夜更けのネオン煌めく歓楽街。行き交う人々と喧騒の群れ。
客引きの盛んなメインストリートを抜けて、足早に歩を進める二つの影。それは極彩色の光を逸れて、薄暗い路地裏へと進んでいく。
影が通りを抜けた先、立ち並ぶのは一段薄暗く、目立たないように配慮された妖しげなホテル街。ここに並ぶのは明らかに、観光客向けの宿泊施設ではなかった。
「——ヴァレーさん、コンビニ寄っても良い?」
「好きになさい。適当にお任せしますよ」
連れ立って歩く影から聞こえるのは、どちらも男の声だ。
「じゃあお酒と、軽く食べるもの買ってこようかな〜。明日は久々の休みだから、会うまでの間にやりたい事ずっとイメトレしてたんだよ? 覚悟しててよね」
弾む声とは裏腹に、呆れたような溜息が響き渡る。
夜更けにホテル街のど真ん中でこうした会話をするということは、つまり彼らはそういう関係なのだろう。
覚悟しろと投げかけられた男は、隣をチラリと盗み見る。もう一人はそれに気付かず、意気揚々とコンビニに歩みを進めていた。
どこか犯罪でも起きかねないような薄暗さ。その中でコンビニの明かりが、一際まばゆくあたりを照らしていた。
「——おや、少しお待ちを」
先ほどヴァレーと呼ばれた男はコートのポケットからスマートフォンを取り出した。
「教団からの着信ですね。すみません、外で話しますので、貴方は先に必要なものを買っていてくださいな」
「えー? 飲み物はどうする? ハイボールで良い?」
その言葉には答えず、すでにスマホを耳に当てていた彼はしっしっと追い払うようなジェスチャーを取る。
連れ合いの男は、やや邪険にされながらもご機嫌な様子でコンビニへと消えていった。
ヴァレーは店舗の外壁側、喫煙スペースの付近へと身を寄せた。通話の内容は単純な業務連絡ではあるものの、夜更けのビル街は意外と声が響くのだ。今は誰も居ないが、全く人通りのない道でもないだろう。そう思うと、出来るだけ小さな声で通話をした。
——そろそろ話も終わろうかという時分。ふらふらと、大柄な影がコンビニに近づいてくるのが目に入る。
ヴァレーはそれを横目で注視した。面倒な事にならなければ良いが、あの動きは十中八九、酔っ払いだろう。
絡まれるような事態はできるだけ避けたいところだった。
ヴァレーは相手の挙動に警戒を怠らず、通話を終えたスマホをコートにしまう。しかし案の定と言うべきか。大柄な影は一人でコンビニの前に立っているヴァレーを見るや、明確な意図を持って近づいてきた。
電灯に照らされた影の姿が次第に明らかになっていく。男は短髪で、日ごろから鍛えていそうな身体を誇示するかのような出で立ちだ。いかにも、体力には自信があるという風だった。
——ここで声をかけてくるような輩など、大抵の目的は知れている。
今しがた大量の酒を浴びたであろう匂いを漂わせている男は立ち止まると、ヴァレーの予想通りに、こう言った。
「おい、にーちゃん一人か? なあ、どっちだ? 俺とハメねえか?」
全く以って、開口一番この台詞とは恐れ入る。平素であれば通報されて然るべきだろう。
だが、この場所にそんな常識は通用しなかった。
並び立つホテルはおおよそ「そうした」目的のものばかり。そして、この場所でこの時間、男が一人で手持ち無沙汰にしているなど声を掛けてくれと言わんばかりである事は、ヴァレーとて重々承知していた。
男は続けざまに捲し立てる。
「こんな場所につっ立ってるって事はよぉ? 客と待ち合わせか? なあ、やる事やってんだろ?」
ヴァレーは心底から面倒臭そうに、胡乱な目を向けた。
「それに、あんたウケだな。顔にそう書いてあるぜ。ほら、男のチンコ咥えたいんだろ? おれのはでけえぞ。虜にしてやるよ」
ベロベロに酔っ払った男が、目の前で卑猥な仕草を見せつける。
コンビニに目を遣ると、連れ合いは未だ呑気に飲み物を物色中だった。この状況に気付いてなど居ないようだ。
ヴァレーはため息をつくと軽く目を閉じ、すぅと息を吸う。そして纏う空気を変えて、上目遣いに男を見上げた。
「んおっ、なんだぁ? そのエロい顔。誘ってやがるのか? じゃあ一晩中可愛がってやるよ」
意味深な表情を向けるヴァレーに当てられた酔っ払いは、獲物を逃すまいと肩に手を伸ばす。
ちょうどその頃、ヴァレーと連れ立って歩いてきた男は買い物を終えてコンビニを出るところだった。キョロキョロと辺りを見回して外壁に目を移すと、見知らぬ大柄な男がまさに、ヴァレーの肩に手を掛けようとしている。
「え、なっ?! ちょっと! ヴァレーさん、あぶな——」
その声が届く少し前。ヴァレーは伸ばされた酔っ払いの手を取ると、しっとりと微笑みかけていた。
「おう、その顔、待ちきれないんだろ?」
「ええ。その身体に教えて差し上げますよ」
「教える? はっ、ナニを教えてくれるってんだ。そりゃ楽しみだな」
すりすりとなぞり上げられる手。コンビニの袋を下げて駆け寄ろうとする男。酔っ払いが、鼻の穴と下半身を膨らませた次の瞬間——。
つんざくような絶叫が、辺りに響き渡った。
「うっ、ぎゃぁぁぁぁぁ!! 痛いっ!! 痛い痛い!!!」
「へ?」
駆け寄ろうとした男は何が起きたか分からず、きょとんと立ち尽くす。ヴァレーはうずくまる酔っ払いに向けて嘲るような瞳で見下ろすと、こう告げた。
「ああ、艶のある悲鳴とは程遠い。どうせ、ぶら下げているのも粗末なものなのでしょう。どうです? まだ致しますか?」
冷ややかな声が、酔った男の頭上に浴びせかけられる。彼は酔いが覚めたと言わんばかりに青ざめると、痛みに疼く左手に目を向けた。そして情けない悲鳴を響かせると——逃げるように立ち去っていった。
「あ、あの——ヴァレーさん?」
その一部始終を目撃した男が、おずおずと声を掛ける。
「はぁ。全く、貴方が遅いからですよ。こんな場所に待たせたままで、何かあったらどうしてくれるのですか?」
”電話が来たと言ってこちらを厄介払いしたのはヴァレーさんじゃないか”という言葉を飲み込みつつ、待ちくたびれたとばかりに腰に手を当てて眉を吊り上げている彼に、男は平謝りをした。逢瀬に舞い上がり、ついあれこれと買い込んで時間を掛けてしまったのは事実である。
その一方で、男は先ほど目の当たりにしたヴァレーの一面に新鮮な驚きを覚えていた。
「——ねえ、ヴァレーさん、さっきのって……」
「ご心配には及びません。自分の身くらい、自分で守れますよ」
◽︎
男はホテルに向かいながら、彼の話を聞いていた。ヴァレーが熱心に信奉している教団、その活動の一つに、武術の鍛錬があるという。役員は強制参加らしいが、彼はそれぼど積極的ではないそうだ。だが、「師範の指導がお上手なので、自然と暴漢を撃退できる程度の護身術は身に付いてしまいました」ということだった。
「もう、ほんと焦ったよ……。俺なら一発だったのに!! 相手が一人だったから良かったけど、仲間が隠れていて返り討ちにでもされたら……」
「ウフフフッ。その時は貴方を盾にして逃げてしまいましょうかね」
悪戯っぽく微笑んだ目元はホテルの入り口、行く先を促して僅かに熱を帯びている。先ほどの妖艶を思わせる顔に、男はごくりと喉を鳴らした。
◇
「……っ、は、ねえ、ヴァレーさん……? 自分の身体は自分で守れるんじゃなかったの?」
「っ、るさい……ですね……っ、ぁ、貴方はどうしてそういう……っ、事、を、ん、はぁ……っ……」
「てかさっきのヴァレーさんさ、あんな誘い方しちゃうんだ」
「は? 何ですって……?」
男は腰を深く突き挿れると同時に、ヴァレーの乳首をきゅうと摘み上げる。
「んぅっ?! ひ、あ゙ぁぁあぁっ……♡」
「んー、俺が見る顔はいつもこうしてトロトロでかーわいいんだけど。ほらここ、コリコリされるの気持ちいい?」
「いゔっ、あん♡ う、や゙ぁ……っ、あ゙♡」
「どーしたの? 乳首シコられて腰うねってるよ。ナカももっとシて欲しいんでしょ」
「それ、しつこい……っ、や、うあ゙ぁぁっ……!! ん、ぁ……!!」
「……でもさ。あの顔はもう、誰にも見せないでよね」
ぼそりと溢した男の顔から、ヘラついた笑顔が消える。それと同時にがっちりと腰がロックされ、いっそう激しい突き上げが始まった。ヴァレーは突如訪れた耐え難い快楽の波に絆され、弓なりに背をしならせて喘いだ。
「あ゙、やあ゙ぁぁぁっ?! そこ……い、ぁ……だ、め、あぁっ、も、クる……ッ……♡」
「もうイキそう? このままお尻気持ち良くしてあげるね」
「ん、ん゙んんんん゙〜〜〜ッッ……!」
「あ゙〜〜、すっげえ入り口締まってる……。ヴァレーさんエッロ……っ」
男はヴァレーを抑え付けたまま、ローションにぬめる結合部をぐぽぐぽと激しく混ぜ合わせた。深く繋げた突き当たりに亀頭がぶち当たる度、潰れた愉悦交じりの濁声が辺りに響き渡る。
「……ッ、ねえ、声すっごい……。ヴァレーさん淫乱だから、これくらい激しくないと満足できないんだよね?」
「んお゙ッ……ひ、あ゙ぁ……ッ゙、や、貴方、ぁ゙……ッ♡」
見開かれた瞳から伝う涙。それを見た男は目元にそっと口付ける。
「まーだまだ、夜はこれからでしょ」
そう言うと先程までの激しい突き上げから一転、互いに繋がり合ったままの柔らかな腰使いへと移行する。
小刻みに震えるヴァレーの息づかいと合間に漏れる喘ぎが、男の嗜虐心と情欲を殊更に煽り立てる。
じっとりと汗ばむ身体、柔らかく弛んだ腰をベッドシーツに沈めて、一定のリズムで揺らしていく。緩やかに溶け合ったままの身体は、与え合う快楽の深みにずぶずぶと嵌っていった。
「はぁ、や、ぁ、んっ、ん、ん……っ」
先ほどまでの大仰に雰囲気を盛り上げるような喘ぎではなく、堪えきれぬ甘ったるい鼻濁音が蕩けるように辺りを満たす。そのさなか、男との視界を遮るよう、ヴァレーの腕が眼前に翳された。
「ん? だーめ。ちゃんと顔見せてよ」
男は腰をホールドしていた手を離すとヴァレーの腕を掴み、左右に開いてシーツへと縫い止める。
「……っ、う……」
悦楽と羞恥の狭間で歪められている顔が、男の手によって無防備に晒されてしまう。男と見つめ合った途端、ヴァレーの中がきゅうと締まった。
「さっきまであんなに盛り上がってたくせに、急に気持ち良くなるの恥ずかしくなっちゃった? ほら、部下にケツ犯されてよがってる顔、ちゃんと見せなきゃ」
その言葉に、ヴァレーの顔にサッと赤みが差す。
「……目の下のクマ、酷くなってるんじゃない? 目尻の皺も深くなったかな? それに、無精髭もまたそのままでさあ。ま、ヴァレーさんの魅力に気付く人が増えなきゃ俺は何でも良いんだけどね」
男はヴァレーの手首を押さえつけたままに、深く繋げていた竿をゆっくりと引き抜くと、先端だけを抜き差しするような浅いストロークを繰り返していった。
ローションのぬめりがくちゅ、にちゅ、と音を立て、カリ首がアナルの縁をくぽんと引き抜いては、また柔らかく押し戻す。結合部から聞こえる粘着質な音と、焦れるような肛腔への淡い刺激が思考を奪い、互いの脳内へと快楽物質をとめどなく溢れさせていった。
「……ん、はぁっ……♡ ぅ、あ゙……ッ……ぁッ、あ……」
「浅いとこ、こうされるのも良いでしょ? 足先ピクピク震えてる。その顔も全部見てるから」
「んんっ、あ゙っ、あっ、ふぁ、あ゙ぁ……ッ!!」
「かーわいい。自分から腰動かして、チンコ欲しがってる。あーあ、仕事では高飛車な感じで指示出ししてるのにさ。こないだ『巫女なしの劣等以下』ってバッサリ切ってた部下居たじゃん、あいつにこの姿見せられる? 休みの度に、男のチンコにお尻で媚びてるド淫乱だって。……ほら、ここの音。さっきよりぐぽぐぽ鳴らして、いやらしい音自分で立ててるよ」
その言葉に、激しさを増しつつあった腰の動きが遠慮がちに止められた。それを見た男の口角は愉悦に吊り上がる。——そう、こういう時はつい、意地悪をしたくなるものだ。男は浅く焦らすような抜き差しを繰り返していた竿を、ずるりと引き抜いた。火照った粘膜が僅かに外気へと晒される。ちゅぷん、と名残惜しそうな音と共に、赤く色づいたアナルの空隙が閉じていく。
「さっきまで自分からしてくれてたのに。寂しいなあ」
「……っ、も、貴方が余計な事ばかり言うから……」
絞り出すような声、視線を背けて眉根を寄せ、シーツへと逸らした顔。だが、下半身は待ちきれないと言わんばかりに、もぞもぞと誘うように揺れていた。
素直になりきれない上司の姿。羞恥に悶えるヴァレーを見て、男も余裕を無くしていく。
「何? 俺が余計なこと言うから恥ずかしいって? そんな今にもハメて欲しそうな顔で言われても説得力無いって〜」
「……なら、私が動きます……ッ」
なけなしの矜持でヴァレーが返したであろう買い言葉に、男はつい破顔する。
「え、ヴァレーさんがシてくれるの? うわ、嬉しい〜! じゃあほら、早く上、跨がって」
ヴァレーを押さえ込んでいた身体を離すと、男はベッドに手足を広げて仰向けになった。それは、大の男二人がゆったりと過ごせるような大きさではあった。だが見た目の豪華さとは裏腹に、内部の金属的な機構が、移す体重に合わせてギシギシと安っぽく、いやらしい音を立てていた。
汗ばみ、火照る身体をヴァレーが起こし、ふらふらと男に擦り寄ろうとしたその時——。後ろに束ねていた髪が、ぱさりと解けた。
「ッ、ぁ……」
ヴァレーは顔に掛かる髪を掻き上げると、シーツに目を落とす。
——その見た目は、いかにもやつれた中年の男性だった。お世辞にも良いとは言えない髪質。だが、汗ばんだ首元、顔に張り付いたそれが妙にアダっぽい。
さっと辺りを見渡し、髪を結い直そうとしたヴァレーの手を引き留めた男が急かすように言う。
「——早く挿れたら? そのままで良いからさ」
焦れていたせいもあるのだろうか。ヴァレーも髪を束ねることを諦め、男の上へと跨った。
鎖骨に掛かるほどのパサついてうねった髪を再び掻き上げ、首を傾けて耳に這わす。しっとりと気怠げに瞼が落とされた目元、揺れる白い睫毛、薄っすらと開いた口元の無精髭、そして——雑に下ろされた髪。
パッと見であれば、彼はどちらかと言えば小汚く、男らしい部類の容姿なのかもしれない。だが、部下の男から見ても、ヴァレーの面立ちが端正な造形をしている事は確かだった。
彼は仕事では特殊な装束を身につけるため、顔を含めて肌を見せることが滅多にない。多忙を極めるが故の、最低限の身だしなみで最良のパフォーマンスをこなさなければならないヴァレーの事情は、同業である男が一番よく知っていた。だが、そんなストレスフルな彼の欲の発散がこうした性的な場であること——。それも、自らがパートナーとして選ばれているということに、男はどうしようもなく愉悦的な征服感を抱いてしまうのだった。
ヴァレーは慣れた手つきで男のものにローションを垂らすと、尻の谷間でぬちぬちとそれを擦り始めた。いきり勃った雄の先端がアナルの入り口を掠めるたびに、その目元が快楽に負けてふわりと感じ入るのが見える。
男は幾度か逢瀬を重ねた頃、ヴァレーは前戯が好きなのだと思っていた。行為の途中で彼に主導権を握らせても、大抵は甘やかな刺激を与えてくるのみで先の行為へと至らない。相手の趣味に合わせようかと、男も同じように前戯を長引かせた事があった。だがヴァレーはそれを早々に遮ると、先の行為をねだるように身体で誘い掛けた。その行為から垣間見えた彼の本性。男が都合良く解釈するならば、ヴァレーは雄に征服される事を強く望んでいるように見えた。
——ならば、遠慮は不要だろう。男は自らの上で誘うように揺れている腰を引き寄せると——蕩けた後孔に向けて自らの怒張を突き上げる。ぐ、ちゅんと音が鳴り、雄の象徴が、緩んだ性器さながらの場所にずぶずぶと嵌まり込む。
「うあ゙っ♡ ん……あぁ……っ……!」
「んー。どうしたの? ガバくてすぐ入っちゃったけど」
その言葉に、透き通る睫毛の影が僅かに揺れ、余韻が瞳に不安を残す。
「ふふっ、嘘だって。なーんか、ヴァレーさんってそういうとこ素直だよね? 柔らかくて飲み込みがいいのはそうだけど、中はすっごいんだから。熱々で締め付けも抜群で、俺すぐにでもイきそう……。ほら、一緒に動いて?」
男はもう片方の手でバチンと彼の尻をひっ叩くと、局部を根元まで飲み込ませた尻を鷲掴み、上下に揺すり始めた。
「んーっ……! んっ、んう…っ、ん……っ……♡」
ぱちゅ、ぱちゅと肌を打つ音。男が顔を上げて腹の上を覗き込むと、しゃがみ込む尻の谷間にズル剥けて勃ち上がった怒張が繰り返し飲み込まれては引き抜かれるのが見えた。当然の事ではあるが、目の前に広がる無修正の卑猥な光景に、つい釘付けになってしまう。
——排泄腔に陰茎を生で抜き差しして、それがお互いに一番気持ちいい行為だなんて。本当に、なんてグロテスクなんだろう。それがどれだけ非日常的で危険な行為か、医療に関係する俺たちが一番よく知っているはずなのに。
男の意識は、二人が出会った頃の記憶へと緩やかに浸っていった。
そう——、俺たちが出会ったのは数年前。
俺は大学病院に勤める技師で、ヴァレーさんはそこの外科医だった。彼の独特な話し方や雰囲気に惹かれて飲みに誘ったのが事の始まり。
サシ飲みで酔いも回るうち、俺がやらしい話をし始めて。そしたら、意外とヴァレーさんも話に乗ってくれたんだよね。俺は元々男が性愛の対象だったから、この人どうなのかなーと思って探り入れつつ話を振ってみたんだけど、まさかのビンゴ。しかも役割もバッチリで、そこからは巡り合わせに火が付いて、酔ったままホテルに雪崩れ込んだ。まあでも、初めはもちろんセーフな行為しか許してくれなかった。それに恋人というよりは、性的対象と役割の一致による発散相手。いわゆるセフレってやつ。
俺の勘では当時、ヴァレーさんは他にもキープがいたみたい。それに気付いてからはなんか火が付いちゃって。ヴァレーさんの全部が欲しくなった。それである日、悪い友達から薬をもらってヤってる時に嗅がせてみた。「狂熱の香り」って、そっちの界隈ではわりと有名な薬。そしたら効果覿面、人が変わったみたいに涎垂らしてよがっちゃって。もっと、もっとってねだって来て、俺もすげえ興奮した。でも、途中でゴム切れて。ごめんねって言ったら、何とあっさりあの口調で「そのまま続けてください」だって。俺もうエロすぎて鼻血出るかと思った。もちろん、お願いはちゃんと聞いてあげたよ。そのまま突っ込んでお互いの剥き出しの場所を密着させてどろどろに混ぜ合わせて。調子に乗って「中ぶっかけていい?」って聞いたら流石に躊躇ったように見えたんだけど、俺ももう腰止めらんなくて。
ヴァレーさんもスパートの突き上げにスイッチ入っちゃったのかな、足背中に絡めて、俺のこと離してくれないの。「いやまずいっしょ、このまま離してくれないならどうなるか、男なら分かってるよね?」って一応確認だけはした。
——それでギチギチに密着させたまま、二人でイッた。あれ多分すげえ出たと思う。いや一回で出過ぎだろってツッコミ入るくらい出た。それからちょっと頭も冷めてきた頃に萎えてた竿引き抜いたんだけど、かなり奥にぶち込んだからか何も溢れてこなくて。AVみたいにごぽごぽケツから精液漏れてくるの見たかったのにな〜ってぼんやり思ってたら、急にごぷっ! て大量に溢れてきて。やっべー、これエロすぎでしょってガン見してたんだけど、何で俺が一番奥に種付けしてやったのに拒否するんだよこの身体、躾なってねえなって。イラってしちゃってさ。そんなこと考えてたら、またガチガチに勃ってきた。
ほぼ意識飛んでたヴァレーさんのケツにまた突っ込んで、足も頭の上まで持ち上げて猿みたいに夢中で腰振って。まあ一度やれば一緒でしょって事で遠慮なく出し続けた。
それからお互い、週末はこうしてホテルに入り浸り。
「ん、ぁっ♡ はぁっ……あっ、あん……ふぅ……っ♡」
男は回想を交えながら、自らの上で腰を振り続けているヴァレーを漫然と眺めていた。
ヴァレーは腰を深く落とし、男の上に座り込んだまま後ろ手をついてしならせ、前後に身体をくねらせている。
——ああもう、何回か甘イキしてるくせに。ビクビクって震えて腰止まっちゃうからすぐ分かる。
あー、そんなんじゃだめだめ。お腹と太腿ヒクつかせてエロい顔見せてるけど。また今日も理性飛ばして、俺のチンコ搾り取る事しか考えられなくさせてやんなきゃね。
「ヴァレーさん、お尻どう? 気持ちいい?」
「……ん、っ♡」
繋がったまま、首が数度縦に揺れる。
「でもさ、自分じゃタガ外せないでしょ? ほぐれて感度も良くなってきてるその状態で、俺に思いっきり突いて欲しくない?」
疲れを色濃く残した糖蜜色の瞳が、どんな想像をしたかは知らないがぐらりと揺れる。それと同時に、雄を咥え込んで離さない内壁がきゅうと締まった。
——交渉成立、かな。
男は上体を起こしてヴァレーの腰に手を回すと、そのまま熱く柔らかな内壁を深く貫いた。
「ん、うぅっ、ひゃあぁあ゙ぁっ?!♡」
「ヴァレーさんッ、甘イキしまくってたから中トロットロじゃん……! 俺ずっと我慢してたから、あ、やべ、腰止まらねー……」
徐々に理性を失いつつある甘く濁った悲鳴が互いの鼓膜を心地よく震わせる。
「ひぐっ、ゔぅううぅ♡ あ゙っ ♡あ~……! あん♡ んぅっ、んっ…! あぁぁっ……♡」
男は突き上げに腰砕けになっているヴァレーを味わいながら、卑猥な妄想に思考を埋め尽くしていった。
——ああ、俺の20センチサイズのデカマラがヴァレーさんのケツの穴にずっぼずっぼ出入りしてる。最初は経験ありのくせにそこそこキツかったのにな。俺の規格外に毎週のように擦られて縦割れになっちゃって。これマッチングで他の男に会ってるとしても、ヤリまくりのド淫乱だってモロバレでしょ。
ふとベッドの横、カーテンに遮られたガラス戸の隙間。そこから見える外へと目を遣ると、人影が見えた。
——あれ、さっきのあの男かな。まあそんな訳ないけど。あー、誰でも良いからこの人のエロさ見せつけてやりてえ。
男はヴァレーの身体をぐいと持ち上げると、ガラス戸に近づいてカーテンを開け放つ。
「っ、貴方……っ!? そんな場所……!」
我に返ったヴァレーは抵抗の言葉を放った。だが、持ち上げられて自由を奪われた身体ではなす術もない。ガラス戸に密着させられ、男に背後から太腿を持ち上げられ、M字に両脚を開かされる。
そして無防備に晒されたアナル目掛け——いきり立った雄が埋められていく。
「う、あ゙ぁ……っ!? も、ふざけるのは……そこまでに……っ……!!」
ヴァレーは必死で顔を隠そうとガラス戸の前に手を翳した。窓に押し付けられた身体が、冷たさにぞくりと粟立つ。
「どう? 下の奴こっち見てる? このまま部屋の電気点けちゃおうかな〜」
「い、ぁ゛っ、そんな、こと、い、あ゛、ぁ……っ」
「嫌じゃないでしょ、今すっげーきゅんきゅん入口吸いついてきてるよ。外の男に見られるかもって想像して興奮してるの?」
男はヴァレーの上体をぐっと持ち上げると——肉の楔に体重を乗せ、自重で奥の奥までぐっぽりと嵌るよう、深々と貫いた。
「ん゙、ぅうっ……?!! ……あは、ひあ゙っ♡ ん、やぁああ゙あ……ッ♡♡」
「……っあ゛〜〜〜。この体勢、中キツくてあったけ……ッ……」
——こうして擦ってると、中が充血してくるのがはっきりと分かる。どんどん熱くなって、ふっくら熟れて、とろとろに蕩けて俺のチンコに媚びてくる。ケツの中パンパンに腫れるくらい男に使い込まれてさ。俺の知らないところ、知らない姿、知らない顔なんて、もう何処にもないんだから。
「——ここ、好きなんだよね?」
窓に押し付けたまま反らせた身体、臍の下をぐりぐりと押さえ込む。問いかけても、もう、人間らしい声は聞こえてこなかった。
男がそのまま肉壁を味わい続けていると、ごりゅっ、ごりゅっと竿の先端が腸壁の向こう側、前立腺へとぶちあたる感覚が伝わってくる。しこりの中心を掠めて弾く度に、ビクン、ビクンと不随意にヴァレーの全身が痙攣し、濁点混じりの喘ぎ声が響いていった。
——今、部屋の電気つけても止めてなんて言えないんだろうな。ま、変な奴に乱入されるのも嫌だし俺もそこまではしないけど。ああ、今から俺だけがこの人に種ぶち込めるって考えるとゾクゾクする。精子上がってくる。やべ、もうだめかもしんない。
男は自らの射精感を高めるために挿入の仕方を変えた。ヴァレーを持ち上げたまま近くの椅子へと腰掛け、対面座位の姿勢を取ると根元までをより深く強く、竿を扱くように激しく揺さぶる。その動きに、ヴァレーも焦点のぼやけた瞳で男を見つめていた。
——ああ、こっちとろとろの目で見てきてる。今から中に出されるって分かってる顔だよこれ。あ、無理、もう出る。
「うぁ……出そう、もう、中に出して良い? っあ、無理……っ!!」
「も、貴方ぁ……っ、は……ぁ、や……ッう、あ゛ぁあぁぁあ゛〜〜〜ッッ♡♡」
絶叫の後の声にならない余韻と共に——互いの身体が大きく揺れる。男は欲の放埓を目の前の肢体に注ぎ込み、輪郭線を無くしていく意識の中で思った。
——ああ、この瞬間をマイクロカメラ越しでナカ見られたらどんなにエロいだろうな。俺の精子がヴァレーさんの赤く充血して熟れた腸ヒダを汚して白く塗り替えていく様子。一度でいいからモニターに大写しで見てみたいな。どうせ俺の細胞、全部死んじゃうんだから。大好きな人の体の中にせっかく侵入できたのにさ。全く、可哀想な話だよ。
◇
昨夜の激しい情交の末、泥のように寝落ちていた二人は昼過ぎに意識を取り戻した。
チェックアウトは15時。まだ時間に余裕はある。
互いにシャワーや身支度は済ませたが、再びベッドに潜り込んだヴァレーは鉛のようにぐったりと動かなくなってしまった。
その姿を横目に冷蔵庫からペットボトルを取り出すと、男はテレビのスイッチを入れる。目に飛び込んできたのは、お昼のニュース番組だった。
『速報です。都内の歓楽街で犯罪行為を繰り返していた男が自首しました』
「……あれ? ヴァレーさん、この男ってコンビニの?」
投げかけられた言葉に、ヴァレーがもそもそと顔を出してテレビを見る。現場を訪れているリポーターの音声が部屋に響いていた。
『男はこの辺りでは名の知れたトラブルメーカーで、過去の犯罪歴は暴行、恐喝、詐欺など多岐に渡ります。脅した相手を近場の宿に連れ込む事もあったそうですが、なかなか足取りを掴む事はできず。被害の訴えが増えるばかりで捜査は難航していました。ですが今朝、男は王都警察署に自ら出頭しました。男は意味不明の供述を繰り返しており——』
その声を最後に、プツンとテレビの画面が暗転する。男が振り返ると、ヴァレーの手にはリモコンが握られていた。彼はあくびを噛み殺すと、こう言った。
「……他人の空似でしょう。全く、もう少し眠らせてくださいな」
「あれ? そう?」
男の方も、特に気には留めずにヴァレーの隣に潜り込む。シーツの肌触りが疲れた身体にひやりと心地良かった。すると——伸ばした足に滑らかな、もう一つの足がしっとりと絡みついた。シャワーの後に羽織ったガウンの下には、互いにまだ何も身につけてはいない。
「——それとも、まだ楽しませていただけるのですか?」
薄金の瞳を囲む白い睫毛が間近で揺れる。映る男の虹彩は、真紅に赤く艶めいていた。