燈火(前編)

 

互いの役割は完全な合意を持って迎えられた。瀟洒なソファに横たえられた肢体は浮かび、腰へと回した手には力が込められる。軽々と持ち上げられた体がどこに向かうのかは、全て相手へと委ねられていた。

隣室に運ばれると、ヴァレーは部屋の中心に置かれている滑らかで心地の良いシーツにどさりと投げ出された。
ぞんざいで性急な行為に、普段の彼ならば苦言の一つでも呈していただろう。しかし、ヴァレーが見せたのは非難がましい表情ではなく、ましてや初めての相手との一夜に不安を覚えるようなものでもなく——体の奥にいっそう燻ぶる熱を吐露するかのような、恍惚とした笑みだった。

彼は時おりため息をつき、先ほどの表情を浮かべたままに男の上へと跨ると、挑発的な色をゆったりと纏わせた。未だ、互いに衣服は身に着けたままだ。
しかし、待ちきれないと言わんばかりに揺らされる腰の動き、その下の双臀が男の中心を柔らかく刺激していく。脈打ち、少しずつ硬さを持ち始めた感触を愉しむかのように、ヴァレーの喉からは煽るような笑みが溢された。

男はごくりと喉を鳴らした。目の前の医師の素性を調べるようにと自らの信望する君主——正確にはその使いから仰せつかった男は、かの医師と再び接触できる機会に僅かに高揚した。しかし、そこにはまだ特別な意味を見出してはいなかった。強いて言うなれば自らの功績に、心酔する君主に先立って理解を示してくれた、ただ一人の人物に抱いたある種の憧憬のようなものであろうかと。

だが、彼の素性を調べるうちに、静謐な仮面に覆われ、実直に職務を遂行する姿からは想像もつかないような事実が詳らかとなっていった。それは彼の、彼が望まなければ誰にも明かされるべきではない非常にプライベートな一面であり、決して知る必要も、そのつもりも無いものではあったのだが——男は知ってしまった以上、知る前には戻れないことを、そうして思い起こされる淫らな妄想を頭から消し去ることも出来ずに、件の医師と接触した際の自らの好奇心、また相手が見せる反応がどのようなものであるのかを、その手で確かめざるを得なかったのだ。

ヴァレーは腰の動きを止めると、下着越しに張り詰めているものをぐっと押さえつけた。男の目元が僅かに歪む。嘲るかのように見下ろす顔はゆっくりと、耳元へ寄せられた。

「早く始めてしまいましょう——」

囁かれた言葉を切っ掛けに、互いの衣服は戯れや駆け引きの末に剥ぎ取られ、ベッドの下へ、縁へと性急に、そして乱雑に放り投げられた。もつれ合い、肌を重ね合わせる度にあわく掠めるような刺激に焦れた男の中心が、次第に存在感を増していく。

変化を感じ取り、体躯の大きな男のものに目を移したヴァレーは少しの驚いた表情を見せた。そこには、口に収まりきらないであろうほどのずっしりとした肉の塊が、まだ勃ちきらないままに存在を見せつけていた。
表面に浮き立つ血管は昂りを拍動と共に示し、先端の暴力的なまでにピンと張り出したものの構造上の意味を知る以上、目の前の剛直に内壁を抉られ、幾度も激しく突き上げられれば一体どれほどの快楽がもたらされてしまうのだろうかと。

その想像だけで、彼の腹の奥はぞくぞくと官能的な痺れに貫かれた。火照り、疼く体を持て余しながら、ヴァレーは惜しげもなく、赤く色付いた口を開ける。

「……ん、っ……」

舌を這わせ、ゆっくりと男のものを高めていく。喉奥までをも使わなければ、長大なものの全てを口の中に収めることはできないだろう。呼吸は荒くなり、くぐもった声が何度も鼻に抜けるように甘く漏らされる。

表面に浮かぶ血管の凹凸を舌でなぞるように確かめ、押し戻される弾力に興奮を覚えながら、ヴァレーは時おり、男の顔を見上げては彼の反応を確認した。

長年に渡って徹底的に教え込まれた口技は、どうやら初めての相手であっても通用するらしい。その様子を見ると、ヴァレーは満足そうに、再び行為に意識を戻した。

頭上から漏れ聞こえる喘ぎを含んだ息づかい。刺激を求めて揺らされる腰の動き。口内に広がる、決して好ましいとは言えない馴染みのある体液の味。
その全てに浮かされて、頭の奥がいっそう淫らに蕩けてしまう。部屋に響く水音は次第に激しさを増し、淫猥で下品なものへと変わっていた。男はヴァレーの頭を押さえつけると、自らのものを何度も喉の粘膜へと押し込んだ。

「いつから、上司とは関係を?」

「……ん、研修医の頃からです……もっと、詳しく知りたいのでしょうか」

ゆっくりと引き抜かれ、自由になった頭を離すと、ヴァレーは荒い呼吸を整えた。押さえつけられ、喉奥までもを散々に犯されていた所為で、目元にはうっすらと涙が浮かんでいる。上気し、ひらめかせた口元からは唇をなぞる赤い舌が覗き、唾液と男の体液に濡れるそれは官能的な艶めきを見せた。

「……恋人が居たのに、王都を立つ事への後悔は無かったと」

「ふふ、たちの悪い冗談ですね。そのように聞こえましたか? 上司とは、ずっと身体だけの関係でしたよ」

そんな相手と十年近くも? 男は続く言葉をぐっと飲み込んだ。彼の事を調べ上げ、とうに分かり切っていた事実であっても、いざ知らされると嫉妬にも似た感情が沸き上がる。
身体の相性が良くて離れられなかったのか、機会があれば誰とでも寝てきたのかと、男の口からはヴァレーを謗り、詰るような言葉が放たれた。

その問いかけには答えず、挑発的に目元を細めた彼は、再び男の上へと跨った。初めと異なるのは、互いに一糸纏わぬ状態である事だ。双臀の下で再び熱を持ち始めたものの感触をぐにぐにと確かめると、男の胸に手をつき、ぐいと腰を浮かせた。身だしなみを整えるための香油の瓶がベッドサイドに置かれているのを見て取ると、ヴァレーはその中身を糖蜜でもまぶすかのようにとろとろと掌に垂らす。
男のものへと纏わせ、手の刺激に感じ入っている顔を見下ろした。目元を僅かに綻ばせると——彼は再び、ゆっくりと身体を沈めていった。

柔らかな双丘を割り込み、くちゅりと粘質な音を立てて、最奥の窄まりへと熱を帯びた先端が触れる。先走りの粘液を溢れさせ、閉ざされた場所を貫ける程に硬さを増したものの感触に小さく息をつくと、ヴァレーはそれを、身体の奥へとひと息に導いた。

「……んっ……! ふぁ……っ、ぅ……」

ろくに慣らしもしていない場所は引き攣れるような摩擦と共に、灼けつく痛みを体内に与えた。しかし、苦痛は瞬間の事だった。潤滑油を纏った先端がずぶりと押し入り、内壁を押し広げていく、体を串刺しにされるような息の詰まる圧迫感とほぼ時を同じくして、官能的な快楽が襲い、指先までもを甘く、そして強く痺れさせた。

生殖器官にも勝る程の性感帯と化してしまった場所にあてがわれたものを受け入れてしまえば、あとは快感を拾うだけになってしまう。突き上げられる動きに合わせて体を沈めると、目の前が白く飛び抜けるように瞬いた。思わず、鼻に抜ける嬌声が零れる。手放しかけた意識は僅かな痛みと共に再び引き戻され、結合部が卑猥な音を立てて掻き混ぜられていく。

肛腔を嬲り、執拗に打ち付けられる肉塊が中を擦り上げる度に、押し殺せない声が部屋中に響き渡った。

自らその上に跨って腰を振っておきながら、恍惚とした表情で気を飛ばしかけているヴァレーに男は何を思ったのだろうか。嗜虐心を駆り立てる淫らな喘ぎ声に煽られない訳もなく——男は舌打ちをすると、彼の腰を掴み、自らの身体をさらに強く、深く引き寄せた。

こんなに積極的で淫乱だとは思わなかった、と投げかけた言葉に感じ入ったのか、腸腔の締め付けが一段と強くなる。射精感は見る間に高まり、あと数回でも突き上げれば容易に達してしまいそうだ。男は動きを止めると、身体を繋げたままに上体をぐいと起こした。

「あ、うぁっ……!!」

ヴァレーからは悲痛にも似た叫びが押し出された。しかし、息を荒げた男は構うことなく彼を仰向けに、肩を掴んでベッドへと力任せに押し付けた。体重を乗せ、互いの粘膜を馴染ませるように深く身体を繋げ、柔らかな肉壁の内部を気が済むまで犯し続ける。虚空に向けてヒクヒクと痙攣する足を持ち上げ、肩へと乗せて更に上体を沈めると、いっそう激しい声が上がった。より深く挿入できる場所を、角度を探りながら、男は執拗に身体を味わい尽くしていく。

「は…ぁ……待ってください……っ、そこは……!」

とめどなく与えられる快楽と、淫蕩に耽り、沈みゆく思考の中で——ヴァレーはいつの間にか、自身の身体を蹂躙しているそれが最奥まで押し込まれてしまった事に気が付いた。だが、その感覚はいつものように、最奥の入り口に痛みと苦しさを突き破ってもたらされる果ての快楽ではなく、身体が完全に堕とされ、そこに踏み入ることを容易に許し、服従しているかのようだった。

男の長大なものの先端が触れている場所、自らの身体が何をどこまで受け入れてしまったのか、腹の奥でしっかりと感じ取れてしまう。そこは無理矢理に抉られ、乱暴に突き込まれる事でしか犯されないと思っていた筈なのに。もしも、この体位の役割通りの生殖器官が備わっているならば、このまま精を放たれてしまえば望むと望まざるとに関わらず確実に孕んでしまうのだろうと——それほどの性的な雄の説得力をもって、男のものはヴァレーの最奥をぎっちりと押し広げていた。

そして、その卑猥な想像通りに、彼の身体は一刻も早くこの雄に屈服させられる事を望んでいた。

無意識のうちに、媚びるように揺らされる腰の動きに男も我慢がならず、お互いの欲を満たすためだけの激しく、長い抽送が行われ始めた。最大まで感度の高められた身体は、ひと突きごとに強い酩酊感を伴って頭の奥を蕩けさせる。初めての相手でここまで乱れるなんて、全く信じられないと謗る声が満足そうに囁く。ヴァレーの目は焦点が合わずにどろりと蕩け、顔を朱に色づかせて開け放たれた口と、だらしなく突き出された舌が、その身に与えられた快楽の深さを物語っていた。

気持ちいい、死ぬ、壊れる、止めてください、気持ちいい、気持ちいい——もはや頭が馬鹿になったかのように、相手を喜ばせるだけの形式的な否定と、感覚に直結した知性の欠片もない喘ぎが思考の過程をすっ飛ばして口から漏れ出している。

叩きつけられる激しい動きに合わせるように、そうして引き抜かれた時に露わになる長大なものをいとも簡単に、さも美味しそうに呑み込みながら、媚びる様に揺らされる動きにはもう、品など何もあったものではない。彼の普段の姿を知る者が見れば、その余りにも表の顔とは掛け離れた淫らな姿に顔を覆い、言葉を失ってしまったことだろう。

——激しい行為を終えて、男のものを引き抜かれた場所はごぷりと音を立てて、大量の白濁を吐き出していた。ひと突きごとに絶頂の波にほだされ、精液を注ぎ込まれた身体はもはや、男の欲を受け止めるだけの容れ物に過ぎないのだと思い知らされていた。今、頭の中を満たしているのは白く弾け飛ぶような感覚ではなく、脳髄の奥の奥から焼き溶かされてしまいそうなほどの深い余韻。脱力した身体の足りない酸素を補うために、ヴァレーは浅く、荒く息を整えた。ベッドへと突っ伏したまま、全力疾走の後のような激しい倦怠感と、未だ引くことのない疼きに身を委ねていると、男がまた、その上へとのしかかる。

白濁に塗れ、ドロドロに蕩けてしまっている双丘がぐぱっと割り広げられ、男の眼前に晒け出される。硬さを持ち直したものは、未だ飽き足らずに彼を求めようとしていた。ヴァレーには、もはや抵抗の余地などない。

ゆっくりと体重を乗せ、勢いを殺した肉の塊が、再び身体の奥へと押し込まれていく。自らが魅了し、焚き付けた相手によってもたらされる底なしの快楽に——深く、重く溺れていった。

 

◻︎

翌る日、全身に波及する痛みと共に結び付けられた記憶を怠惰になぞりながら、ヴァレーは外を眺めていた。地面から伝わる振動が、痛む身体を定期的に揺さぶり、その度に、彼は密かに顔を顰めた。

整地されていない場所の運搬や移動は未だに荷馬車が使われており、システム化された王都との格差は歴然としている。朝早くに訪問者が部屋へとやってきたときには、彼の意識はまだ朦朧としていた。話に聞いていた、さながら物乞いのような見た目の男は、彼と同じくらい薄汚れた荷馬車へと二人を案内した。

見た目に反してその内部は広く、さほど耐え難い空間でないことは救いだ。そうして、数時間ほど揺られていると——ガタンと大きな振動と共に、動きが止まった。外を見ると、数世代前の遺構のような、見慣れない場所に辿り着いていた。周囲の植生や風景から、アルター高原のどこかではあるようだ。

荷馬車から降り立った彼らは、その場所へと向かった。廃墟と化し、崩れ落ちた地上部分を進むと、地下へと続く階段が見える。地下は湿っぽく、薄暗い。灯火は無く、入り口も判然とはしない。

運び屋は二人に向けて、遺構のさらに奥へ進むようにと指し示した。男の後に続いて歩みを進めると、後ろから地下への入り口を障壁で防ぐ呪文が、耳に届く。耳慣れない発音に、古代語の類だろうか、とヴァレーは思った。今は殆ど使われていない、古い祈祷なのだろう。だが、その類の祈祷を使える者など彼の知る限りでは、王都にはとうに存在しない筈だった。

——地下へ進むと、更に開けた空間が見えた。蠟燭がそこかしこに灯されていたが、暗く広い空間を満たすための光源としては些か心もとない。ヴァレーは目を凝らしたが、彼の目が暗闇に慣れるよりも前に——低く、抑揚の付いた無数の声が聞こえてきた。

そこには、既に複数の者が集まっていた。皆、中心の祭壇に向けて何やら祈りを捧げている。そして、全員が同じような黒い装束を身に纏っていた。異様な光景に目を奪われていると、信徒の男が一人、熱を込めた口調でヴァレーへと近づいた。

「ようこそ、おいでくださいました。あなたは我が君主に見出された一人。特別に選ばれた人間です。真実に見え、名もなき者たちを導く愛の王朝。それこそが、我々の理想とする世界、そしてあなたの新しい居場所となるでしょう」

信徒の一人はそう言うと、暗がりに浮かぶ祭壇へと手を伸ばし、言葉を続けた。

「我々の理想、そうした素晴らしい世界の実現を、瞳にうつしてみたくはありませんか? あなたが行っていた演説にも似た勧誘の鮮やかな手法を、分析官としての華々しい実績を——我が君主はいたく評価されました。そこの彼も、もうすっかりあなたに魅せられているようですね。やはり、我が君主の見込んだ通りのお方です」

目深にフードを被った信徒の男がうやうやしくヴァレーの手を取ると、ゆっくりと口付ける。

祭壇に置かれている香炉から立ち上る香りが、辺りを満たしていた。
この香りには覚えがある。昨晩の香油のものだろうか。いや……あれはこの香りを模倣したものだ。これはそう、先日扱った原種の……幻惑の香として知られる無垢金……あの睡蓮の……。
身体を満たす匂いと、混濁していく意識の中——。突然、指先に脳天を突き上げるような激しい痛みが襲った。

「う……ぐ、あぁ……っ!!」

反射的に身を引こうとしたが、握られた手には尋常ではない力が込められ、痛みから逃れることを許さない。目の前の男は何も応えずに、フードの奥の暗がりからヴァレーの事を見つめていた。

堪え切れない叫び声が、暗く、湿った空間に響き渡る。

指先から何かが体内を突き破り、侵入して来るかのような悍ましい痛みに耐えかねて、ヴァレーは息も絶え絶えに崩れ落ち、膝をついた。だが、痛みが過ぎ去り、解放された身体の中に——彼は包み込まれるような、服従にも似た何かが呼び覚まされるのを感じていた。

今までに経験した肉体的苦痛の全てを塗り替えてしまう程の痛みの後にもたらされたのは、身体そのものが生まれ変わるような鮮烈な体感。新たな秩序、新たな理、信望すべき、新しい君主。与えられた、新たな役割。そうして訪れた心地良さに、彼の意識は緩やかに手放されていった。