「おう、お目覚めか?」
——ぐらぐらと頭が痛む。誰かに身体を引き起こされている。降る声に視線を向ける中、先程までの記憶が鮮明に取り戻されていった。脳裏に浮かぶのは、兵士たちから受けた屈辱的な仕打ち。
兵士らの捕虜となった者にはお決まりの「身体検査」が行われた。それがどのようなものなのか、医師である彼は当然に知っていた。
平素であれば口にするのも憚られるような、非人道的な行為。捉えられた捕虜は被服を全て剥ぎ取られ、足首には枷と重りを嵌められ、身体に隠し持っている物が無いかを徹底的に調べられる。
それは胃の内容物から、果ては直腸の内部まで。
胃と腸の中を空にするため、上下の口からは大量の湯水を流し込まれて無理矢理に排出させられた。検査とは名ばかりの屈辱を与え痛めつけるだけのそれは拷問にも等しく、受ける虜囚は苦痛に身を捩り、醜態を晒すまいと悶え続ける羽目となる。そして堪え切れなくなった身体は多量の湯水を上から下から、嗚咽と共にぶち撒ける。その姿を居並ぶ兵士たちに笑われ、嘲られ、鑑賞されねばならなかった。
一度で終わらぬそれは、兵士らの気が済むまで続けられた。圧迫と解放の繰り返しで意識朦朧の中、彼は新たな兵士の声を聞く。抵抗する気力すら失われた身体は裸のまま四つん這いにさせられ尻を高く突き出させられ、拡張器具で後ろの孔をぱっくりと開け広げられた。度重なる洗浄にひりつきふやけた場所が、複数人に代わる代わる覗き込まれていく。
「スパイだったらどうする? 見えないところに何かを隠してしているのではないか?」と男たちは指を挿し入れ確かめるだけでは飽き足らず、棒のようなものをぐりぐりと突き挿れ、捕らえた身体をいたぶった。その無遠慮な動きに万が一腸壁を突き破られでもしたらと思うと、彼は恐ろしさに身を震わせた。
「——で? 名前はヴァレーか。……ふうん。元軍医とはな」
そうした屈辱的な行為を受ける中。兵士らの背後から現れた男が、彼の所持品から奪ったプレートを手にして言う。男はひときわ大柄で、いかにも位の高そうな徽章を身に付けていた。
「俺がこの部隊の長官だ、よろしくな。どうだ? ここでのもてなしは充分に愉しんだか? これぐらいで根を上げてもらっちゃ困るぜ。今からどう遊んでやろうか、俺が直々に考えてやるんだからな」
今は仮面も身ぐるみも全て剥がれ一糸纏わぬ姿となってしまったが、ヴァレーと呼ばれた白面の彼は息も絶え絶えに、枯れてしまった声を振り絞った。
「……誤解です。私は、貴方がたに敵意などない。使命に従い、ただ死に向かう兵たちに慈悲を与えるだけの者……。間者でも、暗殺者でもありません。生かしていただければきっと、医師としてお役に立てるでしょう」
彼は戦場で惨めな兵士たちに死を与え続けてきたからこそ、死の恐怖は骨身に沁みて分かっていのだと宣った。だが、長官の男は薄笑いを浮かべると、その身体を品定めでもするかのように視線を這わせ舐め回す。そして大股に近づくや、ヴァレーの髪を引っ掴み——ぐいと顔を引き上げた。
「ほう、そうかい。確かに軍医がこの地から消えて久しいな。だが、今や全員、お前みたいな白面の死神になったんだろう? 俺の兵も、何人が殺されたか知れねえ。それを今更、子飼いとして重宝される望みがあるかって?」
男は顔を限界まで寄せると更に続けた。
「……だがな、俺もまた慈悲深い男だ。いいだろう、一つ考えがある。俺たちには今、娯楽が足りねえ。嬲り殺しや痛めつけるのは戦場で散々やってきた。ここらでどうにか、溜まったものを目一杯にぶち撒けてえんだが——。お前も「男」なら分かるだろう? だが、こんな場所じゃ巫女ひとり見つからねえ。うろつく人型は亜人や腐った亡者くらいなものさ。それに、どうにか捕虜を取ってもここじゃ殆どが腐りかけの死にかけだ。ま、端的に言や「穴役」が欲しくてな。丁度、こいつらの士気を上げるためにそう考えていた所だったのさ。仲間から選ぶのは流石に寝覚めが悪りいからな。どうだ? お前にそっちの才能があるかは知らねえが、ここで俺たちを満足させられるなら、その分だけ生かしておいてやろうじゃねえか。なあ、「お役に」立ってくれるんだろう?」
「何です……? そんな、そんな事は……」
男のおぞましい提案に、ヴァレーの顔が青ざめ瞳が見開かれる。左右に激しく頭を振り、どうにか身を引こうと捩る身体からは虜囚である事を示す鎖の音が煩わしく鳴り響いていた。
男は満足げな笑みを浮かべると、自らの思いつきに気を良くしたのか立ち上がり、大きな声を響かせた。
「お前ら! 久々の捕虜で、損傷はゼロだ! 殊勝なことに、こいつは俺たちの役に立ちたいらしい。どうだ? お前たちも戦で昂って随分と溜まってるんだろう? なら、こいつに癒してもらおうじゃねえか! 何だ? 男で文句ある軟弱者は指でも咥えて見てやがれ。そのうちに考えが変わるだろうさ。——おい、ヴァレーだったな。俺たちの部隊に歓迎するぜ。ここで「丁重に」もてなしてやるよ。小隊とはいえども数十人規模の所帯、これが、毎日世話になる奴らの面だ」
長官の男は床に伏していたヴァレーを無理矢理に引き立てると、居並ぶ兵士の前を歩かせ裸体を見せつけていく。
「……っつ!」
「どうだ、お前ら。……まあまあ歳は食ってるが、そこそこ見れるだろ。体つきもいい具合じゃねえか? 仕込んだら見違えるかもしれねえぜ。——おいおい、逃げようったってそうはいかねえ。嫌がるなよ。これから長い付き合いになるんだから、互いの面はしっかり通しておこうや。そのうち後ろの感覚だけで、誰が誰だか当てられるようになるかもな」
下卑た兵士たちの笑い声が洞窟の中に鳴り響く。
ヴァレーはなす術なく言葉を失ったまま、薄金に染まる瞳を屈辱に歪めていた。その顔には、戦場を駆ける介錯者としての過酷な環境による疲れが色濃く浮かんでいた。手入れは行き届かず、無造作に伸ばされ束ねられただけの髪。隈と皺が刻まれた目元。口元にまばらに覗く無精髭——。だが、そうした美観を損ねる要素を備えても尚、彼が彫りの深い精悍な顔立ちを持つ事は隠せなかった。生来の造形そのものは男らしくはあるものの、だがこの状況で「そうした」役割を果たすには充分すぎる器量を兼ね備えていた。
先ほどの長官の眼差し。そして兵士らの欲に塗れたそれが纏わりつくように四方からヴァレーに注がれる。
「——もう、検査は終わったんだろ? なら早速、軍医としての華々しいキャリアの第二幕だ。新たな兵士の癒し方ってやつを、その身体でしっかり覚えてもらおうじゃねえか」