美しく、恐ろしく、そして力強い、赤い炎。
貴女はいつまでも気高く、美しく、そして永遠だった。
初めて目を奪われた、その姿のままに。
——願わくば、この命尽きるまで、貴女と共に闘い続けたかった
side:ユラ
エレオノーラとの出会いは、遥か昔の事だった。
時が経ち、儂が青年となっても、彼女は何も変わらなかった。
いつものように、凛とした振る舞いで、ただそこにいた。
そうして月日は流れ、儂はまた歳を取った。
既に、老年に差し掛かろうとしていた。
それでも彼女は遥か昔、まだ記憶の中の姿そのままだった。
それは、竜の力の故だった。
彼女は竜狩り。今や失われつつある、古の竜騎士の末裔であったのだ。
竜狩りとして生を受けた者は、生来話すことが出来ぬ。
生まれながらにしてただ湧き上がる、竜への渇望だけがその身を熱く焦がすのだという。
そうして竜の心臓を求め、喰らい、その力を身体に宿す気高き竜の騎士となるのだ。
だが、今や竜狩りの血は潰え、竜騎士の末裔は儂の知り得る限りはエレオノーラ、只一人であった。
竜の騎士は強き竜を屠り、まだ脈打つその心臓を抉り出し、力を求めて無我夢中に喰らいつく。
その様は、余りにも野蛮で、余りにも惨たらしく、そして余りにも美しかった。
ある種の人々はそれに魅入られたのだ。
その姿は神聖視され、崇められ、
そうしてひとつの儀式 “竜餐” と呼ばれるものが生まれたのだった。
生来の竜狩り、つまり竜騎士でなくとも竜餐を成す事はできる。
一度でも竜を屠り、その心臓を抉り出した者には竜への、その力への渇望が芽生える。
その野蛮なる崇高な儀式に身を捧げた者は、どのような顛末を迎えるのだろうか。
竜餐を成した者は次第に、身も心も苛まれ、爪は鉤の様に尖り、皮膚は硬く強張り鱗となり、竜への飽くなき渇きは腹の中で澱みとなり、灼熱の溶岩がその身に宿る。
そうして終には、永遠に地を這う土竜に成り果てるのだと云う。
竜騎士はただの人とは違う。竜の力を得る度に、強く、気高く、美しく、そして生命力に溢れる。
傍目には老いる事も無い。
だが竜騎士をして尚、竜餐の代償は確実にその身を苛み、蝕むのであった。
エレオノーラも、例外ではなかった。
夜、ふらりと抜け出して、その苛みに身体を震わせ、空へ獣のような唸り声を上げる貴女を、破滅へと向かう貴女を、恐ろしいと思いながら、儂はただ黙って見つめることしか出来なかった。
苦しみに歪んでも尚、その姿は美しかった。
そうして、ある種の憧憬だったのだろう。
儂自身も、竜の力を求めたのだ。
ただの人の身にとって、それが確実に破滅へと向かう道である事を知りながら。
だが、構わなかった。いつか終わりが来ようとも、貴女の側でその美しき戦いの有り様を、貴女の求めたその竜の力を、共に感じていたかったのだ。
しかし、或る朝の事だった。
エレオノーラは突然姿を消したのだ。
数日であれば珍しい事でもなかったが、また幾日が経ち、ひと月が経ち、何の沙汰も無く日が過ぎていった。
何かあったのだろうか。
儂は胸騒ぎがした。
居ても立っても居られずに、狭間の地を駆け回った。
そうして幾日か後の事。
アルター高原、第二マリカ教会を訪れた時だった。
この教会は余り目立つ場所でもないからか、もはや巡礼の徒もなく、崩れ、半ば廃墟と化していた。
褪せ人にとって教会は旅の中継地ともなるのだが、此処はあまり居心地が良くは無かった。
長居は無用である。
急ぎ、旅の支度をしていると、何者かの殺気を感じた。
手を止め、其方をゆっくりと振り返る。
その気は、探し求めた当にその人、エレオノーラのものであったのだ。
再び目の前に現れた彼女は、何かが違っていた。
赤黒く、禍々しい気を纏い、儂の前に姿を現したのだ。
只ならぬその気配に、あぁ、竜の力についに取り込まれてしまったのかと、竜化が始まったのだろうかと、そう思った。
だが、違ったのだ。直感した。
此れは竜の力の故ではない。
あの美しくも気高い、竜の力が、汚されている。
何者かの呪いによって、高潔な貴女の身体が、血が、醜く穢されている。
——何故貴女が。一体誰が
狼狽えた、その一瞬の隙をつかれた。
途端、目の前の貴女は儂に切り掛かってきたのだ。
——疾い
自らの脇差を抜き、彼女の得物である双薙刀をいなす。
エレオノーラの双薙刀は、葦の地に伝わる技法を用いて作られた特別なものであった。
やはり、流石と云うべきか。
儂とて老いらくの身であるが、鍛錬を欠かした事は無い。
雑兵程度であれば何人で掛かろうともこの脇差一本で切り伏せられよう。
だが、やはりこれ以上打ち合うのは厳しいか。
彼女の前ではこの程度、牽制にもならぬ。
貴女に刃を向けるとは詮無いが、此処はやむ無し。
許されい、エレオノーラよ。
後ろに飛び退き、間合いを取り直す。
腰に手を掛け、自らの得物をすうと抜く。
長い刀身が、陽炎の様にゆらりと現れた。
——長牙
その威容は、当に鍛えられた槍の如し。
突きによりその真価を発揮する葦の地の業物。
いざ、その胸拝借。
踏み込み、其の刀を剥き出した牙の如く、素早く突き込んだ。
戦技 “牙付き”
手応えがあるか、いや、外したか——。
その切っ先は、脇腹、鎧の継ぎ目を捕らえた筈であったが寸でのところで身を捩り、躱されてしまった。
やはり、儂ではまだ及びませぬか
一進一退の攻防が続いた。
競り合い、刃を交わしては退き、また踏み込む。
刃がかち合い、空を切る音が辺りに響く。
そうして、お互いにその面をぐっと寄せた時、向けられていた殺気がふと揺らいだような気がした。
好機か。
体勢を立て直し、再び突き込んだその時だった。
彼女は後ろに飛び退いた。
ふわ、と音も無く飛び上がり、折れた柱の上に降り立つ。
時間の流れが、緩やかになったかのようだった。
そうして、彼女は徐に面を上げた。
エレオノーラの顔が現れる。
彼女は、冷たい、何の感情も見せない目で儂を見下ろしたのだった。
その顔を見て、はっとした。その瞳は彼女の纏う禍々しい気と同じく、真っ赤に染まっていたのだ。
なんだ、あの瞳は。
やはり何かの呪いや、穢れに触れてしまったのだろうか。
瞳に気を取られているうちに、いつの間にか足元には血溜まりのようなものが出来ていた。
この血は何方のものだろう。いや、血溜まりが出来るほど双方深手を負ってはいまい。なぜ斯様なものが。
逡巡していると、彼女はまたふわりと前方に飛び上がる。
そして、その血溜まりにすっと身を落としたかと思うと次の瞬間——。
血溜まりの中へと消えていったのだった。
狐につままれた様な気分だった。
一体、何が起きているのだろうか。
辺りには生臭い鉄の臭いが充満していた。
とすると、これはやはり、血か。
足元の血溜まりを、指でつと掬い上げる。
びり、と此方を拒むような嫌な痺れが走った。
反射的に身を引き、指を拭った。
あぁ、エレオノーラ、貴女は一体どうしてしまったのだ。
先程の、悍ましい、冷たい赤い瞳が、目に焼き付いて離れない。
彼の美しき竜の力は、竜炎は、今もその身に息づいて居るのだろうか。
貴女を、正気に戻す方法を探さねば。
そうして、儂はエレオノーラへと繋がる手掛かりを求めた。
暫くは、何の収穫もなかった。
しかし、この頃には竜餐の代償である苛みが度々身体を襲うようになっていた。
——儂にも、余り時間は残されていないか。
歓迎されてはおらぬ故、足が遠のいてはいたが、一人ではこれ以上の手掛かりは掴めそうにもない。
久々に、円卓を訪れてみることにした。
百智の者に、エレオノーラの情報を問うてみる。
「あぁ、君か。随分と久しぶりだな。もう此方に用は無いものと思っていたのだがね。何かと思えば、エレオノーラの事か」
百智の者は、大量の書物に埋もれながら、そうしてその書物に張り付かんばかりに面を近づけながら、此方を一目たりとも見ることなく、言い放った。
「円卓も今、彼女には手を焼いている。あれはもはや、二本指の導きを外れたよ。卑しい、同胞狩りの凶徒に成り下がったのだ。すでにかなりの褪せ人が手を掛けられているよ」
既に話は入っていたようだ。
それにしても、褪せ人が複数。
「更にはだ、近頃は似たような同胞狩りが増えているのだよ。我々褪せ人は狙われている。くれぐれも、用心してくれたまえ」
そう言い切ると、百智の者は下を向いていた面をゆっくりと此方に向けて続けた。
纏う空気が、やや張り詰めたような気がした。
「して、ユラよ。君は彼女の行方を知り、再び見えたとしても情を寄せると云う事はないのだろうね。それが何を意味するかは、良く良く考えてくれたまえよ」
——余計な情は、時に判断を狂わせる。
彼は苦々しげにそう言うと、また書物へと向き直った。
円卓を後にし、伝えられた言葉を反芻する。
僅かな望みを残しては居たが、やはり彼女はもう元のエレオノーラではないのだろう。
もし、元に戻る術があったとしても、すでに褪せ人を複数手に掛けた。もはや、同胞を襲う狂徒に成り果てたのだ。
——儂が、此の手で止めねばならぬ。
それから幾日か後の事だった。
あの、エレオノーラと邂逅した時のような感覚が背中に走ったのだ。
ついに、来たか。心臓が早鐘を打つ。
振り向くと、血溜まりから刺客の影が現れた。
違う、此れは。
噂の同胞狩りとやらか。
刺客は、見たことのない血塗れの得物を両手に持ち、此方に向かってくる。
奴がぎざ刃の短剣を振り回すと、血の斬撃が周囲に飛んだ。
手練れかもしれぬが、いや、遅い。
一気に畳み掛け、切り伏せる。
勝敗は、呆気のないものだった。
刺客は首元を縫い止められ、他に伏せた。
そのまま斬り捨てようと思ったがふと、考えが頭をよぎる。
——此奴から何か聞き出せるかもしれぬ。
尋問は好かぬ性質であったが、この好機を逃す手はなかろう。
刺客はまだ若輩であるのか、同胞狩りに慣れておらぬのか、息が上がり、既に戦意を喪失しているようだった。
首元を引っ掴み、岩壁に向き直らせる。
地面から立ち上がらせたその時、
懐からボロボロと何かがこぼれ落ちた。
それは、どす黒く爛れた、人の指だった。
見て気持ちの良いものではなかった。
呪具か、何かの類だろうか。
奴を岩壁に叩き付け、首元に脇差を当てがい、問うた。
「お主は何者だ、何故儂を狙う」
ついに観念したのか、閉ざされていたその口が開く。
奴は自らを”血の指”と称した。
血の指とは、新しい王に仕える王朝の騎士である。
それは弱きものを受け入れ、力を与える、意志と愛に溢れた新しき王朝なのだと。
——この地に新しい王朝だと。
情勢には余り聡くないが、そのような話は聞いたことがなかった。
語る男はどこか恍惚としていて、此方を見ても居ない。最早、正気ではないのだろう。
得体の知れないものを見る感覚に、ぞっと怖気がした。
「エレオノーラ、という名を知っているか」
無駄かもしれぬが、再度問うてみる。
焦点の定まらぬ男の目が、その名を聞いた途端にぐるりと此方に合わされた。
「おぉ、純紫の血指、だろう。なんだ、あんたあの人の知り合いか?」
当たった。
逃してはなるものかと、知っている事を教えろと詰め寄った。
また男は恍惚とした表情に戻り、嬉々として語り出した。
「俺たち血の指は二本指の導きを外れた、新たなる王朝の騎士だ。王朝の開闢には、愚かな二本指に仕える褪せ人共の血が必要なのだ。褪せ人を殺し、流されるべき血で満たされれば、我らの神が目覚め、我らの王はその伴侶となり、我らの王朝が花開く!!!」
そう言って、男は徐に自らの手を顔の前に差し出し、うっとりと見つめた。
その中指は青ざめて、赤黒く染まっていた。
どくんと、波打っているように見えた。
——これだけは覚えておけよ。
そう言って、”血の指”と称した男は自らの身体に握り込んだ得物を突き立てた。
「モーグウィン王朝、万歳!」
彼は高らかに笑いながら叫び、次の瞬間、突き立てた短剣を引き抜いて血の斬撃を撒いた。
しまった、油断した。
血の斬撃が爆ぜる前に飛び退いた。
しかしその隙に、奴は消えてしまった。
——取り逃がしたか。
血の指、モーグウィン王朝。聞き慣れない言葉ばかりだ。
そう言えば、エレオノーラの事を「純紫の血指」と言ったか。
あの男がうっとりと見つめていた手を、その異様な指を思い出す。
エレオノーラの手はその手甲で覆われてはいるだろうが。
狙うとすれば、凶血の源はその指か。
純紫の血指というのは同胞狩りの最という事なのだろうか。それとも、もっと王や神に近い存在に与えられる称号か何かなのだろうか。
誇り高い竜の力をその身に宿した貴女のその身体が血の指などと云う同胞狩りの凶血に染まるなど、あってはなるものか。
儂に残された時間も、そう多くは無い。
元より、貴女と共に在るために捧げたこの身。
到底敵いはせぬのだろうが、呪われた血から、貴女のその誇り高く、美しい竜炎を。その刃を、御姿を。
必ずやこのユラが、命に換えてでも取り戻して見せますぞ。
side:エレオノーラ
エレオノーラは、生来声を発することがなかった。
ただ、記憶の遥か彼方から、飽くなき竜への渇望があった。
彼女は竜の騎士となり、その渇望のままに竜を屠り、その心臓を喰らった。
エレオノーラは、竜の力を身に付ける中で一人の少年と出会った。
彼は奇妙な編笠を被り、無謀にも竜に立ち向かおうとしていた。
龍が上空から炎を吐いた。
危い——。
彼女は少年を弾き飛ばし、自らの得物を竜の右目にに突き立てて、力強く引き抜いた。
竜は痛みに耐えかねて、飛び去った。
少年の様子を見る。
無事のようで、ほっと息をつく。
彼は、お礼を言った。その名を、ユラと言った。
エレオノーラは、自身が話せない事を身振りで示した。
それから、旅を共にした。
竜餐を成したエレオノーラは竜の力を、その生命を取り込む事で傍目には老いることがない。
長い時間を共にして、ユラは歳を取った。
彼は、既に老年に差し掛かろうとしていた。
エレオノーラは気高く、その姿は変わらぬままであったが、彼女の内では竜餐の代償である竜化が少しずつ進んでいたのだった。
そうしてついに、人としての身体に変化が起き始めたのだ。爪は鋭さを増し、筋肉は猛り、皮膚は強張り、肌にはうっすらと鱗のような模様が見え始めていた。
竜の騎士は、長い年月を掛けていずれ竜と成る。
そのうちに、人としての意思も失われてしまうのだろう。そうなれば、彼を手にかけてしまうかもしれない。
——共に居られるのも、最早此処までかもしれない。
別れの時期を悟ったエレオノーラは、何も伝えずに彼の側を立つことにした。
ユラの想いは良く分かっていた。伝えたとて、ユラはきっと最期の瞬間まで自分の側を離れぬと云うだろう。
ユラと別れたエレオノーラは、その湧き上がる渇望のままに、新たな竜の力を求めて旅をした。
恐らく次が、最後の竜狩りになるかもしれないと思いながら。
狭間の地を彷徨い、一つの廃墟へと辿り着いた。
——少し、休もうか。
近頃は殆ど眠る事も、食べる事もなく動き回っていた。
廃墟の壁に体を横たえると、辺りに厭な気配が立ち込めた。
目の前に突然、血溜まりが現れたかと思うと、その血の床から黒いフードを被った者が複数人、現れたのだ。
見たことがない装束だ。一体何者だ。
エレオノーラは双薙刀を構え、戦闘態勢を取った。
彼女を取り囲むように、四人の刺客が様子を伺っていた。
辺りには鉄錆のような匂いが充満している。
血の匂いに、意識の底から竜への渇望が沸き上がる。
ぐらりと、一瞬、人としての意識が遠のくような気がした。
血溜まりの中から、一際大きな異形の怪物が現れた。
頭は捩れた角に覆われ、顔すら殆ど見えなかったが、その怪物は何か位の高い者なのだろうか、豪奢な装束に身を包み、此方に向けて話しかけてきたのだった。
意識を保つ事で精一杯だったエレオノーラの頭に、その声は容赦なく響いた。
“高潔なる竜の騎士 エレオノーラよ 貴殿のその力は強大だ デミゴッドたる私にも その名は聞こえている もっと その力を引き出してみたくはないか”
斬りかかろうとしたが、身体の力が抜けてしまう。頭がぐらぐらする。声が、頭に響く。
この声を聞いていると思考が揺さぶられるようだった。
“偉大なるミケラは愛を与えてくれるのです 新しい王朝には 力と意志がある”
“どうだ 力が欲しいのだろう 求めれば すぐに与えられよう 渇くことのない 血の力を”
もはや、体が言う事を聞かない。
竜化が進み、最近は意思と肉体が乖離しているような気がしていたがこんな時に——。それとも、これがデミゴッドの力なのだろうか。
異形の半神が、恭しくエレオノーラの手を取った。
力への渇望が身体を支配していた。もっと、もっと力が欲しいと。
何とかそれに抗おうとしたのだったが、抵抗も虚しく、彼女の意識は身体の奥底へ、奥底へと飲み込まれていった。
そうして力を無くしたその指に、呪われた血が流し込まれていった。
激しい痛みと苛みの中、彼女が意識を手放す直前に思い出したのは、ユラとの旅の記憶だった。
——ユラ、すまない。
新しい王朝の一員として、エレオノーラはその名を連ねる事となった。
血の指となった彼女に、人としての意識はもう残されていなかった。
血の指の甘やかな囁きと、生来の渇望ゆえに、身体は力を求め、更なる強者を求めた。
エレオノーラはその欲望のままに褪せ人を狩り続ける血の狩人となったのだ。
その血の呪いを受けた指は、褪せ人を殺す度に少しずつ、少しずつ色付き、遂にはその二つ名の所以となったのである。
——しかし、誰も知る事はなかったが、意識を取り込まれて尚、エレオノーラはその呪血にただ一人抗い続けたのだった。
エレオノーラの身体に流れる竜炎と、呪血の炎は互いに争い、混ざり合い、
その身体の内に、呪われた血に抗じる浄血の雫が沸き上がった。
そうしてそれは彼女の内に留まり、一つの結晶の雫となった。
その結晶雫に浮き上がる紋様は、血の君主の身に宿る力の象徴と——
その血に最期まで抗い続け、赤い呪血に全てを塗り潰されても尚、その力を失わずにいた美しき竜の瞳の
気高くも孤独なる、闘いの証であったという。