——世にも美しい、薔薇の庭を持つ男が居るという。
色とりどりの花弁は鮮やかに濡れ、蝶は陶然と舞い、鳥は甘く囀る。
それは富を持て余し、自らの感性に従い美を愛した男の妄執的な理想郷。この世の腐蝕を知らぬ楽園、ひとつの芸術だった。
だが、この庭園の門は、決して観賞のために開かれていたわけではない。
敷地は高い外壁に閉ざされ、至るところに監視の眼が取り付けられていた。その徹底した隔絶は男の安寧と、執着の証だった。
庭園の主たる男は自らを、『薔薇の君主』と呼んだ。
この広大な敷地に住まうのは、主人のみではなかった。その中でも男が直々に選び、そばに置いた従者たちがいる。彼らは選ばれし、聖別された影だ。その姿は特異であるが故に、外に晒されたならば大いに人目を引いた事だろう。とろりとした光沢を持つ純白の装束を纏い、顔には陶製の白い面を嵌めている。素肌は僅かな隙間に至るまで、まるでその肉体が罪であるかの如く、きっちりと覆い隠されていた。
ただ一つ、面の奥の隙間から覗く瞳のみが、彼ら個人を識別する印であった。
白面の従者らは皆、年若い男だった。路地裏を彷徨う青年らを、薔薇の君主は言葉巧みに誘い出し、この美しい館で贅を尽くしてもてなしたのだ。主は金の杯に緋の雫を注ぎ、彼らを温かな寝台に誘った。三晩もそうすれば、もはや誰もあのうらぶれた路地裏に戻ろうなどと思う者はない。反骨精神に溢れる猥雑なネオンを愛した者でさえも、この楽園の歓待には膝を折り、甘美な恩寵を受け入れた。
白面たちの話し方や仕草などもまた、主人の定めた規則によって厳格に管理されていた。彼らは理想郷たる薔薇の館に相応しく、所作をも含めて美を愛する事を強いられた。
彼らの生来の名は俗世に穢れたものとして奪われ、新たな名を授けられる。
白面たちの身体を覆う純白の一枚布。その中に、名の由来となる象徴が刻み込まれていた。
布を取り去り、露わとなった背中——。その場所に咲くのは、大輪の薔薇の刺青だった。
君主はそれぞれの従者に最も相応しいとされる薔薇の品種を、彼らのまっさらな背に飾り付けた。そうして誰の目にも触れさせぬよう、自らが囲う庭に解き放ち、戯れる姿を鑑賞したのだ。彼らとて、主人に付き従いさえすれば何不自由はなかった。晩餐の度に口付ける美酒に思考は蕩け、夜毎訪れる官能の営みに身体は開いていく。自らを君主と称する男も、その嗜癖と贅の限りを尽くした生けるコレクションを愛でられれば満足だった。
しかし、彼らの平穏は長くは続かなかった。
夜毎に青年たちを呼びつけて愛でるうち、薔薇の君主はある歪んだ考えに取り憑かれてゆく。『我が手元にある薔薇の姿を最も美しいまま留めておくためには、どうすべきなのだろうか?』と。君主は日に日に過ぎゆく時の流れに焦りを感じるようになり、物体をあるがままの姿に保存する方法を研究し続けた。そうしてある日を境に、薔薇の名を冠された従者らはひとり、またひとりと薔薇の庭園から姿を消していった。
そう、彼らは皆、標本となったのだ。
永遠に輝きを失わぬ、美しき薔薇の標本に。
選び抜いた従者を次々と標本に変えてゆく狂気の君主の隣には、いつも決まった白面がいた。彼は君主の身の回りの世話、他の白面らの統率を一手に担っていた。そうして薔薇の君主もまた、彼の事を特別に寵愛していた。
彼は背に刻まれた真紅の薔薇からいくつかの文字を借り、ヴァレーと呼ばれていた。
『標本づくり』の手伝いを積極的に行うヴァレーは言葉巧みにターゲットを誘い出し、薬を嗅がせて眠らせる。昏睡した者は二度と目覚める事なく死出の旅へと誘われ、的確な防腐処置を施されたのち、背の薔薇のみを向けた状態で完璧に保存された。
ひとつ、またひとつ。美しい標本へと昇華していく白面らの姿を見て、薔薇の君主は狂った情欲を昂らせていった。完成した標本の前に幾度もヴァレーを呼び付け、彼に欲をぶつけ続けた。ヴァレーもまた、主人を悦ばせるための房中の術を熟知しており、伽の作法に従って、官能の限りを尽くした。
男の偏執的な蒐集癖はとどまるところを知らず。今や路地裏で拐かされ、集められた薔薇たちの殆どが物言わぬ標本となり、保管室に整然と飾られている。
遂には、ヴァレーただひとりだけが君主の元に残された。
ヴァレーは君主からの寵愛に満たされ、唯一残された優越に浸り、甘美に溺れていられればそれで良かった。だが、死と愛欲に塗れた日々を送るうち——。君主が寵愛した彼は、薔薇の従者たる『適齢期』をとうに逃してしまったのだ。その事に気付いた君主は、ヴァレーへの興味を急速に失った。そして、自らの元から速やかに遠ざけた。ヴァレーの情緒が壊れたのは間もなくだった。愛しき薔薇の君主にとって、自らが特別でなければ存在する価値などないと彼は泣き縋る。だが、君主はそうした哀れな願いにすら嫌悪を覚えたのだろう。
再び路地裏に出向いて新たな薔薇を集め始めると、別棟に篭りきりになってしまった。
この館の使用人もまた、ひとりを除いて暇を出されていた。今は世話人と呼ばれている男のみが、館の雑務の一切を任されているのだった。彼は館の者から日陰者として扱われていたが、館で起きている事の一部始終をその目と耳で知っていた。
薔薇の君主は白面の従者らと戯れる際に世話人を聴衆として扱い、愛し合う様子を間近で鑑賞させる嗜癖があった。世話人はその直接的な行為をただ、眺めさせられるのみ。
──白面の従者らは薔薇の君主の所有物。世話人ごとき、足の指一本たりとも触れる事は許されないからだ。
しかし、今——かつての寵愛を受けし白面は硝子張りの向こう、別棟の境となる扉に向かって日々泣き縋り、見るも哀れな姿を晒していた。従者として綺麗にまとめられていた髪は乱れ、白面を外した目元には隈が深く、顎には無精髭すら覗いている。
ヴァレーは来る日も来る日も、かつてのように薔薇の君主に再び寵愛される事だけを望んでいた。だが、彼の君主にはもう何も届く事はない。
その姿を毎日のように見届けていた世話人の心に、あるひとつの考えが浮かんでいた。もはやあの従者をどのように扱おうとも、君主の咎めなど受けぬのではないだろうか、と。そう思った男の行動は早かった。男はその日のうちに、自らの謀を実行しようと勇んだ。男は大きな身体を引き摺り、ヴァレーの元へ向かっていった。
ヴァレーは予期せぬ訪問者を見て驚いた。だが、すぐさま不快を隠さぬ顔で彼を睨み付けると、身を逃すように後退る。
彼は元来純朴な青年ではあったが、薔薇の君主に選ばれてからは自らを特別な人物だと思い込んでいた。そうした思い上がりは次第に他者への優越、尊大な態度へと変貌していく。
それはヴァレーが君主から求められなくなった後も歪に強まり、こと世話人に向けては特に苛烈な態度を取るに至っていたのだ。今ここで哀願に泣き濡れ、情けない姿を晒してしまったと感じたヴァレーはぐしゃぐしゃになった顔を拭うと、外していた白面を付けて気丈に振舞った。世話人もまた、秘めた意図を見せぬまま無言で近づいていく。逃げ場のないヴァレーは扉を背に、前方から迫り来る世話人を牽制するように声を荒げた。
「……ッ、なぜこのような場所に貴方が居るのですか? 速やかにここから立ち去りなさい。この私を、誰だと——」
上擦り、僅かに震える声。だが、世話人との体格の差は歴然だ。世話人もまた、それを分かっていたのだろう。頭ふたつ分も小さな彼を見下ろすと、恐怖に怯えた瞳を隠しきれぬ身体を強く扉に押し付けた。ヴァレーはそれに対して美しき薔薇として上品に躾けられた身から放たれるとは思わぬほどの痛烈な罵詈雑言と共に、四肢をばたつかせ激しく抵抗する。
しかし、世話人は彼の尊厳でもある高価な一枚布を乱暴に引き裂くと、隠されていた素肌を露わにした。
「あ、ぅ、やめなさ……っ……!!」
ヴァレーは剥がされようとする布から身体を引き抜くと、どうにか世話人の手から逃れて反対側へ這い出ようとした。纏う布地を引き裂かれ剥き出しとなったその背には、彼の名の由来である鮮やかな真紅の薔薇の花が一面に咲き誇っていた。
世話人は暫し、その美しき薔薇を鑑賞した。だが、直ぐにそれにも飽きたのだろう。どうにかこの場から逃げ出さんと震えて進む身体のヴァレーを抑え付けると、肩を掴んでぐるりとひっくり返す。
向き直らされたヴァレーが感じたのは荒い息遣い。そして間近に迫る、世話人の顔。
がっちりと瞳孔が開ききったそれは、異様な興奮に血走っていた。
「ひぃ……っ!!」
ヴァレーは強い恐怖を感じたが、それと同時に見覚えのあるその顔を思い出していた。
かつて薔薇の君主の命令で——性的な遊戯に、鑑賞者としてこの世話人を呼び付けた事がある。ヴァレーは自らが君主と交わる前戯として、張型で下の穴を拡張する行為を彼に見せつけた。その後、君主の雄を深々と受け入れ、美味しそうに体内で味わう痴態をもまた、余す所なく鑑賞させたのだった。あの時の世話人はその交わりを無言で見つめ、触ることを許されぬ下半身をはち切れんばかりに張り詰めさせていた。
今、目の前にあるのはあの時と同じ——。瞬きもせずにヴァレーへと向けられていた、あの顔だ。
「あ、なた……嘘、まさか……」
その時に初めて、彼が何を遂げようとしてこの場にやってきたのかを思い知る。
「だめ……いやです、それだけは……ッッ!」
叫びと同時に、勢いよく白面が剥ぎ取られた。
白面の下から現れたのは若さの盛りをとうに過ぎ、見窄らしい無精髭を生やした男だった。だが、彼の怯えた瞳や仕草全ては、訪れる操の危機に慄く生娘さながらだ。
それは彼の外見的な特徴と余りにもちぐはぐで、不釣り合いに見えた。
世話人の男は、その事実によってさらに深く興奮した。かつて若く美しく、主人の寵愛を一身に受けて高慢に振舞い、妖艶に性交を見せつけていたあの青年。それが今は見る影もなく萎れている。だが当の本人は、その事実に気づいてすらいないのだと。
今の彼は面を剥がれ、纏う服を引き裂かれ、弱々しく組み敷かれて震えている。世話人は片手と両足で易々とヴァレーの動きを封じると、必要な場所だけを露出させた。そうして溢れ出た凶器を誇示するよう、自らの手で硬く扱き上げた。
「この……劣等が、ぁ……ッ! モーグ様の寵愛を受けた私に手を出すなどと……!! 狼藉が知れたらどうなるか、分かっているのですか……っ!!︎」
もはやここまで来ては懇願など無意味と悟ったのか、ヴァレーは君主の名を挙げて世話人を脅しに掛かった。だが、その警告には既に後ろ盾などなく、もはやブラフに過ぎない事を世話人はよく知っていた。
そうして遂に——。世話人は積年の鬱憤を、華の盛りを過ぎた哀れな身体にぶち込んだ。
今この瞬間、ヴァレーは薔薇の君主に立てた操の誓いを呆気なく奪われた事実に、喉を千切れさせんばかりの声を上げ半狂乱になって叫んだ。しかし、ヴァレーの身体そのものは、ずっとお預けにされていた行為を待ち侘びていたのだろう。完全に調教され、雄の蛮勇を受け入れるためにと育てられた従順で柔らかく締まりの良い交接器官は、外部からの侵入に抗う術などもはや覚えていないと言わんばかりにだらしなく涎を垂らし口を開け、世話人の楔をあぐあぐと呑み込んでゆく。ヴァレーの心には寄らぬ、調教の末の作法としてのみ培われた腸壁による官能の歓待。それは世話人の滾りを大層喜ばせた。
「いや、そんな……。モーグ様、ヴァレーは、っ、貴方を……ん、ぐぅっ、ふ、ぁぁっ、あぁ……っ!!」
世話人は叫ぶヴァレーに構う事なく、ずぶっ、ずぶぶっと音を立てて欲の抽送を繰り返していく。だが、その動きは鈍く重く、酷く緩慢だった。
「ひっ、あ゙っ、ゔぁぁあっ、んあ゙……は、あぁ……っ」
一面の硝子窓から差し込む光は時間の経過と共に色を変え、二人の姿を闇に溶かしていく。入れ替わるように、仄淡い灯り石の光が二人の影を壁面に映し出した。影は絶えずぐらぐらと揺れてはひとつになり、また離れてを繰り返す。
今、閉ざされた扉の前には泣き濡らす声でなく、悦楽に蕩ける濁声が響き渡っていった。
あの日から、ヴァレーと世話人の爛れた関係が始まった。
君主の側を離れたヴァレーにとって、今の役目は主の居室に食事を運び込む程度の瑣末なもの。君主の居室を訪れても、ヴァレーに労いの言葉などは掛けられない。それはヴァレーが粗末に扱われているというよりも、もはや存在しないものとして見做されているかのようであった。
新たに拐かされた青年たちの見た目もまた、以前の白面とは明らかに違っていた。彼らはより歳若く、まだ少年とも言える年齢に見えた。彼らは白面など付けず、皆美しい金髪のウェーブを肩ほどまで靡かせている。かつて君主の嗜癖であった、ヴァレーと同じブルネットの髪の者は誰も居なかった。
鈴を転がすような笑い声。天使のような囀りも、ヴァレーに絶え難いほどの屈辱を刻み付ける。そうして別棟へと戻った先で待っているのは、あの世話人だった。
世話人は部屋に戻ったヴァレーを甘い言葉で慰めた。
——君はここで一番美しい薔薇だ。それは今も昔も変わらない。互いの愛を重く、深く取り立て合おう、と。その言葉はかつて同じように褥で与えられた、二度と聞くことのできぬ寵愛の言葉だった。
薔薇の君主に心身全てを捧げ、彼だけに操を立てた筈なのに。再び愛される事を、ずっと焦がれていたのに。もう、それは叶わない。身体は新たな男を受け入れて穢れてしまっている——。
「ん、ふ、あぁ……っ♡」
だが、その行為を拒む事が出来ないのもまた事実だった。激しく穿たれる体内の感触には快楽すら覚えていた。充足する心、官能に震えて唇から漏れ出す愉悦。あの日から、一日と空ける事なく世話人と関係を持ち続けている。世話人の大きく捩くれたペニスが挿入口へと埋められるたび、慣れぬ形にこそげられる内腔はそんなものは知らぬとばかりに打ち震える。新たな雄の感触に、今自らを犯しているのは薔薇の君主ではないのだという事を、まざまざと思い知らされた。——ああ、私の身体はモーグ様ではなく、下賎な世話人に犯されているのだと。ヴァレーは隈と皺の刻まれた薄金の目元から、とめどない快楽と悔しさに涙を溢した。
「……んっ、あっ、あっ、あっ、あっ♡」
パンパンと肌をぶつけ合う音、繰り返される力強い律動に合わせ、喉奥からひっきりなしに漏れる声。世話人のペニスがヴァレーの交接器を出入りする度、突き抜けるような性感が全身に波及していく。手足の先はじんじんと甘く痺れ、思考は蕩け切っていった。ずっと、この感覚を待ち侘びていたのだと、ヴァレーの身体は告げていた。腸腔を余す所なく蹂躙していく、太く逞しい肉の塊。新たな輪郭線を刻みつけるような、力強く長いストローク。
大きく上に反るようにカーブしたペニスの先端はまだ得ぬ場所を開発し、新たな刺激を与えていく。
「はぁっ、ぁっ、あぁ……っ♡」
その感覚は決して、悪いものではなかった。後背位で深く抉られ、横向きに足を抱え上げられ突き込まれては、また知らぬ場所で悦ばされ、散々に啼かされる。
男の捩くれた先端が、特に威力を発揮するのが正常位だった。薔薇の君主との交わりでは、後背位や背面騎乗位となるのが常であった。君主は白面の従者らの背中を指でなぞり、美しい標本を愛でながら行為に及ぶのが好きだったからだ。それゆえ、ヴァレーは相手と顔を突き合わせるという行為に慣れてはいなかった。欲を剥き出しにした世話人と向き合う度、その相手が君主ではない事を知り、悍ましさと嫌悪に身を灼かれる。だが、その時に——反りたった男の楔がぐぷぷぷぷっと音を立ててゆっくりと埋められていく。
「ひあ゙ぁぁあっ!? や、ぁ、ゔ、ぁ、ゔあぁぁぁぁっ……!!︎」
ヴァレーの身体を、鮮烈な性感が貫いた。その感覚は、後背位の状態である箇所を押し潰される時と同じものだった。そう、彼の臍の裏側に位置する男性の性感帯として機能する小さなしこりを、世話人のペニスは正常位のままで尚、的確に押し潰したのだ。
「あ゙っ、まって、おやめなさ、っ、それ……は……!!︎」
目の前がチカチカと瞬く。手足の先端がびりびりと痺れ、力が抜けていく。ヴァレーは耐え難い性感に打ち震えながら呟いた。ピクピクと痙攣するつま先、不随意にひくん、と揺れる太腿。それは完全に、世話人のひと突きがヴァレーの弱点にぶち当たった事を示している。仰け反り、突き出される喉笛。潤む視界に流れる涙。男はそうしたヴァレーの変化を全て視界に収めると、目元を嬉しそうに歪める。
「ひっ……!」
ヴァレーの弱点を把握した男はやや浅い場所にあるそれを、フックのように反り上がった先端で執拗に虐め抜いていった。
「んお゙っ!?︎ ゔ、お゙ぉっ、お゙っ、お゙お〜〜〜っ゙♡」
グチッ、グチッと、深々と差し挿れられるひと突きごとに、結合部から粘りついた音が響く。もはや上品な作法など消え失せ、獣のような叫びを垂れ流しているヴァレーの口を塞ぐと、世話人はぬめる大きな舌を絡ませて吸い上げる。
「ん゙ん〜〜っ!! んぐっ、ん゙、んーーっ!!︎」
正常位で抱き合ったまま——ヴァレーはもはや一切の抵抗もできず、とめどなく与えられる脳が破壊されそうなほどの快楽を享受し続けた。嫌悪の瞳は前立腺を激しく突き上げるペニスの腰つきに絆され、どろりと焦点を失って蕩けている。全身の筋肉は一斉に弛緩し、腰の動きは抵抗ではなく世話人の肉欲を全身で受け入れるためにと懸命に揺れていた。一定のペースで出入りを繰り返していた世話人のそれは次第に早く、更に強く、欲の本懐を遂げるためにと激しさを増していく。肌を打つ音が、互いの間に絶え間なく鳴り響いていた。
「んっ、んっ、んっ、んーーっ、んんっ!!︎ ん、ゔぅぅうッッ……!!︎」
遂にオーガズムを迎えてしまったヴァレーは唇を塞がれたまま、世話人の喉奥に向けて絶叫した。だが、彼自身の先端は何も吐き出さない。上気して色付き、汗ばんだ肌が、がくがくと長い痙攣を迎えていた。君主の調教により、ヴァレーは絶頂の度にドライオーガズムで深イキする。それと同時に、性交器官と化した排泄腔の入り口が挿入物をぎゅうぎゅうと激しく締め上げた。
「ん、ふ、あっ……♡」
無意識のうちに、ヴァレーの足が男の腰にがっちりと絡みつく。ドライオーガズムの性感は強烈だったが、それは通常の射精とは異なり、連続して何度も性感を得ることができる。ヴァレーの身体はそれを知っており、更なる快楽を求めるために刺激を欲して欲深く腰をうねらせていた。男もそれに気付いたのだろう。抜き差しをやめると腸壁の締め付けに導かれるよう、ずぶずぶと楔を奥深くへと侵入させていく。
「はぁっ、あぁっ、奥……深い……!!」
男とヴァレーは汗塗れのまま、時間も忘れて無我夢中で求め合っていた。ヴァレーは頭の片隅で、そうした行為を汚らしいと思っていた。君主との交わりに、このような感想など抱いた事は無い。主とのそれは営みまでもが美しく、作法に従って儀式のように妖しく、艶やかに行われる。
今のこれは、獣の交わりだ。どちらのものともつかぬ体液に塗れ、それが乾き、また上書きされても拭うことすら叶わない。美しさとは対極にある、下品で卑猥なだけの行為に頭がくらくらした。だが、それは蔑みを受け、満たされぬままであったヴァレーの肉欲を埋めるには充分すぎた。長らく愛を与えられず、自らの慰めでも足りずに鬱積していた男としての性欲が、この獣性を伴った激しい行為によって満たされてしまった。足を絡め、男の身体を引き寄せる度に侵入する異物。腸壁がみちみちと広がり、雄が奥を目掛けてぐねぐねと突き進んでゆく。この身体を用いて、男の欲を存分に吐き出させる。仕込まれた腸壁、そして種々の筋肉の動きは世話人の竿を握り込むように圧迫し、吐精を導こうと誘っていた。世話人もまた、感じ入っているのであろう。生温かく、震える吐息がヴァレーの顔に掛かる。
「っ、ぁ……」
劣等と蔑み、どれだけ行為の中に罵詈雑言を浴びせようと尊大な態度を取ろうとも——この男は何一つ言わずに欲しいだけの寵愛を、そして愛撫を与え続けてくれる。あのまま、身体の疼きだけを抱えて屈辱的な日々を送る方が、ずっと惨めだったのではないだろうか?
——美しい、愛している——。余裕をなくした世話人の声が、幾度も鼓膜を震わせていた。——ええ、分かっていますよ。愛しい私の貴方——。ただ一言、そう言って彼を受け入れたなら? ヴァレーが熱に溶かされ、口を開きかけた、その時。
部屋の窓から見える向かいの棟、明かりに照らされた場所に君主の影が浮かび上がった。彼は両腕に青年を抱えると、例の「処置室」へと向かっていた。
今からあの彼は「標本」にされるのだろうか?
ヴァレーの意識は途端、現実へと引き戻される。
標本となる事が、君主から与えられる愛の証であるのなら——もうずっと前に、そうなってしまっていた方が幸せだったのだろうか。報われぬ愛を夢想して、偽りの愛と行為に溺れるだけの空虚な容れ物として生きるならば——。
溢れんばかりの悔しさに、涙が止まらずに頬を流れ落ちていった。世話人の舌がそれを舐め上げる。
そうして抱き寄せられた身体の内に、受け止めきれぬほどの大量の精が放たれた。
——更に時は過ぎ。
ヴァレーは変わらず、世話人の上で腰を振っていた。それはかつて行った背中の薔薇を見せつけるための妖艶なダンスではなく、互いに汗ばむ身体を密着させ、結合部を混ぜ合わせ、肉欲を貪り合うだけの見境のない交わり。
君主は未だ新たな少年を拐かし、愛し、薔薇の標本へと変え続けている。
永遠にも思える時の中で繰り返される世話人との関係を続けるうちに——ヴァレーの思考もまた、少しずつ歪に乱れていった。「薔薇として封じられてしまったら最期。生きていさえすれば、いつかまた君主に愛される日が来るかもしれない。それまでは、決して身体を錆び付かせる訳にいかないのだ」そう繰り返しに囁かれては、洗脳されていった。
「ああ……いつかこのヴァレーが、必ずや貴方を満足させて差し上げますからね……モーグ様……」
世話人はその譫言にも似た妄言を聞き、満足そうにヴァレーの身体を抱き寄せる。彼がどれだけ薔薇の君主に焦がれようとも、今この身体を貪る事ができるのは己のみなのだ。
ヴァレーの尻穴は度重なる交接で、すっかりと世話人の形に変形していた。アナルの縁は抜き差しのたびに捩くれた竿に引っかけられ、使い込まれたせいで赤黒く捲れてしまい、その見た目は深みのある薔薇の熟れ切った花弁を思い起こさせた。かつてこの館で最も美しいとされた薔薇は、名実共に自らの手に堕ちた。もう、ヴァレーを薔薇として扱うため、背中の刺青を拝む必要などない。赤く充血し、爛れ膨れた縦割れの糜爛が、新たな薔薇として雄を妖しく誘っていた。美しい真紅のその場所を白濁でたっぷりと飾り付ける。目の前でたぷたぷと揺れる尻の合間、赤く熟れた糜爛から、注ぎ込んだ白濁が溢れては垂れ落ちる。それは控えめなヴァレーの会陰と陰嚢を濡らし、太腿へと茎のように伝っていった。
それを眺めるうち、また捩くれた陰茎が硬さを取り戻す。薔薇の花弁を割り開き、紅く充血した肉の壁を押し分けて、秘められた最奥へと突き進む征服。数多の侵攻を赦した結腸の弁は男を拒もうとする見せかけの素振りのみを残して通過儀礼の如く、肉の交わりを卑猥な音と共に受け入れた。
「ん……っ」
きつく押し付けられた男の身体に、ヴァレーの腰骨はギシギシと軋みをあげる。世話人は有らん限りの力で、媚肉の花弁に自らの雄蕊をみっちりと嵌め込んだ。
最奥を貫かれる事を、ヴァレーはひときわ好んでいた。
それは、薔薇の君主によって刻み込まれた伽の作法。ここで男を受け入れられない者は劣等であると、繰り返しに調教されていたからだ。ヴァレーはいつも、まだ自らの最奥の花弁が男を受け入れられる事を知り、深く安堵した。そうして与えられる性的な知覚は条件反射の如く、人格を保つことのできる限界を超えて脳内麻薬を噴出させる。
弛緩した花弁に捩じくれた雄が擦れては引っかかり、引き抜かれる度に、内臓が引き摺り出されるような擬似感覚がぞわりと呼び覚まされる。
少しの怖気と溢れる快楽に狂った頭が、自我を失わせていった。
——そう、願う事をやめなければ、いつまでも夢を見ていられる。
それはこの庭に咲く、ただひとつ最後の薔薇として。