。ヴァレーの目元を囲む睫毛はひときわ珍しく、色は白く抜けていた。白面である時には似合わせたかのようであったそれは面を剝ぎ取られた素顔の今、褐色の肌と栗色の中で異質に目立ち、瞬きをする度に揺れる睫毛は兵士らの欲目を惹いた。
「あの面の下に、こんなツラ隠してやがったとはなあ?」
ヴァレーは涙に霞む瞳で男を見つめた。嗚咽に交じりみっともない音を立て、下半身からぶびゅ、ごびゅっ、と体内に吐き出され続けた兵士らの精液が溢れ出していく。
さぞかし無様な姿を晒しているのだろうという思いが羞恥を煽ったが、恐怖と痛みに屈服した頭は終わりなき行為をどうにか拒否する事だけを求めていた。
だが、兵士はヴァレーを押し倒すと、興奮した笑みを浮かべて言う。
「やめろだって? 今更、何を抜かしてやがる。元々はお前が相棒を殺そうとしたのが悪いんじゃねえか。自業自得ってやつさ。それにあの時、お前は殺されまいと命懸けの交渉をしてきやがった。で、俺らのおかげでこうしてまだ生きていられるんだろう? 感謝されても良いぐらいだ。俺がお前を愉しむのは当然の権利さ。ほら、俺のブツが見えるか? 今からコレを、お前の身体でじっくり堪能させてやるよ。今後の付き合いが楽しみだな」
「……ぁ、ひっ……い、や……」
這いつくばり、どうにか身体を逃がそうとするヴァレーを、兵士は背後から引きずり寄せた。四つん這いにさせ、腕を腹の下に入れて腰をぐいと高く突き出させた上からがばりと覆い被さる。そして、いきり勃った陰茎を尻の割れ目にぬるぬると擦り付けた。その場所は他の兵士らの白濁に汚され、散々に嬲られて、ヒクヒクと誘うように赤く腫れあがっていた。男はそれをニヤニヤと眺め回すと、ヴァレーの願いなど聞き入れる訳もなく、自らの強欲をぶち込んだ。
「っ、ゔ、ひぁ゙ぁぁっ、やめっ゙、あ゙ぁっ、ゔぁぁぁ゙っ……!!」
また新たに捩じ込まれた異物はヴァレーの肛腔に内臓を引き攣らせるような鋭い痛みを与えた。激しい拡張に傷ついた内壁は繰り返される摩擦に爛れて充血し、熱くぬるついている。腫れ上がって狭くなった腸壁は意図せずに、男の陰茎を幾度も強く締め付けた。
「うおっ?! ぬるぬるでぎちぎちであったけえ……!! ああ、これがいつでも使い放題だなんて、軍医ケツマンコ最高じゃねえか……! やべえ、すぐにでも出しちまいそうだ……ッッ!!」
「中、は、も……嫌、出さな……で……っ、や、あ゙、ぁ……ぁ……!!」
現実に耐えかねたヴァレーが堰を切るように放った拒否の言葉。だが、男はそれに耳ざとく反応すると腰の動きを止めて凄んだ。
「……お前、俺に口応えしようってのか? ふざけやがって。なら、俺が一人前の肉便器に躾てやるよ。お前が言うのは『使ってもらってありがとうございます』だろ? ほら、早く言えよ。……なんだ? 言わねえならどうなるか、虜囚の立場ってやつを分からせてやろうじゃねえか」
男はヴァレーに覆いかぶさったまま、置かれていた鞭を取ると目の前の背中を強く打ち据えた。男の一振りごとに、薄布が捲り上げられただけの裸体に、真っ赤な痕がビュッと走る。振り抜かれる鞭の痛みは耐え難く、たった数回でそれはヴァレーの意志を挫くに充分すぎる程の効果があった。
「はは、ぶってやったらケツの穴良い感じに締め付けるじゃねえか? 感じてやがるのか、この変態!!」
「あ、ぐぁ……っ、ぎぃあぁぁぁ……っ!! 痛っ、痛いいッッ……!! も、やめてくださ……い……分かりました、分かりましたから……!!」
背中の肉を真っ二つに引き裂かれてしまったのではないかと錯覚するほどの鋭い痛みに、ヴァレーは全身をわななかせて絶叫した。そして次の一振りがヒュンと耳元を掠め、身体に振り下ろされる前に——自ら反射的に、こう叫んでいた。
「ぁ……わ……私の身体を使っていただき……、ありがとうございます……ッッ!」
男は手を止めて口元を吊り上げる。
「ほおう。それだけか? 他にも何か、言う事はねえのか?」
「……ひっ……、ぁ、貴方の……気が済むまで……っ、どうぞ好きなだけ、この身体をお使いください……っ!!」
ヴァレーは痛みにがくがくと震える身体で、どうにかそう絞り出した。
「いや、まだだな。さっきの口応えには、どう落とし前をつけるつもりだ?」
男は再び鞭をヒュッと空にしならせた。その音ひとつで、ビクリと身体が硬直する。だが、続く言葉にはヴァレーにも躊躇いがあったのだろう。それでも観念すると、消え入りそうな声でこう応えた。
「……いえ、あれは……っ……私の間違いでした……っ、……私、の……私の中に……貴方のものを……思う存分、出してください……」
ヴァレーの顔は涙や唾液でぐしゃぐしゃになってしまっていた。それを覆い隠すように腕で顔を塞ぎ、力なく俯いて嗚咽を漏らす。
「ほおう。ま、そう言われちゃ断れねえよな。よし。ならさっきの続きといこうや。『お前が』中に出せってねだったんだからな? お望み通り、タマん中空になるまでぶち込んでやる。覚悟しろよ」
その言葉と光景に満足したのか、男は手にしていた鞭を放り投げた。ガランと音が鳴ると同時に、ヴァレーの腰肉ががっちりとわし掴みにされる。嗜虐心を最大まで煽られた男の顔は、愉悦に醜く歪んでいた。未だ結合部を介して繋がったままの身体は再び激しい抽送に揺さぶられ始める。兵士の欲を満たすためだけに使われる身体。内壁のヒリついた痛みが、脳髄の神経を直に響かせる。ヴァレーは痛みに喘ぎながら身体中をしならせて力を込め、繰り返し与えられる苦痛にどうにか耐え続ける他はなかった。
「……んっ、ん、んんっ、あ、ふぁぁぁあっっ…!!」
「……うっ、クソッ……!! 出るぞ、出るぞ……っっ!! っあっ、ぐあ、ほら……! お望み通り、一滴溢さず呑み込め……っっ!!」
「……ぁ、あぁ……っ……は、ぁ……」
その後も男はひたすらに快楽を貪り自らを高めると、溜め込んだ欲望をヴァレーの腸腔へと注ぎ込み続けた。ビクッ、ビクンと張り詰めた亀頭の先端から精液が放射される度、小刻みに震える陰茎の独特な感触が腸壁を揺らす。ひりつき、過敏になった身体は男の体液がどろどろと流れ込む感覚を幻覚のごとく拾い上げていた。結合部を高く突き出した体勢で直腸内に放たれた液体は腸壁の蠕動と重力に従って、出口なき奥へ、奥へと流れ込む。
男の宣言通り、有り余る欲が空になるまでヴァレーの身体は慰みものとして機能し続けた。男が絶頂を迎える度、ヴァレーは自らが処理用の容れ物に成り下がってしまったという事をまざまざと自覚させられ、奴隷としての屈辱を着実に刻み込まされるのだった。
†
——虜囚としての生活が始まって、どれほどの月日が経っただろう。
ヴァレーは部隊に所属するほぼ全ての兵士を身体で知り、身体的な特徴を後孔で覚え、慰撫する役割を一身に担っていた。初めこそ、ヴァレーは四六時中泣き叫び抵抗を繰り返した。だが、この場所ではそうした全てが無駄だということを深く刻み付けられた。
僅かに訪れる休息、虚ろに光を無くした瞳で独房の岩壁を見つめる中、ヴァレーはいつしか自らの身体が壊れ、終わりを迎えてしまうことすら望むようになっていた。だが幸か不幸か、人体とは想像以上に丈夫なものであるのだと、彼は身を持って思い知ることとなる。
兵士たちとの度重なる交接に明け暮れた身体は数え切れぬほどの異物を受け入れた。傷付いた内壁は癒える毎、男たちの肌へと馴染んでいく。ヴァレーは痛みを逃すための動きを無意識のうちに覚え、抵抗に頑なだった挿入口は、今や弛緩して外部からの侵入を甘んじて受け入れるようになっていた。
兵士たちにとっても、ヴァレーの順応性は予想以上のものだった。中には「過去に男とまぐわった経験があるのだろう」と、嘲る者も居た。
ヴァレーに訪れていた変化は、そうした身体的なものだけではなかった。兵士らの欲望で腹の中を絶えず掻き回され、直腸内を埋めていた熱い欲望がどろりと引き抜かれる瞬間に——ゾクゾクとした開放的な性感が全身を貫き、駆け巡るようになってしまっていた。
それは痛みとは対極の感覚。くらりと意識が遠のく程の、性的な悦楽だった。こうして男たちに虐げられ、欲の捌け口として隷属的に嬲られているにもかかわらず、身体は背徳と官能に染まっていく。
暴力的な痛みや恐怖に晒され続けたヴァレーの脳は、過酷な環境下における快楽刺激をある種の報酬だと受け取ってしまったのだろう。下半身に絶え間なく与えられる情交の刺激は、今や彼の脳内麻薬を多量に溢れさせるためのトリガーとして機能していた。
それはヴァレーの身体が無意識のうちに会得した、直視に耐えぬ現実からの逃避だった。
「……っ……ぅ……」
遠のく意識から目を覚ます度、目に入るのは変わり映えのしない鉄格子。
この瞬間、ヴァレーは自らの置かれている現実が夢でないと知り、暗澹たる感情に見舞われた。身体そのものは男と交わる事にも慣れ、与えられる快楽を受け入れてしまっている。
だが、彼の正常な理性そのものは、囚われて解放される見込みもなく、ただ凌辱に塗れるだけの状況に絶望していた。
ぼんやりと、自らの身体に目を落とす。虜囚としての身体は薄布を纏う事のみを許され、足首は逃げられぬよう鎖に繋げられている。露わにされた皮膚には鞭打たれた痕や、兵士らに付けられた様々な暴行の痕があちらこちらに残されていた。
半身を捩ると、下腹には筋肉痛のような鈍重な痛みがズキズキと響く。ヴァレーはそうした不快な感覚に眉根を寄せ、壁にもたれかかり天井を見上げた。
——自発的に眠りから醒めたのは、いつぶりの事だろうか。気絶し、疲労のうちに意識を落とした身体は尚、男たちの気の済むまで使い続けられる。そうしていつ、何が終わり、また新たに始められたのかも分からぬまま——また男の肌の中で目を覚ますのだ。
覚醒していく意識と同時に、ひりついた喉の渇きを強く感じた。この独房内には、食料はおろか、水さえも置かれてはいない。ヴァレーが何らかの生理的な欲求を満たすには、ここから鐘を鳴らし、外にいる兵士らを呼びつける必要があった。だがそれは即ち、欲に飢えた獣を招き入れてしまう事と同義であった。
ヴァレーはいつぶりかの静寂に身を委ねられる貴重な時間を、まだ手放したくはなかった。だが、静寂では喉の渇きと空腹を癒す事などできない。
しばらくは微睡の中でうつらうつらとしていたが、いよいよ重い腰を上げると、手元の紐を手繰り寄せた。
独房の外に、ガラン、ガランと鳴り響く、号令にも似た合図の音。
ここに来て幾度も耳にしたその音が脳内に流れ込んだ瞬間。
ヴァレーは感じた事のない、奇妙な感覚に支配された。
「——ッ……!?」
それは全身が瞬間的にカッと火照るような、甘やかというには淫猥に過ぎる身体感覚だった。ヴァレーの脳裏には、一つの光景が現れていた。四つん這いの体勢で背後から男に貫かれ、大きく背をのけ反らせて喘ぐ自らの声。はたまた正常位で男を受け入れ、その背に足を絡めては一心不乱に腰をうねらせる姿——。
「……これ、は……?」
ヴァレーは衝撃的な光景に、咄嗟に口元を抑えて狼狽えた。
——今のはここに来て味わった悪夢、それらの行為から想起された幻覚なのだろうか?
だが、相手はここの兵士ではない。顔は判然としなかったが、なぜか明確にそう思った。
最後に見えた光景は、ひときわグロテスクなものだった。
ヴァレーは両端に立っている男のペニスを左右の手でそれぞれに扱き、放たれる精を顔面で受け止めていた。正面に立つ男には頭を掴まれ、為す術もなく口淫をさせられている。
更には地面に横たわる男の腹の上にしゃがみ込み、その怒張を自ら進んで体内に受け入れていた。
四人もの男の中心で恍惚として快楽を貪る姿は——さながら淫蕩に溺れる中毒者のようだった。
「——そんな……事、は……っ……?!」
卑猥な幻覚を、理性は頑なに否定していた。だが、熱を上げていく身体は鎮まらない。
身に覚えのない自らの痴態に戸惑いを隠せずにいると、鐘を聞きつけた兵士が独房に踏み入る音がした。
「おう、ようやくお目覚めか? どうだ、ここでの生活にもそろそろ慣れてきただろう。充分な広さの個室に、身の回りの世話。衣食住には何も困らねえ。虜囚のくせに、破格の待遇だろ? ああ、何か用だったな。腹が減ったのか、それとも、水か?」
目の前に現れたのは、この部隊の長官だった。男は大股にヴァレーに近づくと、食料と水の入った袋を簡素な寝台の上へと放り投げる。ヴァレーは先ほどの幻覚をどうにか振り払うと、男が投げ渡した皮袋の水に口を付けた。
長官はヴァレーの寝台に腰掛けると、隣で意気揚々と語り始めた。
「今日は凄かったぞ。十人以上の首を刎ねて耳を引きちぎり、首輪のように繋げてやったんだ。頭は目玉から串刺しにして領境に並べてな。ああ、圧巻だったぜ。今度、お前にも見せてやろうか。俺は前線で闘っている時が、最も生を実感するんだ。この戦は誰がおっ始めたのかしれねえが、一発逆転、俺みたいなヤツがのしあがるには絶好の機会さ。ただ戦いに勝ち、生き残るだけなんだからな。この場所では、身分も出自も関係ねえ。『力』だけが全てだ。そうだろう?」
長官は差し入れた袋に手を突っ込み肉の塊を引き出すと、獣のように噛み付いて食いちぎる。
「……それに、今はこうして新たなお楽しみもあるときた。やっと、ツキが回ってきたんだろうな。俺の目に、狂いはなかったって訳だ」
語る手はヴァレーの腰を撫で回すと、そのまま尻を揉みしだく。
ヴァレーは無言のまま、男の手つきにビクリと身を強張らせた。
——ヴァレーを部隊の性奴隷にすると決めたのは、この男だった。長官はヴァレーの事を、身体の具合含めていたく気に入ったらしい。虜囚の身であるヴァレーにそれなりの待遇が用意されているのは、全てこの男の計らいによるものだった。
長官はもう片方の手でヴァレーの手を引き寄せると、自らの滾る股間に押し当てて言う。
「……話は終わりだな。どうだ? 戦で昂ったモノはなかなか鎮まらねえ。ほら、今にも爆発しそうだろ。今日はどう処理してもらおうか。え? 俺たちの可愛い軍医さんよ」
ヴァレーはどうにか嫌悪を顔に出さなかったが、この長官の行為は長々と粘質で、とりわけ苦痛に感じていた。だが、男が誇示したように力では到底、敵うわけもない。
半ば観念したように、握らされた膨らみを服の上から扱きあげる。そうして、その場所におずおずと顔を近づけていった。
「……そうだ。お前も分かってきたじゃねえか」
ヴァレーの動きに合わせ、男も下穿きをべろんと寛げる。ヴァレーの鼻先には、はち切れんばかりの陰茎がぶるりと弾力を持って飛び出した。この部隊の中でも、長官のペニスは特に異質な見た目をしていた。それは太さもさることながら、長さも相当に規格外であった。
「……う、ぐ……っ」
何度見ても慣れぬグロテスクなもの。むわりと立ち込める濃い雄の臭いに、クラクラと眩暈がする。赤黒く怒張した竿には脈打つ血管がビキビキと大樹の枝のように張り巡らされ、天を衝く充血した先端の割れ口からは、男の体液が雫のように染み出していた。幾度もそれに貫かれていながらも、ヴァレーは毎度生娘のように言葉を失ってしまう。
それを見下ろした長官は、口角を愉悦に吊り上げた。
「——舐めろ」
一言、短い命令が発せられた。長官の命令は絶対だ。だが、丸一日戦場を駆け巡った男の陰部から放たれる蒸れた臭いは凄まじく、耐えかねたヴァレーは顔を背けてしまう。
「なんだ? 嫌だってのか?」
投げかけられる不機嫌な声に、ヴァレーは男を見上げると力なく首を振った。
逆らって、さらに酷い事をされてはたまらない。どうにか吐き気を堪えると、悍ましい臭いの場所に口を開けて舌を伸ばす。舌先が、張り出した亀頭の溝をぷっくりと濡らしている先走りの雫をべろりと掬い上げた。
「うぇ、ぐ……ん……っ」
生温いえぐみと塩味、鼻腔を刺すような独特な臭いが広がる。
ヴァレーとて、性的交渉におけるこうした口淫の手法そのものを知ってはいた。だが、排泄のための器官に直接口で奉仕をするなど、衛生的にも、そして行為の理屈としてもつくづく理解が及ばぬと感じていた。しかし、ここでこうして兵士らに犯される中。傷付いた後孔が激しく痛み、あと一人の挿入も耐えられぬと思ったその時に——ヴァレーは口で性的な奉仕をする事に思い至ると、自らそれを提案した。兵士らはニヤつきながら、それも新たな楽しみ方だろうと快諾した。始めはその不潔さや酷い臭い、先端から飛び出す精液の異様な風味全てに我慢がならず幾度も吐き気を催した。だが、ここでやめてしまっては、傷付いた場所が再び痛めつけられてしまう。ヴァレーは一心不乱になって、突き出された竿に自らの唇と舌とをいやらしく這わせ、男たちを喜ばせていった。
「——ああ、よく分かってんじゃねえか。そうそう、そこの裏筋もしっかりな」
長官は自らの性器に必死でむしゃぶりついているヴァレーを見下ろすと、その頭を愛おしむように撫で回した。瞬きに光る白い睫毛、生理的な涙で濡れた薄金の瞳。
成人男性の口であっても到底収まりきらぬ極太の肉棒が、ぬらぬらと出入りを繰り返しては溢れんばかりにその存在を主張していた。
「そろそろもったいぶってねえで、頭からがっついてしゃぶれよ。俺のがどれだけデカくて長かろうが、お前の喉は胃まで繋がってるんだろ? 流石にそこまでは届かねえ。なら、根元までしっかり飲み込めるだろうが!! おらッ!!」
長官はヴァレーの髪をぐしゃぐしゃに乱すと荒々しい言葉を投げかけた。頭を逃げられないように両手でがっちりと固定すると、喉奥目掛けて長大な陰茎を無理矢理に押し込んでいく。
「ん、むっ、んぶうぅぅう……ッッ!!」
「おい、歯ァ立てたらどうなるか分かってるんだろうな? しっかりノド、かっ開いとけよ」
頭をがっちりと押さえ込まれたまま、ヴァレーは限界まで口を開いた。やっと咥え込めるほどの太さのものが、ずる、ずるっと喉奥を割り開く感覚に、痛みと恐怖が襲う。口での奉仕にもどうにか慣れ始めていたが、こうした強制口淫は拷問にも等しく苦痛は耐え難かった。
「んぐうっ、んっ、んっ、んんんんんっっ……!!」
男の言いつけ通り歯を立てぬよう、口内に細心の注意を向ける。今や長官の征服的な剛雄はヴァレーの舌根を越え、食道の奥に至るまでみちみちと押し込まれ、ゆうに喉仏のあたりにまで到達していた。呼吸と摂食のための器官は今、極太のペニスに僅かな隙間もなくぎっちりと満たされている。そして、あたかもその場所が雄の性器を扱くための部位であると言わんばかりに、容赦のない抽挿が始められていった。
「んぶっ、うっ、むぐうぅぅぅっ」
長官の腰づかいは次第に勢いを増し、どちゅ、どちゅん、と亀頭が喉粘膜を押し潰す。ヴァレーは息も絶え絶えに、喉奥が引き裂かれそうな感覚に目を白黒させていた。
——苦しい。息ができない。
今はどうにか、この行為の終わりを願い続けるだけだ。だが、酸欠に霞むヴァレーの脳は無意識のうちに、再びあの卑猥な幻覚を浮かび上がらせていた。
——四人の男に取り囲まれ、全ての相手を同時にしながら享楽に耽る淫らな姿。
いつしか身体はあの動きをトレースするかのよう、腰をふらふらと揺らしていた。
「おいおい、どうした。まさか喉マンされて盛ってやがるのか? 犯されるのは喉だけじゃあ足りねえってのか。ふん、調教の甲斐あって、ついにお前の本性が炙り出されて来たのかもな? 淫乱ぶりが板についてきたじゃねえか。なら、これもご褒美だろう。飯代わりに直接ザーメンぶっ込んでやるよ!!」
「ん、ぐっ、んんっ!、ん、ん〜〜〜〜ッッ!!」
自らの変化に戸惑いつつも、ヴァレーは涙の溢れる瞳で男を見上げて喘いだ。
その姿に欲情した長官は、ヴァレーの頭部を性処理玩具のように手荒く揺さぶっていく。
「ああ、やべえ、出る、出るッッ!!」
——合図と共に、陰茎の根本に顔面が強く押し付けられた。喉奥に突き立てられている肉棒がビュク、ビュク、と震え、生温い液体が食道を濡らし、胃の中にどろりと流れ落ちていく。男が全てを出し切るまで、頭は解放されない。太く縮れた毛が生い茂る饐えた臭いのその場所に顔面を押し付けられたまま、ヴァレーは惨めに四肢をばたつかせていた。
ようやく、全ての精の放埓を終えた陰茎がずるずると引き抜かれる。ヴァレーの顔面には飲み込むことすらできなかった唾液や、えづいた拍子に逆流してしまった精液やらが、鼻から口から、無様に溢れ出していた。
「う、ぐえっ、げほっ、がは……ッ!!」
「はは、いい間抜けヅラじゃねえか。残さずにしっかり味わえよ。俺の味は格別だろう?」
ヴァレーの鼻の奥には、精液の独特な臭いが充満していた。長官のものは日々ヴァレーの内に出されているにもかかわらず、毎度禁欲に溜め込まれたもののようにどろりと粘っこく、濃厚だった。
「う、ぐ、んぐ……っ……う、ぇ……っ」
「俺はまだまだ出し足りねえぞ。ここからが本番だからな」
長官はやや硬さを失い、でろりと長く伸びた陰茎をヴァレーに見せつけた。それは対象物を力のままに犯し、串刺し、征服するためだけに存在する雄の象徴。
そのグロテスクな見た目、そして質量による一方的な蹂躙が、間もなく始められる。
先ほど長官の語った武勇、串刺しにされた敗残兵らの姿が頭を掠めた。だが、それと同時に——ヴァレーは腹の奥底がむずむずとするような、どこか卑猥な疼きも感じてしまっていた。
「なあ、今更拒否なんざしねえよな? さっきまで喉奥ヤられていやらしく腰振ってやがったじゃねえか。お前も男が欲しくなってきたんだろ。どうだ? ここの具合も見てやるよ」
長官は指に唾液を絡ませると、ヴァレーの尻の割れ目にずぷずぷと指を侵入させていった。もはや指程度であれば呆気なく呑み込んでしまえる媚肉は挿入を待ちわびていたかのようにしっとりと柔らかく、男を抵抗なく迎え入れる。
「うぁ゙、あ、あ゙、あ、あっ……ひ、あぁっ……!?」
ヴァレーの腸壁は男たちに繰り返し使い込まれた所為か、以前よりもずっと、感覚神経が鋭敏になってしまっていた。長官の指が今どの場所まで挿入されているのか、はっきりと感じ取れる。分厚く太い指で内壁をまさぐられる度、ひりひりと突き抜けるような淡い快楽が一斉に全身をざわめかせた。
尻を高く突き出し、男の指を受け入れて、あられもなく喘ぐ姿はさぞかしみっともないだろうと思ったが、意識は与えられる快感に身を委ねてしまう。
ぐちゅ、ぐちゅっ、ぐちゅん、ずぷ、じゅぷっ。
耳には直腸内をこねくり回すいやらしい音がひっきりなしに纏わりついていた。五感全てで犯される感覚に、何度も軽いオーガズムに達してしまう。
男は頃合いを見て手を止めると、肛腔を揺さぶっていた指をずるずると引き抜いた。官能に痙攣し、身悶える身体。赤く充血し、ぱっくりとだらしなく口を開けたままの淫猥な性器。再び硬さを取り戻した肉棒が、その場所にずっしりと乗せられる。それは、「もうじき、これをお前の中にぶち込んでやる」という暗黙の合図。ヴァレーはそれを肌で感じ取ると、ごくりと喉を鳴らした。
長官は最後の仕上げとばかりに再び四本の指を呑み込ませては激しい揺さぶりをかけ、ぐぽぐぽと拡張していく。
「ん……っ、ふぅ……、や、ぁ、あ、あ゙ぁ……っ……!?」
苛烈な性感に上擦る声。悩ましげに揺すられる腰。寄せられたヴァレーの眉根に、じとりと汗が伝った。解けた髪は汗と男の体液に塗れ、煩わしく顔にへばりついている。上体は地面にべったりと押さえつけられたまま、行為に必要な場所だけを男に差し出して喘ぐ——。
長官は指を全て引き抜くと、くくっと嘲るような笑みを漏らした。
「……思った以上に開発されてやがるな。この調子だと、じきに俺のも全部飲み込んじまうだろう。ほら、お待ちかねだ、挿れるぞ」
——快楽に惚けた身体は脱力したまま、ぐずぐずにふやけた窄まりにずる剥けの亀頭がぐちゅんとあてがわれる。柔らかく解され、さまざまな粘液に濡れ、刺激に赤く色づいた糜爛の入り口を内側に捲り込みながら——あの巨大な肉塊が、深々と体内を貫くのだ。
ヴァレーは痺れる脳髄の奥底で、こうも思っていた。この男のものを未だ全て受け入れられた事はない。もしも受け入れてしまったら、この身体は一体どうなってしまうのだろうか? 長官はヴァレーを犯し、精を体内に放つ度に、耳元でこう繰り返した。「お前はいつか俺を完全に受け入れる。その時を楽しみにしているのさ」と。
足りぬ酸素を吸い込もうと、ヴァレーの口がすうと開かれた。少しずつ、少しずつ長官のものが体内へと押し込まれる度に、自分の中の何かが壊れてしまうのではないかという恐怖が拍動を早め、身体を固く強張らせる。
「力抜けよ。せっかく綺麗になってきたのに、またケツ裂けちまってもいいのか?」
「……ふ、ぁっ、はーーっ、はーーっ、あっ、は、ぁ、あ、ぁ……!? ……っ!!」
男の声に従い、力を抜くために大きく息を吐く。だが、そのタイミングに合わせて長官がわざとらしく腰を突き出し挿入を深めるため、無様に声が押し出されてしまう。
今や肛腔の入り口はぐっぱりと広げられ、どうにか男のものに吸い付いては裂けてしまわぬよう、必死に媚びを売っているところだった。
「ングっ……、んんっ……んっ……」
「おっ? そろそろ素直になってきたんじゃねえか? ほうら、もうこんなとこまで入ったぞ。今までの最高記録かもな。これからどこまで俺を受け入れるのか、見せてくれよ」
「……ひぃっ、う、ぐ、ぁ、はーっ、はーーっ……」
「おらっ!! さっきみたいに腰振ってみろ!!」
深々と男に串刺しにされ、腹の奥の限界までみっちりと拡張されたそこには、もう僅かな隙間もない。腰を振ろうにも、前後に動かすだけの余裕もなかった。それでも、この男のものはまだ根本まで受け入れていないようだ。ヴァレーは腰をしならせると、男のものを抜き差しするのではなく体内に埋め込んだままうねりをかけて揺さぶり、直腸内で愛撫をし始めた。それは先ほどの猥雑な幻覚で見た、自らが男たちに施していた性技だった。
「あ゙——、ナカうねらせやがって……! クッソ、ちんこ溶けそうだ……。その動き、なかなかエロいじゃねえか。おい、どこでそんな技覚えて来やがったんだ?」
「ん、ふ、ぁ……、あっ♡ あ、あ♡」
「なんだ? おいおい、顔トロけて自分から良いところにぶち当ててんのか? 処理役のくせに勝手なことしやがって。……なら、俺も遠慮はいらねえな。デカマラピストンで、気ぃ失うまでイキまくれッッ!!」
「んお゙ッ?! ぉお゙……♡♡――……ッッ♡♡ あは♡ あ、ん、ぁあ゙ああ゙ぁッッ♡!! むり、む、無理、ィ……♡ おしり、むり……ッッ♡♡」
長官の激しいピストンに、ついにヴァレーの理性は屈服した。全身がビクビクと跳ね、開かれた口からは絶頂によがる喘ぎがあられもなく溢れ出していく。男はヴァレーの身体を押さえ込むと全体重を掛けて尻穴の中をプレスし、貪欲に犯し続けた。
「おらっ、おらっ!! 俺のチンポに狂えッッ!! このっ、このっ!! おっさんがケツイキ覚えやがって!!」
「――ッお゙……♡ はああぁああ……ッッ♡♡ ……っぐ♡ イくぅ゙……♡♡ お゙ほ、ッッ……♡ふーっ……♡ ふーっ……♡♡ んぶっ、ん、んぅう♡♡ はぁっ、はーーッ……、い、ッぅぐ♡ ふぅ゙うう♡♡」
独房に響き続けた叫び声が快楽に堕ち切る様を見て、長官もまた色めき立っていた。彼もまた、ヴァレーの身体を征服し、調教する悦びに猿のように支配されていく。
「俺の種が欲しいんだろ!! 中に出すぞ!! いやらしい身体で、ザーメン全部処理しろ……ッッ!!」
「――ッあ゙♡ くる、……くるぅぅッ♡♡ 奥、やめて……ぇ、っ、ひぐっ、うぅ゙ぅ♡ ッあ゙♡ っ、あ~……♡ ッあ゙……♡」
「——ふーーっ、ふーーっ……こんだけ出しゃ流石に弾切れか……。どうだ? 俺のは凄かっただろう。まあ、まだ完全にぶち抜くにはもうあと少しってとこか? 早く、俺専の便器になっちまえよ。……ん? なんだ、気ィ失ってやがるじゃねえか。チッ、つまらねえな。今日はこれで仕舞いだ」
激しい情交の末、ゆうに半日ぶりにヴァレーの身体が解放された。長官は独房の門番を呼び付けると、後始末を言い付けて後にした。
そのしばらく後、ヴァレーは寝台の上で意識を取り戻す。
時間の感覚すら分からなくなるほど続けられた行為の余韻に、未だ身体に充分な力は戻らない。しかし、長官が去ったという事は、他の兵士がここを訪れる事はないのだろう。
——そう、少なくとも次の朝までは。
それはヴァレーがここに来て理解した、幾つかの事柄のうちのひとつだった。
顔へと纏わりつくのは乱されて解けてしまった髪。様々な体液にべたつく身体には不快を覚えた。だが、今から行われる清拭へと身を委ねるため、ふうと小さく息を吐く。
ざり、ざり、と脚を引き摺る音が近づいていた。
足音の主である門番の彼は、まだ歳若い兵である。だが何処かで負傷でもしたのか、もしくは元来脚が悪いのか。戦には出られぬ身体なのだろう。それ故に、こうした雑用を任されているようだった。見る限りでは食事も残り物で、いつもヴァレーの側で骨ばかりの粥を啜っていた。大柄な男たちばかりの部隊の中、この彼はひときわ小柄で、痩せて見えた。
引き摺る足を止めた門番は、たっぷりと湯を湛えた桶をヴァレーの寝台の傍に置く。手には清潔な布が握られていた。そうして無言のままで湯桶にそれを浸すと、硬く絞った布で横たわったままのヴァレーに触れ——汚された身体をゆっくりと、丁寧に拭き上げていった。
「……っ、ふ……」
温かな湯に浸された布が肌へと触れる心地よい感触に、ヴァレーの喉から思わず声が漏れる。この門番は他の兵士らのように、ヴァレーの事を手酷く扱ったりはしなかった。それは、あの長官に「丁重にもてなすように」と言い付けられていたからだろう。皮肉な事ではあるのだが、幸か不幸か、この場所で甚振られ、時に傷付けられた身体が悪化せずにいられたのは、ひとえにこの門番による世話——もとい、適切な後処理のおかげだった。
ヴァレーはほんの少しだけ、この門番に気を許し始めてもいた。ここで性奴隷として囲われる日々の中、こうして手入れを施される間だけは苦痛が与えられる事もなく、あえなく痴態を晒してしまう事もない。また、清拭の際に交わす会話は穏やかで、そうした安心感からだろうか。先ほどまでの痛みに強張っていた身体はゆるやかに弛緩して、温かな布で肌を清められる度にとろんと瞼が落ちていく。ふにゃりと緩んだ肛腔からは、どぷ、ごぷっと音を立て、先の性的な陵辱の痕跡が晒け出されていった。
門番の男は溢れ出した淫靡な行為の残滓に気づくと、それを丁寧に拭い取る。そして、「痛かったら教えてくれよな」という声掛けと共に——ふっくらと腫れあがり、ぐずぐずに緩んでしまったヴァレーの後孔に、ぐぷんと指を埋め込んだ。
「ゔっ……く、ふ、うぅっ……」
それはいつもと変わらぬ処置のはずだった。だが、鉤型に曲げられた門番の指が肛腔の入り口を割り込み、柔らかな腸壁をぐりぐりと捲り上げながら、それを決して傷付けないようにゆっくりと奥へ、奥へと這い進む感覚に——ヴァレーの脳天は、びりびりと痺れるような官能に貫かれてしまっていた。男の指が腹の中を撫ぜるごと、神経が灼けつく快感が火花を散らして背髄をゾクゾクと駆け上っていく。電気的な刺激は性的な悦楽と直結し、とりわけ指先や足先の末端をじんじんと甘痒く悶えさせた。そうした後処理にすら感じてしまっている自らの身体が、ヴァレーには到底信じられなかった。
——この身体は、一体どうなってしまったのだろう? 複数の見知らぬ男たちの中で乱れていた、あのおぞましくも卑猥な情景が脳裏を埋め尽くしたあの瞬間から——現実に抗おうとする自我とは無意識に、身体は快楽の泥濘から抜け出せなくなってしまったのか?
ぐちっ、ぐちっ……、ぐぷ、ごぽっ。
男の指が白濁を掻き出す音が耳を煩わせる。それは、全ての行為を終えた虚ろな身体に与えられるものだった。だが、挿入から性的な報酬を得ようと貪欲な涎を垂らし始めたヴァレーの身体はそうした指の動きにすら感じ入り、堪え切れずに腰をヒクつかせてしまう。
「んぁ、っ、ふぁ……は、あぁっ……」
「ん、どうした? 痛むのか?」
「ッ……ぁ、いえ……っ」
男の問いかけに、ヴァレーは羞恥に顔を赤らめて口をつぐんだ。
そもそも、門番の男はヴァレーの事を性的な対象として見てはいなかった。後処理や世話を命じられ、ただ逆らえなかっただけなのだろう。兵士たちから性的な加虐を加えられ、事後の屈辱や痛みに嗚咽を漏らすヴァレーに向けても、半ば苦い顔をしながら後処理を行っていたものだ。門番の男は、そうした処置の最中にこうも言っていた。「……あんたが来てくれなきゃ、今頃ここに居たのは俺だったかもしれねえ。俺もあんたの身体は長持ちするよう、大事にしてやりたいのさ」と。
男がヴァレーに抱いていた感情は『こうなるのが自分ではなくて良かった』という安堵と、性奴隷として兵士らに陵辱されるヴァレーに向けた、純粋な憐れみであったのだろう。
しかし、この時のヴァレーには気付く由も無かったが、苛烈な行為を日々間近で見せつけられ、独房を出入りする兵士らの満足げな感想を聞かされて——門番の心の中には、既にどす黒い感情が芽生え始めていた。
まだ歳若い男にとって、性欲とは何より抑え難い欲求のひとつである。初めは確かに、門番とて男の身体に興味はなかった。それに、目の前にあるヴァレーの身体もまた、傷付けられては痛みに苦しむのみであった。だが、今や彼の尻穴は淫靡な性器さながらの潤んだ柔らかな器官へと変貌し、発せられるのはただひたすら快楽に溺れる声。変わり映えのしないこの場所で日々兵士たちの雑用ばかりを言い付けられ、鬱憤を晴らす事もできずに娯楽とは無縁である現状の中、無防備に犯される裸体を見せつけられて——歳若い彼の下半身が刺激されずにいられる事など、あろうはずもない。
先ほどのヴァレーが漏らした嬌声。門番はその声にぴたりと動きを止めると、こう問いかける。
「おい、あんた……。もしかして、ここが良いのか? 俺の指で、いやらしく感じてやがるのか?」
背後から耳元に囁かれる声。ヴァレーはそれに、今までの彼からは聞いたことのない意図を汲み取った。それと同時に、鳩尾にぞくりと冷たいものが流れ込む。だが、この状況では抗う事などできない。後処理のためにと白濁を掻き出していたはずの男の指は、ヴァレーの腰がビクンと跳ねたその場所を——もはや隠しきれない好奇心と嗜虐心を覗かせて、ねちっこく弄り始めた。
「……何、を……ッ? んう、っ、あ、貴方っ、お待ちなさ……っ、なッ、あ、ひあ゙ぁぁあ……ッッ……!!」
ヴァレーの感じた嫌な予感は正しかった。男が始めた腸壁への愛撫に、腰が否応なくヒクンと跳ね上がる。うつ伏せの両脚は左右にぱっくりと開いたまま、尻は男の指を受け入れやすいようツンと上向きに反らされている。ギシギシと軋む木製の台の上、ヴァレーをイカせるためだけの粘質な手技が施されていった。
「なあ、ここだろ? このしこり、前と比べて格段にデカくなってきてやがる。指で押してやったら腰揺れてたのも全部、知ってるんだからな」
「は、ゔ、あ、あ゙ぁ゙ッッ♡ あ゙ぁぁぁあッッ♡♡」
男は性感帯へと作り変えられてしまったヴァレーの弱みを指の腹で押し潰すと、断続的に刺激を与えるよう、わざとらしく爪先で弾き続けた。
「ほら、ほら、こうやってシコられるのが気持ち良いんだろ? ククッ、おっさんのくせにケツ犯されてよがってみっともねえ。……ヤられてる時のあんたの声な、最近どうにもおかしいと思ってたんだ。ここの見た目もすっかり卑猥に変わっちまって……。あんたのケツの穴、縦に伸びて赤く熟れて、指突っ込んだら奥の方からうねって吸い付いて来るんだぜ?」
「んっ、んうっ、は、あっ……、そん、な……事、お゙っ♡」
「この吸い付きで、あいつら全員のチンコから精子搾り取ってやがるんだよな。……なら、俺だって構わねえだろ。明日はまたデカい任務があるらしくてよ。夜明けから敵陣に奇襲を掛けるとやらで、全員が昼過ぎまでは戻らねえ。帰還と同時に、五体満足な兵士どもはきっと、あんたのところに雪崩れ込む。……だが、今ここには俺とあんたの二人だけだ。それがどういう意味か、もう分かるよな?」
ヴァレーは門番の言葉から至る想像に、ごくりと喉を鳴らした。後処理は、とうに終わっている。門番の男はヴァレーの想像通りに——清められ、空になった無防備な身体へと、飢えた獣のように襲い掛かった。
「あ゙ぁ、っ、あ、貴方まで…………」
背中や耳元に、興奮に荒く熱い息がかかる。それはいつもの屈強な兵士たちではなく、あの痩せぎすで、足の悪い門番の男のものだ。だが、今や欲に滾った雄と化した男は、意外な程の強さでがっちりとヴァレーの四肢を押さえ込むと、剥き出しにした下半身を目的の場所へと性急に押し付けていった。左右に割り開かれる双脚、そして尻の谷間に、ぬめりを伴った生温かい肉の塊がぐりぐりと埋められていく。
「——全部、あんたが悪いんだからな。痛々しい叫びばかりなら、俺も虜囚として憐れんだまま変な気を起こさずにいられただろうさ。でも、ここ最近はどうだ? 豚みてえなメス声でよがりまくってよ。さっきの長官とのセックスなんか凄かったぞ。……あんな喘ぎ声、何時間も聞かされ続ける身にもなってみろ!」
ぐち、ぬちっと肉厚の質量が、尻の割れ目にぎちぎちと押し込まれる。
「ひ、ッ、ぐぅッ……! それは、そんな事は……、あ゙、あぁぁぁあッッ♡♡」
抵抗すれども、男の熱く滾った楔は既に、異物として直腸内へと侵入し始めていた。長官のものと比べるとやや直径の小さい門番のそれが、ふやけて緩んだ腸腔へと出入りする。
「……うおっ?! 中の感触やべ……!! とろとろでぎちぎちでぬるぬるで……こんなもん、チンコ扱くための専用穴じゃねえか……!!」
「ひあっ、あ゙っ、あ゙っ、あ゙♡」
いきりたった怒張が柔らかな腸壁を擦り上げる度、いやらしい水音が結合部から鳴り響いた。男は積もり積もった快楽を貪るため、一心不乱にヴァレーを犯し、その具合を味わい続けていった。ヴァレーの身体もまた、底無しの愉悦と官能に沈められてゆく。
全身に波及する苛烈な快楽に塗り潰され、もはや自らの意思も分からぬまま、脳が求める言葉を男へと垂れ流す。
「貴方……ああ、私の貴方ぁ……ッ、もっと、もっと深く……そこ……抜かな……で……♡」
左右にいやいやと揺れる頭から向けられた気怠げな眼差しが、しっとりと男を見つめていた。振り向きざまに汗ばみ、張り付いた髪、顔はほんのりと朱に染まっている。潤んで蕩けた目元、濡れた赤い口元から溢れ出す官能に染められた言葉と色香が、門番の下半身を痛い程に刺激した。
「……やっぱりな。あんた、そんな顔して、そんな事言ってやがったのか。元々、こうされるのが好きだったんだろ。同情なんざ不要だったって訳だ。……ま、俺がこうやって毎日あんたの尻の穴を丁寧に弄り倒してやったんだ。感度が上がってきたのも、そのせいかもな」
その言葉に肯定を返すかのよう、ヴァレーの頭と腰が艶めかしく揺れる。
——独房の中の熱と湿度が上がる中、ヴァレーは門番の男を受け入れ続けた。
今は背後から太腿を左右に開け広げるように抱きとめられ、胡座をかいた男の上を幾度も串刺しにされているところだった。自重と共に呑み込まされる陰茎が腸壁と臍の間、感度の上がりきった性感帯のしこりをぐちぐちと押し潰す。開かされた太腿の間に揺れるヴァレーのペニスは、後ろの刺激だけで緩やかに屹立してしまっていた。ばちゅ、ばちゅんと結合部を突き上げられる度、半勃ちのそれが所在なさげに揺れる。
「んあっ、♡、あ゙っ、あ、あ゙♡」
「……どうした? あんたのチンコも、弄って欲しそうに涎垂らしてやがるぜ」
粘質な声が、それを咎めるように囁いた。同時に、太腿を支えていた手がヴァレーのペニスへと伸び——剥き出しの亀頭をぐりぐりと撫で回す。
終わらぬ挿入にもはや身体中の感度が最高潮であった中、敏感な場所を擦られて——もう限界を迎える寸前だったヴァレーの先端は、ぷしゃっと透明な体液を勢いよく噴き出した。
「ひっ、あ、ゔあ゙ぁぁぁッッ……!? あ゙ぁっ、なっ……!? これ、や、止まらな、ぁ……っ……!!」
前後から与えられる快感、そして体液の解放とが結び付いた瞬間に、言いしれぬ絶頂がヴァレーの全身を深く駆け巡る。全身は激しい痙攣に見舞われ、視界は白く飛び抜けて明滅した。それは瞬間的に、全ての自立思考すら奪われてしまうほどの快楽だった。
それと同時に、ヴァレーは自らのペニスから噴き出す体液に、無様にも男の前で漏らしてしまったのだと思った。体液の漏出を止めようにも、身体は言う事を聞かない。挿入される度に、びゅっ、びゅっ、と勢いよく前方に噴き出すそれを、もはやどうすることもできなかった。ひと突き毎に脳髄は蕩け、屈服した直腸は媚びるように男の竿に甘く絡み付く。
「……おいおい、あんた男のクセに潮まで吹きやがったのか? ほら、ほら、どんどん出てくるぞ。もうチンポにハメられる事でしかイケなくなっちまったんだろうなあ?」
「~〜♡ ~~ッッ♡♡ ぁ゙あ……ッ♡ あ゙っ♡ あ゙っっ♡♡ ん゙、ぅうっ……♡♡ イッ、で、る゙ぅゔ、ゔ、っ」
その煽りに返す言葉もなく目の焦点も合わぬまま、ヴァレーの身体はビクビクと不随意に痙攣し続けていた。腸壁の奥が小刻みに収縮し、きゅっ、きゅっ、と一定の間隔で中の異物を締め上げる。それはまるで、男の射精を促そうとするかのようだった。
「……クソッ、雌みてえに先っぽ吸い上げやがって、この淫乱肉便器が!!」
男は背面座位から寝台にヴァレーを押し倒すと、繋げたままの怒張を更に奥深くへと密着させた。先ほどまでずっと、長官の極太の竿に拡張されていたヴァレーの直腸にこの門番の——だが長さは充分な肉棒が、限界まで深く挿入される。
男はわし掴みにしたヴァレーの腰を力任せに抱き寄せた。ぐずぐずに蕩けた柔らかな直腸の終端は今、男の欲望で無理矢理にこじ開けられようとしていた。
「いぁ゙っ♡♡ なに……あ……♡ 奥、それ……何か、から、だ、おかし……っ……♡♡」
ヴァレーは僅かな理性と共に、それ以上の男の動きを諌めようとした。身体は最奥の違和感に警鐘を鳴らしていたが、本能はその先を求めているような、ぞわぞわとした奇妙な感覚が全身を駆け巡る。いくら言葉や理性では拒否を示しても、身体は男の更なる侵攻を許して深く腰をうねらせた。
「ッ、あんた、それ、吸い込みやべえ……ッッ、なら、俺のがどこまで嵌まるか見せてみろ……ッッ!!」
男が獣のような唸り声と共に竿を引き抜き、そのままの勢いで再び深く挿入した。ヴァレーもまた、身体の欲するがまま、男の動きに隷属する。
互いの肉欲が快楽を貪り合おうとするタイミングが合致した、その時に——。
どちゅ、ぐぼっ、ぐぷぷぷんッ!!
直腸の終端が聞き慣れぬ音を立て、突き当たりと思われていた更に奥に、男の亀頭がめり込んだ。それと同時に、今までの感覚を凌駕するほどの凄まじい快感がヴァレーの全身を貫いた。下腹部の筋肉が小刻みに激しく波打ち、全身が身体を支えきれぬほどにビクビクと跳ね上がる。
「な――ッ?! お゙……♡ あ゙あぁああ……ッ♡♡ ……っぐっ、♡ お゙、ほっっ♡♡、 う、ぐぅゔ……っっ♡♡」
もう、何も考えられなかった。今あるのは全身が受け止める快楽のみ。流れ込む快感を処理しきれぬ身体は本能のまま、ヴァレーは男を欲して淫らによがり続けていた。
「そこぉ、だめ、だめっ♡ んぶっ、ん♡ んぅう♡♡ はぁっ、はーーッ、はーーッ……♡ い、ッぅぐ♡♡ ふぅ゙うう♡ ゔ、あ、あ゙ぁ゙ッッ!!♡ あ゙ぁぁぁあッッ!!♡♡」
「おら、オラっ!! イけよ!! 俺のチンコでイキ狂えっっ!! このまま奥に全部ぶっかけてやる……!! う、ぉ、やべぇっ、出る、出る……っっ!!」
最大まで溜め込まれた欲望がヴァレーの中でぶわっと大きく膨らみ、勢いよく弾ける感覚が体内へと流れ込む。
男の射精は深く長く、数回に分けて放射されるそれが、未だ侵されたことのない真新しい場所を真っ白に塗りつぶしていった。
「ふーーっ♡、ふーーっ♡、ッ、貴方の……♡♡ 熱い……ッ、ゔ、あぁ……♡♡————」
「あ゙——、まだ、まだだ……ッ、おらっ、腰逃げてんじゃねえっ……!!」
そうして毎度後処理のたびにヴァレーにささやかな同情を見せ、身の上話をしていた門番は、数多の兵士と同じように、ヴァレーを性処理用の玩具として見るようになった。
門番の彼は兵士らがヴァレーを使い終えた後、今まで通り自らの仕事を粛々と遂行した。だが、兵士らが任務に出払った隙を見計らうと、ただひとりヴァレーの最奥を独占するため——その身体を隅々まできっちりと清め始めるのだった。
†
「よし! これで上がりだ」
「くっそ……! してやられたか」
「チッ、もう我慢の限界だぜ」
遊戯場では、兵士たちが賭け事に興じていた。
ダイスを振る音に、カードを切る音、放られるコインの音。様々な卓から飛び交う罵声と嘲笑。その中心にある大きな台の上で、ヴァレーは景品として男たちに弄ばれていた。
「んぅ……く、ふ……♡」
「はっは、野郎どものど真ん中だってのに、アヘ顔で腰揺らしてよ。もう立派な雌犬だな」
「——お、やべえっ、出るっ……!! おら、今日の一発目受け取れッッ!!」
「んお゙ッ♡?! んっ、あっ、あ、あ゙ぁあ゙……♡♡——……ッッ」
「えっぐい声垂れ流しやがって。次は俺が相手だ。おら、その口空いてるなら使ってやるよ」
「ん、ぐッ?! むぐ、うぅ……っ……」
遊戯に勝ち抜いた兵士らは台に上がると、欲のままにヴァレーの身体を貪った。ヴァレーは行為の終わりに休む暇もなく、また新たに訪れた男の股ぐらに顔を押し付けられる。分厚くぬるついた熱い肉の塊が、抵抗の力を失った口の中にずぶんと押し込まれた。
「んぅ、う、ぐぇ……っ」
生臭い雄の臭いが鼻腔へと充満する。無遠慮に喉奥まで押し付けられたそれは生理的な吐き気を催し、目元には涙が滲む。兵士は荒い息をつきながらヴァレーの髪を掴むと、その口内を自らの欲の捌け口へと変えていった。
「……あぁ……。クソっ、は……、ふ——っ。……こっちも随分と上手くなりやがって。喉奥で扱き放題だ……!」
「うぐっ、うっ、ふぁ……」
先ほどまでヴァレーを犯していた兵士は射精を終えても尚、柔らかく弛緩しきった糜爛を指で広げて弄んでいた。くぱ、くぱっと広げられる度に、白濁がとぷとぷと後孔の縁から零れ落ちていく。
「ん、ふぁぁ……っ、く、ぅ………ッッ♡」
行為への諦観はあれど、もはや嫌悪は抱くだけ無駄だった。身体は意志とは裏腹にとうに快楽に服従し、前後の口を犯される身体はその想像だけで、軽い絶頂に達しようとしていた。下腹の筋肉はヒクヒクと痙攣し、太腿が小刻みに揺れる。腸壁をくぱくぱと広げていた二本の指はヴァレーをあからさまに焦らすよう、動きを緩慢なものへと変化させていった。ヒクついている内壁を、白濁のとろみを利用してぞわぞわと擦り上げる。その執拗な刺激が、腰だめに達しきれない熱を篭らせる——。
ヴァレーは物足りない刺激を追いかけるよう、男の指を求めて淫靡に腰を揺らしていた。
「おっ、気持ちいいのか? 捕まっておきながら、いいご身分じゃねえか」
男の声に、ヴァレーはそちらを見遣ると目を細めた。ヴァレーの中心はゆるやかに勃ち上がり、先端からはとろみのある透明な液体が、銀の糸を引いて台の上に滴り落ちている。
「おいおい、その顔、まだ欲しいのか? なら、次のヤツが上がるまでこのままケツ弄っててやるよ」
「待ってろよー、ヴァレーちゃん。次は俺の番だからな」
「いいや、俺だ、そのガバガバなエロアナルを俺ので更に拡張してやる」
「——よし、ならご奉仕頑張るヴァレーちゃんに、俺から労いの性感マッサージだ」
下卑た声と共に、腸腔をまさぐる指が探り当てた場所。それは臍下の奥の、小さなしこりだった。それに触れられた瞬間——。ぞくりと痺れるようなむず痒さが、ヴァレーの背髄を貫く。肉厚の指がピンポイントで弱い場所を押し込む度、堪えきれぬ官能が全身に波及してしまう。
「ふぁ……んぁっ、ん……っぐ……♡ むぐぅ……っ♡♡」
「さあて、どれだけ持つかな」
「うぐ……ふぁ……っ♡」
「おら、こっちサボってんじゃねえぞ。もっと舌動かせ」
性感帯へと造り替えられた場所を虐められ、否応なしに感じ入る身体は止められない。それはあの門番の彼が後処理をする際に、執拗にヴァレーの前立腺を開発し続けた所為でもあった。
ざらついた男の指が、しっとりと潤んだ柔らかな膨らみを的確に弾いては捏ね回す度、身体は躾られた痙攣を繰り返す。今やどの兵士もヴァレーの前立腺を容易に見つけ、大きく熟れたそれを嬉々として弄ぶ事ができた。その刺激はヴァレーにとってもまた、脳が蕩けるほどに気持ちいい中毒的な快楽だった。
「……ん、ん、……んぅ……っ♡」
「見ろよ、ヴァレーちゃんの淫乱腰つきダンスだぜ。おっさんのくせに、トロ顔で見境なくケツ振りながらバキュームフェラしやがって」
「あ゙——。俺もやべえの上がってきた。そろそろ餌付けの時間だな。おらっ!! 俺の新鮮な産直ザーメン、胃の中にぶっ込んでやるよ!!」
前立腺に絶え間なく与えられる性感と、喉奥を突き上げられる痛み——。様々な身体感覚に翻弄されて何もかもが混ざり合い、溶けていく。食道を引き攣らせる性急な抽送は、男の射精がもう間もなくである事を示していた。
ヴァレーは無意識のうちに喉奥に注意を向けると、軽く上を仰いだ。ヴァレーの髪を掴み、腰を振り続けている男と目が合った瞬間——。先端から、大量の精子が放出される。
「おらっ、ありがてえだろ!! 残さず飲めッッ!!」
「ん、んぐぅぅっ、う、ぐ、う……っ」
ヴァレーは息を止めると、気管に入らないよう慎重に男の精液を飲み下していった。
——ここで抵抗しても、待つのは悲惨な状況である事は既に何度も経験済みだ。噎せ返り、逆流した精液が鼻腔や喉奥にへばり付く痛みと不快感。あれを味わうくらいなら、自ら飲み干してしまった方がずっと楽だった。ヴァレーは全身を軽く強張らせると、最後の一滴まで気を抜くことなく男のものを胃に送り込んでいく。
「なんだ? ザー飲させられてケツ締め付けてんのか。とんだ淫乱だな。おい、ココにも飲ませて欲しいらしいぞ!! そろそろ誰か上がらねえか?」
台の上の男が周りの兵士たちに声を掛けたその時。
遊技場に、別のがなり声が鳴り響いた。
「お前ら、遊びは終わりだ!! 全員そいつから離れろ!!」
声の主は、長官の男だった。
その横には従者が二人、木製の台に乗った何かを運んでいる。
長官は大股に、中央のヴァレーへと近づいた。だが、その様子はどこか不機嫌そうだ。
「お前ら、今からもっと良い余興を見せてやるよ」
男たちから解放され、遊戯台の上に横たわったままのヴァレーに、長官が笑い掛ける。兵士らはひりついた空気を察すると、何が行われるのか固唾を呑んで見守る事にした。
「今日は、お前に見せたいものがあるのさ。——と、その前に、だ。噂で聞いた話だがな。奥までぐっぽり嵌めたまま、中をじっくり掻き混ぜられるのが好きなんだって?」
「え、ぁ……、は……?」
ヴァレーは唐突に投げかけられた質問に面食らった。だが、その問いかけは、あの門番との情交を強く思い起こさせるものだった。——そう、あの彼は足が悪いため、激しく抜き差しをするよりは竿をぎっちりと最奥に嵌め込んだまま、時間をかけてヴァレーと繋がる事を好んでいた。しかし、このところあの彼は姿を見せていない。あの門番の代わりには別の新人があてがわれ、足の悪い彼の事を尋ねても、情報は何ひとつ得られなかった。そのうえ、代わりの新人による処理は前任の彼のものと比べるとひどく乱雑で、ヴァレーはそれからというものの、自ら身体を清めて後孔の処理を行わなければならないほどだった。
ぐったりと全身を弛緩させたまま、ヴァレーがそう思い返していると——ふと漂う異臭が鼻腔を掠める。それはここに来て嗅いだ事はない——だが、医師として、そして介錯者として馴染みの深い『厭な』臭いだった。
「見せたいものってのはこれだ。ほらよ」
横たわるヴァレーの目の前に、ひなびた肉片のようなものが投げ入れられる。
雑に切り取られたそれは既に数日が経過しているようで、半ば変色し、細長い筒状の肉片は一見、何であるのか判別が付けられない。
「……?」
「分からねえのか? 散々咥え込んでおきながら、つれねえな」
その言葉、そして見た目から得られる朧げな推測に、ヴァレーの脳内がひとつの像を結ぶ。男の口ぶりから、目の前の腐りかけた肉片の正体はつまり、男性器に違いないのだろう。否、だが一体、何のためにこんなものを見せつけに? ヴァレーが疑念を口にしようとしたその時。長官の後ろに控えていた従者二人が、無言で前へと踏み出した。
先ほどから、彼らが両端を支えている木製の台。その中心には薄汚れた布が被せられている。不穏な空気、そして漂う厭な臭いは、より一層強くなっていた。
「宴も酣ってやつか。ま、勿体ぶっても仕方ねえ。そろそろ余興の答え合わせといこうぜ」
ふつふつと、恐ろしい予感にヴァレーの全身が総毛立ち始めていた。
当初の気配とは一転、機嫌を取り戻したかに見える長官が、薄汚れた布を勢いよく取り去る。
同時に眼前に現れたもの。
そして、異臭の正体。
それは切り落とされ、串刺しにされた、あの門番の頭だった。
「ひぃ、ぎ、ぁあぁぁあっ!!」
眼窩にはダガーが幾本も突き刺さり、頬の肉は削げ落ち、腐敗して蛆が沸いている。それは先ほどの肉片と同じく、死後何日も経過しているようだった。先程よりも、より一層の強さで色濃く漂うのは、生が死へと変容する時に放たれる独特の臭い。医師として、そして介錯者として馴染みのある、甘ったるく粘ついた腐敗の臭いが肺腑の奥に充満していく。
哀れな門番に何が起きたのかは、もう明白だった。原形を留めぬほどに損壊された頭部。そして凄惨な拷問の痕跡。目の前に置かれたかつて彼であったものは、ただ虚ろにヴァレーを見つめていた。
「ひっ、い、ぁ……、そん、な……! う、ッ、ぶ、ぐっ、ゔえぇぇえッ……!!」
もはや到底、思考の処理が追い付かない。現実を否定しようとする頭は拒否反応から胃の奥を痙攣させ、激しい嘔吐反射を引き起こす。だが、吐き出すものなど何も残されてはいなかった。ただ一つ、先ほど多量に飲み下した兵士のあれを除いては。嗚咽と共に吐き出されたのは、胃液と白く濁る欲の残滓だった。
「ったく、腹立つよな。こいつ、自分がどれだけお前のことをイカせられるか、自慢げに語ってやがったんだとよ。俺たちが使った後に、まだ楽しんでやがったってのか? この卑しい盗人め。何の役にも立たねえ雑魚の門番風情が、舐めた真似するからこうなるのさ。風紀の乱れは長官として見過ごせねえ。そうだろ?」
「あ、ぁ……っ」
「罰として、こいつの前で俺たち全員に犯されろ。全員だ。終わるまで気を失うんじゃねえぞ」
串刺しの頭部が宙を舞い、汚水の混じる木桶にぞんざいに投げ入れられた。ダガーが突き刺さり、崩れた眼球は、未だヴァレーを見つめている。
先ほどまで頭部が置かれていた台の上には、行き場を失くした蛆たちがうぞうぞと隠れ場を求めてのたうっていた。
「見てろ……っ、今日こそ根本まで飲み込ませてやる!!」
「あ、はぁぁっ……! そこ、お゙っ、も、むり゙っ、壊れ、ゔぅっ……!!」
「なんだ? こいつには許して、俺の事は拒みやがるってのか? 随分と身持ちが固えじゃねえか」
「っ、は……、も、許して……っ」
兵士たちが無言で居並ぶ中、ヴァレーはその中心で長官の男に激しく征服されていた。
ヴァレーとて、自らを犯すようになった門番の彼に少なからず嫌悪の情はあった。だが、あの門番がヴァレーに向けてそうであったように——、ヴァレーもまた、兵士らから粗雑に扱われる彼の境遇に同情してもいた。それに、初めこそ乱暴にされたが門番の彼の行為は兵士らの暴力的なセックスとは違う丁重な扱いで、深い繋がりと得られる充足感、そして行為の後で交わす血の通う会話に心を開き始めてもいた。
——先の衝撃的な光景を否定しようと混濁していくヴァレーの思考は、地獄のような現実から逃避するために、あの門番との情交の記憶に浸っていた。長官への嫌悪で強張っていた身体は逃避と錯誤に弛緩し、甘く痺れ始める。
「お、どうした? 俺ので感じてるのか? どんどん奥に入っていくぞ」
ヴァレーはままならない頭でふわふわと首を横に振った。
「ククッ、嫌じゃねえよな。これだけ自分から呑み込んでおいて。ほら、抜けよ」
「う、あ、……ふぅ、っ……」
ヴァレーはもはや言いなりのまま、男から身体を引き抜いた。だが、甘やかな情交を思い返していた頭にとって、それは想像よりもずっと凶悪な刺激だった。
「ん、ん、ん゙〜〜〜?! っっ♡♡」
「どうした、もうイっちまうのか? 俺のチンポが欲しくて仕方なかったんだろ」
「ハァッ、ハァッ、は、ぁ……っ♡ ぁ……♡」
極太の竿で擦り上げられる度に視界はクラクラと明滅する。一度弛緩して受け入れ、すっかりその太さに馴染んだ腸腔は快楽を甘受しつつも、どこか物足りなさを訴える。図太い肉棒がぎっちりと身体の空隙に嵌まり込んでは出入りを繰り返すが、最奥までには至らない。赤黒く血管の浮き出たそれがヴァレーのアナルを拡張し、意思を持った生物のように蠢いていく。グロテスクな想像は身体に与えられる甘やかな戯れ、脳髄を蕩かせる至上の快楽に上書きされてしまう——。
「……さっきまで、ここまでしか入らなかったのによ。行き止まりが吸い付いてきてやがる。ああ、ようやくだ。いよいよぶち抜けるぞ。お前の身体が、ついに俺の事を受け入れる時だ」
長官は周囲の目も忘れたかのように、愛おしそうにヴァレーに囁きかけていた。ずぶっ、ずぶっと粘質な音を立て、深く長い挿入が繰り返されていく。ヴァレーの内壁の終端もまた、男の言葉通り、ヒクヒクとその先をねだるように悶えている。頭と身体は、じきに訪れるであろう最奥への刺激を受け入れる時を待っていた。
長官がひときわ大きく身体を引き抜き、腰を引き寄せる手に力を込める。そして、征服的な笑みを浮かべて言った。
「おらっ! これで全部だ!! お前の身体に俺を分からせてやる……ッッ!!」
「ひぎっ、う、ぐ、あぁぁぁあっっ?!」
既に経験済みの、あの卑猥な音が体内深くに鳴り響き——。直腸の更に奥、ヴァレーの結腸弁は、ついに長官の剛直にぶち抜かれた。その刺激に、拷問を受けた叫びにも似た声が空を裂く。ヴァレーの身体はガクガクと痙攣を繰り返し、訪れる絶頂に身を反らしていた。長官は跳ねる身体を押さえ込みながら、恍惚として自らの身体を押し挿れる。周りの兵士たちも皆、その行為にただ釘付けとなっていた。
ヴァレーはあらん限りの声で、気が狂ったように叫び続けた。
「どうだ、俺の方がずっと凄いだろう……! お前の雄子宮に、誰が本物の主人なのかきっちり教え込んでやろうじゃねえか!!」
「ひぁ、う、ぐぁぁぁっっ、あ゙ぁぁぁっっ……!!」
「お前らもしっかり目に焼き付けとけよ……!! おら、孕め、このッッ!!」
男の動きがひときわ激しくなり、ぴたりと止まると共に——。ヴァレーは自らの腹の奥へと、多量の精が流れ込む感覚を味わっていた。
行為の終わり。そして腸内を引き摺り、抜き取られていくもの。拡張の余韻にぽっかりと弛緩してしまった括約筋は、しばらくは充血していた真っ赤な内壁を衆人環視に向けて晒していた。だがそれも、ヒクヒクと悶えながらゆっくりと閉じていく。最奥に放たれた白濁は、未だ溢れては来なかった。
「ふーっ、やっと俺のものになりやがったな。ったく、手間かけさせやがって」
「長官、もう使っていいんすか?」
「ん? ああ、好きにしろ」
長官の機嫌は誰が見ても明らかで、今ならどんな無礼講も許されるように見えた。長官が台を離れた後、その場にいた兵士たちは止まっていた時間を取り戻したとばかりに、雪崩れをうってヴァレーに押し寄せる。
「さっさとやらせろよ。あんなもん見せられて、お預けはなしだぜ」
「ケツガバガバじゃねえだろうな、あぁ?」
ヴァレーの身体には再び、獣の交尾のように流し込まれ果てるだけの行為が永遠とも思える時間の中で繰り返されていった。
目の前の木桶の中からは、あの門番が変わらずに見つめている。
悍ましい光景、浅く早い呼吸に、ヴァレーの脳は酸欠を起こし始めていた。引き攣れるような嗚咽と共に視界の端がじりじりと燻り、焼き切れていく。ふっと瞳が天を仰いだ瞬間——。身体は糸が切れた人形のように、ぐにゃりと崩折れた。
意識を失う瞬間、瞼の裏に浮かぶ顔は薄笑いを浮かべていた。
†
「——あの捕虜、完全にイカれちまったのか?」
「らしいな。あの門番野郎の串刺し事件からだろ」
「はあ? あれがショックだったってのか。実はあいつとデキてたりしてな」
豪快に笑う兵士に向けて、もう一人が釘を刺す。
「おい。長官に聞こえたらまずいぞ。似たような事を言ったやつが毒沼送りになったらしい」
「あ? どういう事だ?」
「あれは長官のお気に入りだ。すぐに替えが効くもんじゃねえ。それに、俺らは今や寝転がってるだけでヌき放題なんだ。余計な口は挟むな」
「まあ、ぶち犯すのも良かったが技術は今の方がずっとすげえからな」
「あー、早く順番回って来ねえかな」
順番を待つ兵士らの欲深い目は、やがて同じ場所へと収束する。その先にあるのは使い古され、血と生の匂いを含んだ木戸だった。
「うふ……ウフフフフッ……。さあ、いらっしゃい。哀れな子羊たち。貴方がたが望むだけ、この身体で癒してあげましょう……」
むわりと、淫猥な精の匂いが鼻につく。兵士らの眼前に開くのは、かつての面影をひと欠片も残さぬ異質な光景だった。ヴァレーはもはや薄布すら身に付けず、一糸纏わぬ姿で男たちを迎え入れていた。彼の両胸の突起は男のものにしては毒々しく、ぷっくりと存在を主張して色付き、首筋や二の腕に残る歯形の跡は、さながら焼き付けられた烙印のように彼の肌を彩り、飾り立てている。くすくすと笑みを漏らしながらしなをつくり、艶やかに囁いては順番待ちの兵士らを呼び寄せるその姿——。
兵士は飢えた獣のように駆け寄ると、待ちきれないとばかりに下半身を曝け出した。ヴァレーはその性急な姿に、おやおやと小さく声をあげる。そうして、その昂りを愛おしむようにくるくると撫で回し、躊躇いなく口に含んだ。
——横たわる兵士に向けて、ヴァレーは様々な方法で性技を施し続けた。核心をつかぬ甘やかな愛撫に兵士の中心がすっかりと勃ちあがる頃、ヴァレーはゆっくりと寝台に乗り上げる。視線の下、腕から脚、はたまたその屹立の根本まで黒々とした剛毛に覆われている兵士らのものとは異なり、ヴァレーの肌は年齢なりでありながらも、無毛に等しかった。あらかじめ香油で滑らかに整えた肌。そして、たっぷりとそれを含ませた秘所。ヴァレーは自らの恥部を見せつけるよう、横たわる兵士に跨ったまま、曲げた両脚を左右にぱっくりと開いてみせた。兵士の眼前には、もはや男としての役割を忘れたかの如く嫋やかに萎れたままの陰茎と、その下に見える真っ赤に熟れた性交器官が晒されていた。じわりと香油を滲ませながら、ひくひくと物欲しげに疼いている充血した肉の割れ目に兵士は釘付けだった。
ヴァレーはその様子を見下ろすと、互いが結合する瞬間を、彼が一時たりとも見逃さずに済む様に——ゆっくりと身を沈めていった。
男を受け入れ、揺れる視界。
ヴァレーは部屋の片隅へと目を遣った。そこに浮かんでいるのは、奇妙な顔だった。
あの日からずっと、それは介錯者の白面のように、薄笑みを浮かべたままでヴァレーをじっと見つめていた。薄闇に浮かぶ、つるりと白い能面のような顔。だが、その微笑みにはどこか温かさも感じられた。
ヴァレーは目を閉じると腰の動きを速め、兵士をこの世の悦楽、絶頂へと導いた。
戦場の介錯者として駆け回り、忌避される存在であった日々と。こうして光なき場所に囚われ、求められる日々と。
上質な着衣。暖かい食事、柔らかな寝床。
ヴァレーはいつしか、ここに居る誰よりも高貴なもてなしを受けていた。昏い地の底で、名もなき身体は終わりなき欲を受け止め続ける。このまま永遠に彼らの慰めとなり、その身体に慈悲を与え続けるのだろうか——?
いつもと変わらぬ勤めを終えた後、ヴァレーは毎夜長官の元を訪れた。以前よりも軽い足枷は、ここへ向かう事のみに許された紛い物の自由の表れだ。
「全員終わったのか? 今日は早かったな」
手招きする長官に向けて歩み寄り、しなだれかかる。ここへ来るためだけに身に着けた着衣を捲り上げると、男の上に乗り上げた。まだ乾く間もない場所と、長官の雄欲とがくちゅんと音を立てて重なり合う。後処理の際に仕込んだ新たな香油が、極太の楔に纏わりつく。
互いの行為は、もはや肉欲を隠さぬ激しい生殖の営みへと変貌していた。
「……いつかお前を孕ませてやろうか。こんな世界だ。どうにか方法があるかもしれねえ。そうだろう?」
長官は酔っているのか、呂律の回らない様子で冗談とも本気ともつかない言葉を繰り返し、抱え上げたヴァレーの身体を揺さぶっていた。ヴァレーの柔らかく弛んだ尻肉は男の両手でぐっぱりと割り広げられ、結合する楔と媚肉の割れ目を淫らに晒している。
「ひっ……、ぐぅっ、ううっ、ふぅう…っ……!」
ずっ、ずぷっ、ぐちゅっ、ずちゅん。
耳を背けたくなるほどの厭らしい音が、艶めかしく部屋を満たす。今のヴァレーであっても、流石に長官のものを一息に呑み込むのは苦痛が伴った。だが、それはもう、ただの痛みではなかった。眉根を寄せて悶えながらも、熱に浮かされたような恍惚が下腹部から全身にじわじわと行き渡っていく。男を受け容れた身体は底無しの官能に身も心も縛られ、囚われてしまっていた。
ヴァレーは喉笛を男に突き出して喘ぎ、つま先を硬直させては小刻みな痙攣を繰り返す。両胸の先端は今や摘んでくれと言わんばかりに充血して主張し、全身は紅潮にしっとりと汗ばんでいた。その姿はもはや、全身で姦淫の快楽を享受している妖婦さながらだった。
「……俺ので感じてるのか?」
「……っ、ええ……。ああ、もうどうにかなってしまいそう……」
ヴァレーはそう言うと男のものを引き抜き——寝台に背をついて、自らの太腿を両の手でぱっくりと開いて見せつける。瞳は甘く蕩け、薄く開いた口元は熱い吐息を漏らすまま。
開いた太腿に添えられた手が、未だ恥じらいを含んで尻たぶの中央へと伸びていく。
もはやどれだけ犯されたか数えようもないほどに使い込まれ、柔らかく弛緩した窄まりが、くちゅっと音を立てて左右に広げられた。男の怒張はとろみを足す必要が無いほどにぬらぬらと光り、今にも雫を垂れ落とさんばかりに情欲を滾らせていた。
再び二人は、深々と結合した。
ヴァレーの体内に秘められた媚膜は太く逞しい剛直をぎっちりと包み込んで離さない。神経物質の伝達回路は性感を拾うべく調教し尽くされ、常人が味わう感度を幾倍にも増幅させ、下半身から脳髄へと快楽をとめどなく送り込んでいった。
「ひあっ♡、あっ、あ…♡ ふぁ……♡」
「この淫売が……!! 今日は誰にココを許したんだ、ああ?!」
男はヴァレーの腰のうねりに合わせて楔を押し込むと、下腹をぐりぐりと押さえ付ける。
「いいえ……皆、呆気なく出してしまうものですから……っ、あぁ……♡!!」
ヴァレーは身悶えながら眉根を寄せ、赤い舌をひらめかせた。そうして、物足りなさげな貪欲な瞳で、長官を見つめて囁いた。
「ですから、早く……」
男はその声を合図に、一層硬く天を衝く程となった自らの怒張を引き抜いて——ヴァレーの身体の奥深く目掛け、完膚なきまでに貫いた。
「んっ、あっ、や、あ、あ゙ぁあ゙……♡♡——……ッッ!!」
尋常ならざる叫びが、長官の部屋から部隊へと響く。
ぷつりとそれが途切れた時、ここにはようやく静寂が訪れる。
一日の終わり。脳髄が焼き切れるほどの苛烈な刺激と、全身を満たす溢れんばかりの快楽。
それだけが、この場所で生きるヴァレーの全てだった。
†
次第に、戦況は変わりつつあった。黄金の雫の恵みはいつしか底を付き、傷付いた兵士は次第に士気を失っていく。虜囚として地下深くに囲われていたヴァレーでさえも、日中は兵士らに帯同し、医師として負傷兵の手当てをするように命じられていた。
兵たちは傷付き、怯えるにつれて、ヴァレーへと情を寄せていった。
陽が落ちて拠点に戻るなり、ヴァレーは相も変わらず身体を求められる。そんな兵士らの動きにも、とある変化が訪れていた。長官には言えぬ恐れや悩みを行為の中で打ち明ける者、赤子のように泣きじゃくりながら、ただただ抱擁を求めるだけの者もあった。
ある日の事。ヴァレーは負傷兵を手当している最中、いきり立った別の兵に抱きつかれた。だが、背後から事を成すべくヴァレーの身体をまさぐる動きがぴたりと止まる。
兵士はヴァレーを犯す直前に射精すると、そのまま絶命してしまったのだ。
生と死、そして生きる為の全ての行為が日常とひと続きに入り混じる中、ヴァレーはもはや何が起きても驚きはしなかった。そして、自らの背で本懐を遂げられずに死に絶えた兵士を憐れみ、滑稽に思った。
——この男が最後に放った生命の残滓。楔を突き立てようと放たれた精は肌を伝い落ちながらもまだ温かく、生きている。だが、それもすぐに死に絶える。あの長官が戯れに語ったようにこの胎が孕むならば、彼らの意志を継ぐ新たな生を宿すこともできただろう。しかし、彼らが本能として求める行為はその全てが虚しく、決して結実することはない。どれだけ種を植え付けようとも、決して継がれる事は無いというのに。
兵士の数はひとり、またひとりと減っていった。
ついにはあの長官でさえも酷く負傷し、窶れた様子でヴァレーの元に現れた。
それはひとつの栄華と、凋落の象徴であったのだろう。
この部隊に終焉が迫っている事は、もはや誰の目にも明らかだった。よろめきながら迫り来る長官を見つめると——それでも事を始めようとする男に向けて、ヴァレーはそっと身を重ねた。
「……もう、俺には、お前しか……」
縋り、懇願するかのよう、長官が弱々しく告げる。ヴァレーは頷くと、男の腰に絡ませた脚をゆっくりと引き寄せる。
「……ええ。分かっていますよ。……私の貴方」
そうして二人は幾日も共に過ごした。
ヴァレーが施す手当て、そして繰り返される営み。
男はヴァレーに向けて、ここを捨てて逃げ落ちようと提案した。
長官は、すっかりとやせ細っていた。この部屋にも、あとは僅かな水が残されているだけだ。食料の備蓄すらとうに尽きていることは、ヴァレーも察知していた。長官のかつての逞しさなど、もはや見る影もない。ヴァレーは長官のみすぼらしい痩身に、あの門番の面影を見た。ここで長く過ごすうち、この男の下半身に堕ちて深く溺れたのも事実である。しかし、痩せさらばえた男の姿には、もう雄としての魅力など微塵も感じられなかった。
ヴァレーの足首を繋ぐ枷。その鍵は、長官が大事に隠し持っている。二人で逃げ延びようと持ちかけられた先の提案に頷けば、この枷はいとも簡単に外されるだろう。
混ざり合う熱。終わりなき快楽に耽る獣たち。かつてどれほどの時間がそうであったのか。男の欲望が出入りを繰り返し続けたこの身体——。
ここでの生活を終わりにしようという意図を、今日までヴァレーは明確に持っていたわけではない。悍ましさと嫌悪に身を震わせながらも死にきれず、快楽の報酬に堕ちた身体は、ここで生きる事を選び取った。長官は何も疑う事なく、腰だめのベルトを脇に置いたままでヴァレーの身体に溺れている。少し手を伸ばせば、護身用としての短刀など、簡単に奪うことができた。目の前には、肉の薄くなった汗ばむうなじも捉えている。
その時に——ヴァレーの心臓から、介錯者としての本能が鮮やかに花開いた。
ヴァレー自身にも、それはほぼ無意識であったのだが。
次の瞬間、長官の首元にはナイフが深々と突き立てられていた。
驚きに見開かれる目。絶望に歪む顔。濁りゆく光。
ナイフは微塵の遠慮もなく、最短距離で致命傷にまで達するほど深く突き立てられた。
ずぶりと刀身を引き抜くと同時に、断ち切られた血管から噴水のように鮮血が噴き上がる。最後に何かを告げようした男の首を、ヴァレーはさらに一息に切り裂いた。
ごぱっ。と音を立てて、断裂された組織の断面が露わになる。
顔面に降り注ぐどす黒い血と開かれた肉。その中央には、白い喉笛が美しく覗いていた。
ぐらりと重力に傾き、地に落ちる身体。ヴァレーはそれをぞんざいに押し退けると、懐をまさぐり足枷の鍵を取り出した。足裏に広がる血溜まりを踏み越え、忌々しい虜囚としての襤褸を脱ぎ、血に塗れた顔を拭う。棚の上に置かれたままの砂埃を被った従軍医師の服に袖を通すと、いつぶりに見たかも判らぬ白面を手に取った。
だが、ヴァレーの内面を満たしたのは、自由を手に入れた歓喜ではなかった。
——今さら介錯者となり、また戦場を駆けるというのか? それは一体、何のために? この世界はもう、ずっと前から壊れていたというのに。
手には先ほどのナイフが握られたまま。
両の手はいつしか、自然と喉元に向かっていた。
あの男と心中する気など、さらさら無い。だが、このまま一息に全ての悪夢が終わるのなら、それも良いだろう。
——薄笑みは、未だ変わらず部屋の暗がりからこちらを見つめている。
そうして、両腕に力が込められた。
岩壁に写る影が崩れ落ちる。だが、倒れ伏した先は冷たく黒い血溜まりではなく、何者かに抱き止められるような安息だった。慈しまれるかの如く、ふわりと浮かび上がる身体。
さながらそれは、大きな腕に抱かれる夢を見るかのよう。
曖昧に思考が溶けていく中、ヴァレーは全身に甘美な祝福を感じて目蓋を下ろした。