「ヴァレーさんは、星を見る事はありますか?」
「星、ですか」
ヴァレーは地下世界に座する自らの敬愛する王朝、その頭上に浮かぶ満点の星空を思い浮かべると「そうですね。よく見ますよ」と言ってにっこりとその面の奥の瞳で微笑んだ。
辺りは徐々に暗くなり始めていた。彼は訪問者からの問いかけを軽くあしらいながら、そろそろランタンの油が切れてしまっていただろうか、などとおよそ会話とは関係のない事を考えていた。
「ヴァレーさんもお好きなのですね。ああ、よかった。とうにご存知でしょうが、私は星に運命を見出そうとする者、星見に生まれ──才は無かったようですが、輝石の魔術を修めた先祖の意志を継ぎ、その杖を手にこの地に舞い戻って来ました。星を見る事、その意味を長らく忘れてしまっていたのですが、先日ある方とお話をしまして。そう、知見を得たのです。輝石の魔術について、それは星と、その生命の探求なのだと。輝石には星の生命の残滓、その力が宿っているのだと。
それを聞いて、私は星見であるのに最後に空を見上げ、その探求をしたのはいつだったろうかと、ふとそう思ったのです。そして、星を見るなら是非ヴァレーさんと一緒に、などと考えているうちに居ても立っても居られなくなってしまって。ついこちらに足が向いてしまいました」
「そうでしたか。それは光栄ですね、どうもありがとうございます」
ヴァレーは星を見る事が好きだと言ったつもりは全くなかったが、訂正するのも面倒だったのでお決まりの定型文と、それに付随するような笑顔をまた、その面の奥の目へと貼り付けた。
星を見たければ一人で見ればいいだろう。いつもの事だが、この男の誘い方はどうにも遠回しで回りくどい。初見なら全く汲み取れないであろう彼の言葉に隠された意図を読まずにそのまま放っておいても良かったのだが──少し引っかかる事があった。
先程の、星の探求がどうのという話だ。
彼に影響を与えたのがどこの誰かは知らないが、自分の手駒に新たな目的や、導きを与えられるというのはあまり良い心地がしない。
尤も、彼は自らが試しを行い、その力を認めた純血の騎士。王朝への信心が揺らぐ事は無いだろうが、その小さな違和感に僅かな焦燥を覚え──ふと、魔が差してしまった。
「私の貴方。こちらをご覧なさいな」
「はい」と応えた男に近寄ると、ヴァレーはその側貌の稜線へとしなやかに手を添えて、彼の瞳をじっと見つめた。
「ああ、素敵な目ですね。貴方のその目の輝き、鮮やかな血の滴るような艶めきはきっと、最上級の輝石にも勝る美しさでしょう。貴方はもう既に、その探求を終えているのですよ。貴方こそが私の求めた、貴い純血の騎士なのですから」
そう言うと、男の首元へと手を回す。
決して身体は密着させないように、あくまでも軽い触れ合いだという風を装って。
顔を見つめられ、瞬きも忘れてしまうほどの熱量を込めて放たれたヴァレーのその言葉に、男の胸の奥はびりびりと甘く貫かれた。
「ヴァレーさん……」
男の手が、ヴァレーの腰を抱くように、期待を込めておずおずと伸ばされる。
ヴァレーはそれを察知すると、するりとその身を躱してしまった。
「……あっ」
星見の男が小さく嘆息し、実体を抱く事のできなかったその手は、空を切って虚しく揺らされた。
「今日は、その……」
歯切れの悪い男の言葉を飲み込んで、刻々と夜の帳が下りていく。辺りが暗くなるにつれて、目の前の白面の彼の姿が白く、ぼう、と浮かび上がる。
「でしたら、見せつけてしまいませんか?」
「え?」
「私たちが共に星を見るのではなく。貴方がお好きなこの星空に」
星見の男はその言葉の意味を理解すると真っ赤に赤面し、言葉になり損ねた「あ」だの「え」だのという音をその口から零して狼狽えた。
白面の彼は、そんな男の様子を見るとくすくすと笑ってその足元へと屈み込む。
男はその仕草に一瞬どきりとしてしまったが何のことはない、彼は足元のランタンに油を差すと、ただそれを灯しただけなのだった。
油と煤の燻るやや刺激的な匂いが、つんと鼻腔を掠め、男の意識をくすぐっていく。
──この匂いを嗅ぐと、私はどうにも彼の事を思い出してしまう。祝福からは遠く、自らが近づく度に律儀に、ふわりと灯されるあの明かり。
元々は、この教会の内部にも祝福の灯の光が湛えられていたのだろうか。
そうして彼、或いは王朝の者たちはそれを血の土壌で埋め尽くし、すっかりと塗り替えてしまったのだろうか。
この──私の瞳のように。
男は自らの抑えきれない、濁った欲望がむくむくと膨れ上がり、目の前の彼に向けてどろりと流れ出していくのを感じた。心臓の鼓動は高鳴り、その頭の中は待ちかねた刹那的な享楽への期待に支配されていく。
目の前の彼へ、またおずおずと腕を伸ばす。
ヴァレーは今度こそは、その身を悪戯に翻す事はせずに、その身を目の前の男へすっかりと委ねたのだった。
ひんやりとした、湿っぽく霧深いリエーニエの空気が肺の中を満たしていく。
二人は教会前の手頃な一枚岩の上へ身を寄せると、するりと下衣を脱ぎさり、下肢をその外気の冷たさへと晒した。
男がその身体を組み敷き、ゆっくりと押し倒していく。ヴァレーもまた、白面の奥のその揺らめく金色の瞳に熱を込め、目の前の純血に染め上げられた瞳をうっとりと見つめ返していた。
夜の帳が下りたとはいえ、この地は比較的明るい。乳白色の星々の光が柔らかく降り注ぎ、彼方からは巨大な黄金樹の輝きが、またその落ちる金色の葉と、リエーニエの地特有の魔力の残滓が戯れるように其処彼処へと舞っていた。
その幻想的な、絵画のように美しい光景の中で、そして自らが神聖視し、探求の目的としたその星空の下で、今から彼と明け透けで淫らなセックスを始めるのだと思うと、その瀆聖的な行為への背徳感で脳がどろどろと蕩けてしまいそうだった。
男は待ちきれずにヴァレーの脚をぐいと割り開くと、ひんやりと冷たくなった肌を重ね合わせ、互いの内部に篭る熱を与えあう。
もう既に男の中心はしっかりと立ち上がっており、少し頼りなさそうなその外見からは想像も出来ないような大きさのモノが自らの下腹部にあてがわれるのを見て、ヴァレーは視覚的にも、自分の体内が今からこれに蹂躙されるのだということをまざまざと見せつけられた。
「……っ」
その行為の先を、その快楽を思い浮かべてしまい、彼のものもまた熱を持ち、ゆるゆると立ち上がっていく。
男は手袋を脱ぎ捨て、腰に下げていた小さな油壺から液体を掬いあげると、敏感になっているヴァレーのものにそれをどろりと纏わせた。自身の屹立したペニスと重ね合わせると、そのぬめりを利用してお互いのものをぐちゅぐちゅと扱きあげていく。
「……んっ、うぐ…、っ、あ……」
ヴァレーの目が激しい性感に歪み、その手が男の背へと縋るように回され、装束をぎゅうときつく掴んだ。男は、既に勃ち上がったお互いのものを握り込んで密着させると、竿同士を絡み合わせ、敏感な先端をその手のひらで撫で回し、時おり指で鈴口をぐにぐにと押し潰しながらさらに刺激していく。
「っ゛〜〜〜!!〜、っ、ん、……」
ヴァレーの喉奥から堪えきれない喘ぎ声が漏れ、その身体が与えられた快感に耐えきれずにビクビクと小刻みに揺らされる。男はその姿を見下ろすと軽い優越感を覚えた。
「っ、どうですか? お互いのものが擦れて、っ、すごく気持ちいいでしょう? ヴァレーさんも、っ溜まってたんじゃないですか?」
「……ええ、私も貴方がいらっしゃるのを……っ、ずっと、お待ちしていたの……ですよ……ッ」
「……え?」
星見の彼の思考は予想していなかったその言葉を聞くと驚き、一瞬固まってしまった。
いつも遠回しに誘いをかけてすげなくされるところを半ば無理矢理に懇願して行為に持ち込む事が殆どだったのだが。先程の誘いといい、今日の彼は一体どうしてしまったのだろう。
滅多に無い、この誘われている、自らを熱く求められている事への嬉しさを噛み締めて無意識に手を止めてしまっていると、体の下からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「……っ、ふふ、どうされましたか? 手が止まっていますが……お手伝いしましょうか」
ヴァレーは手袋を外し、上体を起こしてその手を男のものへと伸ばすと、指を這わせて握り込み、慣れた手つきで上下へと扱き始めた。
「……っ、あっ、……っ!」
男の口から押し殺した声が漏れる。彼の手淫によってこのまま射精してしまってもよかったのだが──先程の彼の誘い、自分を求められているという事実に男の、日々戦いに身を置いているが故の生存本能がとかく刺激されてしまったのだろう。
その行為が決して実を結ぶことは無いというのに、この溜め込んだ精を彼の最奥に全てぶちまけ、彼に種付けて孕ませてしまいたいという思いが男の内に滾り、堪えきれなくなっていった。
「……うっ、だめですっ、!」
男はそう言うと、その手からずるりと自身のぺニスを引き抜いた。彼の身体を押し倒し、尻の肉を割り開いてその奥の穴へと自らの滾るモノを押し付け、勢いよく突き挿れる。
「あっ、貴方っ?!、まだ、っ、ぁ゛、う゛ぁぁあぁ゛っ!!!」
ヴァレーは虚をつかれ、まだ先だろうと思っていた場所への直接的な刺激と痛みに目を見張り、一際大きな声をあげてしまった。男のそれの、あまりの大きさと圧迫感に息が詰まり、生理的な涙が押し出される。その引き攣れるような喘ぎ声は、男の嗜虐心を殊更に煽った。
性急に、また無理矢理に挿入したにも関わらずそこは既に柔らかく、垂れ落ちた潤滑油のぬめりも相まって存外容易に男のものを呑み込んでいく。
ビロードのように心地のよい感触のその内壁を男のペニスがぎちぎちと押し広げ、密着し、擦り上げる。
彼の感度に従ってその中は収縮し、弛緩し、また次第にヒクヒクと痙攣していった。
「……っ……私の、手では……っ、満足できませんでしたか?」
ヴァレーは少し気を取り戻すと男に訴えかけたが、その語気と面から覗く睨め上げるような瞳は、先ほどの性急な行為にやや怒っているかのようだった。
「や、そういう訳ではなくて……!」
男はその視線を察知すると、手淫で達するのが勿体なかったのだと正直に言うべきか一瞬悩んだ。
しかし、そう言ってしまうと余計にこじれるような気もした。なんだったら、次回からは自分でおやりなさいとつき返されてしまう光景がありありと脳裏に浮かぶ。
彼が乗り気でない時は大抵手淫や素股で抜かせてもらっているのだ。今日のこの行為はまさしく僥倖だったが、それ故に決して彼の機嫌を損ねる訳にはいかなかった。
男は考えの回らない頭で逡巡したが、言葉ではどうにも埒があかないので、もう快感をぶつけて黙らせてしまおうと思い、いっそう強くそのぐずぐずと蕩けた穴へ自らのものを突き込み、抽送を再開し始めた。
「……すみませんっ、! ……もう、このままさせてください…!」
男が正常位の状態で突き込むと、反り上がったペニスが前立腺にぐりぐりと押し付けられる。その度に押し出されたような声が漏れ、組み敷いた身体がビクン、ビクンと跳ね、回された手にはいっそう強く力が込められた。
ぐちゅ、ぐちゅんと角度を変え、またその律動に乗せる体重を変えて、彼の体内を貫き、甘く喘ぐところを探り、その身体に激しい性感を与えていく。
「〜〜〜っ、う、あ゛、あ゛、あっ」
律動のたびにヴァレーの口から溢れる喘ぎ声は男の聴覚を酷く誘惑し、その低音は直接的に脳内を侵し、びりびりと痺れさせた。
男はその放たれ続ける声を聞いて、今日はいつになく感じてくれているのだろうか、と思った。
その綺麗な白い睫毛に囲われた琥珀色の瞳はもはや焦点が合わず、目の縁には涙を溜め、どろりと蕩けきったままでこちらに向けられている。
いつもこちらを軽くあしらい、澄ました目とその声でつれない対応をされる事もざらなのだが、ひとたびこうして悦楽的な行為に没頭させれば、彼はその官能的で、また性的に飽くことを知らぬ淫らな本性を露わにする。
男はその痴態を見るのが堪らなく好きだった。
「…ん、うっ、ぁ…っ、……あ、」
ややペースを落とし、緩やかに与えあう快楽の中で漏れ聞こえる艶やかな嬌声と、蕩けきった瞳、どろどろに熱く溶かされ、男のものに絡みつく内壁と、ねだるように打ち付けられる腰の動き、これら全てを今この瞬間、自分だけが味わい尽くし甘受しているのだと思うと、この星空の下だけでなく全ての存在にこの光景を見せつけてやりたいという馬鹿げた妄想に耽ってしまう。
出来るだけ長く繋がっていられるよう、抽送をやめてぐちぐちと奥へ押し付けるように突き挿れていると、ヴァレーのこちらを見つめる瞳が仄かに色を見せ、軽く身を捩ってその体勢を崩そうとした。
星見の男はその意図を汲み取ると、一度ペニスを抜き、堪えていた射精感が少しでも収まるようにと、軽く一呼吸を置く。
「──っはぁ、っ、後ろから、っ、もっと、強くして欲しいんですね?」
「…っ、ええ、……っ、ですからもう、貴方も我慢なさらないでください、っ……」
ヴァレーは体位を変え、上体を伏せて尻を突き出すと、熱の篭った声で男に行為の続きを求めた。
男の方も、そう言われたからにはもう我慢など出来るはずもない。彼の最奥に、このパンパンに膨らんだ欲望を一滴残さず注ぎ込んで種付けてやろうと思った。
外気に晒され、ほんの少しだけその熱を失った自らのモノを、その真っ赤に熟れて柔らかくなった穴へ、思い切り体重を乗せて最奥までどちゅんと捩じ込むと、そのまま腰を鷲掴みにして強く揺さぶっていく。
「〜〜〜っ゛あ゛っ、あ゛っ、う゛、ああぁっ!!!」
岩肌の上では快感を逃すために掴むものがなく、組み敷いたその身体の下の手は痙攣し、何かに縋ろうと切なく悶えている。
男の巨大なペニスが最奥の窄まりへと達し、その弁をぐちぐちと執拗に虐めると、ヴァレーが堪えきれずに言葉を溢した。
「……っ、もう、我慢なさらないでと言ったでしょう…っ…!」
「すみません、つい……!」
男の方は我慢をしていたつもりはなかったが、彼の方はよほど余裕がなくなっていたのだろう。そう思うと嗜虐心がいっそう強く煽られ、欲望のまま、遠慮なく押し潰すようにぐちゅんと結腸弁を貫いた。
その瞬間、普段絶対に犯されることのない場所への刺激に頭がついていかず、ヴァレーの全身に強烈な性感が襲った。頭がバチバチと真っ白に焼き切れ、もうどうにかなってしまいそうだった。ぐぽぐぽと突き込まれる感覚に身体の神経が全て焼き溶かされ、快楽の波に溺れていく。
お互いに、もう込み上げる欲望を押しとどめる事ができそうになかった。
「……っあっ!、もう、ダメですっ!っ、一番奥で、全部、飲み込んでくださいっ!、」
「〜〜〜っ、あ゛、あぁっ、う゛、ぐうぅ〜〜!!…っ!!!」
溜め込んだ男の精液が、その先端からビュルビュルと最奥へ注がれていく。
ヴァレーも押し出されるように自らの精を吐き出すと、その刺激に合わせて下腹部をビクビクと痙攣させ、貪欲に男のものを受け入れ、最後の一滴まで余すところなく飲み込んでいった。
行為の後、二人は岩肌の上に身体を投げ出して吐精後の脱力感に身体を委ねていた。男は呼吸を整えながらヴァレーに向けてぼんやりと視線を投げかけていたが、それに気付いた彼がその瞳を捉えると、身体がす、と寄せられる。
「──っはぁ……、っ、これで貴方は、星を見る度に、いつも私の事を思い出して、いただけますね?」
まだ情交の後の熱感冷めやらぬ、上気した色香を纏ったままの彼は、男の顔に再度その手を添えるとやや息も荒くそう言い放った。
──実際のところ、男は未だ迷っていたのだ。
まだ微かに見える導きに従って、エルデの王となる道を追い求めるか、それとも彼のために王朝の騎士となり、その指を血で染め上げる同胞狩りの道を行くか。
しかし今、男にははっきりと感ぜられた。
自らの全てが白面の彼のその甘言に、そしてこの秘めたる甘美な行為によって全て塗り潰され、上書きされていく事を。
水に映るこの瞳を見ても、手袋に覆われたこの指を見ても、この神聖なる星空を見上げても。
星見の男にもたらされる全ての導きが、白面の彼によって毒々しくも美しいその赤色へと塗り替えられていく。
もはや男は、かつて永遠の女王のために建てられたこの廃教会のように、抗えぬ鮮血の泥肉にずぶずぶと飲み込まれ、元々の星見としての、その探求者としての血と肉は凶暴な血蝿とその蛆に食い荒らされて一欠片も残さずに綺麗に骨となり、もうすっかりとその本分を失ってしまっていたのだろう。
夜はどんどんと更けていく。
今やもう、男の運命はこの夜空にはなかった。
その灯りに照らされて、目の前の艶やかに寛げられる肢体を見下ろしながら彼は言う。
「なら、夜通し見せつけてやりましょうよ。夜明けまでまだ時間はたっぷりありますから」
そうして星見の男の探求は、今ここにすっかりと幕を下ろしたのだった。