ああ、久々の行為にすっかり俗世の欲が戻ってしまった。今は何よりも、また奴を俺の身体に屈服させ、言いなりにしてやりたい。
全て忘れてしまったのならば、初めから刻みつけてやるだけの事だ。
「……チッ、何だ?」
先程から、暗部の小瓶が薄靄を震わせていた。奴らからの合図か何かだろうが、全く煩わしい。だが、表向きは歩調を合わせておかねばなるまい。裏切り者には死が訪れる、だったか? 今となってはどうにも面倒な枷だが、ふざけた呪いだなんだで無様に死ぬのだけは御免だった。
俺は小瓶の合図を無視するように懐に収めると、指定された廃墟へと足を向けた。
ヴァレーは今、そこを根城に客を取っているらしい。黄金の祝福を失い、その恩寵や恵みすら受けられなくなった者たちに治療を施しているのだと。それはこの地が失った慈悲の心。愛なき世界には、もはや繁栄も栄華もないのだと。
あの日、洞窟で無理矢理に身体を奪った後に語られた奴の言葉。それこそが、この地で至った新たな真実だとでもいうのだろうか? 正直な所、それは信仰に見捨てられ、落ちぶれ、壊れてしまった男の戯言にしか聞こえなかった。
だが、祝福を失った奴がこの狭間でどう扱われ、どう生き残ってきたかを考えれば、合点のいく話ではあるだろう。
廃墟に現れる俺を見たヴァレーは、微笑むように目元を緩めた。俺はその仕草に、内心驚きを隠せなかった。かの地ではついぞ見せたことがない、柔和な眼差し。
俺に向けられていたのはいつも、苦しみに歪む嫌悪の情だけだった。抗いきれぬ身体の疼きに負け、恥辱に塗れ、痛みと与えられる快楽に溺れてしまう事への恐れを孕んだ哀れな瞳。だが、目の前の奴は今、恐れも嫌悪の色も見せる事なく俺に微笑みかけ、丁重に招き入れようとすらしている。
「——貴方、随分と早い再訪でしたね。まだ、もてなしの用意は出来ておりませんが……」
硬質な白面が、こちらを見据えていた。この奇妙な面だけは慣れなかった。目の前の男は本当に、あのヴァレーなのか? それともこれは、俺が作り出した都合の良い幻想なのだろうか。
地下室をぐるりと見渡すと、簡素な設えの寝台や祭壇が見えた。奴は祭壇を飾り立て、手入れをしていたようだ。ヴァレーはその手を止めて擦り寄ると、しっとりと潤んだ瞳で俺を見上げた。そうして掌を重ね、徐に指を絡ませて握り込む。その姿はまるで、導きなき者に語りかけようとする修道女のようだった。だが、握られた手から仄かに伝わる艶めかしい触覚が、目の前の男が貞淑などではなく、淫靡な誘いを掛けているという事実を隠さなかった。
「もてなしなんざ不要だ。勘違いするんじゃねえ。これさえ出来ればそれでいい」
俺は奴の下半身へと腰を突き出し、前後に揺すりながら卑猥なジェスチャーを寄越してやる。それを他愛の無い戯れと受け取るよう、くすくすと漏らされる笑み。奴はそのまま俺の手を引くと、酒瓶や香油の類の並び立つ、灯りに照らされた寝台へと連れ込んだ。そして寝台の縁に座り込むと、こう囁きかけたのだ。
「お気の早い事ですね。ですが、こちらももう、いつでも貴方を歓迎できますよ」
しっとりと放たれる低音、脱ぎ捨てられていく血汚れた白布。もう片方の手が、下履きを臍の下まで引き降ろし、色付いた素肌を露わにする。それはあの淫らな行為を刻みつけた痕跡を、俺に見せつけようとするかのように。
「その仮面、俺の時は外せ」
面に手を伸ばそうとした俺を、ヴァレーは軽く遮った。
「……今の私にとって、この白面は大切なものなのですよ」
「何だと? また無理矢理に剥ぎ取って犯されてえのか?」
俺は奴の口応えに被せるよう、軽く脅しをかけた。客人として招かれようとも、どちらの立場か上かは、はっきりと分からせてやらねばなるまい。
「まあ。そのような狼藉、働かずとも結構です。それに、貴方は特別なのですから」
奴の言葉に、俺は眉を顰めた。
「特別だと? 何か引っ掛かるな。俺はかつてお前を凌辱し、酷い目に遭わせてきたと言ったろう。こうしてもてなすなんざ、何か裏があるんじゃないのか」
ヴァレーは頭の後ろにするりと手を回すと自ら白面を外し、見慣れた顔を晒した。だが、そこには以前のように怯えや恐れはなく、どこか不敵な自信が奴を包み込んでいるようにさえ見えた。
「……ええ、分かりますよ。貴方がそう仰るのも当然の事。ですが、やっと巡り逢えたのです。この地に辿り着いてからずっと、私はこの身体を持て余してきました。幾度、どのような殿方と身体を繋げようとも、どれほど激しく求められようとも。何か、何かが足りない、そう思い続けてきたのです。この地で導きを失った者たちに慈悲を与えて奉仕を続ける中で、いつかこの渇望を満たしてくださる騎士に出会えると信じて。そうして先日の事。身体を奪われ、貴方のものを深く受け入れたあの時に。私の身体は、愉悦に打ち震えたのです。行為を終える頃には、はっきりと確信していました。そう——貴方こそが、私の求めていた騎士であったのだと……」
愛おしそうに下腹を撫で摩り、熱っぽく語る姿に俺は喉を鳴らしていた。
つまりは、そういう事だったのか。
目の前の澄ました顔がどのように歪み、嫌悪から快楽へと堕ちた挙句に見境なく乱れるのか。あの衛兵どもはどうだったか知らねえが、あの場所で俺からヴァレーを訪ねた事はなかった。奴は律儀に身体の疼きを鎮めるためにと、進んで俺に犯されにきやがった。目覚めさせられた肉欲がどうしようもなく溢れ出し、それを止められずにいた事への言い訳を、こいつはずっと探していたに違いない。表向きはどれほど抵抗を見せようとも、身体の相性は互いに最高だったのだから。
「俺はお前の事を、手酷く扱っていたんだがな?」
俺はヴァレーに手を伸ばすと、口元に残る薄布を指で軽く引き下げた。無精髭の残る口元が覗いては薄く開き、俺の指が熱い舌先に絡め取られる。生温かく嬲られる指。艶かしく見上げた瞳に白い睫毛。奴が見せる色付いた顔に、腹の奥が熱を持つ。先の言葉に明白な答えは無かったが、この仕草そのものが、俺と奴との新たな関係の始まりを告げる合図のように思われた。
ヴァレーは寝台の横に置いた酒瓶を手に取り、口に含んだ。ごくり、ごくりと、喉の動きに合わせて液体を嚥下する音が耳に触れる。そうして、まだ中身の残る瓶を俺に向けて突き出した。毒はない、という合図なのだろう。どこか試されているような気もしたが、俺はそれを一息に飲み干した。
「——ああ、私ももう待ちきれません。さあ、私の貴方。どうか、お気の済むまで……」
しなだれかかるように耳元へと寄せられた顔、酒精の匂いが残る薄い口元から欲が煽られていく。
胸の悪くなるような甘く、重い芳香が辺りに満ちていた。それは咲き誇る大輪の花を思わせながらも、戦のさなかに横たわる血と臓物の咽せ返るような甘ったるい腐敗の香りを想起させ——俺の本能を、奥底からぐらりと揺さぶった。
†
溜め込んでいた肉体的な欲望の発露に、もう歯止めは効かなかった。激しく交わり合い、汗ばむ身体。直情的に俺を見つめる瞳。この視線は、今までは快楽に沈めに沈めた後でようやく現れるものだった。だが、今は違う。これが奴の本質であるかのように誘いを掛け、欲望を咥え込んだ熟れた肉壁は、さながら淫魔のように俺を搾り取ろうと絡みついていた。だが、まだこれからだ。もっと——もっと情けなく乱れ、俺を求める姿が見てみたい。
「お前に群がる兵士どもよりも、俺のがずっと良かったんだな? 今度こそ、二度と忘れられないように刻みつけてやる……!!」
正常位から太腿を高く持ち上げる。香油で解され、潤滑に濡れ、淫らにひくついている雄穴を指で掻き混ぜてぱっくりと広げると、再び滾る欲望をぎっちりと捩じ込んだ。
「あ、あ、そこ……っ、深い……ッ、も、どうにか、っ、なりそう……や、ぁ、はぁあ……ッ!!」
激しく一定の間隔で腰を突き上げる度、犯されている腸内は暴力的な快楽に自ら好んで溺れるかのように、姦淫の堕落を貪ろうといやらしく締め付ける。
「ケツ掘られながら勃ててやがるのか? ああ、こうして男に犯されないとイけねえ身体になっちまった責任は取ってやらねえとな……!」
「ん、ゔ、あぁあ゙ッ……! あ、あ゙、ぁぁぁあ゙ぁッ、はぁ……っ、貴方……貴方の…ッ、太い……ッ、ああ……んッ!? あ゙ッ、そこっ、奥、やめ゙、えッ……、はぁっ、あ゙っ、ん、あんっ、い、あ、あ゙、あ゙〜〜〜ッ!!」
両脚を肩まで持ち上げ、腰を深く落として長いストロークでじっくりと奴のナカを味わい続けた。奴のモノは触れられもしないのに勃ち上がり、今や天を向いて色付いたままにふるりと張り詰め、欲を放ちたいと言わんばかりの主張を見せている。
「オラっ! さっさとイけよ! 無駄打ちするところ見届けてやる……ッ!」
「あ゙、や゙、ぁッ、激し……ッ、も、だめ、クる……ッ、そこ、あぁッ、ん゙、ぅッ……ぁ、出る、でる、ひあ゙ぁぁぁあぁぁッ……!!」
腰を抱き寄せ、結合部を深く密着させながら激しい抽送を繰り返した。奴は絶叫の中、ひときわ大きく腰をしならせると喉をのけ反らせて身体をビクビクと震わせた。腰が大きく跳ね、その弾みで胸元に向けて、透明に近い白濁が押し出されるように数度放射される。
「あぁ……っ!! はぁ……! は、ぁ……っ」
吐精の脱力に息をつき、焦点の定まらない瞳で惚けている顔。赤く紅潮した目元と色付いた唇が、たった今、男に激しく犯されて絶頂を迎えてしまった淫奔な性の匂いを色濃く放っていた。その顔に欲情した俺は、飛び散った体液を指で掬い取ると、上下している胸の突起にぬるりと這わせる。
「随分と激しくイっちまったな?」
「ん、う……ッ」
白濁のとろみを潤滑に胸の先端を捏ね回す。途端、それがしこりのように反応して固くなった。そのまま小刻みに爪先で弾き続けると、尻の中がまた、ぎゅうと締まる。
「俺はまだまだだ。お前の身体も、俺の体力は知ってるはずだろう。どうした? いい感じに締め付けてきてるぜ? 次はココだけで俺を喜ばせてみるか」
「んっ、んんっ、あ、ぁぁあ……っ」
執拗に乳首を弾き、引っ掻き、またビクビクと身体を跳ねさせる。ペニスは吐精を終えたばかりですっかりと萎れていたが、ケツの中は新たに与えられ始めた性感を拾い上げるかのようにヒクつきを見せていた。両の胸の突起を絶えず虐めながら、俺は再び奴の身体に嵌め込んだままの楔でねっとりと掻き回していく。
その動きに、ヴァレーがふうと甘く息を吐いた。そして、結合部を深く密着させるように足を回して俺の身体を引き寄せると、嵌められた怒張をさらに奥へ、奥へと誘い込もうとする。
「ああ、クソッ、ナカいやらしくねだりやがって……!」
俺の知る限り、奴が完全に壊れる前に自ら主導権を握ろうとする事などは無かった。精々脅して言いなりにさせ、無理矢理に跨らせて痴態を愉しむぐらいのものだ。
だが、今の奴ならどうだ? 積極的に男を求めようとする魔性の色香に、俺は奴の新たな姿を堪能してみたくなっていた。
「どうだ。俺に乗ってみるか? そんなにコレが欲しいんなら、自分で動いてみろよ」
「……ん、はぁ……っ……ふふ、っ……」
組み伏せられていた身体がふらふらと起き上がる。残りの被服を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿となったヴァレーは妖艶に微笑むと、ゆっくりと俺の上に身体を這わせていった。部屋の暗がり、影を照らすように仄かな灯りに覗いた顔。
それは、先ほどまでよがっていた男だとは思えない余裕を見せていた。
俺の知らないその顔に、ぞくりと全身がざわめく。
「……ああ、全く。貴方は分かっていらっしゃるのですね。兵士たちや、王を目指す者たち……。彼等はどうにも、征服するばかりがお好みのようで。ですが、こうして私から喜ばせて差し上げるのも一興でしょう?」
ヴァレーは両の足を曲げて左右に広げると、俺の上にしゃがみ込むよう、ゆっくりと身体を沈めていく。熟れ切ったそこは抵抗もなく、柔らかく、包み込むようにぎちぎちと熱く俺の欲望を呑み込んだ。
喉を反らして恍惚とする表情。総身を震わせ、快楽に酔い痴れる姿。
それはもはや、俺の知る男ではなかった。快楽に堕とされた果ての姿ではなく、自ら享楽に耽る、艶やかな男娼だ。
「……あ、はぁ……ッ、気持ちいい……っ……」
上下に揺れ、性器と化した雄穴で男を求め、淫らに出し入れを繰り返す。竿を扱かれる直接的な快感とヴァレーの姿に、俺は急速に追い詰められていった。腰づかいは次第に激しさを増し、長竿を根元まで咥え込んだ腸壁は熱く蕩けるようにうねり、密着した肉壁が粘膜同士を摩擦してぎちぎちと締め上げる。
「おい、お前……っ! その動き、まずい……っ!!」
そのまま射精感が堪えきれず、俺は大量の精を放った。だが、奴はそのまま身体を休める事なく——再び俺のものをぐちゅぐちゅと弄び始めた。
「ッ、もう、やめろ……ッ、また……う、ぁ゙……ッ!!」
抜かずのまま、強制的に搾精を再開される。全身の脱力感が身体を襲い始めていた。
「ふぅ……ッ、貴方、まだイけますよね? 思う存分、私の中に出してくださいな……」
ヴァレーは酒を手に取り口に含むと、俺に覆い被さって戯れの如く流し込んだ。
「ん、むぐ……ッ?!」
その行為に、俺は無性に興奮した。ヴァレーから俺に口を寄せるなど、初めての事だった。
熱い舌が積極的に俺の舌を絡め取り、粘質に吸い上げる。それは長らくお預けを喰らっていた恋人同士のような、情熱的かつ濃厚な口接。俺は奴の舌を無我夢中で貪り、歯をぶつける事をも厭わずに大胆に求め合った。唾液が混ぜ合わされる音が耳に響く。繋がったままの下半身も同じく卑猥な水音を立て、全身が柔らかなぬかるみに嵌って溶け合うようだ。
流し込まれた液体は酷く甘く喉を灼き、混ざりあう互いの体液、抱き合い、密着させたままの肌から伝わる汗ばむ熱、時おり耐えかねたとばかりに口を離して囁かれる淫らな言葉が、俺の理性をガラガラと突き崩していった。
「っ、はっ……、あぁっ、私の……私の貴方……ッぁ……!! 中にもっと……もっと深く……」
間近に見えた顔、その姿はもはや身も心も悦楽に染まり、俺のことを愛おしそうに見つめていた。張り出した俺の雄は緩みきったヴァレーの最奥をとっくに征服し、ぐぽぐぽと肉壁の抵抗を幾度も通り抜けるように味わっている。それは再び、多量の白濁をその場所にぶち撒けるまでは収まらぬとばかりに狙いを定め始めていた。
「貴方……わたしのあなた……ぁ……」
ヴァレーは譫言のように、幾度も耳元で甘く囁いた。これほどまでに誰かに求められるなど、初めての事だった。これからは暴力による支配的な行為の強要ではなく、こうして恋人のように見境なく互いの身体を求め続ける日々も悪くはないと——そう、夢想し始めていた。
もう幾度めかの口内を満たしていた熱がずるりと抜け、その刺激にはっと意識を取り戻す。ほんの数瞬かもしれぬが、あまりの快楽と重なる疲労に、うっかり気を飛ばしかけていたのだろう。
薄暗く霞む視界の中、未だ俺の上に跨ったままのヴァレーは何かを手に、微笑みかけていた。
その光景はどこか、遠い絵画の中の出来事のようにも見えた。
手にしているそれは、薔薇の花束なのだろうか? ああ、先ほどから漂っていた芳香はきっと、その馨りだったのだろう。
いや、そんな事よりも、なぜ薔薇の花束が? それとも、まだここは夢の中なのだろうか。
「お前……それ……なん、だ?」
俺は口を開いたが、舌が縺れてうまく話せなかった。
「貴方には、何に見えますか?」
「何って……ば、らの……花束だろう、が……」
急激な酩酊感が頭をぐらぐらと揺さぶっていた。あの、無理矢理に飲まされ続けた酒の所為だろうか。どれだけ飲もうと、酒に酔う事など無かった俺が——?
「……それが貴方の答えですね。それでは、その答えが正しいのか……」
「あ? なん、だ……と?」
「——貴方の身体に、教えてあげましょう」
その言葉だけが、酷く鮮明に聞こえた。
次の瞬間。目の前の花束が、俺を目掛けて勢いよく振り下ろされた。
「う、……がっ?!」
呆けていた身体に、思いがけない痛みが走る。いや、それは痛みというよりも、殴られた場所が抉れ、焼けるようだった。その衝撃の後——少しの間を置いて、身体中を幾重もの刃物で切り裂かれるような、恐ろしく引き攣れた痛みが全身を貫いた。
「うっ、ぐうあぁぁあぁっ!?」
咄嗟に、俺は馬乗りになっているヴァレーを振り落とそうと腕を振り上げた。
だが、感覚を失ったように弛緩したそれはピクリとも動かない。身体の自由がまるで効かなかった。俺はヴァレーを睨みつけた。——やられた。あの口付けか? 何か、薬を盛られたのだろう。
「お前……俺に、何を……!」
「何って? 全て貴方が私に教えてくれた事でしょう?」
くすくすと笑いながら、奴は顔の横に花束を添えた。赤い薔薇の花からはボトボトと、多量の鮮血が滴り落ちている。
「何だと……? お前、俺の事を……っ、思い出していたのか……ッ?!」
「思い出す? 何を今更。初めから全て、何もかも覚えていましたよ。貴方が私をあの場所で、どのようにもてなしてくださったのか——」
その言葉と共に、ヴァレーは再び花束をふわりと持ち上げた。赤く染まる薔薇の花弁にだらりとぶら下がっているそれは、俺の肉片なのだろうか。
幾度も幾度も、薔薇の花束は俺の上に勢いよく振り下ろされ続けた。
「……あ、がっ……う、ぐっ……」
鈍重なそれがぶち当たる度、身体は不随意に幾度も跳ね上がる。奴の身体にも噴き出した血飛沫や肉片が飛び散っていく。
「ん……うふふ、あ、ふぅっ……あ、ん……ッ」
ヴァレーは俺のものを体内に埋めたまま、玩具のように弄んでいた。へらへらと笑いながら腰を揺らし続けるその姿にはおぞましさすら覚えた。
俺の上半身、その組織は既に大半が削げて崩れ、赤黒い肉塊に成り果てつつある。俺は何の抵抗も出来ず——自らの体が薔薇の花弁に匿された薄刃に幾度も切り裂かれ、容赦無く叩き潰され、ミンチにされていくのを——麻痺した身体で眺め続けた。片目は潰され、もう片方の目だけが残されて惨状から目を背けることも許されない。身体に与えられた痛みと、奴に騙され油断していた自らへの怒りが過剰に吐き出され続け、血が滾るが故に硬く屹立した怒張はヴァレーの奥深くで未だ激しく脈打っていた。
身体から流れる血が腹の上に溜まっていく。花束を振り下ろし、俺に跨ったままの身体が上下に揺れる度、血溜まりが結合部を濡らしてビチャビチャと波打つ。ヴァレーはそれに構う様子もなく、うっとりとした顔で艶めかしく腰を揺らし続けていた。
——それは血に、酔っているのだろうか。
俺は溢れんばかりの憤りの中で——何故かその姿に欲情すると、再び限界を迎えてしまった。その放埓による脱力と弛緩は意識の断絶をも意味していた。今それを手放してしまえば、もう二度と目を覚ます事はないと知りながら。
眼前に映る血塗れの男。俺があの地で無垢を奪い、肉欲を覚え込ませ、犯し尽くしたあの男。
穢された身体を貞淑に覆い隠し、お上品を装う姿は、あの時とまるで変わらない。だが、こうして男を誘い、謀り、返り血を浴び恍惚として跨がるその姿は——邪教の聖女がいるならば、斯様な姿に違いないのだろう。
俺はそれを、美しいとすら思った。
今ならば、まだ意識が完全に途絶える前に小瓶で暗部の奴らに警鐘を鳴らす事もできただろう。だが、今はこの光景から目を離すのが惜しいと、そう感じていた。
魅入られていた。俺がほしいままにし続けたこの男に、絡めとられていた。暗部の任など、もうどうでも良くなっていた。
アハハハハッ、ウフフフフッ…………
響く高笑いが、廃墟の地下に残響していった。